はじめに
平成最後の夏を沖縄で過ごした。
六月がやってくるたびに沖縄を訪れるのはここ数年の習慣になっているけれど、真夏に沖縄で過ごすのは初めてのことだ。一週間滞在したゲストハウスは第一牧志公設市場にほど近い場所にあり、僕は毎日のように市場をぶらついた。最初のうちは、そこに並ぶ商品の物珍しさに気を取られていたけれど、何日か通ううちに、そこで働く人たちの姿が目に留まるようになった。
牧志公設市場の歴史は七十年以上前にまで遡る。終戦後に闇市が立ち、多くの買い物客で賑わっていた。戦後五年が経過したところで、那覇市はこれを衛生的で市場として整理しようと動き出し、一九五〇年に牧志公設市場が開設された。現在、市場界隈で営業を続ける店の中には、その時代から続く店もあれば、ここ数年のうちにオープンした店もある。観光客で賑わう店もあれば、地元のお客さんを相手にした店もある。そのありようは店ごとに違っているけれど、どの店にも店主の人柄が滲んでいる。なぜそこで商売をすることになったのか。今日までどんなふうに店を続けてきたのか。今、何を思って店に立っているのか。そこには店主の人生が強く滲んでいる。そこにあるひとつひとつの人生を記録したいと思った。
第一牧志公設市場は来年度には建て替え工事が始まる。そうすると市場だけでなく、界隈の風景も変わってゆくだろう。ただ、建て替えがあろうとなかろうと、風景は常に変化し続ける。目にした風景は端から消えてゆく。だからこそ、今目の前にある風景を記録しておこうと思った。ただ写真に収めるだけではなくて、これまでどんなふうに過ごしてきて、今はどんな時間を過ごしているのか、ひとりひとりに話を聞きたい――第一牧志公設市場の二階に展示されている、昔の市場界隈を写した写真を眺めているうちに、そんな思いに駆られた。
写真の中の人たちは、すました顔をしたり、笑顔で笑いあっていたりする。その姿を見つめていると、その人がどんな人で、どんな生活を送っていて、なぜそんなに笑っているのですかと話しかけたくなる。そんな思いが叶うことはないけれど、今この時代に目の前にいる人たちには、話しかけることができる。ここで聞き書きした言葉が、たとえば百年後の誰かに届くことを想像しながら、市場界隈の話を書き綴りたいと思う。