第43回

 これで、年内分の表紙・グラビアは終わりだが、年末までにはもう一本3月号分も取っておかなければならない。そう思っているところに、編集長から思わぬリクエストが掛る。

「他の編集部も行っているみたいだから、俺達も行くか、海外ロケ」

「どこにですか?」(そりゃまた豪勢なお話で)

「グアムにするか、3月号の表紙だけどさ、もうモデルは決めてあるから、お前行ってきてくれ」

 まるで、ちょっとそこのコンビニまでお使いを頼むような軽さ。モデルは、黒木永子と堤靖子だという。

「え~ッ、オレですか?」

「編集部で運転免許とパスポート持ってるの、お前しかいないし...。旅行会社は紹介するから。12月の頭あたりにFさん(カメラマン)と行ってきてよ」

「はあ」

 まだ入社10ヶ月足らず、ただでさえ初めての年末進行のプレッシャーでコチコチになっているのに、海外ロケまで任されて、喜んでいいのか、悲しむべきか、オレの頭は混乱状態に陥った。

 少し落ち着こうと書店に行き、ガイドブックを買ってきた。グアムについては、よくテレビのクイズ番組などでグアム旅行が賞品になっていたりしたので、名前こそ聞いたことがあるものの、行きたいとは思ったこともなかったので、全く知識がなかった。ロケで行くとなればそれなりの知識をとガイドブックを読んでみたが、本来観光用に作られているので、ロケに必要なことが書いてあるわけもない。グアムがアメリカの統治下にあり、行くためにはアメリカのビザが必要なことと冬場は乾期に当たるので天気はよい日が多いことくらいしか得るものがなかった。ついでながら、世界地図を広げてグアムとブラジルの位置を比較してみる。距離的なことでいえば、日本からグアムまではブラジルと比べると随分近い。ブラジルが福岡だとすれば、グアムはせいぜい静岡くらいだ。

(ブラジルより全然近い。ブラジルより全然近い。ブラジルより全然近い。ブラジルより全然近い。ブラジルより全然近い......)

 海外ロケに向けて、オレの持っているアドバンテージは、パスポートや運転免許を持っていることではなく、グアムより遠くに行ったことがあるということだけ、それを呪文のように心の中で反復して、湧き上がる不安をなんとか抑えるしかなかった。

 少し落ち着いたところで、Fカメラマンにスケジュールを聞くために連絡を取る。

「パスポートはあるけど、オレも海外ロケは初めてだからさ。お互い情報を集めるしかないな」

 一度や二度は行っているだろうと期待していた我社のエースカメラマンが、海外ロケ未経験とは意外だった。どうやら全員が初の海外ロケというチームになりそうな塩梅。こうなったら、自分で情報収集するしかない。オレは、撮影でグアムに行ったことのありそうなスタッフを思い浮かべてみた。

 その中で唯一、グアムロケに行ったことのある人がいた。ヘアメイクのKさん(男性)だ。早速、高田馬場にあるバーで落ち合って、いろいろとポイントを教えてもらうことになった。

「えーとねえ。恋人岬の下にあるビーチとかで撮ってたなあ。あと、この辺とか...」

 カルアミルクをすすりながら、ガイドブックの地図を指さして教えてくれるのだが、やはり一度も行ったことのない場所を地図の上で教えてもらってもどうもピンとこない。

「確か、この辺に滝があって...」

Kさんもスタッフとして参加したロケなので、撮影ポイントには連れて行かれただけなためなのだろう、ウロ覚えの場所も多いようだった。果たして実になる情報なのか、無駄酒に終わるのか、はっきりしないまま夜は更けていった。

数日後、他の編集部に打ち合わせに来ていたFさんとたまたま出くわしたので、どうですか? と訊いてみると、

「う~ん、知り合いのカメラマンに行ったことのあるやつがいるから、今度聞いとくよ。海はホテルのビーチで充分みたいだぞ。12月の頭だったら、観光客も少ないだろうから、どこでも撮れるよ。ついでに飯食うところも聞いとくから」

 どちらかというと神経質な方のFさんなのに、初めての海外ロケに向けてずいぶん余裕を見せている。

「こっちも行ったことのある人に訊いてみてはいるんですが...。どうもこれぞっていうのがなくて...。そうですよね。別に脱ぎ(ヌードのこと)で行くわけじゃないんだし、ホテルのビーチでも撮れますよね。じゃ、よろしくです」

(こうは言っててもFさんのことだから、実際は心配していろいろと調べてくれてるんだろうな。こっちはもう打つ手のないことだし、下駄を預けてしまおう)

 それじゃなくても、こっちは年末進行の真っただ中、やらねばならないことは山のようにあるのだった。