WEB本の雑誌

1月31日(木)

 昨日、久しぶりに更新された『さざなみ編集日誌』を読んでビックリ! ハッピーバースディの合唱って何? バースデーケーキって? ?だらけの内容が信じられず、事務の浜田に確認すると本当にそんなアットホームな出来事が会社であったという。朝から晩までほとんど外にいる営業の僕はそんなことが行われていたなんてまったく知らない。というか残りのケーキくらいないのか? これからは営業後に会社のゴミ箱を覗くようにしよう。

 まあ、とにかく、ケーキの催促とか、食いもしないバレンタインデーのチョコを催促したりと、これはもう完全に浜本もおっさんになってしまったという証拠だろう。ああはなりなくないもんだ…。

1月30日(水)

 発行人浜本の誕生日、だそうだ。
 朝から何度も本人がそう言っているから間違いないだろう。そういえば、本の雑誌社の数少ない良い習慣に、各自の誕生日に図書券が5000円分プレゼントされるというのがある。今日も朝イチで、経理の小林が浜本に手渡していた。しかし個人的なプレゼントなんて誰も用意しているわけがなく、浜本は肩を落していた。

 気を取り直して営業へ。
 池袋のリブロに行くと、妙に渋くセンスのある本が並んでいる棚が特設されていた。看板を見るとフェアーのようで、おお、熱狂的ファンの多いクラフト・エイビィング商會が選んだ本のフェアと書いてある。

 あわてて担当者の方に質問すると、本人もとても好きなようでフェア企画が出来たことを非常にうれしく思っているとのこと。この後は、町田店でもフェア展開するようなので、興味のある方は是非覗いてみてください。

 そのリブロでは、売上ベスト10に本の雑誌でも取り上げ仮面作家で話題になった『水曜の朝、午前三時』蓮見圭一著(新潮社)が入っているではないか。すでに出版されて2ヶ月。他の書店さんでこんな位置にランクインしているのを見たことがない。もしや、仮面作家のサイン会なんて前代未聞なことをしたのか?

 ところがところが、ここでは出版されたときからずーっと売れ続けていて、未だに日に10冊以上売れることも多いという。理由はわからないけれど、とにかく凄い売れ行きで、欠かすことの出来ない多面平積み本とのこと。

 その後、近辺の書店さんを伺うが、ここまですごい数字が出ているところは他にない。これだから本屋さんとお客さんの層というのは面白い。

1月29日(火)

 いつもは鞄のなかに本が2、3冊入っている。それは営業用の自社本ではなく、ただただ移動の際に読む本だ。読みかけの本、次に読もうと思っている本、気分転換になる本など。

 しかし、今日は鞄のなかに本がない。いや、わざと本を持たずに出社したのだ。その理由は、昨夜読み終わった本について、じっくり考えたいと思ったからだ。

 その本を読み始めたきっかけは、ある書店員さんからの紹介だった。営業に行った際、見慣れぬ本が売上ベスト10に入っているのを見かけ、「アレなんですか?」
と思わず聞いてしまった。

 すると、いつもはわりと寡黙な書店員さんが、急に熱をおびて話し出す。
「お店のみんなで読んで、すごく良くて、これを売ろう!って手書きのポップを書いて多面展開してみたんです。そしたら出版社の方がビックリするほど売れちゃって…。とにかく売れる、売れないなんて関係なく、すごい感動する本なんです。」

 その話を聞いて、あわてて僕がレジに持っていった本は、『わたしが・棄てた・女』遠藤周作著(講談社文庫)である。そのお店を後にして、すぐにページをめくりだし、あっという間に読み終えたのが昨日のこと。

 僕は書評家じゃないので、うまく本を説明することができない。それでもこの小説をなんと表現したら良いのかずっと考えているけれど、良い言葉が思いつかず、もどかしい。とにかく恋愛小説とか青春小説とか、そういうジャンルを越え、もっと奥深い物を突き刺してくる小説だ。そして感動のなかで読み終え、その後、思わず自分を振り返り、いろんなことを考えさせられてしまうのである。

 しつこく書くけれど『わたしが・棄てた・女』遠藤周作著(講談社文庫)。

 多分、僕が生まれた翌年(1972年)に文庫になっていて未だに重版され続けているのだからとても有名な本なのであろう。この文章で僕がまた自分の無知さをさらけだしているのは承知で、是非、この本が多くの人に読み継がれていくことを、紹介してくれた書店員さんともども願うばかり。

1月28日(月)

 出社してすぐ、顔見知りの営業ウーマンS出版社のSさんから電話。とある書店員さんが今週いっぱいで退職するとの情報。電話口で思わず「本当ですかぁ!」と叫んでしまうほどのショックを受ける。Sさん自身もとてもショックを受けているようで、互いにため息ばかり。とにかく退職の日まではとても忙しそうなので、その後、時間を見つけて送別会を開くことを相談しあう。

