WEB本の雑誌

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8月30日(金) 最終回

 一応『炎の営業日誌』は今日で最後なので、最終回らしいことを書こうと思います。

 まず、一度でもこのページを読んでいただいた方に、深く感謝します。
 ありがとうございました。

 元々、ホームページを立ち上げるときのコンテンツ不足により、一方的に連載が決まっていて、ある日あるときから突然始まってしまったのが、この『炎の営業日誌』でした。このタイトル自体も勝手に決まっていたもので、僕自身、サッカーに対しては、かなり燃えている自負がありますが、仕事に関しては、どこまで燃えているのかわからず、いまだにタイトルには違和感を感じています。

 書き始めて、辛かったのは、毎日書くというその労力よりも、書ける話と書けない話を区別することでした。

 営業マンとして、毎日書店さんや取次店さんをうろついていれば、いろんな話が聞け、ネタに困ることはまったくなかったものの、あまりに裏話的であったり、批判的であったり、特ダネ的であったりして、本来そういうものを書けば、かなりエキサイティングな内容になったと思いますが、しかし、それがこの連載の本意(あるとすれば書店や本が楽しいものと伝えたい)とは、噛み合わないので、一切書くのを控えました。

 ただ、たまにその取捨選択を誤ってしまい、苦情や怒りの電話やメールを頂いたこともありました。そんなときは数日間、気分が荒れ果て、夜中にサッカーボールを蹴飛ばしたこともありました。

 書くこと、そしてそれを公表することは、とても難しいことだと実感しています。

 それから基本的に僕の日々の仕事(営業)について書いているわけですから、その話の舞台は書店さんや出版業界が基本になります。書店員さんは、不動の、売場という顔をさらす場所で働いているので、そういう人達を書くというのは非常に難しいものでした。何か危険があってはいけないし、業界内部から反発を喰らっても大変だし、またプライベートなことはもっと書きづらく、書店名や担当者を頭文字で表記するのを基本にしつつ、難しいときは完全に匿名にしてみたりして工夫をしたつもりです。迷惑をかけてしまった書店さん、書店員さんも少なからずいらっしゃると思います。この場を借りてお詫びします。

 2年間続けてみて、良かったことはあるのかと言いますと、この連載のおかげで、書店員さんと親密になれた部分は少なからずあるような気がします。先月連載を辞めたいと書いたとき、安田ママさんから即刻存続希望のメールが届き、柏のS書店Mさんから熱いメッセージを頂き、また一度しかお会い出来ていない小山市のS書店Tさんからも「書店員のストレス発散のため存続を」という手書きファックスを頂いたりしました。また営業中もこの連載の話題から話が盛り上あがることもあり、それはとてもうれしいことでした。

 それから、まったく知らなかった人と知り合えたのも大きいです。専門出版社化学同人の営業Yさんとは本当にこの連載だけでつき合いが始まり、今でもメールや電話でやりとりしています。もしYさんが京都ではなく東京の出版社に勤めていたら、夜な夜な酒を飲んだであろうと考えているほどです。また長老みさわさんを始め、幾人かの読者の方ともつき合うことができ、非常に感謝しています。

 そういった人間的なつながりとして喜びを感じることはありますが、書くこと自体の喜びはいまいち思い浮かびません。これはきっと僕の中に、根本的に書きたいとか、何かを伝えたいという気持ちがなく、そんなことよりも営業マンとしてもっともっと突き進みたいと考えているからだと思います。

 だから、もし、このホームページで初めて『本の雑誌』を知り、そして興味を持って頂き、購読してくれた人がいるとしたら、それが僕としては一番うれしいことです。

 長くなりましたが、ご愛読頂き、ありがとうございました。

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 ……。

 本当はこれで終わるはずだったのに、なぜに帰って来なければならないのか…。

 悔しいけれど、次週からの『帰ってきた炎の営業日誌』もよろしくお願いします、とつけ加えておきます。

8月29日(木)

 毎朝、会社に辿り着く寸前のファミリーマートで買い物をする。購入するのは、缶コーヒーだったり、パックの麦茶であたっり、飲むヨーグルトであったりと、その日の気分次第で、最重要なのはひとときの清涼感を楽しむことだ。冷え切った店内をぐるりと一周すれば、1時間30分かかる通勤で流れた汗がさっとひく。

 今日は、缶コーヒーを買おうと思いながら自動ドアの前に立った。顔見知りの店員さんが「あっ、お早うございます」と声をかけてくれる。コンビニでマニュアル的会話でない言葉をかけられると、ちょっと焦る。こちらもそれに「お早うございます」と返答するのだが、それもまた恥ずかしい。

 冷蔵ケースへ向かう途中、おまけ付きお菓子売場の前を通った。そういえば、サッカー系ネットで選手のフィギア付きラムネが話題になっていたっけと、つい立ち止まってしまった。本屋さんで本を探すように、コンビニの棚を左から右、そして上から下へ眼を向けていく。

