WEB本の雑誌

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3月31日(月)

 昨日のサッカーのせいで、全身筋肉痛に陥る。いや実は、その前日の土曜日は、間もなく開幕の出版健保野球大会の準備のため、1年ぶりに野球の練習があったのだ。さすがに30歳を越えて、2日連ちゃんでスポーツするのはキツイということを思い知る。

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 野球のチームでは、いちおうピッチャーをやっている。
 いちおうと書く理由は、何も謙遜ではなく、ただただチームのなかで僕以外マウンドからホームベースまで投げられる人がいないからという、とんでもない消去法で選ばれたからである。

 ただし唯一ピッチャー向きの能力はある。それは異様にコントロールが良いということだ。まあ、それもボール一個分ストライクゾーンを外すなどという芸当ではなく、ただストライクゾーンにボールを投げられる程度なんだが、実はこれが草野球のそれも低レベルな試合においてとっても重要なことなのだ。

なぜなら相手に気持ちよく打たせ、チームの全員があわやヒーローになるか、逆の意味でヒーローになるかその機会を増やせるからだ。そしてそのドタバタの結果、飲み会が盛り上がるのだ。

 今週の練習で中368日ぶりにマウンドに立った。どんなにボロボロのチームでも、あのほんの少し高いところに立ったときの緊張感と恍惚感はたまらない。おまけに対戦相手がバッターボックスに立ち、こちらを睨んだときに生まれる闘争心。サッカーとは違う、どちらかというと個人スポーツに近い喜びが全身を襲い、気持ちだけは野茂英雄となり、どこまで投げられるのかまったく自分にもわからないままおっかなびっくり腕を振る。

 結果、結構思ったよりも投げられ、3回を無失点に抑えた。


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 ここのところ、サッカーではDFをやらされている。
 過去20年間の我がヘボサッカー人生において、FWしかやったことがなかっただけに、なんだか悔しい。いや、とても不満だ。しかし、僕より断然上手い奴がチームに入ってしまい、そいつがゴールを量産しているのだから仕方ない。

 仕方ないと思いつつ、やっぱり悔しいから、DFの真ん中にドンと構えて、大きな声でメンバーに指示を出す。「上がれ!」「戻れ!」「出せ!」などなど。自分のミスなんか関係なく、とにかく大声で指示を出し続ける。チームメートは「テメーが動け」と怒鳴り返しながら、でも条件反射的に右にいったり左にいったりしている。なかなかこれはこれで面白いと思いつつある。


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 スポーツマンなのか?と聞かれたら、そうだと答える自信はない。ただ月に2,3回このように身体を動かして、出来れば真剣な試合をして、勝ち負けを付けたい。なぜならいつもの生活のなかで、何が勝ちで何が負けなのかわかりずらく、何だか時間切れ引き分けばかり転がっているからだ。ちなみにサッカーはボロ負けした。

3月24日(月)~28日(金)

 ここのところ飲み会が多く、この日記を書く時間がまったく取れない。毎夜終電で帰宅し、風呂に入ると、その風呂のなかで寝てしまい、危なく風呂場で溺れ死にそうになってしまった。

 10数年前初めて社会に出たとき、雇用時間以外は絶対自分の時間として生きていこうと考え、おのれの歓迎会すら断っていたのだ。それが、いまじゃ仕事も余暇もどれが自分の時間なのかわからない。やりたいことなんて中学生の頃と同じくらい雲の向こうに隠れてしまい、その代わり、やらなければならないことが、山積みになっている。何だかなと思いつつも、ここから抜け出す方法を僕は知らない。


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 この1週間、都内に新規書店の出店が続いた。
 有楽町にS書店さんができ、中野にはA書店さんが800坪という大きさでオープンした。

 かつて約10年ほど前、僕が八重洲ブックセンターで働いていた頃、確かその八重洲が1000坪ちょっとで日本一の大きさだったと記憶する。あの頃800坪を越えるお店なんて指折り数えられるほどしかなかったのだが、なぜか世間のバブルと一息ずれる形で、書店の新規出店はバブルに突入し、1店舗の売場面積は肥大化する一方だ。

 そして、その陰に隠れる形で、でも実は新規出店の数を超えて、多くの書店が閉店の決断を下している。今回のS書店さんが出店した有楽町では、来月半ば老舗の近藤書店さんが閉店するというし、それこそ何店舗もお店を抱えているチェーン書店のなかにも、経営にもがき苦しんでいる書店があるという。

 いったいこの業界はどうなってしまうんでしょうか?


