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7月20日(火) 私の2010年上半期ベスト10

戦友の恋
『戦友の恋』
大島 真寿美
角川書店(角川グループパブリッシング)
1,575円(税込)
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火群(ほむら)のごとく
『火群(ほむら)のごとく』
あさの あつこ
文藝春秋
1,575円(税込)
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遠まわりして、遊びに行こう
『遠まわりして、遊びに行こう』
花形 みつる
理論社
1,575円(税込)
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1『戦友の恋』大島真寿美(角川書店)
2『火群のごとく』あさのあつこ(文藝春秋)
3『遠まわりして、遊びに行こう』花形みつる(理論社)
4『天冥の標2 救世群』小川一水(ハヤカワ文庫)
5『おれのおばさん』佐川光晴(集英社)
6『彼女のしあわせ』朝比奈あすか(光文社)
7『サキモノ!?』斎樹真琴(講談社)
8『七人の敵がいる』加納朋子(集英社)
9『家族トランプ』明野照葉(実業之日本社)
10『ストロベリー・ブルー』香坂直(角川書店)


 まず、大島真寿美『戦友の恋』の奥付記載発行日が2009年11月30日であることに触れておきたい。2009年のエンターテインメント・ベスト10を発表した「本の雑誌」2010年1月号は12月10日発売だった。ということはその原稿は11月20日ごろに書いている。つまり『戦友の恋』の発売前だ。ようするに、2009年ベスト10に間に合わなかったのである。

 しかもこの素晴らしい小説が、直木賞か山周賞、そのどちらかを受賞したのならともかく、候補にもならず、それではせめて吉川英治文学新人賞は受賞するだろうと思ったら、こちらの候補にもならなかった。まったく信じられない。唯川恵『肩ごしの恋人』と、角田光代『対岸の彼女』というヒロイン友情小説の二大傑作が上梓されたのは、2001年と2004年である。もうあれから9年と6年が過ぎている。ようやくその二大傑作に拮抗し得る作品が登場したのだ。

「本の雑誌」の新刊ガイドで絶賛しようと思ったら他の評者に取られてがっくりしたのを、たったいま、思い出した。そこで読売新聞に書いた『戦友の恋』評の一部をここに引いておく。

「漫画原作者であるヒロイン佐紀の喪失と再生の日々を描く長編だ。編集者の玖美子が病で急逝する冒頭の一編から始まるが、だからといって玖美子はこの物語から退場しない。ずっと登場し続ける。
 たとえばワタル君は玖美子が愛した人の息子だが、大学生になってから佐紀に会いにきたワタル君は、幼いときにそばにいてくれた玖美子のどたばたぶりを懐かしそうに語りだす。ライブハウスのオーナーである律子さんは、あんたたちって、ああだこうだ、どうでもいいようなことを飽きもせず、くっちゃべっていたねえ、そうだ玖美子に献杯しようと突然言う。これは、桜が雨に光っていた夜のことだ。誰かが言いださなくても、佐紀が思い出す。まだ若く、二人で突っ走っていたころの玖美子を思い出す。
 帯の惹句から引けば、残された者の哀しみは誰にも癒せないのだ。死者は私たちの中でずっとこうして血を流し続けているから。だから、喪失の痛みを抱えて、ただただ丁寧に毎日を送るしかない。その日々を、大島真寿美は静かに、そして鮮やかに描きだす。
 群を抜く人物造形、巧みな挿話、とても柔らかく気持ちのいい文章まで、すべて素晴らしい。大島真寿美の傑作だ」

 まだまだ語り足りないような気もするが、きりがないので次に移ろう。2位は、あさのあつこの時代小説。「本の雑誌」7月号のガイドで取り上げたばかりなので、詳しい内容紹介はそちらに譲りたい。『戦友の恋』が、『肩ごしの恋人』『対岸の彼女』に拮抗し得る作品なら、この『火群のごとく』は、『蝉しぐれ』『藩校早春賦』に拮抗し得る作品だ。本来なら、この『火群のごとく』が2010年上半期のベスト1だ。大島真寿美『戦友の恋』は2009年のベスト1にすべきだったろう。発売日があと10日早ければそうなっていたが、こちらにズレてきたため、『火群のごとく』は残念ながら2位にとどめる。