「あ~あ、また書店員さんとお別れだよ…」と大きな声でうなだれていると、今度は事務の浜田からこれといって注文書を差し出された。それは書店さんからの注文書で、隅っこに1月中旬に担当が変わり、前任者はすでに退職してしまったと記されているではないか!もう声も出せず、肩を落としガックリ。

 どちらの書店員さんも、公私で言えば<公>のつき合いだけで、別に飲みに行ったり、どこか遊びに行ったことがあるわけではない。営業中の私的な会話もそれほど交わしていたわけでもない。それでも関わりのあった書店員さんが辞めていかれるのは無性に淋しい。

 ふと気になって、営業リストを眺めてみると、僕が「本の雑誌」の営業になって5年の間で、7割近い書店さんで一度は担当変更が行われてきている。すでに3人目、4人目になっているところもあるから、訪問書店さん約200件に対して、いったい何人の人々と出会い、別れてきたことになるのだろうか…。もちろんすべての人が退職されていったのではなく、人事異動などで別の担当になった人もいる。

 リストにある担当者の名前を見ながらもう逢えなくなってしまったひとりひとりの顔を思い出す。どうしているのかな?なんてついセンチメンタルな気持ちに心が占領されてしまった。みんな元気だといいんだけどな…。

1月25日(金)

 とうホームページの人気連載、目黒考二の『今週の1冊』が更新され、あわてて読んでビックリ。いや、その連載文を読んでビックリしたのではなく、そこで触れられている「KADOKAWAミステリ」の文章を読んで驚いたのである。思わず僕はその文章を読んでいて「ウソ!」と叫んでしまった。

 なんとなんと目黒が若き編集者だった頃、ダメ元で企画したSFマンガ雑誌が会社の会議で通り、その執筆依頼を手塚治虫にしていたというではないか! それも本人と会って話までしているというのだからもうビックリする以外どうしようもない。詳しくは書店店頭に並んでいる『KADOKAWAミステリ』を読んで頂くか、http://www.kadokawa.net/mystery/のブックコラム『連篇累読』でも読めますんでお確かめ下さい。

 うーん、これから先に書くことを目黒が許してくれるかわからない。けれど、まあ、僕の一方的な誤解として読んでもらえば問題ないか…。

 とにかく、僕のなかでの目黒考二像というのは、どちらかというとダメ人間である。いや編集能力とか企画力に不満があるわけではもちろんなく、ただただ社会人としてどうかと思っていたのである。

 僕が本の雑誌社に入社した初日。その日は誰だってそうかと思うけれど、僕は、妙に意気込んでいた。出社時間の45分前に到着したが、まだ鍵が開いておらず、会社の廻りをぶらぶらと歩きながら、ぼんやりタバコを吸って誰かの出社を待っていた。結局、会社に入れたのはそれから30分以上後、始業10分前のことで、僕はまずその大らかさに驚いていた。

 その後、細々とした説明を受け、同じ1階で働く事務員に自己紹介し、なぜか2階を飛び越し、3階の事務所の人達にも挨拶をした。2階を飛び越すときに総務兼経理のTさんはブツブツと「まだ寝ていると思うから…」と言っているのが何となく気になった。

 日も高く昇り、残暑で社内がムシムシしてきた頃、僕はまたTさんに連れられて2階へ行った。堆く積まれた本の奥に汚いソファーとテーブルが置かれ、そのテーブルの上には前夜にとったであろう食事のゴミが散乱していた。Tさんは恐る恐るそこを覗き込み、丸まった布団に向かって「目黒さん、もう起きてますか?」と小声で話しかけた。

 しばらくして間の抜けた「ふわ~」という大きなのびとともに面接で顔を会わせて以来の目黒が「な~に?」と寝ぼけ眼で僕を見つめた。Tさんが「今日から営業で入る杉江君が出社したので挨拶を」と普通の会社なら当たり前のことを言うと、目黒は相変わらず寝ぼけた様子で「あ~、よろしくね」とつぶやき、また布団の中に戻っていった。「昨日徹夜だったから…」と呆然としている僕を見かねてTさんはフォローの言葉を投げかけてくれたが、驚きは隠せなかった。新入社員に何かしら訓辞を垂れるのが会社の経営者だと思いこんでいた僕は、あまりに拍子抜けし、僕はよほど招かざる新入社員なのではないかと思わず勘ぐりたくなる程であった。

 初対面がこの調子だから、その後はもっとひどくなる。とてもこちらが思っている経営者とはかけ離れた行動で、その度に僕は驚かされ、そしてとんでもない会社に入ってしまったと後悔もした。そして苛つくこともあった。いったいこの人は何を考えているんだろう?と何度も何度も思わずにはいられなかった。

 ところが、実際に営業に出て、古くからつき合いのある書店さんを訪問し、ベテランの書店員さんから話を伺うと、目黒の印象が全然違う。「『本の雑誌』はね、目黒くんがいつも重そうに担いで持ってきてくれていたんだよ」とか「いつだったかなあ…サンタの格好して…」とか「棚の話になると一生懸命考えてくれてね」なんて話がボロボロ出てくる。僕はいったいどれが本当の目黒なんだろうと飲み会の席で何度か本人に質問したが、いつもはぐらかされてばかりだった。そして未だに目黒を理解できない部分が正直多かったのである。

