WEB本の雑誌

« 2003年11月 | 2003年12月 | 2004年1月 »

12月26日(金)

 本の雑誌社には忘年会というものがない。その手の行事でただひとつ行われているのは、助っ人学生の卒業式くらいで、あとは新年会も花見も納会もない。

 だからこの原稿を書いている12月26日は、03年最後の出社日なのだが、午後6時7分現在、誰もがいつも通り仕事をしている。それはそれでベッタリ人とつき合うのが苦手な僕としては有り難いことではあるのだが、何だか物寂しい。人間やっぱり何か区切りが欲しいじゃないか。

 先ほどから「少しくらい飲みませんか?」と声をかけているのだが、誰も反応してくれない。酒好きの浜田くらいはつき合ってくれるかと思ったが、一切無視を決め込んでいやがる。最終日くらい酒を飲んで、発行人や編集長や顧問を罵って、逆に編集長から殴られて、ちょっと鼻血を垂らして、やっぱりこの会社に入って良かったです、なんて泣きながら抱き合うイベントがあっても良いじゃないか。

 しかし誰も反応してくれない。

 仕方なく冷蔵庫の缶ビールを取り出し、ひとり飲み出す。

 ああ、うまいなぁとしつこく呟いていたら、みんなが僕を取り囲みだす。そうだろ、そうだろやっぱり最終日だから飲みたいだろ。

「あの~、大丈夫ですか?」
「なんだよ、ビール2本くらいで、そんな酔ってねぇよ。」
「違いますよ、そのビール、1年前で賞味期限切れているんですけど」


★   ★   ★

 皆様、今年も『炎の営業日誌』をご愛読いただきありがとうございました。

 4年目となると、ほとんど書いていることがダブりのような気がしてきて、何を書いて良いのやらとなってしまい、かなり息切れして、とぎれとぎれの連載になってしまい申し訳ございませんでした。

 来年以降どのようなペースで続けられるのかわかりませんが、よろしくお願いします。

12月25日(木)

 入社以来初めて、まともに年末年始休暇を取れそうな雰囲気。たまたま新刊やその他のスケジュールがうまくハマッただけなのだが、大声でそんなことを言うと、編集部から仕事を投げつけられそうなので、無言で喜びを噛みしめている。苦節7年、やっとまともなサラリーマン生活ができる…。

 それにしてもこの出版不況のなか、今年も年末まで会社があったことに感謝。来年のことなんてよくわからないし、そんなことを気にしていたらこんなちっぽけな会社で働けない。とにかく明日の生活のために今日を頑張るしかない。

 メリー・クリスマス!

12月24日(水)

 クリスマス・イブ。
 世の中が妙に浮かれる日が嫌いな僕としては関係ない日といいたいところだけど、娘が産まれてからその認識が180度変わってしまった。コイツが喜ぶなら何でもしてやるぜ、おっとつぁん…といった感じだ。

 それは、ここ数日お会いした他のおっとつぁんに聞いても同じようで「うちの娘はサンタさんに頼むプレゼントと親からもらうプレゼントが別なんですよ、サンタさんに頼む分はうまく隠しておかないと」やら「トイザラスの駐車場が満員で1時間ばかし歩いて行っちゃいました」なんて、日頃の仕事のときの厳しい表情とはうってかわって、柔和な表情で笑みがこぼれ落ちていた。

 もしかして、サンタが一番幸せにしてくれるのは、おっとつぁんなんじゃないか? なんて考えたが、そんなのどうせ10年くらいしか続かないわけで、ああ、それを思うと哀しみで胸が潰れそうだ。

 さてさて、そんなおっとつぁん話は脇に置いておいて、仕事の面では予想通り、最悪の一日。

 街にはバッテリーの切れたおもちゃのような足取りのカップルが多いから目的地にたどり着くまでにいつもの倍以上の時間がかかるし、売場も妙に混んでいて、その多くがプレゼント包装を頼むもんだから店員さんを捕まえるなんてとても不可能。

