11月30日(木)
埼玉方面を営業し、直帰。元々は直帰するつもりはなかったので会社にコートを置いてきてしまった。とても寒くつらい帰宅。
埼玉方面を営業し、直帰。元々は直帰するつもりはなかったので会社にコートを置いてきてしまった。とても寒くつらい帰宅。
池袋のA書店のOさんに会いに行ったらお休みとのことで残念。ところが話を聞いていたら、仕事の帰りに階段から転げ落ちてしまい、骨折と打撲の全治1ヶ月の重症とのことでビックリ。大丈夫なんだろうかと心配になる。
それにしてもOさん、階段から落ちて、骨折までしているのだから、きっと死ぬほど痛かったであろうというのに、その日はそのままひとりで家に帰ったとのことで、再度ビックリ。とんでもない我慢強さだなあ。
Oさんが早く良くなることを祈る。
京王線から分倍河原を経由して、中央線を営業しようと思い、笹塚駅へ向かう。駅に着いてホームに上がったら、テレビカメラを持った人達が、何かの撮影をしていた。
何の気なしに覗いてみたが、よくわからない。大学生風の若者がカメラに向かってしゃべっていた。営業でウロウロしているとよくテレビの撮影現場に遭遇することがある。女優やアイドルなんていうのに会えないかなと思い、いつも期待を込めて覗き込んでみるけれど、裏切られることばかり。だいたい、ニュースやクイズ番組の街頭インタビューだったりしてガッカリ。
今日もどうせそのパターンだろうと思い、ホームに入ってきた京王線に乗車。電車に揺られながら、先ほどカメラの前にいた若者が、なんとなくどっかで見た顔だったような気がして仕方ない。うーん?誰だろう…。若手のお笑いタレントか…。
何の自慢にもならないというか、自慢というよりは恥ずかしいだけなんだけど、僕は芸能関係に非常に疎い。この分野では、発行人の目黒考二にもひけをとらないと思うくらい疎い。随分前に助っ人学生から呆気にとられたけれど、僕は素直に白状すると、「グレイ」と「ラルクアンシェル」と「ルナシー」の区別がつかない。この3つのバンド名を覚えたのもつい最近のことで、表記にはまったく自信がない。一応知っているのはこのなかのどれかが近々解散するらしいということである。サッカー以外のことは何にもわかってない…。
今日も先ほどの若者二人なんて、どうせ思い出せないだろうな…と思って営業に専念していた。ところが書店さんの雑誌売場で発見してしまったのである。表紙に映っていたその若者と笹塚駅にいた若者がピッタリ=で結ばれてビックリ!なんと笹塚駅にいた二人は、ジャニーズのアイドルグループV6の二人だったのだ!!!なんでこんな有名なのが思い出せないんだ…。そう言えば、彼らの周りで女の子達が興奮気味にはしゃいでいたじゃないか…。
これは誰かに報告しないといけないと思い、早速会社に電話を入れる。電話の向こうは大騒ぎ。助っ人の女子学生達は大慌てで笹塚駅へ向かうらしい……。
みんなゴメンね。無駄足を踏ませて…。V6を1時間以上思い出せなかった、なんて僕はとてもとても恥ずかしくて言えなかったよ。ごめんね。
とりあえず、サッカーバカは一段落…といきたいところだけど、昨夜はアジアユース選手権の決勝をテレビで見て、夜更かし。我が浦和レッズも元旦決勝を目指し天皇杯に挑戦中と、まだまだサッカーバカにオフは来ない。まあ、それでも2000年の大目標であるJ1昇格を決めたので仕事に専念する。
12月15日搬入の新刊『本の雑誌増刊 おすすめ文庫王国2000年度版』の営業活動。
この増刊は、約2年前に突如召集された企画会議で、事務の浜田から
「わたしは、お金がないんで、単行本が買えません。だから文庫のガイドを作って下さい。」と提案され、検討されたもの。「お金がないのは、お酒を飲んでしまうからだよ…。」とは誰も言えなかったが、確かに助っ人の学生諸君からも「単行本は高くて買えないんですよ。」という話を聞いていたので、そういう文庫だけを読んでいる読者のために文庫ガイドを作ってもいいんじゃないかと、発行人や編集長と協議したのである。
また、ここ数年、第6次文庫戦争とやらで、文庫の新刊点数も圧倒的に増えている。よほど本屋に通わない限り、何が文庫になって、何が文庫で書き下ろされているのか…なんてことがわからない。アッという間に名作が埋もれていくという現状もあった。
その辺をふまえ、それならばいっそこのこと、本家本元『本の雑誌』とは別に、年に一度の増刊として、文庫ガイドをドーンと作ろうではないかと!新宿のとある居酒屋で力強く決起されたのである。いつもうちの会社は勢いだけはいいのである。
さて、この企画が立ち上がったときに編集部内では、大きな駆け引きがあった。
本の雑誌社の編集部は、『本の雑誌』を制作する班としてデスクの浜本を筆頭に、松村、渡辺の3人の<本誌組>。それから単行本をたったひとりで制作する金子に分けられている。金子は、いつもコンピュータやらゲラやら資料だかに埋もれていて、遠くからはその姿すら確認できないので、<タンコー労働者>と呼ばれている。
増刊号制作の大号令が発せられたとき、<本誌組>と<タンコー労働者>はお互いの思惑を絡め大きくぶつかりあった。その思惑は、
<本誌組>
「増刊と言っても、『本の雑誌』とは別だよなあ。それはやっぱりイレギュラーの単行本なんだから<タンコー労働者>が作るべきだよ。それにオレ達、12月は、年末進行で忙しいしさ。」
<タンコー労働者>
「ああ、良かった、増刊号で…。増刊と銘打つからには、もちろん<本誌組>が作るんだろう。これで年末は机の周りを掃除できそうだ、ああ、良かった。」
という互いの腹づもりがぶつかり合ったのである。
その後どのような闘いが繰り広げられたのか、営業マンの僕には詳しいことは、わからない。しかし、所詮、本の雑誌社のことである。いつも通り、声のデカイ奴が勝つという原始的な闘いだったのであろう。
<本誌組>混成合唱団による
「ゾーカンはべつもの~、べつもの~、べつもの~、カ~ネ~コがつくるべ~き~~」の大合唱に
<タンコー労働者>による浪花節の独唱はあっさり白旗を上げたのだと思われる。
2年連続、金子は不眠不休で『おすすめ文庫王国』の編集作業に追われている。机の周りは、日に日に資料がうずたかく積まれ、今では覗き込まないかぎり、金子の姿を確認することができない。
あまりにかわいそうなその姿に、同じく孤独な営業マンは立ち上がることにした。今日からよりいっそう営業活動に励み、書店さんを走り廻る。
ガンバレ!タンコー労働者!!