 『KADOKAWAミステリ』の文章を読んで、僕のこの悩みのいくつかが解きほぐされた気分だった。

 きっと目黒考二という人は、かなり熱血というか仕事に対して本当は想いのある人なんじゃないか。じゃなきゃ若造の編集者が思い上がりの企画を持って、その頃すでに大家であった手塚治虫氏に原稿依頼なんてするわけがない。そもそも人見知りで、書店を廻ること自体苦痛を感じていたような人が、そこまでするとは何かの情熱がない限り出来るわけがない。

 そしてなぜそんな姿を本の雑誌スタッフに語らないのか? 普通の経営者だったら「オレはこんなことをしていた」と得意げに語りそうなものなのに、今までの著作でも『週刊実話と秘録』の頃についてはほとんど触れていない。そしてひとつだけ思い当たるフシがある。目黒は極端にシャイな人間なのである。自分をあまり語りたがらない人なのだ。だからきっと自分のやってきたことを偉そうに語るなんて恥ずかしくてできないのではないか。もちろん当の本人は成功したとは思っていないこともあるだろうけれど…。

 そう考えてみると、何だか愛すべき人間に思えてくるのが不思議だ。そして、きっと目黒は、今まで僕にいろいろと注文をつけたいことがあったのだろう。そして若き頃の自分と比べて歯がゆい想いをしていたのだろう。

 何だか僕は無性に損をした気分になっている。

1月24日(木)

 重版があがり、直木賞受賞作2点が、やっと書店店頭に並び出す。ついでにどこのお店でも品切れしていた『指輪物語』の1巻目もチラホラ見かけ、これでやっと書店さんも勝負できるというものか。あれば売れるのに、その本がないというのはとてもツライことでしょう。

 書店員さんの嫌いな言葉ベスト5に必ず入るであろう言葉で『減数』あるいは『調整』という言葉がある。これは、出版社へ注文した部数が、現実に納品になる際に減らされることで、例えば50冊の注文に対して納品数が20冊であったり、もっとひどいときは5冊であったり。出版社の現在庫あるいは増刷部数に対してあまりに多くの注文が一気に集まったとき、このような方法が取られることが多い。

 出版社側から「減数」や「調整」を見てみると、ようは本の注文には返品が付きもので、それを頭に入れて出荷規制をかけないと返品率があがる一方になってしまう恐れがあるのだ。だからついつい過剰供給よりも過少な供給に向かっていってしまうのはある意味仕方ない。注文部数=実質売上数でないところがこの業界の在庫管理の難しくしている。

 ところがところが、現実に書店さんの店頭ではその売れ行き良好書がノドから手が出るほど欲しい。10冊入荷したところで、そんなものは3日で売り切れてしまう。しかし本当に売れていても、出版社が全書店の実数を掴んでいるわけではなく、十把一絡げに減数されたのではたまったものではない。というわけで書店さん側は自己防衛手段として「減数」を見越して、50冊注文で20冊しか入らないなら、100冊と書けばせめて半分の50冊は納品されるだろうと、裏読みの注文を出していたりする。

 こうなるとこの業界を駆けめぐる注文部数というのが、虚実ない交ぜになったもうとんでもない数字にならざる得ない。とある大手書店さんでは自社在庫数をネット上でオープン化し、透明な仕入を見せてくれていて助かるが、これは今のところ有料なので全出版社が見られるわけではないし、また別の書店さんでは、一書店員さんの労力として、各注文書に向こう1ヶ月間の週間売上部数をFAX用紙に記入していたりもする。しかし悪しき習慣はいまだなくならず、書店さんの現場では、赤く注文部数に訂正を入れられた短冊が散開している。

 うーん…。
 注文数が信じられない業界って他にあるのだろうか?と思わず今日、考えてしまった。

1月23日(水)

 坂本竜馬が死んでしまった。

 本日、埼玉を営業していて、埼京線のなかで『竜馬がゆく』の8巻目を読み終えた。その時の悲しみ、そして喪失感。この8巻目が最終巻なのだから、竜馬が死ぬのはわかっていたけれど、茫然自失となって電車に揺られ、思わず営業目的の駅を乗り過ごしてしまったほど。先に読んだ『峠』や『花神』あるいは『世に棲む日々』でも、それぞれの主人公は死んでいく。しかし、これほどのショックは受けなかった。竜馬の圧倒的キャラクターに思いきり感情移入してしまったせいなのか。強風が吹く高架線のホームでしばし呆然としていた。

 とにかく司馬遼太郎の歴史小説の良くないところは、主人公がみんな最後に死んでしまうことだ。

 その後、どうにか気を取り直して営業をし、南越谷のA書店Sさんを訪問。そういえば先月訪問した際に、僕が今更ながら司馬遼太郎にはまっていると告白したところ、なんとSさんも「竜馬がゆく」にはまっていると聞いていたのだ。あわてて、ちょうどさっき読み終えたことを伝えると、Sさん
「わたし、実はつらくて8巻目を読んでいないんです。だってあの竜馬が死んじゃうんでしょ…」とのこと。