 イライラしつつ書店さんを廻っていたが、よくよく考えてみると、そういうお客さんのおかげで僕らはご飯を食べていけるわけで、まったく本末転倒の怒りであることに気づく。

 それに一番大変なのは、僕のような営業マンではなく、鋭利な紙で指先を切りながらプレゼント包装をしている書店員さんだ。彼ら彼女らは、例え恋人がいても、遅番なら店が閉店する10時、11時過ぎまで働かなければならないし、僕のようなおっとつぁんだったとしても帰宅したときには、子供はすっかり夢の中。

 まさにサービス業なのだが、そのサービスを感謝される機会があまりに少ないような気がする。お店で何かうれしい対応をしてもらったときには、忘れずに感謝の言葉をかけようと思った。

12月22日(月)

 『書店風雲録』の出版記念パーティー。

 こういうパーティーは本を出した出版社が企画するのではなく、著者の周りから企画されるものらしい。らしい、というのはほとんどこういうことがない本の雑誌社の発行人浜本が言っているからで、もしかしたら他社では新刊が出たときに自社で取り仕切っているのかもしれない。一抹の不安を覚えるが、今回は田口さんと旧い付き合いの方々が、企画・運営して頂いた。感謝。

 さすがに何もせずお客さんになるなんて申し訳なく、当日は浜田や松村に協力してもらい受付を担当。だから中の様子は見当がつかないのだけれど、受付で「良い本を出しましたね」という言葉を何度かかけられ、もう胸がいっぱいだった。

 さてさて次の企画を考えよう。

12月19日(金)

 相変わらず続く直納ラッシュ。しかし本日は助っ人の及川君と翼君に直納を頼み、僕は来週月曜日に行われる『書店風雲録』の出版記念パーティーの準備に大わらわ。用意しなきゃならないものを書き出して見るが、想像通り今日中には終わらないことが判明する。天皇杯でレッズがあっけなく湘南ベルマーレに負けているので、土曜出社だろうが日曜出社だろうが何でもござれだ。

 今年の我が浦和レッズはナビスコの優勝で存分に幸福を味わったのだが、その後2ndステージ終盤での凋落と天皇杯3回戦での敗北で悪い意味でのレッズらしさを見せつけらる。まるで藤代三郎の万馬券を3本当てても、当日収支プラマイ0みたいな感じだ。来年こそはリーグ優勝して欲しい!

 夜は、所属しているサッカー部の忘年会に仕方なく参加。
 仕方なく、というのはいつも試合で自分のプレーは棚に上げ、味方の不甲斐ないプレーを罵倒しており、その恨みを忘年会で晴らされるだろうと危惧していたからだ。

 その危惧通り、監督から厳しい叱責。
 「杉江は何で俺より偉うそうなんだ!」なんといっても僕らのチームの監督は現役のプロレスラーだから本物のローリングソバットやらフェイスロックなどが飛んでくるのだ。逃げようと思ったときには足を掴まれ、酔いとは違う意味で落とされてしまった…。

12月18日(木)

 本日も直納。
 御茶ノ水、東京、汐留、六本木。

 汐サイトと六本木ヒルズは同じような空間だと考えていたが、コンセプトというか、客層がまったく違うそうだ。汐サイトはビジネス街で、六本木ヒルズは観光地ということらしい。

 汐留のY書店、六本木のA書店、東京ランダムウォークと立て続けに廻っていると「金太郎飴書店」なんてどこのこと?なんて気分になる。これらのお店は、それぞれ独自な商品構成で、それもかなり尖っているといえばいいのだろうか、とにかく他の書店じゃ目に付かない面白本が並んでいる。担当者との話を終えた後、うろうろ棚を眺めているとサッカーの写真集が目に飛び込んできた。それは洋書だったのだが、写真集なら大して問題ない。思わず買おうかと思って値段を確かめると8500円! そっと平台に戻した。