 おお!『J LEAGUE PLAYER COLLECTION 蒼き鼓動編』(バンダイ)これではないか。パッケージの説明を読むと柳澤や中山や中村俊輔など全14選手があるらしく、そしてなんとその中に我らが浦和レッズの大将・福田正博が含まれているのだ。これはレッズバカとして、絶対に欲しいアイテム。

 しかしそのとき『チョコエッグ』の苦しみを思い出した。自宅で飼っていた駄猫小鉄に似ている日本猫が欲しくて34個を費やし、その後、今度は朱鷺が欲しくなり18個を費やし、そこで、友人から「いい加減にしろ」と怒られ、あえなく断念したのだった。

 あの開封するときの期待感と食いたくもないチョコをかみ砕きカプセルを取り出すときの不安感。そしてパカリと開け覗き込んだときの絶望感。いい年こいた大人が、あんなことをまた繰り返してはいけないと、心の中の白い杉江は叫び声を挙げていた。

 しかし、福田だ。レッズ誕生以来、多くの哀しみと少しばかりの喜びを共にしているMR.REDS。そのフィギアといったらもう宝物間違いなし。どうしても欲しい…。

 棚には6個の『J LEAGUE PLAYER COLLECTION』が並んでいた。これを一気に買う方が可能性が高いことは知っている。どうするか…大人なら「大人買い」か。しばし、悩みつつ、自宅の本棚に置いてある06年ドイツW杯遠征用貯金箱のことを思い出す。禁煙(節煙)も昼飯の節約もすべてそのために行っているのだ。

 こうなったら幸運を祈るしかないと、僕は手前にある1個を手に取り、缶コーヒーとともにレジに指し出した。『チョコエッグ』を散々購入していた僕を知っている店員さんが、「今度はこれですか?」と笑うので、「ええ、福田が出るように祈ってください」と答え、会社に向かった。

 静かに席に付き、黙って開封する。頼む!福田が出てくれ。最悪でも中山か、鈴木隆行にしてくれ。柳澤と俊輔だけは勘弁してくれ…。祈りつつ、中味の袋を取り出す。

 一瞬、赤が見えた。赤はレッズかアントラーズで、その赤もアントラーズのくすんだ小豆色の赤ではないのがわかった。レッズの代名詞、映える赤!!!

 まさに福田の1発ツモ!! 思わず叫び、社内を小躍りしながら1周してしまった。哀しみは一人で背負い込み、喜びは分かち合うもの。うれしい、うれしい、こんなうれしいことはない。

 席に戻り、ニヤついている僕に、空き箱を眺めていた浜田が一言。
「杉江さん、これ対象年齢8歳以上って書いてありますよ…。」

8月28日(水)

 昨日のショックを引きずりつつ、頭のなかには間もなく閉店を迎える店長さんや再雇用になるかならないかのアルバイト店員さんの顔が浮かんでは消えていく。何か僕に出来ることはないのか? それをずっと昨日の電話以来考えていたけれど、何も思い浮かばない。

 一営業マンは、一書店員にとってどれほどの存在なのか。
 そして、どれだけ人は人の人生に関わって良いのか。
 それがよくわからない。

 とにかく僕には営業を続けることしか出来ず、電車に飛び乗り、いつも以上に仕事に精を出す。
 

8月27日(火)

 昨日、アホな理由で病院に行ってしまったため、中途半端な出社になってしまった。そのせいで、営業に出られず、仕方なく会社に残った。そして問題山積みの「ひとり営業会議」を開いた。半年に一度くらい、自分の仕事を見直さないと、怠惰な性格が災いし、ズルズルとだらけてしまっているので、こういう機会が必要なのだ。自問自答で問題点を指摘し、部下役杉江Aを叱責し、上司役杉江Bに言い訳をし、杉江A杉江Bともに反省する。

 誰かに命令されて仕事をするのもツライけど、一人で仕事をしていくのはもっとツライことだ。

 営業ルートの見直しをし、訪問が滞りがちになってしまった書店さんを洗い出し、もう少し長期的な予定を立てることを考える。白紙ノートを広げ、ポツポツと気になる点を書き付けた。

 仕切り直しの営業第1日目。やる気は、日本代表がワールドカップ初戦を迎えた時と同じくらいにヒートアップしていた。さあ、9月の新刊『注文の多い活字相談 新・日本読書株式会社』の事前注文〆切間近で、追い込みだ。

 ところが、ところが、その気合いは脆くも崩される。

 地方小出版流通センターのKさんから携帯に連絡が入る。
「一応伝えておこうと思って…」と話し始めたその電話。とある書店のとある担当者が今月いっぱいで退職してしまうという話だった。僕自身、直接仕事をする機会はほとんどなかったものの、その書店員さんが、売場で的確な指示を出し、テキパキと仕事をこなしているのをいつも見ていて、ある種、憧れを抱いていた相手だった。いつか一緒に仕事がしたいと願っていただけに、ショックがデカイ。しばし路上で呆然…。

 どうにか気持ちの整理をつけ、重い足取りながら次なるお店へ移動する。そこは近々大規模な改装が入る予定の書店さんだったのだが、なんと担当者と話していたところ、アルバイトは一旦全員解雇し、そのなかから数人再雇用ということになるというではないか。

