第1回 「禿げ気味のみなさああん!」と、道重さゆみ(モーニング娘。)は言った。

 時は2013年11月28日。ところは日本武道館。「モーニング娘。コンサートツアー2013秋~CHANCE!~」のファイナル公演、最後のMCでマイクを握ったモーニング娘。8代目リーダーの道重さゆみは、先輩も同期もいない初めてのツアーで不安だったけれど、蓋を開けてみると大丈夫でしたと語り、「なぜだと思いますか?」と客席に問いかけたあと、
「それは、後輩たちが頼もしくなっていたからです」と答えて、キャリアの浅い10代のメンバーたちを落涙させた。

 思えばこの名台詞が翌年の卒業発表への伏線だったわけですが(後輩が立派に成長したので、もういつ辞めても大丈夫、の含意がある)、ここで紹介したいのは、この感動シーンの直後、道重さゆみが客席に向かって放った強烈な煽り。後輩メンバーに続いて武道館を埋めつくすファンに感謝を捧げる流れで、
「きょうここにいる男性のみなさん」ウォーウォーウォーウォー(客席の男性の歓声)
「女性のみなさん」キャアアアキャアアキャア(客席の女性の歓声)
「ちびっこのみんな-!」ウオオウオオウオオ(客席の男性の野太い歓声)これに対し、客席を指さして、「違うでしょう!」と叱りつけたあと(ここまではお約束)、
「そして......禿げ気味のみなさああん!」
 一瞬遅れて響く、ワワワワワワーーンの大歓声と笑い声。
「ほんとうにほんとうにみんなのことが大好きです、どうもありがとう! 道重さゆみでした!」

 1万人の聴衆を相手にまさかの禿げいじりが成立するのは、ファンとの間に強固な信頼関係があればこそ。ヲタのことはわたしがいちばんわかっているという(綿密なリサーチに基づく)絶対の自信が、道重さゆみ人気を支えている(事務所はそこまでの確信が持てないらしく、後日販売されたライブBD/DVDでは、この禿げいじり部分だけ、きれいにカットされてました)。

 実際、この「禿げ気味のみなさん」発言を受けて、ネット上では、「前の(席の)お爺ちゃんが喜んで反応してたwww」とか、「どうせお前らさゆにいじられるためにわざと禿げてるんだろ?」とか、「俺も早く禿げたい」とか、「なんで俺行かなかったんだ 何のために禿げてんだよ俺クソッ」とか、「この頭を姫様は働き者の良い頭と言うてくれたんじゃ」とか、さまざまな熱い反応が観測された。

 道重さゆみの卓越したトーク力に関する考察はまた別の機会に譲るとして、この発言の背景には、モーニング娘。ファン、なかんずく道重さゆみを強く推す"さゆヲタ"の中には("さゆ爺"と呼ばれる有名ヲタを筆頭に)年配の男性がけっこう多いという事実がある。わたし自身、中野サンプラザの娘紺(モーニング娘。コンサート)に初めて行ったときは、客層の幅広さ(ティーンの女の子たちから、どう見ても60代以上の白髪紳士を含め、自分より年上の男女も多数)に驚いたもんですが、つまり何が言いたいかというと、アイドル・コンサート観賞は中高年の趣味としてちゃんと成立しているんだってこと。

 この1年、ハロプロ(ハロー!プロジェクト。いわゆる「つんくファミリー」とほぼ重なる)を中心に、いろんなアイドル現場(ライブ、FCイベント、フェスなど)に足を運びましたが、まわりを見渡して、自分がいちばん年上だとか、「しまった、場違いなところに来ちゃったぜ」とか思ったことは一回もない。
 無料イベントやオールスタンディングのライブハウスはいざ知らず、それなりにお金のかかる(とくにハロプロ系はわりあい高額です)ホール・コンサートでは、お客の平均年齢もそれなりに高くなる道理。うちの妻(1964年生まれ)はももクロ、BABYMETAL、武藤彩未なんかの現場によく行ってますが、やっぱり同世代の客は男女ともにたくさんいるという(ただし、大手でも、SUPER☆GiRLS、Cheeky Parade、GEMなどエイベックス系の現場はけっこう客の年齢層が若いらしい)。

 いい年してアイドルにハマって恥ずかしくないのかね的な声が漏れ伝わってくることもありますが、そもそもいい年してSFで食ってるしアニメも観てるしライトノベルも読んでるから、いまさら動じない。世間体はともかく(この問題についてはいずれまた)、大森の年齢(1961年生まれ、もうすぐ54歳)だと、天地真理、南沙織、山口百恵、松田聖子、小泉今日子、ピンク・レディ、キャンディーズから、おニャン子クラブ、モーニング娘。などなどを通過してきているわけで、アイドル文化に対する抵抗感はぜんぜんない......というか、その気になればすぐ(自分でも意外なほど簡単に)現場復帰できる。対アイドルに関して、年をとったと感じることは(オールスタンディングのライブハウスはきついとか、いくら無銭イベントでも長時間並びたくないとか、体力的な問題を別にすると)あんまりない。道重さゆみはキャリアが長いから中高年のヲタが多かったのかというとそういうわけでもなく、ハロプロのもっと若いグループのFCイベントがおじさんたちに埋めつくされていたりする。

 要するに、中高年にとっても、アイドルの現場は怖くないってこと。アイドルはわりと好きだからネットで動画観たりDVD買ったりはするけど、コンサートに足を運ぶのはちょっと......と思ってる人も多いでしょうが、ひとりで行っても絶対楽しいし、輪を広げればさらに楽しい。つまりこの連載は、同年輩のヲタはたくさんいるんだから、年をとって急にゴルフをはじめたり落語通になったり釣りにハマったり歌舞伎に通ったりするかわりに、あなたもひとつアイドルにハマってみるのはどうですか、という提案(および入門の手引き)なのである。

 アイドル論とかルポとか分析とか、アイドルに関する本はたくさん書かれているけれど、入門書的な性格の本はあんまり見かけない。わざわざ入門するような趣味じゃないと思われてるからでしょうが、歌舞伎やクラシック音楽やテニスに入門するように、アイドルに入門してもいいんじゃないか。まずは何から観ればいいのか。ライブのチケットはどこで買うのか。コンサートには何を持っていくべきか。会場で守るべき作法があるのか。......などなど、この連載では、中高年(30代~60代のおじさん、おばさん)がアイドルにハマり、アイドルの現場に足を踏み入れるためのごくごく初歩的かつ実用的なガイドともに、2015年のアイドル現場を日記風に紹介していく予定です。よろしくおつきあいのほどを。
 もちろん、わたしなんかよりはるかに長く、はるかに重いアイドル熱にかかっている中高年がたくさんいるはずですが、先輩諸氏におかれましては、新規が適当なこと書いてるなあ......と思いつつ、あたたかい目で見守っていただければと。