 司馬遼太郎作品は最終巻(最終章)を読まなければいいのか…。
 

1月22日(火)

 3月中旬予定の新刊『恋愛のススメ』吉田伸子著の新刊チラシが出来上がったので、本日からその営業を開始する。営業マンとしては、今まで前年のチラシを持ってウロウロしていたので、これでやっと年が変わり新年を迎えた気分。

 それにしても、どこの書店さんでも言われることは、「この手の本は、装丁と帯が勝負!」とのこと。これはセールスに直結することだけに、メモを取りつつ真剣に聞き、帰社して単行本編集の金子に伝える。相変わらず金子は唸ってばかり。

 夜は、深夜プラス1の浅沼さんを囲んで新年会。T社のIさん、D社のKさん、S社のTさん、Mさん。それと年末にこの業界を離れていってしまったMさん。いつも飲んでいるメンバーだけに異様に盛り上がる。

 特に昨年読んだ本についてのそれぞれの感想が面白い。『模倣犯』は是か?非か? 『邪魔』はどうだ? などなど。不思議なのはみんな『夜のフロスト』のフロストシリーズが大好きということで、帰り際、いい年こいたおっさん達が「カンチョウするぞ!」と騒いでいる始末。酒は怖い。

 まあ、そんなバカ騒ぎをしつつ、僕からしたら営業の大先輩T社のIさんが語った言葉が印象に残る。

「営業をやっているとツライこともあるけれど、やっぱり好きな本を営業しているっていうのは何物にも代え難い。例えばこれがもし他の物の営業だったとしたら、耐えられるかどうか…」

 思わず僕も深く頷いてしまった。

1月21日(月)

 昨年末、浜本と二人、新設されたHP「ほんや横丁」の原稿依頼のため執筆者となる書店員さんを廻っていた。

 本の雑誌社はとてもチビ会社のため、編集・営業それぞれ各自の仕事をこなしていかなければならず、このようにコンビを組んで動くことはほとんどない。今回は書店員さんの連載ということで人選を僕が担当し、その後は浜本が原稿を見ていく形になったため、互いに時間を合わせ、打ち合わせの段取りをすることになった。待ち合わせの池袋で合流したが、妙に落ちつかず、また二人でいることに照れもあって、時間まで店内で意味もなく本を取り上げたり、声をあげたりしていた。

 1件目の打ち合わせが滞りなく進み、移動の時間を差し引いても、次の打ち合わせまでかなりの時間があった。

 肩を並べて、池袋の雑踏を目的もなくぶらぶらと歩いていた。すると浜本がポツリと漏らした。
「杉江くん、大丈夫なの?」
「はい?」

 何のことだかわからず問いただすと、浜本は歩みを止め、意を決した顔で話だした。それは、給料に関することで、僕のこれからの生活を考え、今のような零細出版社の低賃金で暮らしていけるのか?ということだった。浜本はずっとそのことが心配だったようで、「杉江君みたいに若くて元気の良い奴は、他にも仕事があると思ってね。で、いつ、もっと待遇の良いところに転職するって言い出すか怖くてさあ。そうなったら止められないじゃない…。まあ、話を聞いたからって給料をあげられる訳じゃないんだけど…。」と力なく笑った。

 その話を聞いていて、僕はふたつの想いが交錯した。そのひとつは、確かに金は欲しい。しかし金で動くようなら元々この会社に転職して来なかったであろう。なぜならその時点でかなり給料が下がっているのだから…。本の雑誌社に転職して、4年以上経っていて、それがわかってもらえていないという憤り。

 もうひとつは、こんな僕でも必要としてくれているという喜び。

 ふたつの相反する気持ちをうまく言葉に表現することができないまま、僕は浜本に答えた。

「まあ、今こうやって生活していられるんだから、大丈夫じゃないですか。サッカー以外あまり望みもないし…。それに僕はそんなことで辞めませんから、安心してください」と。

 それからしばらくこのことについて考えていた。友人達とも会って話をした。友人の考えは、「オレは今の会社で充分だよ」と答えるのが何となく気恥ずかしくなるくらい、それぞれ次なる仕事への野望を抱いていた。

 僕は何か間違っているのか…。

 誤解を恐れずに、そして傲慢に結論を出すなら、僕の大好きな言葉『WE ARE REDS』や『PRIDE OF URAWA』と同じように、今の仕事に対して『WE ARE 本の雑誌』であり、『PRIDE OF 本の雑誌』であると考えている。そう、椎名や目黒や沢野、そして浜本がいて『本の雑誌』なのは重々承知している。しかし、それだけではないとも思いたい。僕自信、微々たる能力だけれど、自分としては「僕がいて『本の雑誌』なんだ」と。

 その誇りを胸に、僕は書店さんを廻っている。
 そんな仕事を辞められるか!

