WEB本の雑誌

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5月29日(木)

 朝イチに顧問・目黒が降りてきて、いきなり「行くか?」と切り出される。一瞬、何のことかわからずポカンとしてしまったのだが、数日前、後楽園のY書店さんを訪問したときT店長さんから藤代三郎名義の新刊『馬券党宣言』(ミデアム出版)のサイン本を作れないかと頼まれていて、それを目黒にお願いしていたのだ。早速、二人で水道橋へ向かう。

 最近、著者が書店廻りをするのが妙に流行しているが、僕は初めての経験でちょっとドギマギ。しかし、よく考えてみると、著者とはいえいつも顔を合わしている目黒だし、おまけに自社の本でもないわけで、ドギマギする必要もないのか…。サイン本の作製はあっという間に済み、目黒はそのまま競馬本を物色するというので、僕は一路千葉へ。

 ところがやっとことさ辿り着いた千葉なのに、S書店さんでは担当のIさんが昼休憩に出たばかりという最悪な事態。戻られるまでには1時間はかかるとのことで、いやはや小石が胃にポチャンと落ちる。仕方なく新刊チラシを置いて、次なるお店K書店さんへ向かうが、こちらも久しぶりに会えるのを楽しみにしていた担当のKさんが不在で、またもや小石がポチャン。

 ちなみに、この小石が1日10個溜まると、その夜は新宿3丁目方面で荒れることになる。ただいま2個。

 不運を嘆きつつ、津田沼へ移動する。

 恐る恐るP書店さんを覗くと、背の高い担当のKさんがすぐに見つかり一安心。良かった、良かったと声をかけ、そういえばKさん、いっぱい本を読んでいるらしいのだが、どんな本を読んでいるのか聞いたことがなかったと、何気なく「どんな本読んでいるんですか?」と問いかける。Kさんはボソリと「講談社文芸文庫が好きなんですよ」と答える。

 その瞬間、僕の頭のなかに自宅の本棚が映像化され、その中から会話のポイント「講談社文芸文庫」を急速検索。しかししかし、あの白地の上の方にグラデーションされたカラーの背の本が1冊も見つからず、該当なしの結果がでる。ほんとに1冊もないの?とその結果が信じられず、再度検索をかけるが、答は一緒。この間、約0.5秒くらいの出来事なのだが、僕には数時間に思えるほど長さであり、またこの解答に頭の中は真っ白に。小石5つが固まった大きな石がポッチャ~ンと落ちる。

 全身から妙な汗を流しつつ、Kさんが続いて呟いた「ドロドロした話が結構好きですかね」なんていうキーワードにすがりつき、なぜか、左脳は止めているのに異様に発達している僕の右脳が勝手に口を動かし、「ドロドロなら今読んでいる本がかなりドロドロで…」なんて呟きながら『いい人になる方法』ニック・ホーンビィ著(新潮文庫)を紹介してしまう。講談社文芸文庫ファンとニック・ホーンビィが繋がるとは思えない。思えないけど、口が開く。ああ。

 担当のKさんは優しく「じゃあ読んでみようかな」なんて話してくれるが、またもや小石がポチャリ。

小石はその後も落ち続け、POPで有名なS書店さんを覗くが、僕の読んでいるような本には一枚もPOPがないことでポチャン、反対側のM書店さんでは担当者さんに会えずポチャン。これにて定数10個となり、今夜の予定は決まる。


 それでも営業は続き、HP銀河通信(http://www2s.biglobe.ne.jp/~yasumama/)でお馴染みの安田ママさんを訪問。ここで一気に小石を吐き出そうと禁断の質問「安田さん、講談社文芸文庫って持ってますか?」をしようとしたのだが、すっかり話しているうちに忘れてしまって小石はまったく消化されないまま撃沈。

 もちろん夜は、羊よりも従順な助っ人・及川君を従え、思う存分荒れてしまった。ごめんね、及川君。

5月28日(水)