 そう話す文芸担当者自身がアルバイトであり、この後どうなるか今のところわからないんですと続ける。若いながらもとてもやる気のある方だったので、絶対、再雇用になってください!と力強く伝えてしまったが、そんなこと本人にわかるわけがないのだ。もしかして、今日が最後になる可能性があるのかと思ったら、胸の奥がカーっとなって、涙が溢れそうになってしまった。あわてて逃げ去るようにお店を後にした。

 どうして、こうなっちゃうんだろう…。確かに不況だし、どのお店も、どの出版社もツライのは事実。しかし、どうして、やる気のある人がどんどん減っていくのか…。

 つい立ち止まってしまいそうになる足にムチを入れ、予定していたルートをしっかりなぞるため、次なるお店に向かう。そうしなければならないことに、強い反発を覚えつつ。

 気持ちを隠し、どうにか営業を終え、会社に連絡を入れる。するととある書店の店長さんから電話があったことを伝えられた。いつもお世話になっている店長さんだった。少し愚痴でも聞いてもらうつもりで、折り返しの電話を入れる。

「本の雑誌の杉江ですけど」
「ああ、どうも、ちょっと話しておくことがあって。」
「何ですか?」
「えーっとね、突然なんだけど、来週いっぱいでお店を閉めることになっちゃって……」

 電話ボックスのなかで、僕はもう立ち続けることが出来ず、座り込んでしまった。

8月26日(月)

 昨晩から頭の中心部がズキンズキンと鋭く痛く、今朝になってもその痛みは変わらない。きっと子供の風邪がうつってしまったのだろうと、急遽、会社に遅刻の連絡を入れ、病院へ向かう。チビ会社のひとり営業マンは、とにかく病気や怪我が一番怖く、1週間でも寝込んでしまったら、新刊スケジュールはグチャグチャになるし、売上だって落ち込んでしまうのだ。早めの対処が一番。

 月曜日の病院というものは、異様に混んでいるようで、1時間ほど待たされる。その間、頭の痛みは一向にひかず、待合所で騒ぐ子供達の声がツライ。

 やっと僕の診療時間がやってくる。10時23分。
「風邪だと思うんですけど、頭が痛くて…」
 そう申告すると、白髪の医者は、すぐシャツを脱ぐように支持し、聴診器を胸に当ててきた。
「他に症状は?」
「いや、別に」
「ちょっと喉をね」
 と銀色のヘラを口に突っ込まれ、喉をチェックされる。

「喉もどこも風邪の症状はないんだよなぁ、血圧を測ってみようか?」
看護婦に腕を取られ、血圧計がグイグイ締め付けてくる。しかしそこに現れた数字はいたって通常の数値だった。医者は不思議そうな顔と心配そうな顔を混ぜ合わせ、
「どっか頭をぶつけたりしていないですか?」
と聞いてきた。

 頭をぶつける…って自動車事故も起こしていないし、どこかに不意にぶつけるほど背は高くないし、子供はしょっちゅう転んで頭をぶつけてるけど、さすがに僕は…と考え込んでいたとき、パチリとあることを思い出した。

 そうなのだ。土曜日の夜、久しぶりにサッカーの練習があって、僕は163cmのFWとして一番弱点のヘディング練習をやたらに気合いを入れてやっていたのだ。もしかすると、いや絶対にそれが原因で、頭の筋肉痛というか、パンチドランカー的症状で頭が痛いのだ。

「あの、先生…。僕、わかりました、もういいです、ありがとうございました」
 思わず真っ赤になりながら、診察室を飛び出した。アホ過ぎる…。

8月23日(金)

 昨日は営業で遅くなってしまったので直帰し、今日も朝イチで会社を飛び出す。お盆明け数日は大人しかった新刊もこの2日で爆裂し、書店さんの新刊平台も一気に様変わり。もう少しバラけないものかと考えつつ、気になる新刊も多く、営業中ながら購入してしまった。

 夕方、やけに静かな会社に戻り、メールやらHPをチェック。

 この『WEB 本の雑誌』ページの更新情報を確認すると、めずらしく『さざなみ編集日誌』が更新されていた。おお!何かあったのか?とあわててクリック。うん? オレのことを書いているのか、いったい何をネタにされているんだ、なんて読み込んでいくうちに、思わず椅子からずり落ちそうになってしまった。

 ……。

 新連載って?
 『帰ってきた炎の営業日誌』って何?
 8月30日と9月2日って、中2日だ。普通の週末と一緒だし、それで『帰ってきた…』は大げさだ。この調子だと、どんなことがあっても「炎の営業日誌セブン」やら「炎の営業日誌レオ」だとか延々続きそうだし、数年後にどこかでウソの傷害事件で逮捕されそうではないか。

 いや、そんなことより、誰もこの連載続けるなんて言ってないぞ!
 オイオイオイオイ、浜本さんよ、これは何?

 あわてて発行人の席に走り寄ったが、主はおらず、松村に確認すると何だかのパーティで出かけてしまって、本日は戻らないとか。こういうのを世の中の言葉で「逃走」というのではないだろうか?

