親友シモザワと出会ったのは、高校の入学式だった。桜が咲いていた記憶はないが、薄暗い体育館は冷え冷えしていた。パイプ椅子がズラリと並び、僕はいつもの遅刻癖を母親に指摘され、あまりに早く家を追い出されたから、まだあまり人が座っていなかった。ちなみに母親はそれまでの15年間で、子育てに希望や夢を持つことを捨てていたので、入学式に同席することはなかった。
外の掲示板に貼られていたクラスのプレートを見つけ、僕は自分の席を探した。後ろから順番に出席番号順になっているようだと途中で気づき、ポツリポツリと座っているこれからクラスメートになるであろう生徒に番号を聞いていく。
「君、何番?」
「6番」
「君は?」
「10番」
「あっ、じゃあ、オレここだ。」
10番と答えたのがシモザワだった。そう僕はスギエだから11番。ふたりは出席番号が一番違いだったのだ。シモザワに言わせれば「それが人生の誤りの一歩」であり、僕から言わせれば「シモザワの人生の出発点」である。まあ、どっちにしても人生は誤りの集積だから、そう大差はないだろう。
入学式が面白いなんてことはないわけで、聞いたことのない校歌が流れ、退屈な挨拶が続く。今まで通っていた中学校なら仲間と無駄口を叩いたり、部室に逃げ込めるものの、今日始めて来た学校では何もできない。そのときはまだシモザワに話しかけるような雰囲気もなく、ただただ周りの生徒を観察し、どうにか適当に時間をやり過ごした。
退屈な式典が終わり、各クラスごとに教室に向かう。校舎が2棟L字形に立ち並び、体育館はその外側に後付の廊下で隣接させれていた。今度は後ろから順に体育館を出ていくことになるので、僕はシモザワの背中を見て、教室に向かってダラダラと歩いていくことになった。
しばらくするとシモザワが急に立ち止まる。思わず背中にぶつかりそうになりながらも、どうした?という顔で僕はシモザワを見つめた。入学式初日にケンカを売られる可能性がないわけではないけれど、まさかいきなりこの場をということもないだろう?
「あのさ」
「うん?」
「僕たちの教室どこ?」
「知るかよ」
「そうだよね…」
「で?」
「見失っちゃった」
出席番号10番のシモザワは1番から9番の後を付いて歩いていたはずなのだが、ひとつの校舎から別の校舎に入ったところで、前を見失ってしまったらしいのだ。
「どうしようか?」
「えっ…。教室にはプレートが出ているはずだから、1年3組ってところを探せばいいんじゃない。適当に行けばつくよ」
「そうだよね……」
僕とシモザワの後ろにはクラスの4分の3近い人数が、何も知らずに付いてくる。二人は1階ごとにうろつき廻り、あっちへ行き、こっちへ行き、また上の階へ登り、同じことをくり返す。僕たちの後ろにいる奴らは不思議そうな顔をしながら、学校見学と勘違いしているようで静かに付いてくるではないか。
3階に辿り着いたとき僕たちは、ある法則を発見し4階に僕らの「1年3組」があることがわかった。それに気づいたのは校舎の一番端の非常階段に通じる扉の前だった。
「また階段まで戻るの面倒くせえよな」と僕がいうと、シモザワはニヤリと笑った。見た目は真面目そうなのに、妙に肝が座っていることに気づく。だったら話は早い。
「行こうぜ!」
「行っちゃうか」
二人は重い鉄扉を開けた。真っ青な空と明るい陽光が僕らの眼を刺す。目が慣れるにしたがって、自分たちがかなり高いところにいることを認識する。深く息を吸い込み、首をまわす。眼下には神社があり、住宅があり、その向こうには電車が走っていた。学校の前を流れる川が思っていたより小さく見えた。
上階の鉄扉を開けると教室の前には、担任になる教師の後ろ姿があった。まったく逆側を向いていた。そしてこちらを振り向き怒鳴り声が響いた。
★ ★ ★
今日、親友シモザワと相棒とおるの3人で酒を飲んだ。奴ら二人にはまったく人生の接点がなく、ただただ僕の部屋である時間を過ごしただけだ。
シモザワが疲れた顔をタオルで拭き、ビールをごくりと飲んだ。
「また、年を越しちったよ。これでスギエとのつき合いは16年目だよ。生きてる時間の半分はお前と一緒ってことだ。あの教室への移動がなければ…」
相棒とおるが叫ぶ。
「オレもこいつと10年だ…。最悪の10年…」
そういいつつ、僕らはきっとずっと一緒にいる。なにせ子供まで同じ時に生まれてしまったんだから。