 直時代からつき合いのある書店さんを訪問する。

 そこは駅近くの路面店で30坪ほどの小さなお店。いわゆる町の本屋さんなのだが、店長のSさんはとても本への造詣が深いので品揃えは魅力的だ。

 そんな店長さんに最近の売れ行きについて話を聞くと
「もう、全然ダメ。雑誌もダメ、単行本もダメ、文庫もダメ。みんなダメ。本が来ないのはずっと昔からだけど、最近は一段とヒドイしなあ。前はそれなら他の本を売ろうと思ったんだけど、今はそういう本が売れなくて、テレビや新聞でドーンとなった本だけ動くんだ。ほんと、こういう小さな独立店舗はもう無理なんじゃないのかなあ」とグッタリ顔で話される。

 なんとなくポジティブな言葉をかけて明るい話題に変えようかと思ったけれど、現実はそんなものではなく、僕が訪問している町の書店さんは、ほんと息も絶え絶えで商売をしているお店が多い。それはもう個人の努力でどうにかなるものではなく、構造的なというか時代的な問題だから厄介だ。

 ただし。
 数年前ならこういう悲鳴が小さな書店さんの特権だったけれど、最近では大手書店のもっと大きな悲鳴が聞こえてくる。きっと5年後の業界地図が見える人なんて誰もいないんじゃないなかろうか。もちろん、その地図のなかで働いている自分の姿は、もっと見えないけど。

5月27日(火)

 京王線を営業。

 調布のS書店Sさんから「これがお薦め!」と紹介されたのは『間取りの手帳』佐藤和歌子著(リトルモア)。この本、ヘンテコナな間取りが満載で、あれやこれや想像すると楽しいとか。確かに各書店さんで平積みになっていて、売れていると聞いていた。

 会話の流れで「杉江さんのお薦めは?」と尋ねられたので、思わず目の前に積まれていた舞城王太郎の著作を指さす。

 しかし舞城をほんとに薦めていいのか疑問もわく。なんというのか、ストーリーをしっかり追うようなタイプの人にはつらい気もするし、でもでも舞城ワールドにやられてしまえば、あとは身をゆだねるだけで幸せ。僕はもちろん後者で一気に全著作を買い漁ったし、僕にこの作家を薦めてくれた某書店員さんは、まさに舞城ジャンキーになっているほど。

 はたして1カ月後の訪問でSさんがどうなっているか気にかかる?
 いやはや楽しみ。

5月26日(月)

 朝から『少年記』野田知佑著の注文がバタバタ入る。
 それも15冊とか30冊という、まとまった注文でこれはいったい何?とあわてて電話口の注文主(書店さん)に確認すると「企業採用の客注なんですよ」との話。いやはや、ビックリ。

 夜は元助っ人で、卒業後、大手出版社に就職していったY君と久しぶりに飲む。気を許せる相手だけに、少ない酒で妙に酔う。酔った勢いで先輩風を吹かしたいが、Y君は就職3年目にして立派な出版人になっていて、もう僕の知識では到底追いつけないほど成長しているではないか。

 やっぱり中小出版社のひとり営業には出版業界の数%のこともわからないんだと実感し、情けなくなってしまう。ああ、僕の10年は何だったの?

5月23日(金)

 何だか今週はダラけていて仕事が捗らない。このダラけのしわ寄せがいつか来るんだろうなと思いつつ、それでもやっぱり「気」がわかない。

 この日記も既に二年半以上続けていて、最近は書いては消しの繰り返しでなかなか先に進まない。それは決してネタがないわけではなく、逆に見つけたネタをしっかり消化して書こうとして、それだと日記という方式ではとても時間が足りないことに気づく。

 誰も期待していないのに、毎晩書ききらない原稿が溜まっていって、結局まったく違う、書きやすい原稿を書く。

 消化不良な日々が続く。

5月22日(木)

