3月8日(火)絵のある岩波文庫

「絵のある」岩波文庫への招待
『「絵のある」岩波文庫への招待』
坂崎 重盛
芸術新聞社
2,730円(税込)
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 坂崎重盛『「絵のある」岩波文庫への招待』(芸術新聞社)は楽しい本だ。この書名からわかるように「絵のある岩波文庫」を紹介する書だが、こんなにたくさん挿絵入りの岩波文庫があるとは思ってもいなかった。『ワーグマン日本素描集』『ビゴー日本素描集』『「パンチ」素描集』などはもちろん私も所持していたが(これらは、日本に来た外国人の日本報告、に対する興味で買ったものだ)、そんなものではないのだ。もっともっとたくさんある。

 いやあ、見ているだけで楽しい。この書で紹介されている挿絵画家の個人的なベスト3を選べば、谷崎潤一郎『蓼喰う虫』の小出楢重、『幼少時代』の鏑木清方、『新編 東京繁昌記』や永井荷風『墨東綺譚』の木村荘八だ。3人ともにすごい。

 ここからベスト1を選べば、『幼少時代』の鏑木清方にも未練が残るが、なんといっても、『新編 東京繁昌記』『墨東綺譚』の木村荘八だろう。ホントに素晴らしい。だからすぐにこの『墨東綺譚』と、そして『新編 東京繁昌記』を買いに行った。持っていたような気もするが、探すよりも買ったほうが早い。書店に並んでいたのは『墨東綺譚』の2009年12月の第73刷と、『新編 東京繁昌記』の2009年10月の第7刷。前者はもちろんだが、後者もロングセラーだ。

 で、買ってきた2冊の文庫本をただいま眺めているのだが、待てよ、と思った。「木村荘八全集」を持ってなかったか。なんだか買ったような記憶がある。あわてて書棚を探すと、奥のほうにありました。昭和五十七年四月から翌五十八年二月にかけて、講談社から全8巻で刊行された全集である。

 この「木村荘八全集」第3・4巻を底本にしたのが、岩波文庫『新編 東京繁昌記』であるとその「編集付記」にあるから、「木村荘八全集」を持っている私は岩波文庫を買わなくてもよかったことになる。ま、いいけど。

「木村荘八全集」は古書店で揃いを買ったわけではない。いまから三十年ほど前に、刊行と同時に一巻ずつこの全集を買ったのである。坂崎重盛『「絵のある」岩波文庫への招待』を読んで、木村荘八はすごいなと思ったばかりの人間が、なぜ三十年前に「木村荘八全集」を買ったのか、正確なことは覚えていない。昔からの熱烈なファンではないというのに、よくこの全集を第1回配本から全部買ったものだ。

 というのは、その定価を見て驚いたのである。なんと各巻2800円。堅牢な箱入りの立派な全集であるから、けっして高くはないが、昭和57年の2800円だ。私が36歳のときである。「本の雑誌」を創刊して7年目。それほど生活にゆとりがあったわけではない。それなのにどうしてこの全集を買い求めたのか、まったくわからない。あるいはそのときも、どなたかの紹介を読んで、木村荘八はすごいなと思い、ちょうどそのときに全集の刊行が始まったので購入したのだろうか。そういうことはよくあるので、おそらくその線だろうと思う。

 久しぶりに書棚からその「木村荘八全集」を取り出してみると、箱がきつくてなかなか中身を取り出せない。買ったまま三十年間、一度も中を開かなかったのだ。実はそういう本は少なくなく、平凡社から全十巻で刊行された『名作挿絵全集』(1979年〜1981年)もそういえば、一度も中を開いたことがなかった。いやあ、すまないことをした、とひたすら頭を下げるのである。