とうホームページの人気連載、目黒考二の『今週の1冊』が更新され、あわてて読んでビックリ。いや、その連載文を読んでビックリしたのではなく、そこで触れられている「KADOKAWAミステリ」の文章を読んで驚いたのである。思わず僕はその文章を読んでいて「ウソ!」と叫んでしまった。
なんとなんと目黒が若き編集者だった頃、ダメ元で企画したSFマンガ雑誌が会社の会議で通り、その執筆依頼を手塚治虫にしていたというではないか! それも本人と会って話までしているというのだからもうビックリする以外どうしようもない。詳しくは書店店頭に並んでいる『KADOKAWAミステリ』を読んで頂くか、http://www.kadokawa.net/mystery/のブックコラム『連篇累読』でも読めますんでお確かめ下さい。
うーん、これから先に書くことを目黒が許してくれるかわからない。けれど、まあ、僕の一方的な誤解として読んでもらえば問題ないか…。
とにかく、僕のなかでの目黒考二像というのは、どちらかというとダメ人間である。いや編集能力とか企画力に不満があるわけではもちろんなく、ただただ社会人としてどうかと思っていたのである。
僕が本の雑誌社に入社した初日。その日は誰だってそうかと思うけれど、僕は、妙に意気込んでいた。出社時間の45分前に到着したが、まだ鍵が開いておらず、会社の廻りをぶらぶらと歩きながら、ぼんやりタバコを吸って誰かの出社を待っていた。結局、会社に入れたのはそれから30分以上後、始業10分前のことで、僕はまずその大らかさに驚いていた。
その後、細々とした説明を受け、同じ1階で働く事務員に自己紹介し、なぜか2階を飛び越し、3階の事務所の人達にも挨拶をした。2階を飛び越すときに総務兼経理のTさんはブツブツと「まだ寝ていると思うから…」と言っているのが何となく気になった。
日も高く昇り、残暑で社内がムシムシしてきた頃、僕はまたTさんに連れられて2階へ行った。堆く積まれた本の奥に汚いソファーとテーブルが置かれ、そのテーブルの上には前夜にとったであろう食事のゴミが散乱していた。Tさんは恐る恐るそこを覗き込み、丸まった布団に向かって「目黒さん、もう起きてますか?」と小声で話しかけた。
しばらくして間の抜けた「ふわ~」という大きなのびとともに面接で顔を会わせて以来の目黒が「な~に?」と寝ぼけ眼で僕を見つめた。Tさんが「今日から営業で入る杉江君が出社したので挨拶を」と普通の会社なら当たり前のことを言うと、目黒は相変わらず寝ぼけた様子で「あ~、よろしくね」とつぶやき、また布団の中に戻っていった。「昨日徹夜だったから…」と呆然としている僕を見かねてTさんはフォローの言葉を投げかけてくれたが、驚きは隠せなかった。新入社員に何かしら訓辞を垂れるのが会社の経営者だと思いこんでいた僕は、あまりに拍子抜けし、僕はよほど招かざる新入社員なのではないかと思わず勘ぐりたくなる程であった。
初対面がこの調子だから、その後はもっとひどくなる。とてもこちらが思っている経営者とはかけ離れた行動で、その度に僕は驚かされ、そしてとんでもない会社に入ってしまったと後悔もした。そして苛つくこともあった。いったいこの人は何を考えているんだろう?と何度も何度も思わずにはいられなかった。
ところが、実際に営業に出て、古くからつき合いのある書店さんを訪問し、ベテランの書店員さんから話を伺うと、目黒の印象が全然違う。「『本の雑誌』はね、目黒くんがいつも重そうに担いで持ってきてくれていたんだよ」とか「いつだったかなあ…サンタの格好して…」とか「棚の話になると一生懸命考えてくれてね」なんて話がボロボロ出てくる。僕はいったいどれが本当の目黒なんだろうと飲み会の席で何度か本人に質問したが、いつもはぐらかされてばかりだった。そして未だに目黒を理解できない部分が正直多かったのである。
『KADOKAWAミステリ』の文章を読んで、僕のこの悩みのいくつかが解きほぐされた気分だった。
きっと目黒考二という人は、かなり熱血というか仕事に対して本当は想いのある人なんじゃないか。じゃなきゃ若造の編集者が思い上がりの企画を持って、その頃すでに大家であった手塚治虫氏に原稿依頼なんてするわけがない。そもそも人見知りで、書店を廻ること自体苦痛を感じていたような人が、そこまでするとは何かの情熱がない限り出来るわけがない。
そしてなぜそんな姿を本の雑誌スタッフに語らないのか? 普通の経営者だったら「オレはこんなことをしていた」と得意げに語りそうなものなのに、今までの著作でも『週刊実話と秘録』の頃についてはほとんど触れていない。そしてひとつだけ思い当たるフシがある。目黒は極端にシャイな人間なのである。自分をあまり語りたがらない人なのだ。だからきっと自分のやってきたことを偉そうに語るなんて恥ずかしくてできないのではないか。もちろん当の本人は成功したとは思っていないこともあるだろうけれど…。
そう考えてみると、何だか愛すべき人間に思えてくるのが不思議だ。そして、きっと目黒は、今まで僕にいろいろと注文をつけたいことがあったのだろう。そして若き頃の自分と比べて歯がゆい想いをしていたのだろう。
何だか僕は無性に損をした気分になっている。