 3位は、花形みつるのヤングアダルト小説『遠まわりして、遊びに行こう』。これも「本の雑誌」のガイド欄で紹介ずみである。特別のところに行かなくても、商店街を歩くだけで楽しかった──そういう幼い日の胸の鼓動が蘇ってくる小説だ。

 ここまでがベスト3だが、表に入れなかった作品にも触れておく。三浦しおん『天国旅行』、椰月美智子『フリン』、百田尚樹『モンスター』『影法師』、はらだみずき『スパイクを買いに』、久保寺健彦『オープン・セサミ』、河原千恵子『白い花と鳥たちの祈り』、万城目学『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』、中田永一『吉祥寺の朝日奈くん』、高殿円『トッカン──特別国税徴収官──』、月村了衛『機龍警察』、村中豊『新宿夜想曲』、石井睦美『兄妹パズル』と、記憶に残った作品は数多い。

天冥の標 2 救世群 (ハヤカワ文庫JA)
『天冥の標 2 救世群 (ハヤカワ文庫JA)』
小川 一水
早川書房
798円(税込)
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おれのおばさん
『おれのおばさん』
佐川 光晴
集英社
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彼女のしあわせ
『彼女のしあわせ』
朝比奈 あすか
光文社
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 4位の『天冥の標2 救世群』は、全10巻という大長編SF小説の第二部だが、内容的にはここから始まっているので、第一部を未読の方でも大丈夫。実は最近、ふたたびSFにはまっているのである。書店に行ったら、「ゼロ年代ベストSF第1位」というポップがあり、おお、それなら読みたいと、伊藤計劃『虐殺器官』(ハヤカワ文庫)を買ってきて読んだのが先月のこと。これが面白いの何の。で、楽しく読了してから、待てよと気になったので、北上次郎×大森望『読むのが怖い! 帰ってきた書評漫才〜激闘編』(ロッキング・オン/2008年4月刊)を書棚から取り出して調べてみた。これほど面白い小説を、大森が対談のテキストに選ばないなんてことがあるだろうか。それが気になったのである。
 するとやっぱり、その第26回(2007年秋号)で対談書評のテキストになっていて、「面白かった」と私が発言している! つまり3年も前に読んでいたわけ。読んでいる最中も気がつかなかったとは驚いた。2回も楽しんだのだから、オレはいいんだけど。
『天冥の標2 救世群』の内容について、まったく触れてないことにいま気がついたが、ま、いいか。

 5位の佐川光晴『おれのおばさん』はガイド欄で取り上げなかった(ような気がする)ので、ここで詳しく紹介しておきたい。これは、恵子おばさん運営の養護施設に預けられた陽介の日々を描くもので、巧みな挿話と群を抜く人物造形が素晴らしい。さまざまな理由で他の施設をはじき出された中学生が暮らすその施設に陽介が入ることになったのは、父親が顧客から預かった金を着服して逮捕されたからだ。名門中学に入学したばかりの陽介み退学せざるを得なくなり、家族が離散することになったからだ。

 つまりそこで陽介は他の中学生や、恵子おばさんを始めとする大人たちと触れ合うことによって成長していくことになる。奄美大島で過ごす夏休みの日々がきらきら光っているのもいい。文学系の人だが、この長編は現代エンターテインメントの流れの中に置いてみたい。元気が出てくる本だ。

 6位の『彼女のしあわせ』、7位の『サキモノ!?』、9位の『家族トランプ』、10位の『ストロベリー・ブルー』の4冊は、「本の雑誌」のガイド欄で紹介ずみだ。それぞれ、3人姉妹小説、お仕事小説、家族&友情小説、中学生小説の、傑作として読まれたい。

 8位の『七人の敵がいる』には少しだけコメントを付けておく。これは働く母親の大奮闘の日々を描くPTA小説だ。これまでの加納朋子の作品とは一味も二味もことなっているが、うまいのなんの。帯には「ワーキングママ、専業主婦に、育児パパ、そして未来の子持ち候補たち必読小説」とあるが、こういう小説をこの作者が書くとは思ってもいなかった。嬉しい驚きといっていい。

サキモノ!?
『サキモノ!?』
斎樹 真琴
講談社
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七人の敵がいる
『七人の敵がいる』
加納 朋子
集英社
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家族トランプ
『家族トランプ』
明野 照葉
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ストロベリー・ブルー
『ストロベリー・ブルー』
香坂 直
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7月12日(月)訂正にあれこれ