 一昨日金子の徒歩通勤に触れたが、なぜか最近、本の雑誌社では自転車通勤が流行っている。営業事務の浜田は3年くらい前から毎日50分もかけてキコキコ通っていたのだが、ここのところ編集の松村、編集補助の石山までもが、自転車でやってくるようになった。

 三者三様理由はそれぞれで、本日三人集まって自転車通勤談義をしていたのだが、どうもチグハグ。

浜田「やっぱり自転車って運動になるよ。わたしこの3年で無理せず痩せてきたもん」
石山「ふーん、バスを待つのが面倒なのよね」
松村「なんか自転車だと安心して仕事ができるの。だって終電がないんだもん」

 ただし、三人とも一様にうなだれるのが、午後から急に雲行きが怪しくなり雨が降り出してしまう日だ。一番窓際に座っている浜田が、いち早く天候の急変を感じ、すぐさま社内連絡網を回す、って大声で叫ぶだけなんだけど…。

「キィーーーー、雨、雨、雨!!」
「マジ?」

 そして異様に不機嫌になる三人。
 お前らなぁ…。

5月21日(水)

 大好きな書店のひとつ中村橋のN書店さんを訪問。

 ここのお店については何度も書いているので詳しいことは重複になるから避けるが、町の書店さんのなかで非常に奮闘しているお店のひとつだろう。

 特に単行本は、店長のTさんが「ジュンク堂にも負けたくない」と半分笑いながら話す、その心意気が伝わる素晴らしい棚だ。それは決してセレクト型でなく、なるべく多くの本を揃えるため1冊、2冊の棚差しが基本で、その品揃えが溜まらない。

 たった40坪のお店で、これだけ充実した品揃えであれば、この町のお客さんはここでほぼ欲しいものが手に入るのでないかと思わされる。もし書店だけで住む場所を決めろと言われたら僕は間違いなくこの中村橋を選ぶ。

 レジ廻りで邪魔にならないようT店長さんと話していると、ふとした違いに気づく。
「あれ? Tさんのところ、遊戯王とかのカード類がないですね?」
とその思ったまま質問すると、T店長さんはビッシと一言返される。
「うちは本屋だからね」

 思わず背筋が伸びて、痺れさせられる。
 31歳にもなってこんなことを書くのはとても恥ずかしいが、僕はTさんみたいな大人になりたい。
 

5月20日(火)

 本の雑誌社では毎年6月に健康診断を受けているのだが、なぜか妙に男性陣が体重を気にしていて、それぞれ前年比との戦いを繰り広げている。

 昨年、単行本編集の金子は健康診断半年前から身体を鍛え、会社まで徒歩で通勤するという節制をしたにも関わらずプラス2キロという最悪の結果。金子はその数字を前に卒倒しそうな猛烈なショックを受け、1週間しょげかえってしまったほどだ。もちろん僕と浜本はその傷口に塩を塗りこんだ…。

 さて、今年である。金子は相変わらず徒歩通勤をしていて、どうもその効果がやっと表れてきたらしく、見た目にもスマートになったことがわかる。ところが発行人浜本は一段と肥大化していて、特にクビの周りは見るに耐えないほどプヨプヨで、本人にそのことを告げると、厳しく睨みつけられ「オレはもうイイんだ!」と怒られる。まるで顧問目黒の弁と同様だが、目黒は自炊をし出してからジワジワと痩せて来ているのだ。

 そんな浜本がここ数日、一番やばそうなものを口にしている。

 それはビックマックで、いくら何でもそれは辞めた方が良いと忠告しても、マックといえばビックマックなんだと子供のように吠える。おまけに一日2個食っている。果たして今年の体重はどうなるのか?
 
