第98回
嵐のような製作作業の中、24日のコミケに向けて、前日土曜日の仕事を終えてから立て看や値札の制作をするため浅草の図鑑舎へ向かう。手配済みの1BOXのレンタカーが、図鑑舎あるマンションの前に止まっていた。既に森さん達の手で作業は進められていて、オレが持ってきた表紙のイラストの拡大コピーで立て看を作れば終了だった。
翌朝、7時に起きて本を積み込む。刷ったのは2000部だったが、いくらなんでも一日で全部売れるとは思えない。ただ、持ってった分が売り切れてしまっても困るので、積み込むのは500部にした。販売係の篁初子とその友人2人は、制服姿のコスプレに着替える。全員がスタンバったところで、車を発進、幕張メッセを目指す。
幕張メッセは、その年にできたばかり、その近未来的なデザインといい、夏に見に行った晴海の会場とは大違いだった。徹夜組も含めて、長い行列を作っている入場者達を横目で見ながら、出展関係者のチケットですんなりと会場に入る。中は、もう大賑わいだ。設営はすぐに終わり、遅めの朝食を取った。
午前10時、いよいよ会場。通路はたちまち原宿の竹下通りのようになり、シマの角に出展している人気サークルには、瞬く間に行列ができる。しかし、オレ達のブースにくる客はいない。
(やっぱり、マンガじゃないからな)
ちょっと不安を感じた時、最初の客が現れた。すると、それに釣られるように2冊、3冊と売れて行く。
「慣れてる人は、ブースマップにチェックを入れて、限定数の本を買ってから、興味のあるところを回るんですよ。ウチは、限定っていっても2000部だから後回しになってるんじゃないですか」
森さんのアシスタントで、前からコミケに参加しているKくんが解説してくれた。そうしているうちにもポツポツと本が売れて行く。お昼を過ぎた頃、「私たちも会場を回りたいので、代わってもらっていいですか?」と篁が言うので、オレと森さんが代わることになった。
(まさか、作者と編集が自ら売っているとは、お客も思うまい)
オレは、その状況を楽しんでいたのだが、考えてみれば同人誌なら当たり前のことだった(笑)。客を観察できるのも面白い。何度かチラ見しつつ通り過ぎては、3度目でやっと買ってくれる人。どのブースに行っても「まけて!! まけて!!」と叫んでは少しでも安く手に入れようとする人。「これって、書店でも買える本じゃないですか?」(確かにスタッフ全員プロなので、そう見えるのは当然なのだが)と訊かれ、「違いますよ」と答えると買っていく人。中でも多かったのは、立ち止まって(こりゃ、なんじゃい?)と手に取って、しばらくパラパラとめくったかと思うと一瞬何かに打たれたかのようにハッとして、「こ、これ下さい」と買って行く人だった。おそらくは、制服ウオッチングなるジャンルに無縁でこれまで生きてきて、立ち読みで目覚めてしまったに違いない。新たなる制服オタクの誕生の瞬間にオレと森さんは何度も立ち会うことになった。
その日の売り上げは、本と一緒に作ったポストカード(これはあんまり売れなかったが)も含めて、30万円を突破した。その金を軍資金にして、浅草に戻ってから行った仲見世の中華屋での打ち上げは大いに盛り上がった。