その1
 競馬場にいく朝はいつも目覚ましをかけるけれど、鳴る前に必ず眼が覚める。それも、はっと眼が覚めると一分前ということが少なくない。自分で言うのも何だけど、もう神業に近い。ところがこないだの土曜日、目覚ましが鳴っても何のことだが、よくわからなかった。全体的にぼんやりしていて、なんで目覚ましが鳴るのかその意味がわからない。何かの間違いだろうと思い、二度寝してしまった。で、1時間してはっと眼が覚めた。競馬場に行くんだ! ようやく気がついたのである。もう関東は夏競馬なので東京競馬場まで行っても馬は走っていないんだけど、巨大な場外馬券売り場と化したその東京競馬場で知人と待ち合わせしていたのである。

 1時間寝坊しても楽勝なのは、もともと余裕をもって目覚ましをかけているからだ。だいたい家を出る1時間前に目覚ましをかけ、さらに待ち合わせの1時間前に現地に到着して近くの喫茶店でコーヒーを飲む、というタイムスケジュールなのである。ようするに2時間の余裕があるから、1時間程度寝坊しても大丈夫。全然焦ることはない。で、こないだの土曜日も待ち合わせの前にいつもの喫茶店に行った。すると、府中本町駅前のイトーヨーカドーの入り口に閉店のお知らせ。33年間のご愛顧、ありがとうございました、とある。

 長男が1歳か2歳のころ、そのイトーヨーカドーの1階の隅にある軽食コーナーをよく利用していた。競馬場で家族と落ち合ってから帰宅していたころのことだ。遊具などがある内馬場で遊んでいる幼い長男を最終レース終了後に迎えにいってから帰宅するのだが、競馬場帰りの客で府中本町駅が混むのでイトーヨーカドーのその軽食コーナーでしばらく時間をつぶすのである。
 33年前にオープンしたということは、あのころはまだ開店間もないころだったのか、と感慨深い。おそらく長男はそうやって競馬帰りの父親と過ごしたことをもうすっかり忘れているだろうが。

その2
 先週は久々に新宿に出た。私の行く散髪屋は大通りに面したビルの地下にあるというのに、いつもひっそりとしている。手前にレストランがあり、昼どきは結構にぎやかで混んでいるのだが、その先の地下は暗く、狭く、静かだ。レストランの先に散髪屋があるとは常連しか知らないのではないかと思われる。本の雑誌社が新宿五丁目にオフィスを借りたときから通っているので、もう20年以上になるだろう。何も言わずに座ればいいから、楽だ。
 だが、こないだはちょっと心配になった。その散髪屋は二人のおやじがやっているのだが、しみじみと顔を見たら、すっかり老けているのである。私が年を取ったのだから、おやじたちが老けても仕方がない。もう二人とも70歳に近いのではないか。ということは、どちらかがくたばったら店を閉めることもあり得るかもしれない。
 この年になって、新しい散髪屋に行くのは面倒くさい。座ったあとに、「どうしますか」と尋ねられ、こうしてくださいといちいち答えなければならないのは億劫だ。そういう会話をしなくて済むから、ずっとその散髪屋に通っているのである。だから、おやじたちがいつまでも元気であることを願っている。もっとも、私のほうが先にくたばっていくかもしれないが。

その3
 ただいま発売中の「本の雑誌」8月号の新刊ガイドで、加納朋子『ぐるぐる猿と歌う鳥』(講談社)を、私は新刊として紹介してしまった。新刊ではありません。以前刊行されたもののノベルズ化である。ホントにすみません。
 先日各社の編集者たちと飲んだとき、いやあ面白いんだよと力説したのだが、なんか気になるなあとそのとき同席していた編集者があとで調べ、「新刊ではありませんでしたよ」とメールをくれて判明。あわてて本を見ると、その最終ページに、本作品は二〇〇七年七月、「ミステリーランド」のために書き下ろされたものです、とある。ちゃんと表記されているのだ。

 これを見て思い出した。うかつなことに私、この「ミステリーランド」が叢書名であるとそのとき気がつかなかったのである。よくありますね、別冊やムックに小説を書き下ろすことが。深く考えることなく、そういう小説をノベルズ化したものだろうと決めてしまったのだ。じゃあ、「ミステリーランド」という雑誌があるのかよ。