 悶々とした気持ちで浜本の椅子に腰掛けていると、松村が話しかけてくる。

「いやー、良かったですよ、『炎の営業日誌』が続いて。だってやっぱり人気があるし、わたしの友達も心配していたし、それに『炎の営業日誌』無くなったら、『さざなみ編集日誌』にプレッシャーかかるし。いやいや。そうそう、目黒さんが厳しいこと言うなんてめずらしいことなんですよ、それだけ杉江さんに期待して、愛しているってことですよ、わたし、何にも言われたことがないから杉江さんが、羨ましいですよ」

 ……。

 こういうとき、体育会系の人間は弱い。先輩や上司が決めたことに不服を漏らすなんてことが出来ない。いや浜本が逃走中なので、言えるわけもないんだが。

 ブツブツ一人で不平を言っている僕に、松村が再度声をかけ、パソコンの画面を見せる。それは、WEB宛の受信メール一覧で、『炎の営業日誌』存続決定の喜びが既に届いていたのだ。

「ねっ、杉江さん。『北の国から』をこよなく愛し、情を大切にする杉江さんが、こんなに愛のある読者の言葉を裏切っちゃいけないですよ」

 それを言われると弱いんだ。それに何軒かの書店員さんから「絶対続けるように!」と厳命されていたし、うーん、結局、書き続けるしかないってことか…。

 ああ、それにしても『電波少年』みたいな会社。恐ろしすぎる。

8月22日(木)

 取次店T社の関連会社から人材派遣サービスの案内が送られてきた。文面を読む限り、この会社が行っているのは出版に限った人材派遣であり、登録スタッフのほとんどが経験者(出版社・書店・取次)であるそうで、だから即戦力として活躍できるとのことなのだ。

 もちろん、本の雑誌社は人を増やす予定なんてまるでないので、まったく必要ないのであるが、これがちょっと興味深いことが書かれている。興味深い点というのは、その派遣の職種ごとの時給の目安が提示されていることで、職種は「営業事務」「販売促進」「編集」「経理事務」「商品管理」と5つに分かれていた。

 このなかで一番高い時給が提示されているのは何か?

 まあ、皆さんの想像通り「編集」…なんですが、これは妙に金額に幅があり、逆に見ると一番安いのもこの「編集」だったりして、多分仕事の内容によってかなり違うということなのだろう。

 さてさて、驚いたのがその次に高い職種で、これがなんと「販売促進」と「経理事務」。それも時給の幅という意味で見れば、このふたつの職種が一番高い。僕の仕事は多分この枠組みでいうと「販売促進」にあたるであろうから、思わず電卓を叩き、時給×一日の労働時間×月の勤務日数なんていうのを計算してしまった。答えは哀しすぎるので書きたくない……。

 ちなみにその後は「営業事務」「商品管理」と続く。(この順位付け、チビ会社ですべてやらされている身からするとちょっと疑問を感じるが、それはまた別の話なので違う機会に…)

 とにかく、出版業界のなかでかなり日陰者といわれる「営業」という仕事が、派遣会社の時給というひとつの目安でみると、このように評価されているということがわかった。

 ただただ何となく満足した一日。

8月21日(水)

 夏休み復帰3日目。身体はだいぶ慣れてきたが、相変わらずトークが不調。一瞬自分が今、何をしているのかわからなくなってしまい、書店員さんとの会話に大きな間が空く。その間が焦りを呼び、一段と会話が噛み合わなくなってしまい、呆然と書店員さんを見つめてしまった。

 さて書店さんから聞こえてくるのは大きな溜息と嘆きの声ばかり。どうも8月の売上がヒドイようで、お盆期間はある程度覚悟していたとはいえ、その前、その後も、クソ暑い天候が強い向かい風となってしまい、まったくの下降線。今週末の給料日(23日)以降どこまで持ち直せるかが勝負のようだが、強い追い風は、10月末発売のハリーポッター第4巻を待つしかないのか…。

 菊名のP書店さんに顔を出したら、前回訪問したときにH店長さんが話されていたポイントカード実施されていてビックリ。まあ、ポイントカードといってもP書店さんは、町の小さな本屋さんだから、各所で問題になっている貯蓄型割引ポイントなんて出来るわけがない。ただ累積5000円の購入に対してちょっとしたプレゼントを渡すだけなのだが、そのプレゼントが僕はとても気に入ってしまった。

 それは文庫のカバーで、ちょうど心地良い手触りの布製で、どんな厚さの文庫にも対応できるよう、片側の折り返しはベルト式になっている。うーん、欲しい…。

 詳しく話を伺ってみると、H店長さんの奥さんがアパレル関係の仕事をしているそうで、生地の選定から縫製まですべてその奥さんの手作りの品。おまけに泣かせるのはポイントカード自体の方で、こちらは娘さんがカラープリントし、ビニールコーティングしてくれているそうなのだ。顧問目黒がこの話を生で聞いていたら、きっと号泣していたことだろう…。