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 金曜日の夜、柴田元幸氏をお招きし『新元良一 翻訳文学ブックカフェ PART.6』が、ジュンク堂書店池袋店で行われ、立ち見がでるほどの大盛況であった。

 僕自身、外文に疎いので、その場で聞いている話の内容の10%も理解できていないのだが、第6弾まで聞き続け、わかったことがひとつある。それは翻訳家と呼ばれる人達の「本への情熱」で、「どうしてもこの本を日本で紹介したかった」という強い想いを、それぞれ胸に秘めているのだ。

 このイベントがなかったら、僕はたぶん翻訳家というのは原文を日本語に翻訳するだけの仕事だと思っていただろう。しかし事実はそうではなく、翻訳家というのは、ある意味自分の網に引っかかった素晴らしい海外の本を、それこそ出版社を口説いて紹介していくプロデューサーでもあったのだ。

 何だかたいへん頭の悪い話を書いているようで気が引けるが、その「翻訳家」という仕事に素直に感動している。


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 これを書いているのは、3月30日(日)の夜11時。
 本日自分のチームのサッカーで、あまり活躍できなったのが、どうも今回の原稿の暗さに影響しているようだ。ああ、サッカーが上手くなりたい。でも練習は大嫌い…。

3月20日(木)

 昨日に引き続き渋谷と青山、神保町を営業。

 渋谷K書店さんの担当者が替わっていて焦る。
 なぜなら前担当者さんのご厚意で「本の雑誌棚」を作ってもらっていたのだ。棚担当者が替わると棚替えされることも多く、そういう場合あっけなく撤去されてしまうことも多い。

 焦りつつ、新担当者さんに挨拶し、お話をすると、引き続き棚を継続してくれるとのことで一安心。でもちゃんとその期待に応えられるよう、売れるようにしないとダメだなと反省する。

 夜は新宿「池林房」にて、助っ人学生の送別会。

 毎年毎年恒例の行事で、いい加減慣れればいいのに、卒業していく学生と話をしているうちに涙がこぼれ落ちそうになる。

 なぜ、こんなに悲しいのかというと、この年になると別れのお決まりの挨拶「また会おうね」が、社交辞令とまでは言わないけれど、なかなか叶わぬ望みだと知っているからだ。過去卒業していった学生のなかで、いまだ顔をあわせているのはY君とTさんくらいで、彼らは同業者だからどこかでバッタリ会う機会がある。

 まあ、そうは言っても会おうと思えば会う機会なんていくらでも作れるわけで、結局こういう結果に繋がっているのは、僕自身に問題があるのだろう。

 その問題とは何なのか…。
 それは、たぶん僕自身は何も変わらずこの会社に居続けることに対する不安であり、また、その向こうで彼ら彼女らがどんどん成長していってしまうことへの恐怖感だろう。

 会いたいけれど、会ってしまうと自分のダメさがハッキリしてしまう。
 結局、逃げているのか…。

3月19日(水)

 とりあえず、熱は下がったので、営業に。

 そういえば今週いっぱい顧問目黒が家事休暇を取っていて、随分と顔を合わせていない。目黒の存在感は何もプヨプヨしたお腹だけでなく、あの浮世離れした生活と人格が、ついついささくれ立ちそうになる会社にとって大きいモノだと気づかされる。まさに癒し系。

 渋谷、田町、虎ノ門と営業。

 虎ノ門は今まで顔を出せていなかった地域なのだが、T書房田町店にいたKさんが、昨秋異動になられていて待望の初訪問。「お久しぶりです…」と挨拶すると「おっ、そろそろ来ると思っていたんだよ。Jリーグ開幕だからねぇ」と笑われる。

 なんだかこんなことを書いていると営業中にサッカー話ばかりしているように思われそうだが、いやはや実は本当に、それしか話をしていない…かも。

3月18日(火)

 昨日に引き続き、妙に無気力な気分で出社。どうもこれはおかしいと会社で常備している体温計で熱を計ったところ37度8分。平熱が35度台なだけに、これはかなり高熱だ。風邪ひきとわかった途端、鼻水がたらたらと流れだし、喉も痛くなりだす。