 しかも恥ずかしいことに私、その新刊ガイドで「坪田譲治文学賞の最有力候補だ」とまで書いてしまった。二〇〇七年に出た本が二〇一〇年の文学賞の候補にはなりません。次号のガイド欄でもちろん訂正をしますが、それまで1か月もあるので、この場を借りて訂正をしておきます。

6月30日(水) 予想外の事態にびっくり

 自宅で本を読んでいると、次から次にピンポンと鳴る。宅配便である。そのたびに階下に降り、サインして受け取らなければならないから読書に集中できない。本日おやっと思ったのはその宅配便に混じって速達が一通あったことだ。なんだろうと思って封を切ると、編集者からの手紙だった。仕事場に電話してもつかまらないので速達にしました。原稿の進み具合はどうでしょうか。そんな内容の手紙である。

 この間、毎日仕事場には行っていたのだが、早い夕方には出てしまっていたので、たまたま捕まらなかったらしい。どうしてメールをくれないんだろと思ったが、その編集者と仕事をするのは今度が初めてなので、私のアドレスをまだ伝えてないのだった。

 しかし、どうしてそんなに焦っているのか、私には理解できない。頼まれていたのは、椎名の文庫本の解説だが、椎名からは8月25日締め切りと聞いていたのだ。まだ6月だ。そんなに焦ることはあるまい。ヘンだなあと思ったが、待てよとひらめいた。

 もうずいぶん前のことになるが、札幌で講演があるので北海道にいく。その講演が終わったら小樽にいくのでお前も来ないかと椎名に誘われたのだ。小樽の旅館で徹夜麻雀をやろう、角川のS戸と池林房のトクちゃんにはもう話が付いているからお前が来ればメンツが揃うんだよ、と言うのである。ところが、暫くしてから新宿の池林房にいき、オーナーのトクちゃんとその話になると、どうも話が食い違う。その日時が椎名から聞いていた日程とは1カ月も異なるのだ。正しくはダービー当日なのである。それはダメだ、ダービーの日に東京を離れることは出来ない。と言うと、もうチケットの手配を全部しちゃったからいまから変更はダメとトクちゃんが言う。仕方ねえなあと結局は小樽に行くことになったが、ダービーだけは見たいと主張して、昼飯を市内の寿司屋で食べるときにテレビがある部屋にすることという条件をつけたら、それが高いのなんの。高級寿司屋に入ったことがないので、通常でもそのくらいの料金なのか、その店が特別なのかどうか知らないが、まだ覚えているんだから衝撃の値段だった。ジャングルポケットという馬がダービーを勝った年のことだ。つまり、椎名の言うことはアテにならない、ということである。

 いまにいたるも、本当の締め切りがいつだったのか確認していないのだが、椎名が8月25日と私に告げて、速達が届いたのが6月29日だったことから類推すると、本当の締め切りは6月25日だったのではないか。それで連絡が取れないのでは編集者が焦っても不思議ではない。たぶんそういうことだろうと思って本日、仕事場に向かったのである。

 実は私、8月25日締め切り(と思っていた)解説原稿をすでに書き上げていた。私、その内容はともかく、原稿の速さだけは自慢できるのである。で,先方に送る直前に読み返し、直してから送るというシステムでやっているのだ。だから編集者は焦るかもしれないが、全然大丈夫なのである。早く安心していただきたいから、それではすぐに送ろうと仕事場にやってくると、浜本からメールが入っていた。事態はどんどん思わぬ方向に進んでいく。

 椎名が連絡をとりたがっている。私の携帯に電話しても出ないと言っている。そういうメールだが、大丈夫だって。あんたは締め切りを間違って伝えたけど、オレはもう書いているから。おそらく編集者から椎名に連絡がいき、私と連絡が取れないと聞いたのだろう。自分が締め切りを間違って伝えたのかもしれないと不安になったのかもしれない。

 全然違うんですね。椎名を呼び出すと、彼は電話口でこう言ったのである。
「お前、まだ解説書いてないだろ。悪いダブルブッキングした」

 長い付き合いなので、こういうことでは驚かない。いかにも椎名ならありそうだ。
「いやあ、お前でよかったよ」
 おいおい。

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