「今まで、売上が悪い悪いって嘆いているばかりで、なんかやる気もどんどん無くなっていたけど、ちょっと頑張らないとね。まあ、ちっちゃな本屋に出来ることだけど」

 H店長さんは照れ笑いを浮かべながら、そう話していた。僕は来月ここで欲しい本を買って、奥さん手作りの文庫カバーを手に入れようと考えていた。

8月20日(火)

 昨日、溜まっていたデスクワークを処理するのに結局お昼までかかってしまった。するとちょうどその時間が一日の始まりとなる顧問目黒が1Fに降りてきた。相変わらずだらしない格好なのだが、本人はきっとそのまま笹塚駅周辺に買い出しに行こうとしているのだろう。

 目黒が、夏休み明けの僕を見つけて声をかけて来る。きっとお前はてっきりもう辞めたのかと思ったなんて嫌味のひとつを言われるのだろうと身構えていたら、予想外も予想外、とんでもなく優しい言葉をかけてきたのだ。

「杉江くん、今日から出社? いやー、君がいないと淋しくてね」

 ちょっと裏があるのかとビビリつつ、顔色をうかがってしまったが、僕の近くにわざわざ寄ってきて、ニコニコ笑顔を浮かべて本の話やら競馬の話をしていくあたり、どうも素直な言葉だったようだ。嬉しいような、気持ち悪いような、いったいどうしたの? 夏休み中、何かあったの?

 不思議に思っていると、目黒は編集の松村のところへ。なんだか来月号の新刊めったくたガイドで取り上げる予定の本の話をしているようなのだが、松村がキッパリ一言。

「目黒さん、本当にその本自分で持ってますか?! 写真を撮るんですから、本屋で見ただけとかだと非常に困るんです!」
「えっ、そういわれるとなあ…。オレが持っているか持っていないかで100万円賭けるかって言われたらオレは賭けたくないくらいの自信なんだよなあ…。あると思うんだけど、無いかもしれないなあ…。えーっと……。」

 目黒は両肩を落とし、背中を丸め、外に出ていった。なるほど、だから僕がいないと淋しいのね…。

8月19日(月)

 朝起きて、窓から外を眺める。予想どおり台風の影響で雨が降っている。9日ぶりの出社が一段と憂鬱になる。しかしまだポツポツと弱い降りだったので、この間に駅に向かおうと素早く出社の用意。カバンに財布や定期を詰め、久しぶりにYシャツを着込む。下から順にボタンを留めていくに従い、気持ちが仕事方面に向かう。ネクタイを絞めた瞬間、出版営業マンのいっちょあがり。

 玄関を開け、自転車のサドルを拭いていると、いきなり唐突に雨が本降りとなってしまった。それも横殴りの強い雨。濡れずに駅に向かうのは不可能で、選択肢は5つ。1=しばし雨が弱まるのを待つ。2=歩いて30分かけ駅に向かう。3=自転車で強行する。4=バスに乗る。5=黙って夏休みを延長する。

 1~5のプラカードを頭の中をグルグル駆け回るが、結局自転車に飛び乗り、強行突破を決意。10数秒後にはYシャツ、スーツ共々びしょ濡れで、途中車に頭から水をかけられるおまけ付き。悪態をつきながらどうにか自転車置き場にたどり着くと、なぜか雨が止む。正解は1のしばし待つだった。

 電車に乗ると、なぜこんなに読書が進むんだろうか。次から次へとページを進む。そう結局夏休み中、1冊の本も読了出来ず、目標にしていたペレケーノスの再読なんてまったく進まずに終わってしまったのだ。『本の雑誌』で、かなざわいっせい氏が立って本を読むのが一番心地良い書いていたけれど、僕の場合立つことよりも、つり革が大事な気がする。年末年始の休暇までにつり革を探し、家に設置してみよう。

 9日ぶりに笹塚に着き、十号通りを歩く。雨は弱い。会社の扉を開ける。何も変わっていないのはわかっているのだが、ちょっとだけ新たな気持ちが自分に涌いているのが鼓動の早さでわかる。上着をハンガーに掛け、自分の机に向かう。郵便物の山が目に入る。そして未処理ファイルには、ファックス用紙やメモの束。

 切り替えスイッチを入れ直す。

 しかし、うまく字が書けず、ファックスの返信などに手間取る。ジリジリと気持ちが焦る。早く営業に出たい。書店さんを覗き、新刊をチェックし、売れ行きを確認し、書店員さんの話を聞きたい。きっと9連休で歩行筋肉の落ちた足が悲鳴を上げるだろう。でも、早く、多くの書店さんを駆け廻りたい。

8月9日(金)

 明日から夢か幻の9連休。これが夏休みなのか、GWなのか、それとも年末年始の休暇なのか自分でもよくわからない。とにかく8月は新刊もなくやっと一息つけたので、この際どっと休むことにしてしまった。だから当『炎の営業日誌』も来週いっぱいお休みです。

 まあ9連休を取っても、どこかへ行くあてもないので、前からずっと考えていたジョージ・P・ペレケーノスの作品をすべて再読しようと考えている。それと本屋さんに行って、じっくりと棚を眺め、買い逃していた本を購入しようと思っている。