 仕方なく、社に残って事務仕事。ちょうどDMとチラシを作る時期だったので、この際まとめて一気に処理する。

 すっかり忘れていたが、既に今年も3月で、小社は決算月なのだ。
 といっても決算に関わることは、営業事務の浜田に丸投げしていて、その理由は僕が決算に手を出すと余計グチャグチャになるからである。部長がこんなんで良いのかと思いつつ、先日購入した『私でも面白いほどわかる決算書』別冊宝島編集部編(宝島文庫)を読み進む。

3月17日(月)

 レッズの敗北のせいか、天候の不順のせいか、それとも昨日寝過ぎたせいか、憂鬱な気分に心を支配されてしまった。何もやる気が起きず、人と会うのが苦痛を感じるほど、ヒドイ状態だ。

 しかしそうはいっても仕事は山積みで、サボるわけにもいかず、とにかく書店さんに向かうしかない。向かう先は僕の大好きな書店員さんのいるお店のひとつ。そうでもしないと言葉がでなくなりそうだったのだ。

 その大好きな書店員Yさんに挨拶をし「最近売れ行きはどうですか?」と質問したところ、Yさん僕以上に憂鬱な人となってしまった。

「もうさぁ、信じられないくらいヒマなのよ。売れなきゃ補充も少ないし、追加注文に焦ることもなくて。ほんとに文芸書まずいよね。他の担当の人に謝りたくなるわ」

 書店さん売れ行きが悪ければ、出版社の売上も悪いわけで、この日とある出版社からYさん宛に電話があったそうだ。

「いつも月曜日は広告の影響とかで注文の電話が鳴りやまないのに、ここのところ月曜に電話が鳴らないんですよ」

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 Yさんはその後自店の売れ行き不振の理由のひとつとして、近くのお店に『検索タッチパネル』が導入されたことを挙げた。思わずその話を聞いていて、僕は呆然となる。あれってそれほど重要なものなの? あれがあるからってそのお店に行く動機づけになるの?

 ところがどうもあの機械がかなり重要で、今のお客さんは欲しい本のその場所が端的に知りたいらしいのだ。在庫があるかないかのふわふわした気分で棚を楽しむなんてことはなく、すぐさま欲しい本を手に取りお店を後にしていく。

 例えば爆発的なベストセラーでお店のそこかしこで平積みになっている本ですら、探す気がまったくなく、いきなりカウンターで在庫を聞き、店員さんが持ってくるのを待つという。いやベストセラーほどその傾向が強い。いやはや、あの機械ほど書店さんの面白みを無くすものはないだろうなんてちょっとひねくれて考えていたのに…。

 やっぱり本と本にまつわる状況は刻々と変化している。

3月15日(土) 炎のサッカー日誌 2003.01

 福田正博が現役続行か引退かで悩んでいた頃、さいたま市在住自称身長165cmの小さなサポーター(以後165サポ)も深く悩んでいた。今後のレッズサポを続けるか否か。その悩みは周りの想像以上に深く、毎晩梅酒を飲んで酩酊するほどのものであった。

 今期限りでレッズサポを辞めるかどうか…という深刻な悩みに福田の引退はそれほど関係なかった。その165サポが悩んでいる理由は、しごく簡単な理由で、レッズよりも好きなものが出来てしまったことだった。そのレッズより好きなものは、深酒した足取りで布団に潜り込む165サポの隣に寝ている2歳になる娘であった。

 サラリーマンの生活は、月曜から金曜のほとんどを拘束されているといって等しいものである。朝起きて30分後には家を飛び出し、夜遅く帰宅すれば、食事と風呂で一日が終わる。そのほんの短い家庭生活において、娘は深い眠りのなかであることが多い。子供との関わりなんて現在のサラリーマンに求めるのは不可能なのではないか。どんなに一緒に遊びたいと願っても、唯一の時間は休日に限られるのだ。

 冬のある日曜日。165サポは天皇杯3回戦に向かった。その日レッズはあっけなく敗退し、サッカーの、あるいはサポーターの一年が終わった。自転車に乗り帰宅すると自宅の前の広場で幸せそうな家族がボール遊びをしていた。それは165サポの娘と同じ年頃の娘を二人抱えた近所のお父さんであった。

 自転車でその家族に近づくと、そのお父さんが大きな声で165サポに挨拶した。「こんにちわ~。帰ってきたよ~、パパが!!」なんとそのお父さんにまとわりついて遊んでいたのは、165サポの娘であったのだ。娘は覚えて間もない挨拶の言葉を口にした。「コンチワ」

