WEB本の雑誌

11月1日(木)

 町の本屋としては、日本で一番有名な千駄木の往来堂書店を訪問する。様々な雑誌で本屋さんの特集を組めば筆頭にあがり、佐野眞一著『誰が「本」を殺すのか』でも絶賛されているお店だ。坪数はたった20坪。どこにでもあるサイズの町の本屋さんなのに、なぜそれほどまでにウケるのか? その謎に迫ろうとかなりの期待と興味を持って営業に向かった。

 その往来堂書店さんと言えば、業界では名の通っている前店長Aさんがいる。Aさんは各誌紙などで書店論を多く書いていて、一度話を聞いてみたいとは思っていたが、Aさんが退職しオンライン書店に移ってしまったため、残念ながらまったく面識がない。しかし、その後を引継ぎ、店長となったOさんとは、Oさんが前に勤めていた書店でお世話になっていた。そのOさんを訪ねる。

 ちょうど僕が訪問したとき、Oさんが銀行に向かう時間だった。バッタリ会ったOさんは書店員から本屋のお兄さんに変身していてビックリしたが、「ちょっと待っていて下さい」と言われたので、ちょうど良かったと、往来堂書店の棚を拝見することにした。

 結論から言ってしまえば、往来堂書店は、いたって普通の健全な本屋さんである。奇をてらった本が並べられている訳ではない。この書き方ではちょっと誤解を生むと思うので、訂正をいれておくけれど、この「健全な本屋」というのが、実は非常に少なくなってきていて、その分往来堂書店さんが、これだけ注目を浴びることになるのだと棚を眺めながら考えていた。「健全な本屋」の定義は、取次店の配本任せにせず、何をどれだけ仕入れ、どのように棚に置くかを店員さんが独自に判断しているお店のことである。

 本屋さんに行っても面白くないということの理由によく挙げられるのが「どこに行っても同じ本が並んでいる」ということがある。いわゆる金太郎飴書店で、その理由はいろいろあって、出版社が営業を疎かにし(新刊が出ることすら伝えず)、配本を取次店任せにしてしまっている点や、またその取次店も書店各店の傾向をいちいち判断することの煩わしさから、規模でランク付けし本を配本していることなどなど、挙げだしたらキリがない。

 そういったなかで往来堂書店さんのような健全な書店さんは、独自に各社の新刊情報を手に入れ、あるいは神田村や取次店売に顔を出し、細かく発注することで、バラエティーに富んだ棚を作っているのである。作家や出版社の大小に関係なく、いらないものはいらない、置きたい本は置く。こういう姿勢のお店が増えれば、本屋の面白さ(本を発見する喜び)がお客さんに伝わり、読書意欲をかき立てることにつながるのではないかと思う。

 往来堂書店の棚を見ていて、もうひとつ感じたことは、常備セットを即刻出版社は辞めるべきなんじゃないかということだ。これは先に書いた「金太郎飴」書店につながることだけれど、実は本屋さんの棚に並んでいる本の多くが、「常備」という枠組みで納品され、これはある意味出版社の在庫になっている。資金力の乏しい書店業では致し方ないことで、棚を埋めるための本を全額支払うなんてことはとてもできず、伝票上1年間精算せず、またその1年後も同様に本を入れ替えるために、返品と納品がほとんど「=」になり、結局一生プラスマイナス0になるような仕組みになっている。これは出版社にとっても、メリットがあり、精算しない代わりに、本をお店に並べてもらえる仕組みになっている。

 問題なのは、この常備ではなく、その「セット」だと思う。出版社側が全国各書店からバラバラに申し込みを受けると非常に手間がかかるため、「常備」の申し込みの際に、冊数やジャンルで商品ラインナップを決め、そのセットの中から書店さんに選んでもらうようにしているところが多い。これでは、○○社の既刊本はどこの本屋さんに行っても同じ本が並ぶことになってしまうのは当然のこと。

 このセットを辞めて、すべて書店さんに選んでもらうことが出来れば、少しずつ置いてある本は変わることになる。良い本屋さんの条件のひとつは、欲しい本があることと、知らなかった本があることで、どこも同じ本が並ばなくなれば、それだけ発見する機会が増えるんじゃないか。もし何を入れて良いのかわからないという書店さんがいたら、そこには営業マンが足を運び、お店の傾向をじっくり聞いて、データを開示し、一緒になって選択すればいいのである。書店員さんも営業マンもそれくらいの努力はしてもいいと思う。

 そして、特にこの常備セットの恩恵を受けている大型書店さんでは、その特徴が出にくくなるは当たり前のことで、もちろん大型書店さんのなかでも往来堂書店さんのように努力している店員さんは多いけれど、圧倒的な在庫量によって埋もれてしまっているのが実状だ。よほど目を凝らして見ないと、その書店員さんの特徴が伝わってこない。大型書店さんの店員さん達がわかりやすく個性を発揮するのが独自のフェアであって、実はそのフェアーと往来堂書店さんの棚づくりは同じ延長線上にあるような気がしてならない。

 結局、何でもシステマティックにするのではなく、人がやらなければならないところは、面倒がらずに仕事をする…というのが本屋さんに魅力を戻す第一条件で、またそれをしない限り、出版不況から抜け出すことはできないだろう、と千駄木の商店街を歩きながら考えていた。本好きが喜んでくれる本屋を作り、出版社もそういった本をしっかり作っていくべきだと。浮動読者ばかりをターゲットにしていては、いつも本を買ってくれる真のお客さんに見捨てられてしまうんじゃないか。

 ちなみにOさんはとても楽しそうに仕事をしていて、僕も思わぬ本を発見し、購入して会社に帰った。往来堂書店さんに触発され、ついつい、久しぶりにタイトル通りの「炎の営業日誌」になってしまった。何だかいろんな方向に話が飛んでしまって、論旨が乱れておりますが、それはすべて書き手の能力のなさです。すみません。