第45回
明けて、28日は夕方から、会社のスタジオで「アイドルフォトストーリー」と「森伸之の制服ヌーベルバーグ」の撮影。このへんはもう慣れたものなので、一時間程度で完了した。
そして、29日はセミヌード、30日の「ここはこう撮れ特訓セミナー」と連日のロケ(偶然にも行先は同じ三崎の貸別荘)を終え、2月号の担当撮影分は予定通りに進んだ。キャスティングも3月号の「アイシミュ」は確定し、「FIインタビュー」を残すのみとなった。
(後は、海外ロケまでに版下がどこまで入れられるかだ)
と思っていたら、その海外ロケに必要なビザの取得を忘れていた。取得の方法はすでに調べてあって、虎ノ門にある大使館の出張所にパスポートを持って行き、そこにある書類に書き込んで提出すればいいことは分かっていたのだが、忙しさにかまけて先送りしていたのだ。ふと、不安になってW氏に連絡を取る。
「パスポートは用意してありますが、ビザが必要だったとは知りませんでした。大橋さんもまだ取ってないんですか? じゃあ、一緒にお願いします」
ビザが必要なことを伝えてないわけないのだが、シラを切られてその上、一緒にビザを取りに行くことになってしまった。それも、むこうの都合で出発日直前の平日、12月5日にだ。何か不備があってビザが取れなかったらアウト、嫌な予感が胸の中でムクムクと広がっていく。
「いや~、二人とも17歳なんで一応、イベント関連会社の従業員ってことにしときました。普通なら高校生で学校に行っているはずですもんね」
W氏は細工流々といった顔で自信満々だ。実は、撮影でビザを取得する場合、就業ビザが必要なのだが、観光ビザに比べて手続きが面倒で、審査も厳しく、時間も掛る。そこで、雑誌のグラビア撮影のような小規模なロケの場合は、観光ビザでこっそりと撮影するのが常套手段だった。今回はマネージャーの同行はないので、オレとモデル二人分撮れればOKだ。
オレは、当然ながら問題なくビザがおりた。平静を装っていたが、観光ビザで撮影に行くので、バレやしないか(バレるはずもないのだが)内心はドキドキしていた。続いて、黒木永子が窓口に書類を出す。
「観光ですか?」
「はい」
窓口の女性事務員の質問はそれだけで、あっさりと通ってしまった。落ち着いているのと見た目が17歳にしては大人びているのが、幸いしたのかもしれない。
続いて堤靖子が書類を提出。オレは心配なので、黒木永子の手続きの時から窓口の横に陣取って眺めていた。黒木に比べて、堤はどう見てもオドオドしている。
「会社は何をやっている会社ですか?」
「イベント関連です」
そんな雰囲気を察したのか、窓口の事務員は、質問を変えてきた。ここまでは、手続き前に打ち合わせてあったので堤も普通に答える。
「どんなイベントですか?」
突っ込まれるのは、想定外だった。
「イベント関連です」
同じ答えをオーム返しに返す堤。
(おいおい、それじゃー答えになってないだろ!!)
ここでビザが取れなきゃ、海外ロケはオジャン。ビザは後日改めてというわけにはいかない。すると再び事務員が堤に尋ねる。
「どんなイベントですか?」
「イベント関連の...」
2度もトボけた返事をしたら、いくらなんでもヤバすぎる。っていうより、「イベント関連」以外のセリフをしゃべっていない。
(バカが!! アドリブくらい利かせろよ!!)
心の中で怒鳴りながら、オレは割って入った。
「すいません。このコ、事務なもんですから、イベントの内容とかあんまりよく知らないんです」
事務員が目線をこっちに向ける。明らかに疑っている。
「ダメじゃないか、判らないなら訊いてくれなくちゃ」
堤を諭すフリをしつつ、事務員には、
「すいませんね。音楽とかそっち系です」
愛想笑いを浮かべながら、その場逃れの出まかせを言った。
それでなんとか、渋々といった様子で事務員はビザのハンコを押してくれたのだった。
冷や汗激流状態で、なんとか全員、ビザを取ることができた。
ホッとしついでに昼飯でもと入った店で、取れたばかりのビザを確認する。全員同じものだと思っていたら、堤のものだけ様子が違う。よくよく見るとオレと黒木のビザは、5年有効のものなのに、堤のだけ1年になっていた。
(あれじゃ、怪しまれて当然だよな。やってくれるな~)
オレは、嫌な予感は当たったがロケに行くのに支障がなかったのでよかったと思いつつも、事務員の抜け目のなさに舌を巻いた。