 それ以来、165サポの悩みはより深刻なものになっていった。梅酒のパックは3日ももたず空になり、元々少ない頭髪は掻きむしられ抜け落ちていく。このまま続けていけば間違いなく父親不在の家庭になるだろう。妻はあっけなく「どうせ辞められないんだから、悩んでいるだけ無駄」と呟いたが、そうでもなく、165サポは周りの想像以上に子煩悩であったのだ。

 そうこう悩んでいるうちにシーズンチケットの継続案内が届き、そのことを実家の両親に伝えると、自分たちの分としてすぐさまお金を送って来られてしまった。こうなると散々親不孝な生活をしてきた165サポの頭の中に親孝行という文字が浮かぶ。人生は思いのほか、多くのものに振り回されるものだ。

 結局、165サポは、何の決心も決断もできないまま、シーズンチケットを継続し、今季も駒場スタジアムの自由席の人となったのである。10年間続けてきたことを辞めるのは、新しいことを始めるより難しい…。

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 本日、ナビスコカップの予選リーグが行われ、浦和レッズは東京ヴェルディに0対1の敗北を期した。あの優勝騒ぎをしていた02年10月19日の勝利を最後に黒星が続き、いまや公式戦10連敗。おまけにその間に挙げた得点はたった2点で、これじゃどんなチームだって勝てやしないし、騒ぎようがない。

 もう半年もレッズは勝っていないのだ!!
 165サポは深く後悔している。
 これなら娘のサポーターになれば良かったと…。

3月14日(金)

 藤沢、戸塚、川崎と営業。週末になるに従って、無意識に足が上がらなくなっていき、本日も川崎駅の1センチほどの突起に蹴躓いてしまった。どうにかバランスを保ち、転びはしなかったものの、なんと革靴のつま先がベロリと剥がれる。

 仕事を始めた頃、これでもまだお洒落を気にしていて、スーツも靴もそれなりに高いものを買っていた。やっぱりデキるビジネスマンは見た目も大事と、デパートやらショップやらそういう綺麗なおねえさんとおにいさんのいる店で買っていたのだ。

 ところが、その月給の半分くらい費やして手に入れたスーツが一年でダメになり、靴も半年ちょっとですり減り傾く。自分がビジネスマンでなく、単なる労働者と気づいた瞬間だった。それ以来とにかく安いものを探して、完全に消耗品として認識している。

 いつもいつも思うのだが、どうしてこのように失費の多い営業マンに対して、スーツ手当や革靴手当というものがないのだろうか? あるいはほとんど外食しなければならないので昼食手当が…。本の雑誌社はいまさら言うのもなんだけど不思議な会社で、「夕食手当」というものだけが忽然とある。なぜこの夕食手当だけがあるのかよくわからない。

 川崎駅のベンチに座って、ペコペコ開くつま先をいじりながら、今年の春闘はベアも定昇もいらないから(といってもその言葉の意味もわからない…)、とにかくこの「スーツ&靴手当」と「昼食手当」の支給を訴えようと考える。でも、僕以外誰も賛同してくれないし、浜田なんか「変な上司手当」が欲しいなんて言いだしそうだなぁ…。

 その後は、急遽新しい靴を買うわけでもなく、摺り足で書店さんを廻った。

3月13日(木)

 本日聞いた書店さんのいくつかの話。

 そこはこのような不況下でも売上を順調に上げているお店だ。その秘訣を店長さんに伺ったときの話。

「いや~、入ってくる本は変わりはないし、品揃えだって店舗の大きさで限界があるから、秘訣って言われても困るんだよなぁ。強いて挙げれば接客には気をつかっていて、挨拶や問い合わせにしっかりした言葉遣いを使うように徹底しているかな。それにしても『いらっしゃいませ』とか『ありがとうございました』とかで、普通にやっているだけだよ。あっ、ただその普通を出版業界の普通じゃなくて、他の業種の普通を見習うようにしているね」

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 別の書店さんでの話。文芸の平台を前に、最近の売れ方についてお伺いしていた。

「ジャンルでいうと、もう文芸は本当にダメですね。わたしなんかその文芸書の担当で、何だか会議の度に、こんなんでお給料貰ってスミマセンって気持ちになりますよ。特に小説は5冊くらい売れただけで売れた気がしてきますよ。ああ、悲しいです」

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 また別の書店さんで、半年前に文芸から人文ビジネス書の担当になった方に聞いた話。