池袋、高田馬場と営業する。こう一言で書くと何件もなさそうだけれど、池袋駅周辺だけでも8件。高田馬場も4~5件。やっぱり本屋は多いのか…。
池袋のP書店さんに顔を出したら、支店の青山店にいたKさんとバッタリ。「見つかっちゃいましたね。」と笑って言われる。そう、先日、青山店を訪問した際、すでに異動になっていて、どこの支店にいるのか気になっていたのだ。こういう再会は非常にうれしい。
高田馬場のH書店のMさんも、実は僕がY書店でアルバイトをしていたときの同僚。その後Mさんは、H書店さんへ就職し、僕は出版社へ。道は違うけれど、本に関わっていたいという想いは一緒だった。
営業という仕事の喜びのひとつは、どんどん人間関係が広がっていくことだと思う。Kさんにしても、Mさんにしても、この仕事に就かなければ、知り合う機会のなかった人達ばかりである。70歳を越えた人もいれば、学校を卒業したての18歳もいる。男性もいれば、女性もいる。ほんとにいろんな人が、本に関わる仕事をしている。そして仕事をしていく上では、年齢差に関係なく、ある意味対等に話ができるということは、すごいことだと思う。
僕はこんなに多くの人達に出会える機会が持てたことに感謝している。仕事のことはもちろん、自分を成長させる意味でも学ぶべきことがたくさんあり、勉強になることばかりだ。もっともっと自分を磨いて、営業マンとしてだけではなく、ひとりの人間と見てもらえるようになりたいなあと思う。本の雑誌社の杉江としてではなく、一個人の杉江由次として相手にしてもらえるときが来ることを目指している。
この夜は、銀座A書店のOさん、S出版社のSさん、そして作家のTさんと下北沢で飲む。こちらも不思議な縁で、Oさん以外は初顔合わせだったけれど、いわしを食いつつ(いわし料理の専門店だった)、楽しく飲む。魅力ある人達と飲んでいるととても気分が良い。心地よく酔う。
取次店を廻り、1月特大号の部数改正を申告。「年間ベスト10」が発表になるこの号への注目度は高く、毎年、通常部数に上乗せして、書店さんに配本することになる。今年も、どんな反応が出るか楽しみだ。
その後は、都内の書店さんを廻り、夜は、原宿で早めの忘年会。今日は『ネット21会』というやり手の中小書店さんの集まりに、各出版社の営業マンが参加するかたち。総勢50名を越え大盛況。新しいことをやろうとしているところには、人が集まる。現在の歪んだ出版業界を少しでも打破したい…という気持ちの現れだと思う。
会場に着いて、席を案内してもらう。早速、隣にいた方と名刺交換をしてビックリ!!何とその方は、僕が常々会いたいと考えていた書店さんだったのだ。ちょっとお店が遠いために営業に行くことができず、今まで電話やDMだけでおつき合いさせて頂いていた。その方とは小山市のS書店、Tさん。会いたかった人がいきなり目の前にいることに感動してしまい、思わず握手しそうになる。
宴会の間、じっくり話を聞いていると、予想通り、とても仕事のできる方だった。こちらにも熱が伝わってくるような情熱を持った方である。ああ、こういう書店さんの棚を見て、勉強したいし、毎月話を聞きに行きたい。やっぱりまだまだ、全国各地にすごい書店さんがいるんだ。いつか地方出張したい…一段とその想いを強くしながら、鋭い夜風の表参道を歩く。
ほんとはもっと喜び浸っていたいのだが、それはJ1優勝まで取っておこうと思う。まだ浦和レッズは、J1に上がっただけなのだ。やっとスタートラインに立っただけ。それに、そろそろ仕事をしないとさすがにまずい。
本日は『総天然色の夢』の搬入日。会社に着くと早速、製本所から納品になる。スッキリした装丁の中に何か意味深なデザイン。これってもしかして、アレとソレのイメージか?かなりあやしいけれど、さすが、多田先生、上手すぎる。
本日は、大手町と銀座を廻る。銀座のK書店さんに顔を出したら、担当のKさんから「杉江くん、ちょうど良いときに来たよ。」と言われ、なんだ?なんだ?早速追加の注文か?と思いきや
「今、マガジンハウスの営業さんが来ていて、12月に浦和レッズのムックと単行本を出すんだってさ。」
とチラシを渡される。もう各社動いていたのか…とビックリ。チクショー、本の雑誌社から浦和レッズの本が出したい。気持ちのこもった最高の本を作る自信はあるんだけど、コネも記者証もない。悔しいなあ。でもそれじゃ完全に趣味の世界か…。
その後は、バタバタと営業をする。
夜会社に戻り、祝勝会がてら助っ人の面々と焼き肉を食いに行く。横溝、川合、吉田、大塚。大いに食い、そして飲む。結局今日もレッズから離れられない一日。
追記*ウェブ版三角窓口でお祝いを書き込んで下さった皆様へ。
ありがとうございました。
とてもうれしく読ませて頂きました。
これからもいろいろと頑張ります。
ほんとにありがとうございました。
朝、起きてもしかして、昨日のサッカーは夢だったのかもと、かなり真剣に悩む。これから見に行くのかも…なんて。
それにしては、ノドが痛いし、腕も重い。おまけに酒の飲み過ぎで頭が痛くて起きあがるのもつらい。大丈夫だよな、レッズはJ1昇格を決めたんだよな…と不安になりつつ、とにかく新聞を広げて確認することにした。すると新聞と広告の隙間から何かが落ちた。
なんと!!!浦和の朝日新聞には、昨夜浦和駅周辺などで配られていたらしい日刊スポーツの号外「浦和Vゴール」が挟み込まれていた。「ウォー」っと朝の遠吠えを一発カマし、粋なことをしてくれた朝日新聞に向かって合掌。どっちが朝日新聞社の方向なのかわからないけれど、とにかくベランダから感謝を伝える。
駅に着いてキオスクを覗くと、スポーツ新聞の一面は全部レッズ。とにかく片っ端から全紙購入するが、『日刊スポーツ』だけ売り切れていた。いつもサッカー記事が一番多い『日刊スポーツ』がないなんて、ちょっと洒落になっていない。キオスクのおばちゃんに「ニッカンはないんですか?」とすがりついてみたが、冷たいしわがれ声で「売り切れ!」とあっさり言われる。悲しい。とにかく僕は全紙欲しいのだ。今日の新聞は大事な宝物になる。昨年のレッズJ2降格のときの新聞も全紙ある。こっちは悲しい宝物。
乗り換え駅の「武蔵浦和駅」でも探したが、やはり売り切れ。もしかすると浦和中のキオスクで『日刊スポーツ』が売り切れだったのかもしれない。もうこうなると気が気でなくなり、埼京線のなかで、身もだえし、鼻息も荒くなる。我慢しきれず、赤羽駅で途中下車。断然と輝く「ニッカン」の文字を見つけたときには、涙が出そうになってしまった。良かった、良かった。
フッと思い出して、大阪のレッズ仲間、相棒とおるのためにも再度、全紙購入する。きっと関西地区のスポーツ新聞はイチローが一面だろうというヨミ。僕はいったい何部新聞を鞄に詰め込んでいるんだ?