 僕も他人の心配ばかりしていないで、あと1カ月死に物狂いで営業に勤しみダイエットするしかない。

5月19日(月)

 SARSが日本でも広まった場合、営業という仕事はいったいどうなってしまうだろうか?と心配しつつ、書店さんで話していると「いや~、僕ら接客業はもっと危険ですよね…」と言われ納得。

 出版業は基本的に国内だけで商売しているからまだ大した影響が出ておらず(といっても国際空港内の書店さんはとんでもない売上ダウンだそうだ)、それこそこれからSARS関連本が山のように出版され、書店さんの棚をにぎやかにすることだろうが、機械メーカーに勤めている友人の話を聞くとすでに他人事ではなく出張も規制され、大変なことになっているという。このままこの状況が続けば中国にある工場も閉鎖せざるえず、その場合の影響は想像もつかないと頭を抱えていた。

 そういう不況がめぐりめぐって本の売上に影響してくるわけで、今年に入ってから出版業界は一段と冷え込んでいるような気がする。とある書店さんで出版不況話をしていると担当者さんが自嘲気味にこんな話をしてくれた。

「前年比で考えているなら、6月は大丈夫だと思うんですよ。去年の6月は杉江さんも興奮していたサッカーのW杯があって、どこの書店もヒドイ数字だったはずですから。前年比に対してですけど…」

 何だか笑ってしまいそうになったが、前年比というのは確かにそういうカラクリのある数字で、前年同月に爆発的ベストセラーが出ていれば、それに追いつけという方が無理なことなのだろう。ちなみにその書店さんは続けてこんなことも話していた。

「大きく動くベストセラーを期待しているとそれに頼らざるえなくなるんで、お店の傾向にあう週に10冊とか5冊売れる本を探していくしかないですよね。そういうのがあればそれほど山や谷のない安定した売上を保持できるんで…」

 その5冊、10冊の本を探すのが、書店員さんの腕の見せ所なんだろうな。

5月17日(土) 炎のサッカー日誌 2003.06

 朝にめっぽう弱い人間で、毎度毎度、観戦仲間に迷惑をかけてしまっている。

 浦和レッズの自由席の並びには、近隣住民に対して迷惑をかけないよう自主的なルールがあって、詳しいことは省くけれど、ようは徹夜並びを禁止するためくじ引き制を導入しているのである。そのくじ引きが毎回試合当日の朝6時に行われていて、本来であればスタジアムに一番近い僕がそのくじを引くべきなのだ。

 ところが毎度5時に目覚ましをかけているのに、無意識にそれを消してしまって、気づくといつもの起床時間7時なんてことになっている。情けないというか、申し訳ないというか、いやはや。この日も同様な状況で遅刻し、慌ててスタジアムに駆けつけたのが8時過ぎ。既に観戦仲間のKさんとOさんは缶ビールを2本づつ空けていて、デキ上がった状態であった。

 この日の試合は、ガンバ大阪戦。
 品の無さが自慢のガンバ・サポーターは「うんこれっず」という旗まで作り、悲しくなるくらい幼稚な歌を歌っているではないか。

 こんなチームに負けてなるものかと試合開始前から気合いを入れていたが、選手はそんなことにはおかまいなしで、失点を重ね、前半終了時1対2。10年遅れのマンツーマン守備の限界としか思えないのだが、監督オフトは一切変える気がないらしい。

 そんなダメダメ試合よりも気になったのは、幼稚なガンバ・サポーターで、その中心人物らしき人間が、得点時の興奮でスタンドから落ちてしまったのにはビックリ仰天。そこは2、3メートル以上高さがある場所で、彼はその後ヨタヨタと歩き、再度スタンドに戻ったのだが、その後は一番後ろで大人しく観戦していたようなのだが大丈夫なんでしょうか?