「文芸は文芸で毎日がお祭りみたいで面白かったんですけど、こっちはこっちで別の面白さがありますね。何が違うかっていったら、棚の動きがまったく違いますね。文芸書のときはほとんど売上が平台の新刊ばかりで棚なんて飾りみたいになっているんですけど、こっちのビジネスとか人文は棚でしっかり本が売れていくんですよ。どんなに古い本でも定番商品というがしっかりあるし、それを売るためにはある程度類書も揃えないといけないし。健全という意味でいえば、こっちの方が健全な気がしますね」

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 かなり長い間、小説が書店さんのベスト10に入っていない。例え入ったとしても発売週だけで、ロングセラーにはならない。2、3年前までは、それでもミステリあたりは売れていたのに、この頃その文芸書の唯一の砦であったミステリもベストセラーがでない。

 最後にもうひとつ伺った話を…。

「宮部さんの『ブレイブ・ストリー』(角川書店)もねぇ…。まあ、ファンタジーなんで、ミステリや時代小説より弱いのはわかっているんですけど、前は宮部さんの新刊といえば、しっかりファンがいて、発売日近くに上下巻合わせて買っていったんです。それが今回はかなり上下の差が出ちゃって…。どっか大きく紹介でもされたら、一気に売れそうなんですけどねぇ。」

 本当に<小説>はどこへ行ってしまうのか?

3月12日(水)

 昨日に続いて、身内の恥を晒すのは、そのまま本の雑誌社の恥を晒すことになり、それが発行部数の減少に繋がるのではないかと不安を抱えつつ、本日はその危険を顧みず、目黒と浜本の信じられない無知を記す。

 夜、社員全員がダラダラと残業をしているところに、顧問目黒が小脇にスポーツ新聞を挟んで1Fに顔を出した。僕と浜本は会社の真ん中にある大テーブルで作業をしていて、目黒もそこに座った。しばらく新聞を読みながら、競馬や本の話をしていた。そのうち目黒は思いだしたようにこんな話をし出す。

「△△出版って変な会社なんだよなぁ。知り合いの編集者が定年になったんだけど、誕生日に退職するんだぜ?」
 すると作業に没頭していた浜本も顔を上げ
「××さんのことでしょ、可哀相ですよねぇ、あとちょっとで年度末なんだからそこまで待ってあげればいいのにねぇ」

 僕、両者の顔を眺め、これが本気なのか僕をだます話題なのか探りを入れる。二人ともいたって真剣で、本気で△△社に憤りを感じているようだった。

「あの~、目黒さん。普通定年退職っていったら、その定年の年齢の誕生日かその月に退職していくもんなんですけど」
「えっ、ウソ? そんな話聞いたことがないよ、なあ浜本?」
「ハイ。杉江、オマエまた適当なこと言っているんだろ? オマエがどれくらい適当かはもうわかってるからいいんだよ。昨日の株だってわかってなかったし」

 二人ともまったく信用しそうにない。ならば具体例を出して納得させるしかないわけで、僕が前に勤めていた会社で定年退職していった経理部長も誕生日に辞めていきましたよと伝える。

「じゃあ、あれだ、出版業界はそういう慣習なんだな。ふーん…」

 顧問目黒、56歳。これは現在の社会であれば、既に定年退職している年齢でもある。幸せな人ってこんな人のことを言うだろうな…。

3月11日(火)

 本やタウンさんへ打ち合わせに向かおうとしたところ、浜本に呼び止められる。何だか途中まで一緒に行こうと強く誘って来るではないか。こんなことは通常ないわけで、僕は一瞬身を固くする。最近、クビになるような失態はしていないはずだし、『未読王購書日記』も順調に売れている。ならば、危ない話ではなく、何か大事な企画の話があるのだろう。まだ時間に余裕があったので、了承する。

 浜本はこの日車で来ていたので、それに乗り込む。しかし助手席のドアを開けたら、チャイルドシートが装着されており、仕方なくタクシーに乗るときのように後部座敷に座った。その瞬間、車内には異様な空気が流れた。社長である浜本が運転し、ヒラである僕が後部座席にどっかり座っているのだ。これで良いのかと思いつつ、さすがにチビの僕でもチャイルドシートに座れない。しばし沈黙のまま車は新宿方面へ向かっていった。