 うん? これじゃ、いつもと一緒ってことか…。

8月8日(木)

 前にちょっと書いたことがあるけれど、出版社と取次店間における本のやりとり(流通)には「届け」と「集品」がある。「届け」は出版社が取次店の集品口へ自ら本を持っていくことで、「集品」は取次店が廻ってきて出版社から引き取るということ。出版社として楽なのは、もちろん「集品」だけれど、取次店だってそれなりに物量がなければ無駄になるため、基本的に集品をしてもらえるのは大手・中堅出版社だ。

 本の雑誌社はチビ会社なので、もちろん「届け」。しかしさすがに自分たちで行うのは無理があるので、共同倉庫会社のM社に依頼している。共同倉庫会社とは、何社かの出版社の在庫を保管し、毎日トラックで取次店を往復し、注文品の納品をしたり、あるいは返品を受け取ったりしているところだ。

 その共同倉庫会社M社から毎週まとまって、取次店から受けた注文分のデータがやってくる。例えば『笑う運転手』○冊、『なまこのひとりごと』△冊という表と注文の短冊をコピーした用紙が一緒になっている。

 今朝そのデータをペラペラ眺めていて、おかしな数字にぶちあたる。『日本読書株式会社』が異様に出荷されているのだ。これはどこかで紹介されたのか?と首を傾げるが、それだったら本の雑誌社で受ける電話やFAXの注文も増えるはず。おかしい。あわてて短冊のコピーを確認すると、あややや。

 実は9月発売予定の新刊がこの『日本読書株式会社』の第2弾なのだが、その書店さん向けに作った新刊案内の仮題が『新・日本読書株式会社』というあまりにベタでわかりにくい物だった。M社の出荷担当者に、気をつけるように言っておかなきゃとチラシが出来上がったときに考えていたのに、ついつい日常の仕事に埋もれ忘れてしまっていた。納品間違い。参った。

 短冊に押されている番線印(書店さんのハンコ)を確かめると、いつも訪問している国立のM書店さんと立川のO書店さんであった。出荷日を確認すると既に数日経っている。あわてて会社を飛び出し、中央線に乗り込んだ。

 国立のM書店さんは、僕が敬愛する山口瞳氏の著作に何度も登場する町の正しい書店さんである。現在はその頃と店長さんが変わっているようだが、記述されている雰囲気は今での受け継がれている。そして現店長のYさんは部類の本好きで、いつも訪問する度、面白かった本の話を教えてくれるのだが、その読書眼はかなり厳しい。もちろん仕事だって厳しい。うーん、これは怒られるだろうなと覚悟を決めた。

「スミマセンでした」
事情を話、すぐさま謝った。もちろんYさんも納品を見て気づいていた。
「誤出荷分は返品してください」
と僕は当たり前のことを伝えた。

 するとYさんそれまで僕の話を聞くため閉じていた目をバシッと見開き、一言。
「いや、入ってきた分はちゃんと売るよ。その変わり、新刊が漏れるようなことはないように」

 まさに職人の言葉か…。山口瞳氏がこのお店を愛した気持ちがよくわかる出来事だった。何だか僕は思わず震えてしまった。

 その後、Y店長さんは、いつも通り本の話をしてくれた。今回誉めていたのは『グレイブディッカー』高野和明著(講談社)だった。「メシを食ってワインを飲みながら、一気に読んじゃったよ、いやー面白かったよ」

 いつかYさんに誉められる本を作りたい。

8月7日(水)

 夜、浦和レッズ対鹿島アントラーズの試合を控え、浮ついた気持ちで仕事をする。もし「本の雑誌」9月号の搬入がなければ休んでいたんじゃないか。うーん、昨日の反省はどこへやら。あきらめて良いのかわからないが、結局僕は下働きが似合う人間なんだ。

 昨日、暑さなんてヘッチャラと書いたが、さすがに35度を越えるなかでの搬入はツライ。浜田、小林と短く口で呼吸しながら、数千冊を社内に運び込む。一気に汗が流れ出るが、『本の雑誌』を汚してはならないと肩を捻って汗を拭う。運んでいる『本の雑誌』も生暖かい。
 
 間に合わなかった定期の追加分を持って取次店O社のNさんを訪問しようと笹塚駅から都営新宿線に乗り込んだ。出来たばかり9月号を取り出し熟読。すると突然頭を叩かれる。

 目の前に、前の会社の上司だったHさんがどっかり座っていた。
「ヨウ! この暑いのに営業か。偉いねえ、上着も持って」
 奇遇というか、腐れ縁というか…。そういえば先月も水道橋の駅で電車を待っていたら、このHさんに突然背後から蹴飛ばされたのだ。