5紙かける2部づつということは10部か。完全にアホ。おまけに赤羽駅で興奮しているうちに時間が過ぎてしまい、会社に遅刻。こんな日に会社がある方がどうかしている。
昨日の興奮を引きずっているようで、仕事をしていても心ここにあらず。頭の中で何度も土橋のVゴールシーンが再生されている。書店さんから祝福の電話やファックスやメールが飛び込む。ありがたいかぎり。またまた去年同様、騒ぎすぎた自分を反省する。
結局まともに仕事にならず、どうしようもないダメサラリーマンな一日。まあ、今日は仕方ない…か?。
『炎のサッカー日誌その9 浦和レッズJ1昇格篇』
年間シーズンチケット最後の一枚を財布に入れ、朝7時、家を出る。決戦の地、駒場競技場へ。どんなに寒かろうが、眠かろうが、今日はそんなことどうでもいい。とにかくJ1昇格を決めるだけだ!
とはいったもののムチャクチャ寒い。寝袋にくるまっていても足下からジンジン冷えてくる。おまけに保温性の水筒に熱々のコーヒーを入れて持っていこうと思っていたのに、フィルターがきれていた。もうひとつおまけに駒場に向かう途中に自転車がパンクした。ああ、なんか嫌な予感だ。これが水戸黄門的な「人生楽ありゃ苦があるさ」の人生交互変換方式ならいいんだけど、大地震を予感した動物達の異常行動方式だとしたら大いに困る。うーん。
10時の開門と同時に自由席はあっという間に埋まってしまった。僕は、立ち見のゾーンすら取れずに、通路に陣取る。2Fスタンドが視線を邪魔し最悪の場所。やっぱり、悪いことが続く異常行動方式の方か…といじけていると、なんと目の前の立ち見ゾーンにいたグループが移動し、最高の観戦ポイントを確保。
ヨシ!水戸黄門の方だ!うーん?ちょっと待て…。良い場所が確保できたと言うことは、次はもしかすると悪いことか…。ちょっと洒落になっていないぞと考える。いや、もう余計なことを考えるのはやめて、とにかく命がけで応援することに決める。
1時。運命のキックオフ。すさまじい応援。背筋がブルブル震える。それでもサポータの中心が「2万人の声がそんなもんか?もっと声を出そうぜ!」と煽動すると一段と野太い声が響きわたる。僕も全身全霊で声を出す。今日は、ヤジっても仕方ない。とにかく選手を前向きにするだけだ!
試合の方は、腹の痛くなるような前半を終え、後半開始早々、途中入団のアジエルがゴール。こんなにうまくいかないよなあ…と思っていた矢先にキーパー西部のミスで同点へ。その後は、相変わらずのヘボサッカーで点が入る気がしない。
おまけになんとDF室井のファール一発退場で死刑判決PKへ。その瞬間、駒場競技場は凍りついた。もう終わりなのかもしれないと誰もが感じた。しかしレッズサポーターははどんなときでもあきらめてはいけないと言うことを知っている。今までだってこういうことがいっぱいあった。その都度、僕らは苦しみを乗り越えてきたのだ。僕らに唯一できること、声を振り絞って声援を送る。
「うらーわレッズ!」
我が浦和レッズに突きつけられた死刑判決は、執行間際に判定がくつがえり、えん罪へ。なんと鳥栖の外国人がPKを外したのだ。やっぱり人生何事もあきらめてはいけない。
決め手のないまま、延長戦を迎える。
昨年の11月27日。我が浦和レッズは、延長戦突入と同時にJ2降格が決定した。その時、駒場競技場には2万人のため息と、すすり泣きがこだました。あんなに悲しい雰囲気を僕は知らない。もちろん僕も泣いていた。しかし今年はまだチャンスがある。あと30分のうちに1点を入れればいいのだ!絶対にあきらめてはいけない。僕らは必死に声を出した。
フリーキックで壁に当たったボールが、ほぼ僕の真正面にいた、どちらかというと地味目な選手、土橋正樹の前に転がった。大きなトラップをした瞬間、僕は大声で怒鳴った。
「マサキ!打て!!!」
2万人の声援のなかで聞こえるわけはないけれど、土橋正樹は、その声そのまま左足を振り抜いた。ボールは緩やかな上昇軌道でキーパーの頭上を越え、その後、大きく落下した。そして……。
鳥栖のゴールネットが優しくボールをくるんだ。
我が浦和レッズ、J1昇格の瞬間である。
僕のなかで何かが爆発して、興奮と歓喜と絶叫とあとは何だかわからないものが入り交じった。目の前にある鉄柵にぶら下がり、ゴリラのように吠えまくった。それは言葉になっていなかった。とにかく吠えまくっていた。身震いするような興奮が全身を駆けめぐっていた。
隣で観戦していた、いつもはクールな兄貴が泣いていた。それも延長に入ってからずっと。
大阪に転勤になって生観戦ができなくなった相棒とおるは、大泣きしながらケータイに電話をしてきた。
「すぎえー、よかったー、マサキだよー。来年も、まだ浦和に帰れねえけどさー、大阪で3試合応援するよー。」最後の方は言葉といよりも、嗚咽だった。
そしていつも一緒に観戦し、アウェーの札幌などにも一緒に旅した吉田さんと僕は抱き合った。強く抱きしめ合った。太めの吉田さんの柔らかい背中の肉をつかむのはこれで2度目だ。1度目は、等々力競技場で我が浦和レッズの大将、福田正博が得点王を決めた時。そして今日。抱き合いながら吉田さんは、「来年は国立を真っ赤に染めようぜ!」とつぶやき泣いていた。
僕も大泣きしていた……。
我が浦和レッズにとって苦しいJ2での1年は終わった。どうにかこうにかJ1昇格という最低のノルマを達成し。しかし、まだスタートに立っただけなのだ。憎きジュビロやアントラーズ。エスパルスを倒し、J1優勝へ向けてスタートを切ったばかりなのだ。