「あのさ、杉江君」
「はい?」
 未読王で味をしめているから古本ものの企画か、それとももっと何か思いもしない企画を掘り起こしたのか? いやもしかしたら、ここのところ僕が「忙しい」を連発していたので、部下を入れてくれる話なのかとちょっと期待も膨らむ。しかし浜本から続けて出てきた言葉に僕は耳を疑うことになる。

「ねえ、株の買い方知ってる?」

 その後、浜本から一方的に話を聞くことになったのだが、どうも株主優待のプレゼントのなかに子供さんがとても欲しがっているミニカーがあって、それをどうにか手に入れたいようなのだ。しかし買い方どころかそれがいくらなのかもわからない。困った揚げ句、僕に相談したらしい。

 確かに、その話は、父と息子の「ちょっといい話」で涙もろい僕には溜まらない話なんだけど、相談する相手を間違っていないか? 何せ僕、前夜、妻に向かって「このままだとオレ、まったく高給取りになれそうにないし、それどころかこの先、普通の暮らしも出来そうにないから資格を取ろうと思っているんだ」と話し、その目当ての資格は「MBA」だと宣言したところ、「えっ、じゃあアメリカに引っ越すの?」と言われ、逆に「なんでアメリカなの?」なんて問い直してしまった人間なのだ。

 結局、浜本の目的地である池袋ジュンク堂書店に着くまで僕が発した言葉「あるじゃんかZAIを買えば良いんじゃないですか」であった。

3月10日(月)

 本の雑誌4月号の搬入日。

 相変わらず浜本は搬入時間までに出社せず、本日は編集補助の石山が町内会のゴミ当番のため遅刻。結局、僕と浜田と小林と松村の4人で数千冊を運び込むことに。ちなみにこのなかで男は僕一人…。うーん。

 どうして毎日こんなに風が強いんだろうか?

 僕は、幼稚園のときに風に飛ばされたことがあり、そのとき運悪く着地寸前に学校の校門に顔面を強打してしまったのだ。その結果、目の上の眉毛付近から大量な出血をし、母親によって病院に担ぎ込まれ、3針縫った。

 ちなみにそのとき母親は僕が縫っているその手術シーンに立ち会い、頭蓋骨がチラリと見えた瞬間、ショックで倒れた。そして僕は頭に包帯をグルグル巻きにし、ひとりで帰宅。今度は父親が母親を引き取りに行き、病院から背負って帰ってきたのが懐かしい。

 いや、懐かしがっている場合でなく、僕は、だから風がこの世で一番怖い。営業中、ビルの谷間に吹きすさぶ突風を受けるとつい屈んでしまいそうになる。しかしそれは男としてあまりに格好悪い。でも怖い。

 それでも、風に立ち向かいながら、午後から営業に出かける。なんかこうかくとカッコイイのになんで本物はこんなに無様なんだ?

3月7日(金)

 朝から激しい雨。外に行くのにうんざりしていると、京都の書店さんから電話が入る。東京に来ているのでお会いしませんか?とのお誘い。雨にうんざりしている場合ではないと、会社を飛び出す。

 昼飯をご一緒し、京都の書店さん事情などを伺う。「この後どうするんですか?」と質問すると「東京の書店を廻るつもり」との答え。では「どちらを訪問するつもりですか?」と再度問うと「東京ランダムウォークに行きたいんですよ」との返事。だったらもう、本日の予定なんて遥か彼方にすっ飛ばし、ガイド役を引き受けるしかない。

 六本木へ移動し、東京ランダムウォークへ。
 渡辺さんと稲葉店長さんに事情を話すと、お二人とも新店の用意で忙しそうなご様子だったが「どうぞごゆっくりしていってください」と優しいご返事を頂く。

 京都の書店員さんはすぐさま棚を徘徊し出すが、その目は完全な仕事師の目であり、ギラリと光り、また手には素早くメモ帳を広げられていた。そして、しばらく棚を拝見した後、深い溜息を吐き出し、こんな言葉を呟いた。
「すごくイイ、本屋さんですね…」

 次なる目的地は同じく六本木のA書店さんへ。
 こちらは非常に仕掛け販売が上手いことで有名なMさんがいらっしゃるお店で、このMさんの目利きと販売力は凄まじい。

 最近の成果でいうと、エドワード・ケアリーの『望楼館追想』(文藝春秋)は『ハリーポッターと炎のゴブレット』より売ってしまったというからとんでもないし、それ以外でも『いつかわたしに会いにきて』エリカ・クラウス著(ハヤカワepi文庫)や『ハードボイルド・エッグ』荻原浩著(双葉文庫)など、他店では考えられない販売数を誇っている。