 さて、浦和レッズの最大の特徴は45分間だけ良いサッカーをするということで、前半がこのダメさなら、後半に期待と、声を張り上げて応援していると、あれよあれよとエメルソンが同点弾を放ち、その後は全国チビッコの夢・田中達也が逆転弾を決めてしまう。

 スタンド全体は狂喜乱舞となり、大声で歌い出すが、その興奮はたった3分で沈黙に変わる。デカさが自慢のガンバ大阪マグロンにドカーン・ドカーンと同点、逆転ゴールを決められてしまった。

 悲鳴と怒号のスタンドと同じくらい混乱したピッチのなかで、完全なノーガードの打ち合いとなったこの試合。このまま3対4で負けるのかと覚悟したとき、クリーンボーイ・坪井がJ初ゴールを決め、どうにか引き分けに持ち込んだ。

「4点取っても勝てないのはなんでだろう?」と歌いながら、自転車を漕ぎ家路に就く。

5月16日(金)

 上野駅のB書店さんを訪問。

 こちらのお店、大きさはそれほどでもないのだが、ターミナル駅「内」という最強の立地を武器に凄まじい売上を誇っている。本日も午後の比較的空いている(であろう)時間帯に訪問したのだが、各棚にお客さんがついていて、レジも途切れることがない。まるで他店の夕方なみの混雑ぶりで、なんだか自分が書店でアルバイトしていたバブル期を思い出してしまう。

 それにしてもこの手のタイプの駅中書店をJRが本気で全ターミナル駅に出店していった場合、日本の出版事情は完全に変わってしまうのではなかろうか。

 夜は今回で8回目となった『翻訳文学ブックカフェ』の立ち会いに。

 会場は日本一の大きさを誇るジュンク堂書店池袋店で、こちらはこちらで「何でも揃う」を武器にお客さんの信頼を集め、着実に売上を伸ばしている書店さんである。

 立地と大きさ。
 この2点が基本となって今後も書店さんの出退店が続いていくのだろう。その際、お店の個性というのは、どこまで武器になるのだろうか。

5月15日(木)

 単行本編集の金子にひっついて印刷会社へ。本来、僕が行く必要はないのだが、今まで一度も印刷の現場を見たことがなく、いつか知りたいと考えていたので、この機とばかりに無理矢理連れて行ってもらうことにしたのだ。まあ、社会科見学というか、研修というか…。

 独特な匂いのする印刷所をうろつきまわり、担当者が大きな機械の前で、それぞれ行程を説明してくれる。金子はその説明にフンフン頷きながら、疑問に思ったことを質問をする。担当者はその質問がうれしいようで、すぐまた細かい説明をしだす。僕はただただ興奮し「スゴッイすねぇ~」の連発。担当者は僕が渡した名刺を再度取り出し、そこに書かれている「営業部長」という肩書きをじっと見つめる。そして不安そうな表情に。金子は金子で僕に向かって「お口にチャック」のジェスチャー。ケッ、どうせオレは…。

 この日『印刷に恋して』松田哲夫著・内沢旬子画(晶文社)を購入。チクショー、金子よ、見てろ!!

5月14日(水)

 直行で取次店に向かい、今月の新刊『少年画廊』沢野ひとし著の見本出し。

 昨日の直納で筋肉痛になっている腕には、たった7冊でも重い。飯田橋からT社への長い道のりの途中で思わず投げ出しそうになってしまった。

 いつもならこの見本出しの日が営業の区切りとなり、午後はこっそりとサボりの時間に突入するのだが、今日はこの後沢野のところに行き、ネット予約分のサイン本を作らなければならないのだ。会社から何時頃沢野のところに行けるのか?と何度も確認の電話が入り、急げ急げで取次店さんを廻る。

 さてさて、会社に戻って、今度は100冊を越える本を前に、どうしたものかとしばし悩む。さすがに及川君だってハードカバー50冊が限界だろうし、僕も体力的自信はない。

 困りつつ、コストカッター浜田に相談すると「これだけ運ぶのはさすがに大変ですからタクシーで行くしかないんじゃないですか」と僕が言いたくて言えなかった提案をしてくれる。気が変わる前にタクシーを呼び、すぐさま金子と二人で出発。