まだ、まだ、続く、「WE ARE REDS」。
そう僕らがレッズなのだ。
朝から雨が降っていて、とても寒い。今年初めてコートを羽織り出社する。チビにはコートが似合わない。悲しい現実。コートを引きずるようにして出社。まるでテルテル坊主。
今日は、一日中社内にいてデスクワーク。書店さんのデータを作り直す。前から一度、集中的に時間をとって、キチッとしたデータを作りたいと思っていたので、それを実行に移す。書店担当者の欄を埋めていると、ひとりひとり顔が浮かんできて、仕事が進まない。
今までデータ登録されていた書店さんで、閉店になってしまったところを削除するのが悲しい。画面に出ている「レコード削除」の無機的なボタンを押すのが一瞬ためらわれる。実際のお店だけでなく、そのお店で交わした担当者との会話や交流など思い出のすべてが、かき消されていくような気がしてとてもつらい。
一日中書店さんのことや今後の出版業界について考えて過ごす。かなり暗い一日。
午前中、新刊の「総天然色の夢」の見本を持って、取次店を廻る。
今日は、というか、今日もというか、大きな声で言うけれど、「仕事どころじゃない!」。
我が浦和レッズのラスト2、大宮アルディージャとの埼玉ダービーの日なのだ。もしかすると、3位大分トリニータの結果次第で、本日、浦和レッズがJ1昇格を決める可能性がある。
こんな日に仕事をしろ、という方がどだい無理な話。最低限の仕事をして、とっととこの世から消える。やっぱり仕事より大切なことはいっぱいある。目黒さん、さよなら。
「炎のサッカー日誌その8」
こんな大事な試合に、なぜかテレビの前にいる。今日は敵地大宮での試合のため、チケットを持っていない(買えなかった)のだから仕方ない。ほんと、軟弱なサポーターになってしまったなと反省しつつ、テレビの前を片づける。
いつも通りタオルを口に突っ込もうかと思ったが、夜7時のキックオフなら世間も許してくれるだろう。それに僕のアパートを取り囲む3方の家も、みんなレッズファンなのだ。話したことはないけれど、駒場(レッズのホームスタジアム)での試合があった翌日には、レプリカの赤いユニフォームがどの家庭のベランダにも干してある。もちろん車にもみんなシールやフラッグが貼られている。良い街なんだ、ほんと。今日はみんな仕事をサボってテレビにかじりついていることだろう。
キックオフと同時に珍しく素早い展開でレッズが攻め込む。ボールへの執着心がいつもとは違う。久しぶりの登場のFW大柴健二が鋭い動きでDF網をかいくぐる。僕が見たかった浦和らしいスピードある展開。いいぞ!レッズ。
前半早々、その大柴が先制点を決める。ひとり昂奮のるつぼとかした僕の部屋では、テレビの向こうから聞こえる「大柴コール」に同調して、タオルを振り回している僕がいた。(大柴のコールは最後にタオルをぐるぐる振り回すフリがついている。)あまりに大きく振り回したため、蛍光灯のスイッチになっているヒモに引っかかってしまい、見事ブチ切れてしまった。まあ、これくらいならいいだろう。
さあ、今日には決めてやろうぜ!J1昇格。
しかし、相手大分も先制点を決め、なおかつ悪いことにレッズはその後元気をなくす。後半45分間は大宮に攻められっぱなし。何度も大宮のシュートがゴールへ向かい、その度に僕は断末魔の叫びをあげる。テレビの前だろうが、生観戦だろうが、もう知ったこっちゃない。祈りと怒りを込めて、一人部屋の中でレッズコールを叫ぶ。「うらーわレッズ。」
どうにか勝ちはしたものの、J1昇格は最終戦の結果へ。もう僕は耐えられそうにない。ああ、見るのが怖い。
田園都市線、二子玉川、三軒茶屋と営業し、その後は山の手線各駅へ移動。
あたりの暗くなった頃、営業予定最後の代々木駅に辿り着く。
代々木は僕にとってかなり思い入れの強い街。何度訪れても駅前でしばらくぼんやりしてしまう街だ。
ちょうど10年前。僕はギリギリの成績で高校を卒業した。テストはほとんどカンニングか鉛筆転がしだった。3年間遊ぶことしか考えず、学校生活も半ば放棄し、もちろん勉強はまったくしなかった。ほかに楽しいことが山のようにあった。新学年を迎える直前に近くの書店で販売される教科書すら買っていなかった。
高校3年になって、クラスメートのほとんど大学進学を希望し、休み時間も勉強していた。何も考えていなかった僕も、何となく大学に行かないとまずいのかなと思い、いくつかの大学を受験した。もちろんまったく受験勉強をしていないのだから、受かるわけがない。全敗だった。
そして、何となく浪人した。その浪人生活で選んだ予備校が、この代々木にある代々木ゼミナールだった。
代々木に通いながら、何となく勉強していた。毎日想うことは、何でこんなことをしているんだろう?という素朴な疑問だった。大学に行って何をするのか?勉強したいことがあるのか?大学に行って良い会社に入りたいのか?それがしたいのか?そんなことを悶々と自問自答する毎日だった。
浪人生活が2ヶ月が過ぎ、一緒に浪人している友達と話しているときだった。
「国語の成績があがらないんだよなあ。どうしたらいいんだろう?」と僕が聞くと、その友達は、
「杉江は本を読んでる?読んでない…か、そっかそれだったら少し本でも読んでみたらいいんじゃない。オレのお薦めの小説があるから読んでみなよ。」
と言い、2冊の本を紹介してくれた。
本を読めば、少しは成績も上がるのかと、めずらしく友達の助言を素直に聞き入れ、早速近くの本屋に立ち寄り、その2冊の本を買った。