 その仕掛けであるポップを目の当たりにして京都の書店さんは目を見開き「なんかスゴイパワーですね、これ」としばし呆気にとられていた。その後、Mさんを交えて3人でしばらく文庫談義などをし、お店を後にする。

 書店員さん同士の会話を脇に立って聞いているのはすこぶる面白い。
 何気ないキーワードで次から次へと類書を挙がり、また、その時の自店での売れ行き状況を正確に告げる。何だかプロ野球の選手が全ヒットの配球やシーンを覚えていたり、ストライカーがすべてのゴールシーンを覚えているような感じだ。いやはや、すごい。

3月6日(木)

 直行で柏へ。
 しかし、意気込みすぎてしまったのか10時前に着いてしまい、しばらく駅前のドトールで時間を潰す。ああ、こんなことになるならもう少し寝ていれば良かったとちょっと後悔するがそれはあとの祭り。

 10時を過ぎて、W書店のO店長さんを訪問すると「どうしたの? こんな早くから」と驚かれる。いつもと逆回りしていまして…と答えつつ、最近の売れ行きと面白かった本について話す。O店長さんは驚くほどの本ヨミで、話題の新刊はほとんど読んでいると思われる。本日は『ふたり道三』宮本昌孝著(新潮社)と『第三の時効』横山秀夫著(集英社)について。

 『白い犬とワルツを』のヒット以来、出版業界では書店さんのつくるPOPが注目されている。しかし書店さんのなかにはそのPOPが嫌いな書店員さんもたくさんいて、その理由は「本は自分で探すもの」だったり「あれを立てると奥の新刊が見えなくなる」だったり「汚らしい」だったり「テナントに禁止されている」だったりといろいろあるのだが、それはそれでその書店さんのポリシーだと思う。

 本人に確かめたことはないので理由はわからないけれど、このW書店さんにもポップが一枚もなかった。O店長さんほど本ヨミであれば、書く気になればいくらでも書けるだろうが、きっと何かのポリシーがあるのだろうと考えつつ、お店を後にする。

 駅の反対側に移動し、S書店さんを訪問するが、文芸担当のAさんも前文芸担当のMさんも公休日。いやはやいやはや、むぅ…と唸りつつ、新松戸へ。

 駅前のS書店T店長さんを訪問し、最近のお客さんについて話す。
「ここは夜が稼ぎどきで、今までは8時頃がピークだったんだよね。それがなんか最近7時頃にズレてきていて、みんな帰るのが早くなったんだね。でもさ、早く帰って何してるのかな? 本を読んでくれるならそれで売上が上がるからいいんだけど、どうもそうでもなくて、テレビも視聴率が悪いみたいだし、CDも売れてないんでしょ。うーん、みんな何をしてるんだろうね? 寝ちゃってるのかな?」

 ちょうど昼飯の時間帯になったので、駅前にあった中華料理屋に入る。最近、野菜を食べてないなと思いつつ(僕は極度な偏食でそもそも野菜が食べられない)、野菜炒め定食を注文する。これだとどうにか野菜を食べることができるのだ。

 早飯も芸のうちではないけれど、5分で食べ終わり、隣にあったほとんどゲームとコミックが並べられている新古書店に入る。まったく期待せず数少ない文庫文芸棚をチェックしているといきなり目に飛び込んでくる出はないか。オォ! なんと僕の蒐集本リスト筆頭、山口瞳の男性自身シリーズ(単行本)が2冊ささっている。あわてて手帳をめくると棚にささっている2冊とも持っていないものだった!! 2冊で420円。これ神保町だと1冊5千円?

 幸福感に浸りながら松戸へ移動。昼飯を食うと集中力が薄れるもので、集中力が大事な営業マンとしてはつらい時間帯。しばしイトーヨーカドーのベンチに座りつつ、気の高まりを待つ。

 R書店さんを訪問するが、担当のHさんは休憩に出たところ。このまま待つか次に行くかは分かれ道なのだが、ちょっとこの先の訪問を考えると、後にせざる得ない。新刊チラシと名刺を渡し、綾瀬に移動。それにしてもHさんとなかなかお会いできない。こういうのも運というのだろう…が、今日は本当に運がない。綾瀬のY書店T店長さんも不在で、本日この時点で6戦4敗。