 夜はPOP王様と忘年会。
 POP王様の名言。
「本は人と一緒で、絶対どっかに良いところがあります」。

12月17日(水)

 会う人、会う人、この時期は忘年会で大変でしょう?と言われるのだがそんなことはない。

 たぶんそう思われる理由は、こんなところで虚名を売っているからだろうけど、みんな「一度会いたいと思っていた」というだけで、ほとんど2度目の誘いはなく、だから大して忘年会に呼ばれることもない。

 ただただ『書店風雲録』と『本の雑誌』1月特大号と『おすすめ文庫王国』の直納に追われるている。「売れるは うれしいけれど 忙しい」

 それにしてもこの日記の連載は、更新しようが、しまいが、何ら反応もなく、ただただカウンターに数字だけが刻まれるという、現象が続いている。いったい誰が読んで、どう思っているのかなんてことはまったく見当が付かない。それに誰かに役立つ情報を書いているわけでもなく、ならばなぜ続けているのかと悩みたくなる。が、悩むと一切書けなくなるので、ぐっと堪え時間がゆるす限り原稿を書こうと考えている。ネットというのは本当に不思議な媒体だ。

 ハァハァ、息をつきつつ、昨日も今日も助っ人「頭」及川君と直納に走る。

 こんなときくらいしか恩返しができないし、普通に流通させていたら年内納品ギリギリになってしまう。また毎日毎日とにかく大量の新刊が吐き出されている年末、店頭で売り切れればあっという間に、忘れられてしまう。だからとにかく直に持っていき、存在感を高めたい。それと直納すると書店員さんが素直に喜んでくれるので、その笑顔を見たくてやっている部分もある。

 夕暮れ時、飲み屋の前にサラリーマンが集まっていた。その脇を走り抜け、本を運んでいると、何だか充実した気分で胸がいっぱいになった。思わず及川君のケツを蹴飛ばし、「何だか楽しいよな」と声をかけると、両手の荷物でバランスを崩しながら「楽しいっす」と答えた。

 こいつは凄く良い奴なんだけど、言葉数が少ない。何だか物足りなくて、直納終了後「たまには飲みに行くか」と誘ったら「ハイ、ごちそうさまです」と答えた。うーん…。

12月11日(木)

 3年前に卒業していったY君とS君と飲みに行く。

 Y君は卒業後大手出版社に就職していき、その後も書店店頭や取次店の窓口で会ったりして、たびたび酒を飲んでいた。

 しかしS君の方は出版社の就職試験がうまく行かず、結局建設業界へ就職していったので、まったく顔を会わせる機会もなく、ほとんど音信不通のような状態だったた。生真面目な彼がどのように働いているのか気になっていたところ、先月末、ふらりと会社に顔を出した。とある出版社へ転職したという。

「やっぱり出版社で働きたくて、バイトでも何でもいいからと応募したんです。半年程前に今の会社に採用していただき、今は契約社員として編集アシスタントとしています。」

 そして生まれて初めて自分が携わった本を名刺代わりにプレゼントしてくれた。そこには彼の名前がしっかり刻まれていた。そのことを指摘すると、身体を捩りながら、幸せそうな顔をした。

 酒が進み、S君が初めて携わったその本の話題になった。
 それは多くの書店でベストセラーになっており、僕やY君も良かったねと素直に祝福の言葉をかけた。するとS君は急にビールジョッキを起き、真面目な顔をになって、こんな言葉をもらした。

「昨日、その本の講演会があって、会場販売に出かけたんです。自分が関わった本が目の前で売れて行く姿というのは本当に感慨深く感動的で、睡眠時間も給料も大幅に減少したけど、本当にこの世界に来ることができて良かったなぁと、しみじみ実感してます。」

 S君、何年経っても、何冊作っても、その気持ち忘れちゃダメだよ。オレ達は、そんな編集者の気持ちを誇りに、働いているんだからさ。

12月10日(水)