浪人生活なんて腐るほど時間がある。受験勉強以外にすることがないのだから。買ったその日から貪るように読み、アッという間に読了した。
その2冊の小説を読んで、思いもかけない結果になった。
それは国語の成績がグングン伸びて第一志望の大学へ見事合格したということではなく、僕はあっけなく浪人生活をやめてしまったのである。大学進学をやめた。もちろん1年後に受かる保証はないけれど、とにかく大学へ行こうとするのをやめた。目的がないことをしたくないと思った。
僕は初めてまともに読んだその2冊の小説に、感動し、考えさせられ、何となく…の想いを断ち切ってしまった。
とにかく、このままじゃダメだ!とそのとき強く思った。
そしてこのまま無目的に大学へ進学することをやめる決断を下した。
それからいろいろと転がり、今、ここ本の雑誌社の営業マンとして働いている。もちろんこの先はまだわからないけれど、自分で選んでここにいるのだから、納得はしている。それは「何となく…」の想いではなく、自分で決断したことだからだ。あれ以来、「何となく…」は封印している。
小雨の降る中、今日も代々木駅前でしばらく立っていた。目の前にそびえ建つ代々木ゼミナールを眺め、あの頃、悩み続けて、それでも一生懸命考えて、ひとつの決断を下した自分を思い出す。そして、「今は大丈夫か?」と自分に問いかける。「大丈夫だ、あの頃の自分に負けてないよ。」というときもあれば、「ダメだ、ダメだ、負けているなあ。」というときもある。
月に1度、この代々木駅に立ち、僕は自分自身のひとつの原点と照らし合わせる。そして自分の意識を確認する。
その2冊の本は手垢で黒々となるほど、何度も何度も読み直している。もうすでにボロボロになってしまっているけれど、本棚の一番良い場所にいつでも輝きをもって鎮座している。そしてその2冊を買った本屋さんが、今では営業先になっている。あの頃とは棚の配置が変わっているけれど、感慨深いお店であるには変わりない。
本を紹介してくれた友達は、今では、唯一無二の親友だ。どんなときでも声がかかれば駆けつけ、話があればとことん聞き、答える。お互い自分のこと以上に相手のことを考えられる大切な仲間だ。
僕には、そいつと、この2冊の本のない世の中は、考えられない。
郡山の八重洲ブックセンターで行っている『本の雑誌&目黒考二が選ぶ面白本50フェア』。販促用として納品しておいた沢野ひとしのサイン本が完売したので大至急追加の注文を受ける。うれしいかぎり。すぐさま沢野のところへ著書を持って行き、イラスト入りのサインをしてもらう。直送。
その後は営業活動に戻り、都内を転々とする。最後は地元笹塚のK書店に顔を出す。担当のSさんはいつも笑いながらすごく謙遜して話すけれど、実は凄腕店員。何気なく話す内容に僕は思わず感服してしまうことが多い。いろんなことに詳しく、でも、それを人に見せないのがまた格好いい。
今日も、「杉江くん、この作家知ってる?」と何気なく作家の名前を聞いてきた。不勉強の僕はまったく知らず、「誰ですか?それは。」と答えると、「見てよ、この数字。」とコンピュータの売上データを見せてくれた。
とんでもない売上部数…。
「えっ、こんなに売れてる作家なんですか?」とビックリしていると
「実は、児童書で売れっ子の作家なんだよね。僕もよく知らなかったんだけど、他の店を見て廻っていたら、すごい積んでいる店があってさあ…。」
うーん、すごい。この不況でもこんなに売れている本があったのか。分野が違うと僕なんかには全然わからない。隠れたベストセラーってあるもんだなあと思わず感心してしまう。この作家、次なる赤川次郎になるんじゃないかと、Sさんと二人で密かに注目している。
それにしてもSさん、休みの日まで他店を見歩いて研究しているなんてやっぱりすごい。格好いいな。
朝から、『総天然色の夢』の事前注文分の短冊を持って、取次店さんを廻る。御茶ノ水のN社、飯田橋のT社と顔を出し、最後は飯田橋の地方小出版流通センターという、いつものコース。取次店廻りは、月に1度程度なので、ある種、気分転換になる。担当者の方と話す内容も、書店さんと少し変わっていて、角度を変えた情報収集の場。
さて、地方小さんに顔を出し、担当のKさんと会うと、開口一番
「杉江さん、17日に名古屋に行かない?」と言われる。
いきなりのことなので何のことだからわからず、聞き返すと
「名古屋のM書店で地方小出版フェアがあるんだけどね、挨拶と納品を兼ねてオレがいくんだ。それで、杉江さんも地方に行ったことがないだろうから一緒にいったらどうかな、と思って。」とのこと。
確かにその通りで、ちょうど良い話のような気がするけど、いきなり今週末だし、確かその日はひと足早い忘年会の予定があった。返答に困りつつ、めずらしく優柔不断な対応をしていたら、なんとKさん、車で行くという。それも日帰り。「宿泊費なんて出るわけないじゃん!」
うーん、困った、行きたいけどなあ…。
会社に戻ると、見知らぬ顔の女の子が、助っ人のテーブルに座っていた。はて、誰だろう?と思っていたら、そうか今日から新しい助っ人さんが入って来ているのか。そうかそうか。そういうわけで、今日は助っ人のテンションが妙に高いのか。横溝君なんていつもとまったく違う顔で仕事をしている。
本の雑誌助っ人用語では、新しい代の助っ人を「新人さん」という。そして、それ以前からバイトしている助っ人を「旧人さん」と呼んで区別をしている。わかりやすいけど、「旧人」って何なんだ?原始人とか野人とかの仲間か?