★   ★   ★

 スラスラとイラストとサインを書き込む沢野ひとし。

 当たり前のことだけど、その線は誰がどう見ても<沢野の線>となる。例え同じペンを僕が使って絵を真似たとしても決して<沢野の線>にはならない。さすが…としかコメントしようがない。

5月13日(火)

『いっぽん海ヘビトンボ漂読記』の追加注文分を直納しようと、助っ人の及川君を呼ぶが本日は休みだと浜田が返事。参った…。

 彼はお届け物の天才で、一分でも早く相手方に届けるため、なんと町中を走るのだ。走る必要があるのか?と言われたら難しいところなのだが、その気持ちは相手にも伝わるようで、どこにいってもウケが良い。もしかしたら僕が営業するより彼が営業になった方が売上が上がるのではないかと思わされるほど、人に好印象を与えるタイプだ。

 及川君がいないとなると、ただいま助っ人は男子が枯渇していて、他に誰もこれだけの量を持っていける人間はいない。仕方なし、自分で運ぼうと東京のY書店さんと銀座のA書店さんへ向かう。もちろん歩いて…。

 それにしても本は重い! 及川君、散々コキつかってゴメン。

5月12日(月)

『本の雑誌』6月号の搬入日。

 前にも書いたことがあるけれど、『本の雑誌』の基本的な搬入日は10日である。しかし、その10日が月~水曜日に合わない場合は、前後2日の8日~12日の間で調整している。なぜ月から水曜に搬入したいのかというと、大・小書店間の納品ズレを極力抑えたいからだ。

 この方式に従って年間の搬入日を決めているのだが、今月はそのズレが最悪のパターンになる日程。10日は土曜日だからダメ、前倒しで8日にすると木曜日になってしまってダメ。となると必然的に今日12日が搬入日と決まっていくのだが、後ろにズレると非常に問い合わせが多くなるのだ。

「今月号は、いつ発売ですか?」
「もしかしてもう出ていて、うちのお店の分が漏れているのか?」

 なかにはこんな電話もある。
「ああ、電話が繋がって良かった。『本の雑誌』が来ないから潰れたのかと思ってさぁ」

 予想通り、朝からそんな電話がひっきりなしにかかり、その応対をしているうちに製本所から『本の雑誌』が届く。目の前にありながら「いつ発売なのか?」という問い合わせを受けるのは何だか悔しいのだが、現実に店頭や定期購読者に届くまで、しばらくこんな状況が続くのだ。それだけ楽しみに待たれているのはうれしい限りだけれど。

 社内への運び込みを終え、定期購読者へのツメツメ作業を開始。こちらは夕方までに作業を終わらせ、郵便局へ渡さなければならないのだ。この搬入日のバタバタ感は、何度味わっても興奮させられる。

5月9日(金)

 珍しく朝イチで顧問目黒が降りてきて、何を言いだすのかと思ったら突然この『炎の営業日誌』を誉め出すではないか。

「スギエ~。昨日の日記スゴイ良かったぞ。あれは過去最高の出来だな。オレもさすがにホロリと来ちゃったよ。もし『WEB本の雑誌』傑作選なんて本を出すとしたら、絶対に入れるな。いや~、良かった」


 この日記に関しては、いつも小言ばかり言われているので、その初めての「誉め言葉」を聞き思わず、こちらが涙ぐんでしまった。くー、苦節2年半、毎日毎日、顧問目黒を泣かしてやろうと目標に掲げ、続けたカイがありました。これにて当日記は終了します……ってわけにはいきませんが。

 問題はあのような原稿を年に何本書けるのか?ということだ。たぶん、年に1本、書ければ良い方だろう。いやはやそれより営業として誉められる日はいつ来るのだろうか?

 うん?当欄の隣の『さざなみ編集日誌』の更新が1月14日で止まっているのはどういうことだ! 浜本、松村、君たちは何をしているんだ!!