1月18日(金)

 朝、新宿駅のJRと京王線の乗換え口で、定期券が飲み込まれたまま出てこなくなった。すぐさま駅員さんを呼びに行き、機械を探すが見つからない。いったい僕の定期券はどこへ行ってしまったのか?

 「お客様、時間はありますか?」と聞かれるが、通勤途中に時間なんてあるわけないじゃないか。しかし、かといってこのまま「無い」と言って消えるわけにもいかず、言われるままに事務室に連れて行かれ、引き替え定期券というのを作らされた。見つかり次第連絡をいれると言うが、いったいどうなってしまったのか。

 若干遅れて会社に着くと、京王線から連絡があり、見つかったという。いったいどこにあったんだ!と質問するがハッキリ言わない。とにかく営業に向かう途中に立ち寄り、自分の定期券を引き取る。

 さて、本の雑誌社は大変小さな会社のため発行人(これは普通の会社でいう社長のこと)の浜本もバリバリ実務をこなさなければならない。原稿の依頼からレイアウト、企画などなど、いわゆる普通の編集者が行うことを全てやっているのである。

 今、午後5時38分。その浜本が作業机で3月号のレイアウトをしている。レイアウト用紙と電卓を睨みつつ、すでに1時間以上独り言をブツブツ言っているのだ。そしてその独り言がとにかく騒々しく、そして異常だ。ちょっとリアルタイムに書き出してみよう。

「これはこうしてみたけど、ちょっとおっかしいかなあ。ああ。スースー」
「これを~、じゃ~、こうしたら、ズンズン。」
「はぁ~、ちゅうちゅう。」
「納得がいかない!」

 今は、定規をあて鉛筆で線を引いているから無言。
 出来上がったレイアウトを遠目で確認。
 鉛筆削りで鉛筆を削る。

「だれか~、教えて~くれよ~。」
「あぁ、腹減ったなあ~、ズンズン。」
「うーん、こっちをこうして~。うーん、ダメなんだなぁ。コレがぁ!!
 わかっているでしょうそんなこと、ズンズン。」
「やり直しったら、やり直し。」

 鼻歌で競馬のファンファーレを歌い出す。

 と、ここまで書いていて僕はあまりのおかしさにこらえられなくなって吹き出してしまった。すると浜本が顔をあげ「お前、何をそんなに見つめているんだ、おい何をやっているんだ」と怪しみつつ、僕のパソコンを覗いてくる。あわてて保存。

 とにかくここに書き上げた独り言はすべて本当である。決して「作り」でありません。そういえばいつだかネットの企画で社内にビデオを設置するという話が出たときに一番反対したのが、この発行人浜本だった。今更ながらとても放送できない会社だということに僕は気づいた。

1月17日(木)

 直行で取次店廻り。22日搬入の『ケ・マンボ食堂の午後』の見本出し。25日の給料日前なので混んでいるかと身構えていったがそんなこともなく、順調にN社、T社を廻り終え、深夜プラス1の浅沼さんと昼食後、地方小出版流通センターへ。

 その後は書店さんを廻り、夜、会社に戻ると事務の浜田に「金子さんに近づかない方が良いですよ、何だか相当悩んでいるようなので」と進言される。が、僕の悪い癖で、そう言われるほど近寄りたくなっってしまい、勢い込んで金子の席に向かってしまった。

「どうかしたんですか?」と野次馬根性丸出しで質問するが
「あのね、スギエッチはいいの。」と金子はつれない。
「いいのって仕事でしょ?」としつこく食い下がると、どうも3月発売予定の当HP好評連載『恋愛のススメ』の単行本タイトルのことらしい。ならばこのロマンチストの僕をおいて誰が候補を出すというのか!と反論。しかし金子はハッキリと
「あのさ~、今頃ロマンチストなんて言葉を使う人に相談したくないんだよ」と言い、横を向く。……。

 うしろでその話を聞いていた進行の松村は「わたしは枯れてますから…」といつもの口癖で仕事に没頭。うーん、この会社で一番若い松村がそんなことを言っちゃぁなあ。でもいつも酔うと言っているし、まあ、今の狂ったような仕事量では致し方ないことか。きっと、ボロ雑巾のように働かせている浜本さんが責任を持ってくれるでしょう。

 いやいや、そんな心配よりも、今は『恋愛のススメ』の心配なんだと、思いつくままにどこかで聞いたことのある歌のタイトルのようなものを挙げていく。しかし金子はメモも取らず、耳すら貸していない様子。

 そこへ登場したのが、本の雑誌社恋愛マダム。浜田の登場。実は彼女、こっそりその手の本をたくさん読んでいるようで、次から次へと具体的な話をしてくる。例えばこういう状況の女はこういう言葉に弱い、タイトルよりも小見出し、帯が大切…などなど。金子も金子で突然ガバリと顔を上げ、しきりにメモを取り出す。

 いったいどんなタイトルになるのか乞うご期待を…。

1月16日(水)