まあ、そんなことはともかく「新人さん」に自己紹介と挨拶。まだまだ新人さんも緊張してかわいい声で「ハイ、頑張ります。」なんて言っているけれど、これが3カ月も経つと平気な顔して「杉江さんってバカですねえ」とか「完全におっさんですよ」なんてことを言い出すんだ。わかっているんだ。初出勤のビデオでも撮っておいてやろうかと思ったが、まあいいや。
『炎のサッカー日誌その7』
3試合。
あと、3試合ですべてが決まる。
J2も始まる前は40試合の長丁場と感じていたが、ここまで来ると何だか短かったような気もする。結局、我が浦和レッズは今年も最終戦まで楽しませてくれる最高のエンターテナーぶりを発揮する。いったいサポーターとして喜んでいいのか、悲しんだ方がいいのかよくわからない。とりあえず年間チケットがまったく無駄にならないことだけは確か。とにかくJ1昇格を祈り、声を張り上げるしかない。
今日は気合いを入れて、午前中から自由席の席取りに並ぶため早く家を出る。席取りといっても、椅子が確保できるわけではなく、開場1時間前、ということは試合開始4時間前に並んでも、立ち見のゾーンになることが多い。レッズのホームスタジアム、駒場競技場は自由席の3分の2近くが立ち見席になっている。しかし、開場後にかけつけても、その立ち見ゾーンすら確保できないこともある。あとは通路観戦だけ。しかり見たいならば。とにかく並ばないことにはどうにもならない。
僕としては、最近は出来る限り座ってサッカーを見たいという軟弱サポーターになりつつある。でも椅子を取るためには相当早く並ばないと確保できない。ああ、昔はあんなに頑張っていたのに、情けない限りだ。
とにかく今日は気合いの入る試合。やっぱりお客さんの出足も鋭く、ずらりとサブグランドに並んでいる。どうにか椅子を確保するため僕もその列に加わる。
寒い。とにかく寒い。これ、気温の話だけでなく、試合内容も寒い。かなり寒いのだ。対戦相手は湘南で、昨年まで両チームがJ1にいたということが信じられないくらい、どうにもならない展開。我が浦和レッズも、きっと一生懸命やってはいるのだろうが、疲れているのか、それとも組織がないのか、各自バラバラなことをやっている。この1年で一段と弱くなった気がしないでもない。ああ、最悪。
結局、延長戦にもつれ込み、「こういうときはいつもレッズが負ける展開なんだよな、いいさ、いいさ、こんなヘボサッカーしかできないなら、例えJ1に上がれたとしても、すぐ落ちてくるのが目に見えているんだ。だからもうどうでもいいんだ。」とやたらネガティブに考えていたところ、鹿島から地元浦和のために戻ってきてくれた阿部ちゃんのVゴール!!!やっぱり阿部ちゃんはうまい。レッズ出身じゃないとうまい…。
とにかく勝った。今の浦和レッズには勝つしかないんだ。もう泣きながら「WE ARE REDS」なんて叫びたくない。どうせ泣くなら、喜んで大泣きしたい。あと2試合、さあ、いくぞ!J1へ。
最後に。
高校時代から大好きだった湘南の前園は後半途中から出場。かなり身体のキレが戻ってきたようで、あの日本人離れした独特のドリブルが何度か見られた。おまけに無様に倒れることもなく、守備のために必死に走る姿も。来年はきっとやってくれると思う。前園復活の日は近い。乞うご期待。
11月21日搬入の新刊『総天然色の夢』事前注文〆切日。
この本は、一言でいうと著者仙田弘さんの編集者青春記と言っていいのか。でも、そんじょそこらの編集者と違うのは、なんと仙田さんはエロ雑誌の編集者、それもまだSMという時代が今のように一般に浸透していない70年代に、そのSM雑誌を創刊させた人なのである。その頃の悪戦苦闘を綴ってもらったのが、この『総天然色の夢』。ひとつの青春記として、また出版文化史として、そして風俗史とし読んでも面白い。うっ...、つい営業語りになってしまった。
さて、この本を営業するのが、ちょっと難しいというか、恥ずかしい。
お客さんがたくさんいる書店さんで、「11月の新刊なんですけど、SM雑誌のですね...」なんて説明するのが、とにかく恥ずかしい。SMとか縄師とかモデルとか、そんな言葉を出さないと、どうしてもうまく内容が伝わらない。でも人が大勢いるところでそんなことを話すのはやっぱり恥ずかしい。で、思わず声をひそめて小声で話しているともっと怪しくなる。おまけに、すでにゲラを読んでいる僕は妙にその業界に詳しくなってしまっている。説明すればするほど、「杉江さんってもしかしてそっちの人なの?」なんて目で、書店さんから見られているような気がして仕方ない。ああ、とにかく恥ずかしい。
ある意味、本の雑誌社に入社して以来一番営業の難しい本だった...。この本からいきなり、本の雑誌社がエロ系雑誌社に変わる...なんてことになったら、いったい僕はどうしたらいいのだろうか。なんてうぶなフリをしているひとり営業マン。
〆切日ということで、電話と足を使って営業をする。今はすごくテンションの上がっているときなので、かなり勢いが出ている。ガンガン営業する。まあ、いつも最後に帳尻を合わせる悪い癖か...。
どうにか〆の作業を終えると張りつめていたものがフッと切れて深い安堵のため息。インドから帰国した助っ人の横溝くんが、久しぶりにバイトに来ていたので、無事を祝して、飲みに行く。助っ人の矢野さん、池木くんも交え4人。
今日は一仕事終えているのでガンガン飲もうと思ったら、みんな9時過ぎにはあくびをし出したので仕方なくお開き。淋しいもんだ。
本日はいきなりの直行。かなりとんでもない営業ルート。
南越谷、新松戸、柏、船橋、千葉、亀戸、お茶の水。ほんとに僕はバカなんじゃないか…。いや、わかっていたけど、今日一段とそのことを実感。
出版業界はかなりとんでもない人達が集まっているけれど、きっとこんな無謀でアホなルートを組む営業マンはいないだろうなあ。まあ、とにかく仕事をしているんだからいいか。
午前中は頭がぼんやりしていたものの、午後からは妙にナチュラルハイ!マラソンと一緒で無謀な営業をしていると、脳内物質がドバドバでてきてしまうようで、どうにもとまらない。仕事への意欲が爆発する。信じられない…。
こんなに一生懸命仕事をしているところに、バカ友達のトオルからケータイに電話が入る。こいつは、昔からの悪友でおまけにレッズバカ。2年前まで毎週一緒に自由席に並んで絶叫していたくち。しかしトオルは2年前、会社の人事異動にあってしまい、いまや大阪暮らし。レッズよりも仕事をとった裏切り者なのだ。
まあ、そんなことはさておき、電話に出る。
「もしもし、杉江?オレ今どこにいると思う?」
「知らねえよ、また出張で四国に行ってうどんでも食ってるのか?」
「いやー、湿原にいるんだよねえー。」
