第73回

 オレは怖い話は大好きだが、霊感はないようなので幽霊を見たことはない。この時を皮切りに20回以上サイパンロケに行ったのだが、出会ったことは一度もなかった。しかし、不思議な現象には二度ほど遭遇している。

 最初は、5、6回目のロケの時だっただろうか。撮影最終日、打ち上げも兼ねて第一ホテル(現在のフィエスタ・リゾート&スパ・サイパン)のレストランで夕食を取った後、ウエストバックを開けてお勘定を払おうとした時に、ホテルの部屋の鍵を落っことした。拾って再びウエストバックに入れたつもりだったのだが、常宿にしていたグランド・ホテルに戻って、ロビーで鍵を出そうとしたら入っていない。

「Oさん、鍵忘れてきちゃったみたい。ちょっと戻って取ってくるんで、フロントに話して部屋、開けてもらってください」

 ウエストバックに戻したつもりで、テーブルの上にでも置き忘れたのだとその時は思っていた。しかし、レストランのボーイに聞いても、「そんなものはなかった」との答え。

(こりゃ、落としちまったかな。まいったなあ、弁償でいくらかかるんだろ)

 ちょいとショゲながら、部屋に戻る。

「Oさん、どうやら鍵なくしちゃったみたいです」

「いや、あったよ」

 Oさんから意外な答え。

「お前と別れた後、部屋開けてもらおうとフロントに行ったんだよ。それで、部屋番号を言ったら、ボーイが妙な顔をして、『ここにありました』って渡してくれたんだ。キーボックスに入っていたんじゃなくて、フロントの内側のテーブルの隅に置いてあったみたいだぜ」

 レストランを出て、モデルがおみやげを見たいというので、5分位寄り道をしたが、グランド・ホテルに戻るまで、30分と掛っていない。仮にオレが置き忘れたのを親切な人が見つけて、グランド・ホテルまで届けてくれたにしても、Oさんがフロントに行くまでに間に合うはずがない。間に合っていたにしても、フロントのそれも内側にあるテーブルに黙って置いてゆくのも不自然だ。

「ま、あったんならそれでよしとしましょう。誰が届けてくれたかなんて関係ないし...」

「そうだな」

 考えても答えなんて出るわけがない。サイパンでロケをするということは、何か不思議なことがあっても笑ってやり過ごすことが、大切なことの一つなのだ。

 2度目は、割とたわいない。

 飲食店やみやげ物屋がひしめくガラパン地区に、元芸能プロダクションの女性マネージャーが、フィリピン人のデザイナーと結婚して、そのダンナさんがデザインした服を売る店を出していて、何度か訪れているうちに顔なじみになり、レジのカウンターで缶ビールを飲みながら、談笑したりするようになった。

 ある夜、その時のモデルのマネージャーも入れて、3人でビールを飲んでいた。車の話に話題が移ると、女店長がこんなことを言い出した。

「私、運転免許はあるんだけど、サイパンじゃ運転しないことにしてるの」

 右側通行の違いはあるものの、マッタリとした交通事情のサイパンの方が、東京などの都心部で運転するよりはるかに易しい。

「どうしてですか?」

「見ちゃったのよ」

「何を?」

「夜中に運転してたら、腕がね...腕だけが宙を飛んでフロントガラスにぶつかってきたの。それから、怖くなっちゃって」

「そりゃー、怖いですね」

 ここから、マネージャーが、高校生の時、心霊スポットで有名な某城跡に真夜中訪れたら、重たい足跡と甲冑のガシャガシャする音が近づいてきて、あわてて逃げた話を披露すると、オレが、中学生の時に体験した肝試しからもどったら、ペアを組んでいた女の子と懐中電灯が入れ替わっていた話をするといった具合に場は、恐怖体験の話になった。

 話が盛り上がってきた、正にその時だった。レジの横にピンで止めてあった小さな掛け時計が、ククッと傾いたのだ。オレはそれが動く瞬間を見て、マジで驚いた。エアコンはついていたが、店内は無風状態、風で動いたのでは絶対ない。

「こういう話をしてると集まってきちゃうのよね。ここはサイパンだから」

 こんなことくらいで驚いてるんじゃないわよといわんばかりに、女店長は傾いた時計を元に戻した。

 考えてみれば、心霊スポットで百話の会を催していたようなもの。時計が動いたくらいで済んで、ラッキーとさえ言えたのかもしれない。これ以来、サイパンでは怖い話を自重するようにした。

 サイパンはオモテの顔はグアム同様のトロピカル・アイランドだが、島全体が心霊スポットと言っても過言ではないウラの顔を持っている。ここでは披露しないが他のロケチームのメンバーやタレントにモデル、マネージャーの幽霊目撃談はそれだけで一冊本が作れてしまうくらい枚挙にいとまがない。ただ、そんな場所でロケをやって、心霊写真が写ったという話は不思議と聞いたことがない。