 ふと、姿を見つめると、なぜか派手なアロハとチノパン姿。おかしい。この人が僕に取引先に行くときは絶対に上着を着ることと植え付けた本人なのに。

「あれ? 会社辞めちゃったんですか?」
「お前なぁ、殺すぞ。今日は倉庫に行って、棚卸ししてきたんだよ。クーラーも利いてないクソ暑い倉庫で、何段も重なったパレットの上に乗って、1冊ずつ本を数えてきたんだよ。アホ!」
 それでもちょっと疑問を感じたのでしつこく聞く。
「で、いつもはスーツ着ているんですよね?」
「あっ、もうそういうの辞めたの。いつもこんな感じ。スーツって見てる方も暑苦しいんだよな」
 
 ……。
 その後は無言で市ヶ谷までHさんをにらみ続けた。大人を信じちゃいけないってことだ。

 別れ際Hさんが言った。「今度また飲もうな!」
 誰が飲むか! でもきっと腐れ縁で飲むんだろうな…。

『炎のサッカー日誌 2002.07』

 大好きな平日開催のJリーグ。日常の中に訪れるたった2時間の非日常。スタジアムを埋める社会人は、誰も彼もが仕事にどうにかケリを付け、あわてて電車に飛び乗ってきたのがよくわかる。ネクタイを外し、Yシャツを脱ぎ、レッズのレプリカシャツを着る。まるでその日初めてプールに入るときのような慎重さで、非日常の世界にゆっくり浸かろうとしている。この瞬間が僕はたまらなく好きだ。

 しかし、この日の平日開催はどこか違った。何だかいつもの休日試合と同じ雰囲気だったのだ。おかしい…と首を振ると若い子が多い。なるほど夏休みだったのか。

 試合のことについては書きたくない。どうもレッズは、世界のサッカーの常識をうち破り、ホームで弱くアウェーに強いという異端な個性を発揮しだしたようだ。サポーターの声援がプレッシャーになっているのか、ホーム負け、アウェー勝ち、ホーム負け、アウェー勝ち。こんなんじゃ年間シートを買って、毎試合ホームに駆けつけるのがアホ臭くなってしまう。アウェーのみ追いかければ、きっともっと幸せなサッカー日誌になるんじゃないか…なんて腹立ち紛れに考える。

 それにしても鹿島の柳澤は、なぜレッズ戦になるとシュートを打つんだろうか?

8月6日(火)

 朝、テレビを見ていたら、今年一番の暑さと言っていた。毎日「今年一番」と言われ、「今日が峠」という声も聞こえてくる。暑かろうが、寒かろうが、とにかくこちらは外廻り。

 それでも身体が慣れてきたのか、神経がいかれてしまったのかわからないが、営業中に暑いと意識することがなくなってきた。汗は流れ落ちるが、とにかくこれが「普通」なのだと思えば何でもない。ただツライのは、非常に疲労が溜まることで、足がだるくて眠れなくなってしまうのだ。
 
 夜、匿名座談会の収録に立ち会う。「ネット書店員」3氏に集まって頂き、ざっくばらんにその業界のことを話して頂く。非常に興味深い話が多く、あっという間に3時間が過ぎてしまった。掲載予定は11月号、是非、お楽しみに。

 さて、その3氏の話を聞いていて、一番僕が感じたのは、自分の仕事についてであった。3氏とも、とても聡明で、話に説得力があり、裏付けするデータがあり、その中から次へのビジネスステップを探されていた。また、かなり厳しい原価意識の下、利益を出す構造を作るため、日夜努力もされていた。

 飛び交うビジネス用語もほとんどわからず、自分のあまりの無知さに頭を垂れる。僕はいったいこれまで何をしていたのだろうか? 12年間も社会人でありながら、経済というかビジネスというか、そういうものをまったく学ばずに来てしまった。ただただ毎日、目の前の仕事をするだけで、その先をまったく考えていなかった。そもそもビジネスマンという意識がなく、あまりに無自覚に働いてきてしまったような気がする。

 本の雑誌社というかなり特殊な会社にいる限りそういうものは必要じゃないよな、なんて逃げの言葉を口にしつつ、どうしようとつぶやき、終電で帰宅した。

8月5日(月)

 吉祥寺のパルコブックセンターの文庫担当Tさんからフェアの報告。なんと4日間で100冊以上の売れ行きだとかで、お互いにビックリ仰天。これが本の雑誌社フェアの売れ行きだったら一段と嬉しいのだが、今回は別の話。まあ、それでも関わったフェアが売れるのは嬉しい限り。

 先月初めにTさんを訪問したとき、いきなりこんなことを聞かれた。
「杉江さん、文庫各社の『夏100』フェアの本てどう思いますか?」
「いや、別に、ここまで来ると正直言って、気にしたことないですけど」
「そうですよね! そうですよね! だからちょっと新しいフェアを企画しているんです」

 Tさんがその後に語ったフェア内容については、8月7日搬入の『本の雑誌』9月号「自在眼鏡コーナー」に詳しくレポートしているのでそちらに譲るとして、まあ、簡単に言ってしまえば自分たちでその夏の100冊を選ぼうという企画なのだ。