 先月タイミングが悪くお会い出来なかった六本木のA書店を訪問。本日は、しっかりTさんやMさんと話せ、ひと安心。それにしてもいつ訪問しても、これは!という本が積んである面白いお店だ。僕はこのA書店系列とP書店系列のお店の棚を見るのが大好きで、なぜかというと、著者や出版社の有名・無名に関わらず、担当者のアンテナに引っかかったものがドーンと並べられているからだ。そこにしっかり意志が現れていて面白い。

 その後、当「WEB本の雑誌」に新設された「ほんや横丁」で連載を依頼した東京ランダムウォーク六本木店の渡辺さんにお礼と感想を伝えようと訪問。ところが、今月はこちらの渡辺さんの休みの日にぶち当たってしまい、あえなく撃沈。ああ。アポなしの営業のつらいところだ。とりあえず、店長のイナバさんにお礼を伝え、再訪することに。

 次なる訪問予定先、市ヶ谷の地方小出版流通センターさんへ移動しようと南北線麻布十番駅へ向かったが、これが、非常に遠い。いや、大江戸線の改札まではまだ我慢できるのだけれど、同じ駅名を掲げている南北線の改札までにいったいいくつエスカレータを登り降りしたことだろう。これだったら駅名は別にして欲しいもんで、そうそう、大手町も路線によってはかなり歩く。営業マン泣かせの駅は他にも結構ある。ああ。

 市ヶ谷に到着し、念のため担当のKさんに電話をいれるが、何と本日お休み…。そうか、今日は水曜日だったのだ! すっかり3連休で曜日がずれていることを忘れていた。本日3度目の深いため息。

 しかし、しかし、こんなことで営業マンはくじけていられない。急遽、訪問路線を変更し、その後は順調に営業。ひとり営業のよさは、エリアの区分けがないため、どこへ行ってもとりあえず仕事になるということか…。

1月15日(火)

 『ケ・マンボ食堂の午後 欧州ジグザグ放浪記』の事前注文を〆ながら、どこか淋しい想いにとらわれる。この淋しさはどこから来るのだろう?と頭を捻らせて、あることに気づいた。それは、先月まであった鈴木書店さん分がポッカリなくなってしまっていることだ。

 今回の鈴木書店さんの自己破産では、書店さんが素早く対応したため、取次店の変更が滞りなく行われた。おかげで、本の雑誌社では配本に関してはあまり実害もなく、順調に進んだ。しかし、心としては淋しいし、やるせない…。

 そういえば、自己破産後、営業をしつつ、書店さんで話を伺っていると
「本は他から入るとしてもあのスピーディさはどこにもない。いまさらながら鈴木書店の重宝さが身にしみる」と嘆く方が非常に多い。

 商売は潰れても、未だ現場では鈴木書店さんの話は尽きない。そして書店員さんの多くが、感謝の気持ちを持っている。

1月11日(金)

 柏のW書店Oさんを訪問するが、あえなく大空振り。Oさんはこの業界の情報をかなり持っていて、いつもその話を伺うのが楽しみだったし、そもそもかなり鋭い読書家で、めぼしい新刊はほとんど読んでいて、歯に衣着せぬ感想を言ってくれるのだ。僕はその感想を聞いて購入本を決めることも少なくない。ああ、とにかく近いうちに再訪しようと決意。

 その後、駅の反対側に歩いていき、S書店を訪問。売場で作業していたMさんを見つけ一安心。ついつい長話で仕事の邪魔をしてしまう。Mさんのことは、何度もこの日記に書いているので気が引けるが、とにかくいつも明るく、そして為になる話を伺える凄腕書店員さんだ。本日も既刊書の売り方をおもしろおかしく伺い、来週からの営業に活かせそう。ありがたい。

 柏を再度訪問することになったので、急遽路線を変更し、銀河通信@安田ママを訪問。ここ数日、安田ママの日記を読んでいると、あることで頭を悩めている様子だったので、心配しつつ、長話。12月は売れ行きが良かったとかで、まあ喜ばしいことですが、今月と来月がツライんじゃないかとのこと。

 それは他の書店さんも気にしていることで、どうも出版社は1月と2月に新刊を手控え、3月の決算前にドーンと出版する傾向が強い。となると書店さんも毎日山のように新刊は来ることは来るが、展開には限界があり、1冊1冊丁寧に売ることができず、それこそあっというまに返品になったりして、どちらにとってもよろしくない状況にならざるえない。良い習慣というのは、意外となくなったりするけれど、こういった悪しき習慣はなかなか改善されないもの。

 安田ママさんから同僚(先輩)の文庫担当Iさんを紹介される。少し話してみて、思わず松田聖子じゃないけれどビビッっと来た。(古い…) 実は、Iさん。スゴイ書店員さんで、とても興味深い話をビシバシ話される。おお、来年は是非、『おすすめ文庫王国』にご登場下さいと依頼し、このような書店員さんを紹介してくれた安田ママさんにも深く感謝しつつ、今度は武蔵野線の人となり、何軒か廻って直帰する。