「湿原?」
「そうそう、広島と岡山の間に湿原があって、そこで写真撮ってるんだよね。」
「ああ、今日は代休なのか?」
「いや、仕事。あっ、日が出た。シャッターチャンスだ。じゃあね。」
いい加減にしろよ、トオル。お前は確かにカメラが仕事だけど、お前の仕事はカメラを売ること。そう、カメラメーカーの営業マンだろ。何でそれが、湿原で写真撮るのが仕事になるんだよ。それにいつもいつも電話してくるときは、讃岐うどん食っていたり、大阪でたこ焼きを食っていたり、道後温泉に浸かっていたり…。まったく君は仕事をしなさい。
ああ、何だか今日はこの日記までナチュラルハイになってしまった…。。
出社後、すぐに会社を飛び出す。まもなく発売の『総天然色の夢』の事前注文〆切日が迫っているため、かなり切迫した状況で営業。
渋谷の書店さんを数件廻り、その後は横浜へ移動する。しかし、自分自身のバカ頭に悲しくなる。なんと今日は横浜の担当者2人の公休日だった…。うーん。どうしてこうなってしまうのか。来月からはキッチリ綿密な予定を立てて営業活動しよう…、と毎月考えていることを思い出す。進歩しないなあ。
渋谷でも横浜でも文芸担当者は頭を痛めていた。ほんとに本が売れない。かつてであれば(景気の良い頃…っていつ頃のことかももう思い出せない。)初回搬入分なんてアッという間に売り切れ、すぐさま出版社に電話し、追加の手配をしていたような著者のものでも、今では初回分で充分。それもかなり減らした数で、である。書店さんの控えめなヨミを上回る売れなさ。
特に文芸書は悲惨で絶望的な状況。とにかくミステリーも含めたいわゆる<小説>が売れない。今まで本を読んでいた人は、いったいどこへ行ってしまったのか?本を読むというのは、ある種習慣になるはずなのに、どうやって我慢しているのかなあ。文庫へ…なんて考えるけど、その文庫もそれほど上がっているわけではない。うーん、ほんとどこに行ってしまったんでしょうか。
現在超!売れている文芸書(?)…飯島愛の『プラトニック・セックス』だったりする、恐ろしい状況。
横浜をあとにし、川崎を営業するともう6時過ぎ。
ここのところ、かなり真面目に働いているため、どっと疲労。直帰することを会社に伝え、疲れたときには甘い物が一番とコージーコーナーに飛び込む。ナポレオンパイと紅茶。うーん、たまらないなあ。けどなんか視線が気になるなあと思ったら、お客さんのなかで男は僕ひとり。かなり恥ずかしい。でも、我慢できないこの甘さ。うまい、うまい。
某書店さんで聞いた話。
ある日、お客さんから書籍の問い合わせがあった。それはつい最近出たばかりの新刊で、かなりパブリシティのかけられている本だったので、しっかり平積みしてあった。すぐそのお客さんを案内し、その本を渡した。ところがそのお客さんは何だか納得しない様子で、
「積んであるのはここだけか?」と不思議なことを聞いてきたらしい。
そのお店では、メインの新刊台とその本のジャンルにあたる新刊台の2カ所に積んであった。そのことをお客さんに説明すると、いきなり
「他のお店では、何面も積んでいるのに、ここはその2カ所だけか!」
そして続いて出てきた言葉。
「私は○○出版社(その本の発行している大手版元)の取締役だ。」
この話を聞いて僕は開いた口が塞がらなかった。そして怒りに打ち震えた。こういうバカ者が、この業界に存在していることに悲しくなった。ほんとに大バカ野郎だ。
自社の本が思い通りに並ばないのは、その書店さんのせいではない。まず、企画、そして営業の力だ。両方とも責任は出版社にあり、書店さんにはまったくない。多面積みを望むのであれば、書店さんがそれだけ売れると思う魅力のある本を作らなければならない。または、それだけ売りたいと思わせる営業をかけなければならない。
どの本を、どのようにして売るか、それは書店さんの自由。平台も棚も書店さんがプライドをかけて並べている。委託や延勘といった書籍に対しては伝票上の所有権はあるけれど、棚は書店さんのものである。出版社はその棚を借りて商売していると僕は考えている。むやみやたらに、へりくだることはないけれど、最終的な決定権は絶対に書店さんにあると思う。この大バカな版元取締役は、文句があるならば自社の社員を好きなだけ怒鳴ればいい。そして社員教育すればいいのだ。まあ、それで多面積みになるとは思えないけど。とにかく、書店さんに文句をつけるなんてお門違いもいいところ。
僕から見てその書店員さんはかなりデキル人である。棚構成も平台の作り方も、本の知識も接客態度も、また出版社とのパイプも、どれをとっても尊敬に値する、素晴らしい書店員さんだ。そんな書店員さんの大切な時間を奪うこと、そしてきっと何日間かを嫌な気分にさせたであろう、そんな権限なんて誰にもないはずだ。むやみやたらに立場を利用して、威張る最低で下劣な人間の見本。ほんとに腹が立って、むかついてしまった。こんな大バカ者は、自社の在庫にでも埋もれていればいいんだ!
ああ、ほんと腹が立つなあ。
もしうちの上司がこんなことをしたら、僕はすぐさま辞表を顔面に叩きつけ、ケリ跳ばして会社を辞める。なぜなら、この横柄な態度には本への愛情も、本に関わる様々なことへの愛情もまったくないに等しいからだ。そんなところで働くほど僕は、会社に心を売っていない。
しかし、我が社の目黒考二や椎名誠にその心配をすることもないだろう。心配すること自体失礼か。本が好きで好きでしょうがないから、『本の雑誌』を作っているんだろう。そのプライドだけで僕は働いているといっても言い過ぎではないと思う。
昨日までの3連休、浮き玉▲ベースボール秋田大会に参加していたため、やや身体が重い。こんな日はのんびり仕事をして体力の回復につとめたいと思っていたけれど、そんな僕の想いとは関係なく山のように仕事が襲いかかる。午前中から毛髪逆上モードで仕事をせざるえない。
まずは、『沢野字の謎』の急ぎの追加注文分を書店さんへ直納する手配。伝票を切って、お店ごとに納品用の袋に入れる。売れ足の早い書店さんで、残り在庫の少ないところにはなるべく直納するようにしている。売れないのはまだ仕方ないけれど、売れる機会を損失することだけはどうにか避けたい心境。
その後は、今月21日搬入の新刊『総天然色の夢』の地方書店さんへの営業ファックスを作る。その間に、まもなく社内で開かれる1月号「本の雑誌が選ぶ2000年度ベスト10」の推薦本を絞り込んだり、電話が何本もかかってくる状態。その電話のなかで一番驚いたのは、神田村の取次店H社の倒産話。直接取引はないものの、こういう話を聞く度に身を摘まされる気持ちになってしまう。
午後からは、直納と営業活動。神保町の納品を済ませ、その足で、水道橋、飯田橋へと営業にでかける。