 とほほほほと嘆きつつ、北千住のM書店さんを訪問する。この書店さん、大きなチェーンでなおかつ売上も良いのに、僕、今まで恥ずかしながら訪問したことがなかった。それには深い理由はない。しかし意味不明な理由はある。それは僕がこの東武伊勢崎線で生まれ育ったということ。何となくそういう場所は訪問しにくい。無いとは思うが、同級生が書店員さんだったらどう対応すればいいのか?なんてことが不安を生む。

 今回はそういう意味で意を決しての訪問。担当者さんに声をかける。もちろん同級生でも同窓生でもなく一安心。これからちゃんと訪問しますのでよろしくお願いしますと話し、お店を後にする。

 その後、千駄木のO書店さんを訪問するが、なんとこちらも店長さんが不在で、結局本日8戦6敗の成績。これじゃ浦和レッズの成績以下。でもこれで良いんだ。とにかくお店を訪問するというのが大事なんだから。
 
 夕方会社に戻り、注文を整理し、何軒か電話を入れ、何軒かメールを書き、浜本と金子と打ち合わせをし、浜田に昨日見たDVD『天空の城ラピュタ』の素晴らしさを説き、7時半頃会社を出る。

 こんな1日を約200回ちょっとくり返すと、僕の一年が終わる。

3月5日(水)

「まったくオマエは…」と自分を叱りつつ、京浜東北線に乗り込む。先週手帳を見ながら気づいたことがあった。なんと今年に入ってまったく埼玉方面を営業していなかったのだ。その理由は単純明快、Jリーグがお休みだから…。いやはやほんと最低の営業マン。

 というわけで、川口、浦和、大宮、北与野と営業する。恥ずかしいことに2ヶ月も前に担当者さんが変わっていたり、あるいは店舗リニューアルでお休みだったりと、浦島太郎。

 本当に、ちゃんと予定を立てて、尚かつそれにきっちり沿って営業しないとダメだコリャ…。反省と溜息の多い一日。

3月4日(火)

 ほんや横丁の連載堂書店でお馴染みの東京ランダムウォーク六本木店渡辺さんを訪問。店長の稲葉さんと3人で長く雑談。

 それにしてもこのお店にいると、頭がクラクラしてくる。

 僕、1時間くらいレジ脇に立って渡辺さんや稲葉店長さんと話をしていたのだが、その間、本を買ったお客さんは5人ほどだった。これは「少ない!」と思われるのは当然なのだが、その5人のうち3人は「万」を越える購入だ。3万…、2万…、1万…。引きつっている僕の顔を見つつ、渡辺さんが笑う。

「このお店、平均客単価が日本一高いかも…。でも来客数も日本一少ないかも…」

 で、その日2万…いくら買われたお客さんはレジカウンターに山のように抱えた本を置きながら、稲葉店長さんにこんな言葉を投げかけていた。

「このお店のせいで××方面にハマリましたよ。いやー、止まりません…」

 クラクラクラ…。

3月3日(月)

 単行本編集の金子と僕にはまったく共通項がない。共通項どころか、まるで正反対の人間で、金子の発言にはいつも驚かされてばかり。読んでいる本も、たまに無理矢理読ませた本の感想もまるで逆で、これはとても手に負えない。

 たぶん学校で出会っていたらお互い口も聞かない仲になっていただろう。それはきっとケンカにもならず、ただただお互いの存在を無視するような仲に…。でも、ここは会社で、それなりにお互い大人で、尚かつ営業と編集だからちょうど良いような気もする。それにしてもどういう少年時代を送ると金子のような人間が出来上がるのかすごく興味がある。

 その真逆の金子が、ここ数日うれしそうに僕の机の周りをうろついている。

「今日はどこ営業したの?」
「あっそう…。それで『未読王』の売れ行きは?」
「注文取ってきた?」
「ふーん…。ねぇ、増刷? 増刷?」

 そういえば、先日社員全員に「一度は紀伊國屋新宿本店で行われている『本の雑誌フェア』を見に行くように! そして紀伊國屋様、杉江様アナタ達は偉いと3回拝んで帰ってきなさい」と忠告したとき、金子はこんなことを呟き、下を向いてしまったのだ。

「やだよ…。だって自分が作って、増刷のかかってない本がいっぱい並んでいるんだもん…」

 どっちがへそ曲がりなのかわからないが、ここにひとつの共通項があったのだ。僕も金子も本が売れるとうれしいってこと。これされあれば、他は全部逆でもいいか。

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