1月10日(木)

 昨夜遅くまで、新年会に参加。この新年会のメンバーがとても興味深い。それぞれ別の本屋さんに勤める書店員さん3人が、とあるきっかけで意気投合し、集まるようになったとか。店の看板を越えて、日々の仕事について話しているその姿に思わず感動する。そしてそれ以上に互いに友人としてつき合っている姿は素晴らしい。こういう機会がもっと多くの書店員さんにあれば、一段とこの業界は面白くなるんじゃないだろうか。

 さて、今回集まったその3人とも、僕はいつもお世話になっている方々で、また若手ながら尊敬に値する仕事ぶりにいつも感銘を受けていた。それぞれの話がどれも面白く、ただただ伺うばかり。お声をかけていただいたことに深く感謝する。

 それと、その会で同席したH出版のKさんと僕は思わず抱き合いたくなるほど意気投合してしまった。それは、この日記でも何度か書いた菊名のP書店のことで、KさんもここのH店長さんが大好きで通っているとか…。

 とかく出版営業は、商売としては当たり前のことだけど、大きなところに群がる習性があるため、このような町の書店さんの話題で盛り上がれることが意外と少ない。何気ない会話からP書店の話となり、もうその後はその話ばかり。Kさんは深く頷きながら
「ああいった町の本屋さんがしっかり生き残れるシステムを作らないと、やっぱり今後の出版業界はダメだと思います」と話し、僕も大いに賛同する。ああ、何だかとにかくうれしい。ついでに僕の大好きな中村橋のN書店を紹介する。

 さて昨日の話はここまでで、本日は取次店N社とT社を廻り、溜まっていたデスクワークを処理するためいつもより早めに会社へ戻った。すると1冊の本が僕へ郵送されてきており、いったい何だろうか?とあわてて開封。

『リトルモア』 VOL.19 WINTER

であった。いったいどうして?と思ったが、埋もれていた記憶の引き出しを探ってみるとあることを思い出した。そうだ! 去年の秋頃、生まれて初めて原稿依頼というものを受け、『炎の営業日誌』の延長のようなものを原稿用紙2枚程度書いたのだ。すっかり忘れていたけれど、それがこの『リトルモア』だったのだ!とあわてて巻末に付けられた「COLUMNS29」というページをめくる。おお、しっかり文章が掲載されているではないか! 

 『本の雑誌』では、編集後記やいくつかの記事で、自分の書いた原稿が活字になっているけれど、その時は何の感慨もなかった。けれどやっぱりこうやって他社の雑誌で活字になると、不思議な気持ちが沸いてくる。うーん、たった数百文字なのに、妙にお尻がムズムズしてしまうではないか。まあ、こんなことはもう2度とないだろうけど。

 それにしても改めて読んでみるとこの『リトルモア』という雑誌は『本の雑誌』とも、僕が書く文章とも対極にあるような雑誌ではないかということに気づく。お洒落で、新しくて、斬新で、何だかあまりに場違いなところに自分の名前が印刷されていて、もしかしてこれって迷惑なんじゃないだろうかと心配になってくる。

 事務の浜田には「杉江さん!この29人のコラムのなかで、妙に杉江さんだけくすんでいるんですけど…」なんて言われる始末。ああ、『リトルモア』編集部の皆様、どうもすみませんでした。

1月9日(水)

 なかなかうまく営業できないお店があった。本はしっかり売ってくれているけれど、担当者とうまく噛み合わないというか、どう話を持っていったら良いのか見当がつかない。いつも部数をもらってそれだけでしずしずと帰路に就いていた。もちろん、ただ無駄話をしたいわけではない。本を作る側と売る側の間で、良好な人間関係を作りたいのだ。そのためなら僕は苦言だろうが、小言だろうがいくらでも素直に聞くし、それを編集部に持ち帰るのも僕の仕事だと考えている。

 しかしとある書店さんでそれができず歯がゆい想いをしていた。すでにその書店員さんに出会って数年以上過ぎていて、その方はかなり出来る人なのでノウハウも聞いてみたいし、いろいろと教わりたいことが山のようにあった。

 営業マンも書店員も人である。好き嫌いの好みは少なからずあるわけで、きっと僕の何かが嫌いなんだろうと考えていた。そう、やっぱり噛み合わないこともある。でもそんなことであきらめたくないとしつこく毎月訪問し、ものの数分でお店から出てくることの繰り返しだった。

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 何がきっかけだったのか、そのお店を出た後、しばらく考えていたが何も思いつかない。特別変わったことをしたわけでもないし、今日に限って違うところなんて何もない。でも、とにかく今日やっとうまく話せたのだ。かなり長い間会話を交わし、そしていくつも興味深い話を伺えた。

 こんな日はどうしたら良いんだろうか、と駅へ向かう道を歩きながら考えていた。ドラマや映画だったらきっと主人公は叫んでいただろうし、時間が時間ならそのままどこかの飲み屋に入ってひとり祝杯を上げていただろう。

