第7回
「投稿写真」編集部はフロアの南側のシマで、「セクシーアクション」編集部と机を並べていた。
「今日から入社する大橋です。よろしくお願いします」
先程のチラ見で顔を覚えていた(マンガ「デスノート」の夜神月の親父似)編集長に挨拶すると、
「「本の雑誌」にいたんだって。昔、目黒さんと仕事したことがあるよ。席はそこだから」
(へえ、目黒さん、サン出版で仕事してたんだ)
示された机に向かうと、ちょうどその机と編集長の机を挟む位置の机で作業していたちょっと神経質そうな銀ブチ眼鏡の痩せた男が振り向いて、
「鈴木です。よろしく。僕も目黒さんと仕事したことあるよ。そうそう別冊の原稿もかいたなぁ。「ブックカタログ1000」のPart.1だったかな。『鉄人28号』を取り上げてるやつ」
にっこり笑いながら、話しかけてきた。
(原稿も頼んでたんだ。世間は狭いなあ)
その男・鈴木哲也さんは、「投稿写真」の表2やピンナップ、両観音などのページをレイアウト込みで担当していた。また、オタクの祭典「コミックマーケット」(通称/コミケ)の創始者である米沢嘉博氏とも交友のある筋金入りの漫画マニアだったので、年齢差による多少のギャップこそあるももの、後々よくマンガ談義に華を咲かせさせていただいた。
「そこにいるのが、来月までの臨時バイトのTクン。あと一人、Dクンってバイトがいて、それと今日は撮影に出てる社員のKクンで全員かな」
哲也さんが、スタッフを紹介してくれた。一冊の月刊誌に編集長を含めたスタッフ5名。隣の「セクシーアクション」が2人の社員と女のコのバイト1人なのと比べると随分と多い。しかし、バイトの一人は臨時で、もう一人もあくまで編集補助で担当ページは持たせず、哲也さんは前述のような担当。中身の部分は編集長とKさん、それと入ったばかりのオレで分けるとなると決して多い人数とはいえなかった。
ついでといっては何だが、机を並べている「セクシーアクション」編集部にも挨拶する。
「う~ん、使えないな」
180センチあるオレの身体を眺めて、T編集長の開口一番。
「えっ、何にですか?」
初対面でいきなりの言葉にすこしムッとしつつも、たじろぐオレ。
「男優にだよ。背が高すぎ。160台だったらよかったんだけどな」
といわれても、今更、低くできるわけではない。この当時は、撮影とかで手が足りない時、編集部間でバイトや新人を手伝いや男優として貸し出すことがあった(自分の雑誌に絡みのグラビアがないからといって安心するのは早かったのだ)。隣に新人が入ると聞いて、手ぐすね引いて待ってたら、ノッポな新人でアテがはずれたといったところか。ガッカリ気味のT編集長をよそにオレは、
(いよいよ男優はやらなくて済みそうだ)
と内心、ホッとしていた。
「今は本誌がひと段落していて、増刊の「Sailor club」の作業中なんだ。校正とかできる?」
哲也さんの問いに「はい」と答えると「じゃ、これ」と版下の束が渡された。
(えっ、ゲラ刷りじゃないの!?)
