12月22日(月) 片岡義男クラシックス

さしむかいラブソング―彼女と別な彼の短篇 (ハヤカワ文庫JA―片岡義男コレクション)
『さしむかいラブソング―彼女と別な彼の短篇 (ハヤカワ文庫JA―片岡義男コレクション)』
片岡 義男
早川書房
886円(税込)
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 片岡義男に「給料日」という短編がある。1977年に「野性時代」に発表した作品で、同年に単行本『人生は野菜スープ』に収録された。だから、40年近く前に書かれた短編である。これが忘れがたいほど鮮烈な印象をいまも残している。

 話の内容はいたってシンプルだ。サラリーマンがその日貰った給料を一晩で使い切る──ただそれだけの話である。買い物をするわけではない。ただ新宿歌舞伎町で呑み歩いて使ってしまうのである。再読したらゲームセンターやパチンコやヌードスタジオでも金を使っていたから、すべて飲み代に消えたわけではない。それでも、金を捨てるように使い切ることでは同じ。夕方5時から深夜2時まで、歌舞伎町でひたすら金を捨てていく姿が描かれるのである。

 問題はなぜ彼がそういうことをしているのか、いっさい彼の心象風景が描かれないことだ。途中で婚約者らしき女性に電話するシーンがあるが、それも何の手がかりにはならない。婚約者がいるのにそんなことをしているのは鬱屈しているからに他ならないが、何の説明も、何の心理も描かれないのだ。40年近く前に一度読んだだけの短編をずっと覚えていたのもその印象が強烈だったからだ。  2009年5月に、『さしむかいラブソング──彼女と別な彼の短編』(ハヤカワ文庫)という片岡義男の短編アンソロジーを編んだとき、この「給料日」を入れてしまうか最後まで迷ったのだが、いくらなんでも恋愛小説ではないだろうと断念した。私の編んだ『さしむかいラブソング』は片岡義男の恋愛小説のアンソロジーだったのである。 「片岡義男クラシックス」という叢書が出ていることを、今年の秋に知った。5月に第1集「パッシング・スルー」が出て、8月に第2集「給料日」が出た。その後の10月に第3集「スローなブギにしてくれ」が出ている。発行は株式会社ビームスというところだが、普通の流通の形態ではないようだ。  購入してみると「著者公認絶版短編復刻」と表紙に書かれている。第1集40ページ、第2集76ページ、第3集52ページ。各巻800円(税別)。  おやっと思ったのは、第2集には「給料日」の他に、「一度だけ読んだハメット」と「二十三貫五百八十匁の死」が収録されていたことだ。後者はミステリマガジン68年10月号が初出。若き片岡義男が「三条美穂」なるペンネームで書いた単行本未収録の作品で、その裏話を著者が書き下ろしている。
 さらに驚いたのは、「一度だけ読んだハメット」だ。こちらはミステリマガジン94年7月号に書いたエッセイで、なんと「給料日」の裏話を書いているのだ。私がこのエッセイを読むのは今回が初めてだが、それによると、片岡義男はハメットを一度しか読んだことがないという。原題が「ホリディ」という短編で、それに感銘を受けた著者がそれをもとに書いたのが「給料日」だったというのである。
 そうか、ハメットだったのか。37年ぶりに納得するのである。