5月8日(木)

 東京都北区。
 築20年以上の住宅とその1階を工場にした建物が並ぶ一角に父親の会社がある。それはバブルの影響はほとんど受けなかったにも関わらず、不況の冷たい風はどこよりもキツイ、文字通り吹けば飛ぶようなちっぽけな会社だ。

 父親は20年以上前、30代後半に、勤めていた会社を辞め、会社を設立した。設立当時の苦い思い出はいまだ息子に語らない。よほど嫌な想いをしたのだろう。しかしそんな父親は人生のほとんどの情熱を会社に傾け、そして何よりも仕事を愛し、小さな小さな部品や機械を作り続けたきた。それは父親が使う言葉でいうと「モノをこさえる」仕事だ。

 朝、その父親の会社に立ち寄る。

 編集部の金子が単行本の編集に必要な資料(本)があって、しかし、それがどうしても見つからず喘いでいたのだが、詳しく話を聞いてみると、なんとその資料を僕が持っていたのだ。ただしそれは実家の本棚に置いてあったので、昨夜母親に電話を入れ、約12分ほど実家を出ていった後の子供部屋の所有権について不満を言われ、どうにかこうにか母の日に5000円以上のプレゼントすることを約束し、本棚から探し出してもらったのである。そして、その本を今日父親に預けさせてのだ。

 父親の会社を訪れたのは数年ぶりのことだった。

 扉を開けてビックリしたのは、まったく何も変わっていなかったことだ。入ってすぐのところになぜか社長である父親の机があり、その向こうに大きな設計机が置かれている。奥には所狭しと工作機械が置かれ、唸るようなモーター音と圧縮空気が抜ける炸裂音が響いていた。この場所に会社が移るとき、僕は確か高校生で、父親から学校に行かないなら引越を手伝えと言われ、暇つぶしに顔を出したことがあった。あのとき以来この場所の風景は何も変わっていない。

 ただし設立以来働いている従業員の人達は、それぞれしっかり老け込んでいて、間違いなく時が過ぎていることの唯一の証になっていた。

 父親や従業員の人達に挨拶を済ませ、兄貴がいれてくれたコーヒーを飲む。兄貴は今、父親の会社で働いている。それは2代目としての受け入れというよりは、人格形成の再教育の意味が強い。

 兄貴は小学校の入学以来、通信簿に毎回「協調性がない」と先生から指摘されるタイプの人間だった。だれかと一緒に何かをするなんてことは絶対に出来ない。常にひとりでいることを好み、もし何かを言いだしたとしても相手の意見なんて求めていない。よく言えば独立心が強い、悪く言えば単なる夢見るアホだ。一番身近にいた弟として判断すると、それはどうみても単なる夢見るアホであり、もうひとつ付け足すならば変人である。

 その「協調性がない」まま大人となった兄貴は、家族の予想通り会社勤めをしても長続きしなかった。30歳を過ぎてもう書き慣れてしまった退職願をソフト会社に出した後、ついに両親はその責任を取って、自ら兄貴を手元に置いて再教育することを決意したのだ。

 ちなみに僕は、小学校から高校まで「落ち着きがない」と指摘され続け、6・3・3の12年間教卓の隣の特別席に座らされたのが自慢の人間だ。しかしその特別席への配置を一番後悔するのはいつも先生で、なぜなら自分よりも目立つヤツが黒板の前で騒ぐのだから、授業が成り立つわけがない。いつもいつも3日ほどすると、定位置の窓際の一番後ろに戻され、先生は僕を教育することを放棄した。それでも僕の場合、ある意味落ち着きがない人間にとって天職と思われる外回り営業に就けたのが幸いだった。

 コーヒーを飲みながら、機械を加工する音を聞く。小さい時から慣れ親しんだ機械油が熱せられる匂いを嗅ぐ。電話が鳴り、兄貴が出て、父親に変わる。二人は僕の知らない会社と部品の名前を挙げ、打ち合わせをし出す。

 二人の姿が、ちょっとだけうらやましかった。

5月7日(水)