 朝イチからトラブルに巻き込まれ、涙目。

 そうはいってもとにかくどうにかしなきゃいけないわけで、最善策を探り、あっちゃこっちゃに連絡を入れる。

 トラブルのときこそ人間の器が出るというけれど、ただただ「どうしましょうか?」と電話をしている僕の器は、お猪口くらいということだろう。結局、印刷会社のおかげでトラブルが解決し、午後にはどうにか生き返る。

 その午後からは『おすすめ文庫王国2003年度版』の見本を持って、取次店を廻る。今回はスケジュール的にギリギリなので、いつもは地方小出版流通センターから納品しているO社やK社へも直接納品のお願いにあがる。

 どちらにもレッズバカ仲間がいて気楽といえば気楽なのだが、スタジアム以外で会うことはほとんどなく、いったいどう会話して良いのか困る。額に汗をかきながら怪しい敬語を使っていたが、結局話題はレッズばかりで、いやはや…。

 それにしても毎年恒例、年末新刊ラッシュは今年も健在で、それも例年以上に激しいという。各社自転車操業が加速しているってことなんだろうか?

12月9日(火)

 初代と二代目、すなわち目黒と浜本のことなのだが、この二人が妙に似ていることに最近気づいた。

 こう書くとすぐに体型や体脂肪率や洋服のサイズなんてことを思い浮かべる人がいるかもしれないが、そうではなくて、性格というか仕事のやり方が非常に似ているのである。いや長年二人並んでソファで寝ていただけに似てしまったというのが正しい言い方なのかもしれない。

 まず、似ている点その1は、ふたりとも大声ということだ。とにかく言いたいことを大きな声で話す。他の会話なんて一切聞こえないくらい大きな声だ。会議なんてやっているとこの大声に圧倒され、こちらは何も言えないまま独演会で終わってしまうことがある。またとても早口である。

 似ている点その2は、上に付随したものなのだが、人の話を聞かないってこと。いや聞いているのかもしれないけれど、その後の会話の発言は、まったくこちらの意をくんでいないことが続く。いやはや大変なんだ。

 似ている点その3は、話を聞いていたとしてもすぐ忘れるということ。
 二人が一年で一番多く使用する言葉は「あっ、忘れてた!」である。で、「ゴメン、ゴメン、そういう大事なことはメールで入れてくれなくちゃ」と続く。しかし松村も金子も僕も、当然メールを入れており、そのことを抗議すると「えっ、そうかなぁ」と呟きながら、違う話を大声で話し出す。

 似ている点その4は、極端な人見知りであるということ。お客さんが来ても、ひどくぶっきらぼう。愛想笑いも、世間話もできない。自分の興味のあること以外一切関心なし。しかしピンポイントで関心のある話が振られると、似ている点その1に戻り、自分が飽きるまで話し続ける。

 二人ともかつては営業もしていたのだが、いったいどんな営業をしていたのだろうか? 僕にはまったく想像がつかない。

 長年連れ添った夫婦が似るということがあるけれど、夫婦でなくても長く一緒にいれば似てくるのだろうか? ならば、目黒や浜本となるべく一緒にいたくないな…。

12月8日(月)

 Jリーグが終わってしまうと、週末の予定がとんとなくなってしまう。おまけに自分のサッカーチームも年明けまで試合がなく、かつてはこの時期、完全防寒でラグビー観戦をしていたのだが、結婚する際、野球とラグビーからは足を洗わせられたので、とにかく暇だ。

 こういうときこそ子供と遊ぼうと満を持して早起きし、気合いを入れて子供が起きるのを待っていたのだが、寝起きとともに「パパ、早く、うりゃわれっずにいかないと」なんて言われてしまってまったく相手にしてもらえない。父親は孤独だ…。

 で、まったく気分転換もできないまま月曜の朝を迎え、何だかまともなやる気も起きず、ダラダラと日常が始まってしまった。

 ところが、初っぱなに訪問した新宿南口のK書店さんで、担当のMさんやHさんと話していたら、グングンやる気が漲ってくるから不思議なもんだ。売場に立って、常に読者(お客さん)と正対している書店員さんは、こちらがヒリヒリ焼け付いてしまうほど、いつでも真剣なのだ。