オレの驚いた表情に気づいたのか、哲也さんが、
「ひょっとして、版下って知らない? そっか「本の雑誌」は活版だもんね」
マンガのネームに写植を使うことは知っていたのだが、まさか雑誌のページも写植で作るとは知らなかった。'80年半ば、既に出版界全体で活版印刷の方が時代遅れになっていたのだ。自分の印刷知識が時代遅れなものだと判ったのは、白亜のビルを見た時以上のダブルクロスカウンターを喰らったような気分だった。「同期の連中とは、スタート時点からかなりのリードを取っているはず」という天狗の鼻は、完全に叩き折られた。
「それ、コピーして、赤入れるんだ。版下自体がゲラ刷りみたいなもんだから」
哲也さんに一通り版下校正のレクチャーを受け、舞い上がるのも早いが立ち直りも早いオレは、4時の新入生歓迎会が始まるまで、数十ページの版下と格闘することになった。
「今日から入社する大橋です。よろしくお願いします」
先程のチラ見で顔を覚えていた(マンガ「デスノート」の夜神月の親父似)編集長に挨拶すると、
「「本の雑誌」にいたんだって。昔、目黒さんと仕事したことがあるよ。席はそこだから」
(へえ、目黒さん、サン出版で仕事してたんだ)
示された机に向かうと、ちょうどその机と編集長の机を挟む位置の机で作業していたちょっと神経質そうな銀ブチ眼鏡の痩せた男が振り向いて、
「鈴木です。よろしく。僕も目黒さんと仕事したことあるよ。そうそう別冊の原稿もかいたなぁ。「ブックカタログ1000」のPart.1だったかな。『鉄人28号』を取り上げてるやつ」
にっこり笑いながら、話しかけてきた。
(原稿も頼んでたんだ。世間は狭いなあ)
その男・鈴木哲也さんは、「投稿写真」の表2やピンナップ、両観音などのページをレイアウト込みで担当していた。また、オタクの祭典「コミックマーケット」(通称/コミケ)の創始者である米沢嘉博氏とも交友のある筋金入りの漫画マニアだったので、年齢差による多少のギャップこそあるももの、後々よくマンガ談義に華を咲かせさせていただいた。
「そこにいるのが、来月までの臨時バイトのTクン。あと一人、Dクンってバイトがいて、それと今日は撮影に出てる社員のKクンで全員かな」
哲也さんが、スタッフを紹介してくれた。一冊の月刊誌に編集長を含めたスタッフ5名。隣の「セクシーアクション」が2人の社員と女のコのバイト1人なのと比べると随分と多い。しかし、バイトの一人は臨時で、もう一人もあくまで編集補助で担当ページは持たせず、哲也さんは前述のような担当。中身の部分は編集長とKさん、それと入ったばかりのオレで分けるとなると決して多い人数とはいえなかった。
ついでといっては何だが、机を並べている「セクシーアクション」編集部にも挨拶する。
「う~ん、使えないな」
180センチあるオレの身体を眺めて、T編集長の開口一番。
「えっ、何にですか?」
初対面でいきなりの言葉にすこしムッとしつつも、たじろぐオレ。
「男優にだよ。背が高すぎ。160台だったらよかったんだけどな」
といわれても、今更、低くできるわけではない。この当時は、撮影とかで手が足りない時、編集部間でバイトや新人を手伝いや男優として貸し出すことがあった(自分の雑誌に絡みのグラビアがないからといって安心するのは早かったのだ)。隣に新人が入ると聞いて、手ぐすね引いて待ってたら、ノッポな新人でアテがはずれたといったところか。ガッカリ気味のT編集長をよそにオレは、
(いよいよ男優はやらなくて済みそうだ)
と内心、ホッとしていた。
「今は本誌がひと段落していて、増刊の「Sailor club」の作業中なんだ。校正とかできる?」
哲也さんの問いに「はい」と答えると「じゃ、これ」と版下の束が渡された。
(えっ、ゲラ刷りじゃないの!?)
オレの驚いた表情に気づいたのか、哲也さんが、
「ひょっとして、版下って知らない? そっか「本の雑誌」は活版だもんね」
マンガのネームに写植を使うことは知っていたのだが、まさか雑誌のページも写植で作るとは知らなかった。'80年半ば、既に出版界全体で活版印刷の方が時代遅れになっていたのだ。自分の印刷知識が時代遅れなものだと判ったのは、白亜のビルを見た時以上のダブルクロスカウンターを喰らったような気分だった。「同期の連中とは、スタート時点からかなりのリードを取っているはず」という天狗の鼻は、完全に叩き折られた。
「それ、コピーして、赤入れるんだ。版下自体がゲラ刷りみたいなもんだから」
哲也さんに一通り版下校正のレクチャーを受け、舞い上がるのも早いが立ち直りも早いオレは、4時の新入生歓迎会が始まるまで、数十ページの版下と格闘することになった。