 しかし現実にそんなことができる状況ではなく、僕はただただ、じっと喜びを噛みしめていた。それでも自然と笑みがこぼれてきて、それだけは止めることができなかった。

1月8日(火)

 昨日訪問した横浜では、今年とある大手書店が出店してくるという噂で大騒ぎ。現在ある書店さんたちは、どれくらい来客数が落ち、何%売上が下がるのか…という心配を抱え、新年から大変な状況になっている。

 日本各地でこのような大書店の出店攻勢が続いているが、全体としての本の売上は下がっているわけで、結局は読者の広がりにはつながっていない様子。そこがなんとも歯がゆいが、まあ、出版社が面白い本を作っていないという証拠にもなるのだろう。

 そんななかでもM書店のYさんはやる気を見せて、「売り場面積からいってとても太刀打ちできる状態じゃないけれど、ある程度ターゲットを絞って、そこに合う本をしっかり揃えていきたい」と話す。そう、Yさんの棚はいつ見ても活気があって、僕の横浜訪問の楽しみのひとつになっている。いったい今月はどの本がYさんのアンテナに引っかかったのか? そんな興味を持っていつも訪問し、ドーンと展開された本を見ているとそれが自社の本でもないにも関わらず、しっかり売ってもらうんだよ…なんて気持ちになってくるのは不思議だ。

 さて、その活気ある棚を作る原動力は、何といっても朝から晩まで働きづめで、それでも仕事を楽しむ姿勢を忘れていないYさん自身のエネルギーだと僕は思っている。棚はやっぱり書店員さんの鏡。こうやって楽しく仕事をしている(もちろんつらいこともあるけどそれも楽しむ人柄)担当者がいると、そこに並べられている本も一斉に輝き出しているように感じるのだ。僕はいろんな書店さんでそんな棚を眺め、自分をかえりみて、反省する毎日。

「12月は疲れちゃって、全然小説が読めなかったの。そんななかでも、コレは!と思った一押しがあるのよ」と言って一冊の本を紹介された。

『盲導犬クイールの一生』 石黒謙吾<文> 秋元良平<写真>(文藝春秋)

 平台の一番良い所に積まれたその本を手に取り、ペラペラとめくりながら、ああ、これは絶対にボロボロ泣いてしまうだろうなと思った。僕はこういうのに弱いんだ。早速購入しようと思い、レジに向かおうとしたところYさんに止められる。

「ダメダメ。今在庫が少なくて、これはお客さんの分だから、もし売り切れちゃったら申し訳ないじゃない。杉江さんはいつでも買えるでしょう。来月、来たときに買ってね。その頃にはしっかり追加分が入っていると思うから。」

 もちろん僕も定価で本を買うわけだから1冊の売上に変わりがあるわけではない。そうではなくて、Yさんはこのお店に来店してくれるお客さんを大切にしているということ。何だか新年早々、こんな心の温まる会話が出来て僕は幸せだった。

 次に訪問したお店でしっかり『盲導犬クイールの一生』が積まれていたけれど、これはYさんのお店で買わなければ意味がないと、来月の楽しみにとっておくことにした。

1月7日(月)

 明けましておめでとうございます。今年も『本の雑誌』及び単行本、そしてこの『炎の営業日誌』をよろしくお願いします。

 年末、29日に天皇杯準決勝を元旦のチケットを握りしめながら観戦したが、あえなくレッズは敗退。どうしていつもここぞというところで負けてしまうのか。優勝したエスパルスはいつも決勝で負けていたけれど、レッズは最高でも準決勝だ。数年前のヴェルディ戦もそうだったし、Jリーグで優勝しそうになったときも、国立競技場でアントラーズに負けた。あの日、国立競技場の向こう、新宿副都心に沈む夕日を僕は今でも忘れていない。悲しみはいつまでたっても消えないものだ。

 その準決勝で負けたショックか、僕は夜中に激しい嘔吐と下痢で、病院に運び込まれた。急性胃腸炎とやらで、もうボロボロ。昼はレッズで涙目、夜はこれで涙目。その後はじっと静かに寝正月になってしまって、最低最悪の冬休みは幕を閉じた。

 営業マンにとって仕事始めは挨拶廻り、と相場は決まっているけれど、我がチビ会社はそれどころではないし、会社自体も御神酒もなければ、社長浜本の挨拶もない。とにかく何事もなかったように(本当は年を越えただけで何もないのが正しい)通常業務が始まり、それも休み中に溜まった山のような仕事をこなしつつ、猛烈に働かざる得ない。ああ、今度、仕事に就くときは、せめて仕事始めの日は半ドンで、午後は麻雀なんて会社にしよう…。

 さて、僕はこれから横浜方面の書店さんへ今月の新刊『ケ・マンボ食堂の午後 欧州ジグザグ放浪記』の営業に出かけます。久しぶりの書店が楽しみだ!

 あっ! その前に郵便仕分け部長としての大切な仕事があった。年賀状を各自に分けなくてはならない。

 2002年、さあ、仕事の始まりだ!