2月6日(月)佐藤愛子と夏目漱石

これでおしまい―我が老後
『これでおしまい―我が老後』
佐藤 愛子
文藝春秋
1,365円(税込)
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硝子戸の中 (新潮文庫)
『硝子戸の中 (新潮文庫)』
夏目 漱石
新潮社
300円(税込)
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探訪記者松崎天民
『探訪記者松崎天民』
坪内 祐三
筑摩書房
2,310円(税込)
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 佐藤愛子『これでおしまい』(文藝春秋)を読んでいたら、夏目漱石『硝子戸の中』を読む話が出てきた。ある雑誌社の男が漱石に電話をかけてきて、写真を撮りたいのだが何時撮りに行けばいいかという。そういう話が出てくるというのである。

 その雑誌が人がわざとらしく笑っている顔を沢山載せていたのを不快に思っていた漱石は「あなたの雑誌に出すために撮る写真は笑わなくてはいけないのでしょう」と最初は断る。ところが相手は、笑い顔は必要ないという意味のことを言ったので漱石は応じることにする。約束の日にやってきた男は、写真を撮る段になると「お約束ではございますが、少しどうか笑って頂けないか」と言ってきたが、漱石は「先方の注文には取り合わ」ず、「私は前よりも猶笑う気になれなかった」と最後まで断る。

 ここまで読んで、えっと思った。笑ってるじゃん漱石。断っていないじゃん。
 坪内祐三『探訪記者松崎天民』(筑摩書房)の294〜295ページにこのときのこと(漱石が取材を受けたときのこと)が出てくる。
 その雑誌「ニコニコ」の編集長が松永敏太郎(天民の親友)で、電話したのも取材に行ったのもその松永敏太郎と思われるが、「ニコニコ」大正四年一月号に漱石の苦笑ぎみの写真が載っているのだ。坪内祐三にインタビューしたとき、その写真を見せられてあまりに面白いので「本の雑誌」一九九六年十月号に転載したことがある。
 
 誰が見たって漱石は笑っている。たしかに苦笑ぎみではあるけれど、笑いであるのは事実だ。ところが漱石は、その写真は「何うしても手を入れて笑っているように拵えたもの」だと断言し、四、五人の人にその写真を見せると皆も「どうも作って笑わせたものらしい」と鑑定を下したというのである。ということは、捏造写真ということ?

 当時の技術ではたしてそんなことが出来たかどうか、写真術の歴史に詳しくないので私にはわからない。閉じた口を開いているようには出来ないだろうから(それとも出来るのか)、漱石が無意識に苦笑していたということはあるような気がしないでもない。
 
『硝子戸の中』をきちんと読んだことがなかったので、そういう記述があるとは知らなかった。だからもう一つのことにもびっくり。その写真は漱石に送られてきたものの、掲載された雑誌は送られてこなかったというのだ。『硝子戸の中』を見ると、たしかに「彼は気味のよくない苦笑を洩らしている私の写真を送ってくれたけれども、その写真を載せると云った雑誌はついに届かなかった」との記述がある。おお、漱石に雑誌を送らなかったのか松永君。