 それにしても最近感じているのは、とにかく書店員さんが本を読んでいるということだ。新刊、既刊含め幅広く読んでおり、僕ごときの読書量ではとても太刀打ちできない。それは当然といえば当然なのかもしれないが、一時期「書店員は本を読まない」なんて言われ叱責されていたことを考えると、大きく変化してきているのは間違いない。

 その変化は『白い犬とワルツ』 テリ・ケ-著(新潮社)や『世界の中心で、愛をさけぶ』 片山恭一著(小学館)などの書店員発のベストセラーが誕生している影響があるのかもしれない。ただ「読まなきゃ仕事にならない」という感じとは違って、根本にあるのは「本が好き」であり、そして「面白い本はいっぱいあるからもっともっと読んで欲しい」という願いである。

 出版不況を最前線で感じている書店員は、変わりつつある。
 その後ろ姿に付いていくためには、もっともっと自分自身を進歩させないとならない。

12月5日(金)

 相棒とおるが出張先の韓国からメールを送ってきた。「焼き肉の食い過ぎで胃が痛い」。まったくこいつは、暢気というか、アホというか、どこへ行っても「とおる」でいられる幸せな奴だ。

 しかしそのくせ出張前日に電話したときは、初めてのひとり海外出張で、埼玉弁と関西弁の混じったインチキ英語が伝わるのかどうかビビリまくりで、「先月アメリカに行ったときはまったく通じなくてアメリカ人に大げさに手を広げられてまったく役立たずだったっち」と泣き言を漏らしていたのだ。

 まあ、いつもそんな感じでビビリマン→爆裂男化していく、典型的な本番勝負型人間で、ここぞというときには一切遠慮せず言いたいことを言いまくるのはまさに有能営業マン。いやはや本番に弱く炎どころかつかみ所も押しもない「風の営業」をしている僕としては、爪の垢をもらいたい。

 本日は、私的待望の『書店風雲録』の搬入日だから、朝からソワソワワクワクで落ち着かない。とにかくこの本を売るためだったら何でもしてやる、熱湯風呂でも飛び込んでやるかと、社内の中心で想いを叫んでみたが、一切無視されてしまった。入社7年目にしてついに「そして誰も口を聞いてくれなくなった」ってことか。

 ああ、とにかく早く『書店風雲録』が店頭に並んでいる姿を拝みたい…。

12月4日(木)

 通常であれば、新刊の見本を取次店に出すと、ひとつの仕事が終わり、いくらかのんびりとした気分に浸れるのだが、今月はもう一点『おすすめ文庫王国2003年度版』という新刊がある。だから息継ぎの間もなく、かなりハードな営業が続く。

 これはいったい誰のせい? わかっちゃいるけどここでは名前は挙げない。ただし毎晩愛用の枕にそいつの名前を貼り付け、サンドバックにしていることは正直に告白しておこう。

 市ヶ谷のB書店を訪問すると店頭のワゴンにドカッと『Y』佐藤正午著(ハルキ文庫)が積まれていた。いやはやなぜに今頃と顔を上げると、大きな看板が立っていて、そこに『おすすめ文庫王国2001年度版ベスト1』と書かれているではないか。おお、随分昔の話だが、まだ売れているの?ともうひとつ添えられていた文章を読むと「新大阪店にて3400部を販売!」とあって、思わず薄毛が逆立つ。

 何をそんなにビックリしたかって、単店で3400部も『Y』を売っていることにももちろん驚いたのだが、何を隠そうそのお店での『文庫王国』の販売数は10分の1くらいなのだから毛を逆立てないわけにはいかないだろう。

 影響力があるということはを喜んで良いことだと思うが、このあまりの逆転現象は悲し過ぎる。ああ、『本の雑誌』のサガか…。

12月3日(水)