 ちゃっかりGW休暇を取ったら、予想通りスケジュールが爆発。わかっていたけど、いい加減休みたかったんだから仕方ない。これはいったい身から出た錆なのか、それともこんなスケジュールで働かす会社のせいなのか難しいところだ。

 というわけでバタバタと営業に飛び出す。今月は20日搬入予定で沢野ひとし新刊『少年画廊』があるのだ。これはもう中味はもちろん、外見に絶対の自信があって、なぜなら装丁をクラフト・エヴィング商會に頼んでしまったからだ。このホームページのトップページにもすでにアップされているように、とっても可愛く洗練された装丁が出来上がり、僕は何度もその素晴らしい出来映えに頬ずりしてしまっているほど。

 調布から府中に行き、分倍河原で乗り換え、中央線へ。営業マンにとっての季節は既に春から夏に変わっていって、もう上着なんて着ていられない。汗をダラダラ流し、休んだ自分を責めつつ、各駅停車の旅は続く。

5月6日(火)

 連休明けで、久しぶりの出社。
 満員電車はうんざりだし、会社に行くのも億劫なのだが、この連休中どんな注文や連絡が入っているかという期待感があり、そちらの気持ちが勝り、いつもより1時間早く出社する。

 鍵を開け、誰も来ていない会社に入り、シャッターを開け、ラジオを鳴らし、コーヒーを入れ、各自の机を拭く。まもなく始まる異常な「日常」を前にぼんやりする。そして、いつだか聞いたとある書店の店長さんの言葉を思い出す。

「僕は絶対どんなに疲れていても、誰よりも早くお店に行くんだ。鍵を開けて、電気や空調のスイッチを入れて、お客さんもスタッフも誰もいない店内を歩く。棚が荒れていれば、整理して、気になった点は直していく。しーんとした店内でそれをやっていると、ここが<自分のお店>なんだって深く実感できて、やる気に繋がるんだよね」

 この日、早く出社したことで何となくその店長さんの気持ちを理解することが出来た。まあ、雇われの身だけど、ここが<僕の会社>であることには変わりはないし、ここで面白い本を作りだし、出来るだけ多くの読者に買ってもらうのが僕の仕事なのだ。

 間もなく電話が鳴りだし、他のスタッフも出社してくるだろう。

5月5日(月) 炎のサッカー日誌 2003.04

 出版営業仲間であり、レッズ仲間でもあるUさんから、とんでもない話を聞かされたのは昨年の暮れ。

「杉江さん、念願叶ってレッズ本を自社から出せるようになりました。それも福田の本です!」

 思わずひっくり返りそうになりつつ、ヨダレを垂らす。ハァハァ。

「マジですか?!」
「ええ。福田の引退記念本というか、ノンフィクションを作れそうなんですよ。是非是非、何かあったら協力してくださいね」
「もちろんですけど、作るなら本物を作ってくださいね。中途半端なものは絶対イヤです」
「当たり前ですよ。本気で良いもの作ります! 楽しみにしてください」

 そのUさんが、エスパルス戦に新刊チラシ持参でやってきて、その一部をサポーターに配りだす。表情は自信に溢れていて、カッコイイ。やっぱり出版の原点は、好きなモノを好きな人がしっかり作る、ってことなんだと実感しつつ、ああ、僕もレッズ本が作りたい…。


『Mr.REDS 福田正博』 戸塚啓・福田正博 著 (ネコ・パブリッシング)
◆6月上旬発売予定 ◆四六判並製240ページ ◆定価本体1400円
詳しい情報はこちらへ
http://www.neko.co.jp/guest/hukuda/

 レッズに興味のある方はもちろん、世界一サポーターに愛されたサッカー選手を知りたい方もどうぞ!


 ちなみにこの日の試合は、子供の日らしい演出なのか、0対0の終了間近88分にエメルソンが便秘解消決勝ゴールを決めるという、大興奮勝利。内容については、とても恥ずかしくて言えないけれど…。

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