 題して『文庫魂 裏百冊の夏 ここらでひとつ日焼け止め編』

 セレクトした全点に手書きの推薦文(POP)を設置し、Tさんお得意のキャラクターも登場。かなり本格的なフェアになっているのは間違いない。

 さて、そのセレクトを手伝ってくれとTさんに頼まれ、あわてて20冊ほどリストアップし、POPも書いた。一応、企画の趣旨として、名前は出さずに変名を使っている。興味のある方は是非、吉祥寺のパルコへ足を伸ばしてみてください。セレクトの本を見れば一発でわかると思います…。

 それにしても4日で100冊の売上だったら、正式なフェアを越えてしまうだろう。やっぱり読者(お客さん)も各書店さんの切り口から本を選びたいということの現れなのだろう。こういうフェアが成功するなら、それこそまだ、出版の未来もいくらか明るいのではないか。考えさせられるフェアになった。

 それにしては、僕のセレクトした本が売れたのかどうか、Tさんは教えてくれなかった。もしや…。こちらは暗い話か。

8月2日(金)

 夜、飲み会がある池袋へ。ちょっと時間があったので、久しぶりにお客としてリブロ池袋店の新刊台を眺める。営業中とはまったく違った視線で本屋さんを見つめられるのは、やはり幸せ以外の何物でもないことに気づく。

 そういえば、昔、バイト代が出ると、わざわざこのリブロにやって来て、本を山のように買っていたのだ。あの頃がもしかしたら本好きとしては一番幸せだったかもなんてことを考えずにいられない。好きなことを仕事にする切なさや難しさというものがあって、結局裏側が覗けてしまうと、夢や希望というか、勝手な思いこみは遠く何処かへ消えてしまうもの。だからこそ僕は最後の砦としてサッカーだけは仕事にしたくないと考えている。

 文庫の新刊がドカドカ積まれていたので、来週読む本としてパラパラと手に取る。顧問目黒が本の雑誌で書いていた『開拓者たち』上・下 クーパー著(岩波文庫)、先日本人にお会いした石田衣良氏の『池袋ウェストゲートパーク』(文春文庫)、定期購読者の方から教えていただいた『日韓サッカー文化論』ノ・ジュンユ著(講談社現代新書)、『大育児』清水ちなみ著(扶桑社)。

 それらを抱えてレジに並ぶ。金曜の夕刻ということもあってレジは列を作っていた。僕の隣に並んでいる人の持っている本をふっと眺めると、なんとそれは『お母さんは「赤毛のアン」が大好き』吉野朔実著であった!

 数日前の当日記で、自社本を買われる瞬間に遭遇したことがないと嘆いたばかりだったのに、いきなりこんなところで…。思わず、推定20代の女性に感謝感激し、抱きつきそうになってしまったが、そんなことをしたら本を投げ出して逃げられるだろう考え直し、じっと堪える。

 レジの列はなかなか進まない。もし、この女性の携帯電話が鳴り、急な用事が出来てしまったらどうするんだ。あるいは突然気が変わり、手に持っている『お母さんは~』を棚に戻してしまうかもしれない。多大な不安が胸を圧迫する。頼む、頼む、早くレジよ、進んでくれ。

 僕にとっては、数十分にも感じる気の遠くなる時間であったが、実際には数分後、何の問題もなく、その女性は『お母さんは~』を購入していった。思わず「ありがとうございます」と小さな声で呟いてしまった。その女性はまったく気づかなかったが、レジの係の人は不思議そうに僕を見つめていた。

 リブロ池袋店で午後7時19分、『お母さんは~』お買い上げ下さった方。
 ほんとにどうもありがとうございました。

8月1日(木)

 2日続いてクソ暑い。

 出社してから何度も「暑い、暑い」を連呼し、「これはとても人が住める世界ではない」とも話し、「そうですよね、杉江さんは大変ですね」という相づちまで受けたのに、結局、誰も僕が営業に出ることを止めてくれない。

 誰かが一声「杉江さん、今日はさすがにいいんじゃないですか…」と言ってくれれば、「こういう日にこそ書店に向かうのが営業マンだ! でも、やっぱり書店さんも迷惑だよね、そうだよね、じゃあ、今日は社内で当たりたくないクーラーに当たって仕事をするかぁ」となるはずだったのに…。

 ちなみに現在「本の雑誌」編集部は夏休みである。我が社の社員は、旅行などの遠出が好きじゃないから、結局家にいるのだろう。果たして、こんな暑い日は休んだ方が良いのか、それとも出社してクーラーに当たっていた方がいいのか、どちらが得なのだろうか。

 そういえば、単行本編集の金子は入社9年、一度も夏休みを取ったことがない。もちろんその代休や振休も取っていないし、今年も予定はない。

 先日、前発行人であり、現顧問の目黒がそのことを指摘し、てっきり褒め称えるのかと思ったら「お前はすごいよなぁ。夏休みを取ったことがないんだろ、そのうちさぁ、ギネスブックに載るよ」と、とても発行人&顧問とは思えない一言を発していた。

 金子が、愛想を尽かして辞めないことを祈るばかり。
 仕方ない、営業に出かけるとするか…。おーい、誰か止めてくれぇ。

 禁煙(節煙1日目=目標10本)

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