「本の雑誌」でもおなじみの飯田橋深夜プラス1に顔を出す。店長の浅沼さんは今日も元気で、いつもの挨拶「何か面白い本あった?」と声をかけられる。
初めて浅沼さんに会ったのは、本の雑誌社に入社した3年前。営業の前任者Sから「一番お世話になっている書店さんのひとつでミステリーの専門店だよ。」と教わった。「ミステリー」。そのとき僕はこの言葉を聞いてかなり狼狽した。僕は恥かしい話、本の雑誌社に入社するまでミステリーというジャンルを読んだことがなかった。それどころかいわゆるエンターテーメントの小説すらほとんど読んだことがなかった。その頃の僕の読書というのは、文章のなかから、何か「人生に役立つ言葉」を探し歩いているような読み方。これだと思う文章にぶち当たると、ノートの端っこに書き写し、何度も何度も復唱して、心にしまい込むような感じで読んでいた。いわゆる青春期にありがちな読書。
そんな読書しかしてこなかった人間がいきなりミステリー専門店に営業ができるのだろうかとかなり不安になった。きっと専門店と言うからには浅沼さんもカタブツな人で、ろくに本を読んで来なかった僕を相手にしてくれないんじゃないかと思った。それどころか会話が成立するのだろうか、それすらも自信がなく飯田橋の駅前でしばらく立ちすくんでいた。
どうしよう…。適当に相槌を打って、それなりの人間だと思わせることがいいのか、それとも、恥を忍んで素直に話した方がいいのか。その時僕は思った。一度きりの関係ならば適当に誤魔化すことも可能かもしれない。でも、今後長いつき合いになるのだから、ここは潔く自分の無知をさらけだして素直に教えを請おう。恥なんてどうでもいい。とにかくわからないことはわからないと言って、教わらないことにはどうにもならない。
勇気を振り絞って、お店に入る。感じの良さそうなエプロン姿のお兄さんに、「初めまして、本の雑誌社の杉江です。前任の……。」
と挨拶を交わす。
すると、いきなりそのお兄さんが
「ああ。そうなんだ、今度は杉江くんになるのね。よろしくね、僕が店長の浅沼。」と名乗られかなり拍子抜けした。
浅沼さんは、僕が想像していたのとは全然違って、とても人当たりが良く、優しい感じの人だった。
続けざまに浅沼さんは、こんな言葉を投げかけてきた。
「杉江くん、何か最近面白い本あった?」
いきなり、一番恐れていた質問だ。ドキドキしつつ、しばらく僕は考え込んでしまった。どうしよう。でも、浅沼さんがデキル人なのは人目でわかったし、そんな人に僕の付け焼き刃なインチキは通用しないと腹をくくった。
「すみません、浅沼さん。恥ずかしながら、ミステリーとかSFとか全然読んだことがないんです。できれば、どれから読んだらいいか教えて欲しいんです。」
浅沼さんは、笑顔で数冊の本を教えてくれた。「これとこれが今一番かなあ。オレも読んだけどすごく面白かったよ。とりあえずそれを読んで面白かったらまた教えてあげるよ。」
その2冊の本を買って、僕は帰りの電車でむさぼるように読みはじめた。面白い。とにかく素直に面白い。ただ普通に物語りを楽しむということをそのとき初めて知った。まさに目から鱗が落ちた2冊である。
それ以来、訪問する度に浅沼さんから面白本を紹介してもらっている。旧作も新作もいろいろと交え、どれもこれも面白い本ばっかりで、今では僕の最良の読書相談員である。
あの時、格好をつけて、知ったかぶりをしていたら…きっと今のような、まるで弟のように扱ってくれる人間関係には、なれなかっただろう。それに僕の読書の幅も狭いままだったことだろう。ありがとうございます、浅沼さん。
そして、今の僕の目標は、浅沼さんに面白本を逆に教えること。いつかその日が来ることを密かにたくらんでいるのである。
今日発売の『Number』509号を読んでいてビックリ。フリーダイビングのワールドカップがあるという。フリーダイビングとは、いわゆる素潜りのことで、人間の生身の身体でどこまで潜れるか、水に挑むスポーツ。ジャック・マイヨールやエンゾ・マイヨルカなんていう人が有名なんじゃないだろうか。
さて、このフリーダイビングのワールドカップには、2種の種目があるらしく、ひとつはその潜れる深さを対象にしたコンスタント・ウェイト。もうひとつはどれだけ長く水中にいられるか、ようは息をどれだけ止めていられるかを競うスタティックというのがあるらしい。
僕が、何にビックリしたかというと、この息を止める方の記録である。なんと優勝者の記録が7分!!!信じられますか?7分間も息をしないで人間が生きていられるなんて、とても想像がつかない。でも記事にはしっかり7分と書いてある。うーん。
ものは試し。
もしかすると僕が世界一の可能性があるし、人間、何に才能があるか試してみないとわからない。僕がワールドカップチャンピオンなんてすごいことになるかもしれない。
早速、風呂場に防水のGショックを持ち込む。浴槽に満々と溜めた湯の中に、大きくそして深く息を吸い込み、小さな風呂釜に体をスライドさせるように沈める。ストップウォッチスタート。記事には「無我の境地」になることが長時間潜る秘訣と書いてあったのを思い出す。
「無我、無我、無我」念仏のようにそのことを考える。
「ムガ、ムガ、ムガ」が「ムボッ、ムボッ」という空気を吐き出す音になるのには、そうは時間が、かからなかった。我慢しようと思ってももう止まらない。苦しい…。息を止めているのだから苦しいに決まっている。必死に抵抗するが、苦しさは増すばかり。
ワールドカップチャンピオンへの道は遠い。
杉江由次の記録。47秒。
今日は会社から1歩も外に出られず一日が終わった。こんなことは入社3年にして初めての経験。なんだか仕事をした気がまったくしない不思議な一日だ。
外に出られなかったのには、ちゃんとした理由があって、別に寒いから営業をサボったとか、身体の具合が悪くなったとかそういうことではない。打ち合わせや匿名座談会の立ち会いがあったからなのだ。どちらも頭と神経を使う仕事で、何だか妙に疲れてしまった。やっぱり頭を使う仕事には向いていない。
給料が出たので、満を持して笹塚の紀伊国屋書店に寄り道。目星をつけていた本を片っ端から購入していく。
『17歳の軌跡』橋口譲二(文芸春秋)、『血の味』沢木耕太郎(新潮社)、『生者へ』丸山健二(新潮社)、『ジダン 勝利への意思表示』ジネディーヌ・ジダン&ダン・フランク(ザ・マサダ)、『ダイバー漂流 極限の230キロ』小出康太郎(新潮OH!文庫)『BARレモンハート第6巻』古谷三敏(双葉文庫)。
どれもこれも今すぐ一気読みしたいものばかり。もし、頭がパカッと開いて、本を詰め込めるもんなら、いっぺんに読破したい。とにかく1日1冊で勝負。