東京駅8時3分発、ひかり115号広島行き自由席に乗り込む。ホームからは東京駅Y書店が見え、その店頭に数台のテレビカメラがうろついていた。『ハリーポッター 炎のゴブレット』の早朝発売であった。
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名古屋駅に降り立つと、もう一人の自分が歩いているような気がした。それは生まれて初めて一人で出張に出たときの姿で、今より9歳も若い僕だ。そう、僕は前の会社で東海・中部担当だったから、年に3回はこの地を訪れていた。
僕の目の前にいる想像の僕は、キョロキョロと周りを見渡し、心細そうな足取りで改札を出る。今にも泣き出してしまいそうな顔で、案内板を覗き込んでいる。ホテルの予約はちゃんと取れているのか? いやそれよりもノルマを越える契約を取れるか…そんなことで頭がいっぱいだった。
あれから9年。場数はそれなりに踏んで、進歩している、はずだろう。そう何度も自分に思い込ませる。今回の出張にひとつのモットーを立てた。
「躊躇しない」
ついつい、都内の営業では書店員さんが忙しそうなとき、躊躇して声をかけずに帰ってくることがある。それはある意味正解であり、また不正解でもある。ただし、出張の場合、特に本の雑誌社のようなチビ会社だと、次の出張がいつになるかわからない。だから少しくらい押しを強くして、書店さんに飛び込むしかないと考えた。とにかく飛び込む。そしてせめて顔合わせとして名刺だけは渡してきたい。それが例えハリーポッターの発売日だとしても…。
駅前に取ったホテルに荷物をおき、まずはH書店さんへ。そのビルのテナントを見る限り、若い女性が主のように見える。担当のKさんに挨拶し、売れ方を確認。やはり今は嶽元のばらや吉田修一が強いという。店長さんに挨拶しようと思ったが、ハリーポッターの販売に出ているとか。まあ、仕方ないと次なるお店S書店さんへ向かう。
ここでいきなり懐かしい人と会う。地下街で出店ハリー販売をしている書店員さん、なんと千葉店や神保町店で散々お世話になったYさんなのだ。なんだか5年も営業をやっているとこういうことも起こるんだ、と思わず「継続は力なり」なんて呟いてしまった。
思わぬ土地で、思わぬ人と会え、ホッと胸をなで下ろし、名古屋の情報を伺う。なるほどなるほどと頷きつつ、同じチェーンの入っている高島屋へ向かう。
そして腰が抜ける。噂には聞いていたが、すごいお客さんの量。午前11時、いわゆるまだ人の動き出す前のはずなのに、多くの棚にお客さんが付いている。何もこれはハリーポッターの影響ではなく、それぞれ本を探している様子。多くの同業営業マンから「あそこはスゴイ」と聞いていたが、確かに補充が間に合わないのか、本の倒れかかった棚が多数。いやはやこれほどの売れ行きを示す書店さんが今この不況の時代にあろうとは。
とにかく驚きつつ、そして躊躇せず、忙しそうな担当者さんに名刺だけ渡してくる。どうもすみません。
その後、名古屋駅を離れ、名鉄名古屋本線に乗り込む。この機会にどうしてもお伺いしておきたかったお店がこの路線にあった。それは知立八ツ田のS書店さんで、担当者のNさんには電話やFAXでいつもお世話になっていたからだ。
S書店さんのホームページからプリントアウトした地図を確認すると、「知立駅」と「牛田駅」が最寄りの駅ということがわかる。切符売り場で路線図を確認すると「知立駅」には特急が止まり、新名古屋駅から約30分程度。おお、これなら昼飯を簡単に済ませば、その後の営業予定にも問題がない。あわてて特急に乗り込む。
どこか僕が住んでいる埼玉に似た風景が車窓から見えてくると、そこが「知立駅」であった。思ったよりも楽な移動で済み一安心。しかし何となく手に持っている地図が簡略なことに不安を覚え、駅員さんを捕まえ確認する。
「あの~、この本屋さんに行きたいんですけど、この駅で降りて歩いていけますか?」
善良そうな駅員さんは、じっと地図を覗き込む。S書店の場所は知らないようだが、一緒に書かれていたホームセンターは記憶にあるらしい。そして恐ろしい言葉を吐いた。
「ああ、これは次の牛田駅に行かないととても歩いていけません。牛田駅は普通電車しか停まらないから、えーっと5分後に来ます。でも1時間に2本しかないから気をつけて下さい」
躊躇しない…をモットーにしてもさすがにここは躊躇した。1時間に2本の普通電車。行きは5分後に乗れるから良いけれど、帰りはどうなる? よほどタイミングを合わせて移動しない限り、この後の営業コースは大沈没間違いなし。いやはや、悩む。知立駅のベンチに座って悩み続ける。結論が出る前に普通電車がやって来てしまった。思わず乗り込む僕。あややや。
その駅牛田駅、東京で働いている身にはビックリするぐらい、のどかな駅だった。下りのホームには駅員がいなくて、電車に乗っていた車掌さんが切符を回収していた。生まれて初めての経験だ。
しかししかし、そこから30分歩いて着いたS書店さん、訪問してほんとに良かった。担当のNさんと帰りの電車を気にしながら短い時間しか話せなかったけれど、こちらの想像を超える本が売れている。『本の雑誌』も二桁売れているし、外文が強いという。それも白水社や国書刊行会の本が売れるという。本は、いろんなところで売れている…ということが実感できた。ああ、嬉しい。
何だか起こったことをそのまま書いていたら異様に長くなってしまった。このホームページは3000字が限度だし、そもそもこんな出張報告、社員以外に誰が読むというのだ。出張帰りの疲れた身体でそれもレッズが負けた夜(10月27日)なぜにメモを見ながらこんなものを書いているんだ…。
とにかくその後、栄に移動し、未読王氏御用達のM書店さんでF店長さんとIさんから思わぬ歓待を受け、目の前にあるM書店を眺め、K書店へ行き、P書店へ向かい、セントラルパークのM書店さんへ。トドメは、『本の雑誌』20周年イベントでお世話になった千種駅のS書店Fさんを訪問。このお店、名古屋で初めて『本の雑誌』を扱ってくれたお店だ。
「初めまして、本の雑誌の営業の杉江と申します」
信じられないくらいしっかりとした本が並べられているS書店さんに驚きつつ、今日何度目かの自己紹介。
Fさん、うん?という顔の後、思わず腰砕けになって、
「よよよ。本の雑誌社の人間にまた会えるとは…」と絶句する。それほど来ていないということだ。ああ。その後は、本を売るということについてしっかり勉強させて頂く。
まだまだ名古屋の夜は更けない。遅くまでとある飲み会に参加した。しかし、もうとても書ききれないし、出張営業は始まったばかり。