 今年の夏頃、新橋のS書店を訪問し、本好き担当者Sさんと最近の面白本について話していたとき、Sさんがすぐさま挙げたのが『晩鐘』乃波アサ著(双葉社)であった。上下巻それぞれ600ページを越える超大作だ。

 まるで『模倣犯』のようなボリュームにたじろぎつつ、Sさんの話を聞いていると『晩鐘』は、約10年ほど前に書かれた『風紋』(双葉文庫)の続編であり、その『風紋』もとても面白いらしい。そういえば、顧問・目黒にどこかの書店さんのフェアを頼んだときにこの『風紋』が挙がっていたな、なんてことを思い出しつつ、とりあえず前作である『風紋』を購入した。

 で、それをすぐ読めば良かったのに、『風紋』も上下巻でかなりのボリュームがあり、そのときは『三国志』北方謙三著(ハルキ文庫)という全13卷の大作にどっぷりハマッていて、すっかり積読になってしまっていた。いや積読というより、買ったことを忘れていた。

 ところが先週、二子玉川のK書店を訪問し、文庫担当のYさんと最近売れている本の話をしていたところ、その『風紋』が挙がった。それは仕掛けているというほどの積み方ではないのだが、コンスタントにずーっと売れ続けているという話だった。それで、あわてて読み出したのが今週始めのこと。

 これがこれがとてつもなく面白い。

 殺人事件の被害者と加害者のその家族や血族にスポットをあて、それぞれが事件後どのように生きていくことができるのかを描いた心理サスペンスだ。もう身を捩って勘弁してくださいというほどリアリティーにあふれており、とにかく何もかも背負って生きていくつらさには背筋が震え、僕は絶対犯罪は犯さないと決意したし、家族を含め血族全員に「悪いことはしないように」とメールしてしまった。

 とにかくツライツライ物語なのだが、人というのはひとりで生きていけない以上、多くの人と関係していくしかないわけで、そのなかで自分というものの決して小さくない影響力を考えさせられる小説だ。安易な救いはまったくない。とにかく深い小説である。

 読後の問題はただひとつ。
 この小便をチビってしまいそうなほど恐い小説の続編を読めるのだろうかということだ。

12月2日(火)

 中央線を営業していたが、夕方になって荻窪から丸の内線に乗り換えた。それは、会社に戻るためにではなく、どうしても行かなきゃならない書店さんがあったからだ。しかし足取りは昨日以上に重かった。

 昨夜遅く営業から戻ると小さなメモが机の上に置かれていた。そこには経理の小林の丁寧な字でこう書かれていた。

「赤坂I書店H店長さんから電話あり。12月4日で閉店することになり、長い間お世話になりました、とのことです。杉江さんと直接お話したかったようなので、折り返しお願いします」

 本の雑誌社の取引書店リストには、書店名の隣に☆印がついた書店さんがある。それはかつて『本の雑誌』が直雑誌だった頃、直で仕入れてくれていた書店である。もちろん今は取次流通となり関係ないのだが、代々営業マンはこの☆印がついたお店から追加注文が来たときには、直納するようにと引き継いできた。あの時代の恩を忘れてはいけないという大事な意味だろう。

 『本の雑誌』の創刊と同時期にH店長さんが開いたI書店もそんなお店の一軒だった。赤坂の縦にズラズラ並ぶ看板がやたら目につく繁華街のなかの小さな町の書店だったが、店内には多くのお客さんがひしめき活気溢れるお店だった。

 あのお店が閉店するだなんて…。
 それもこの赤坂はB書店が閉店したばかりだというのに…。

 どんなに気が重かろうと、何をどう話して良いのかもわからくても、こういうけじめはしっかり付けないと気が済まない。とにかく「ありがとうございました」と伝えたい。丸の内線がゆっくりと赤坂見附のホームに滑り込む。

 思いの外明るいH店長さんは「この先、いくら考えても小さな書店に明るい兆しもないし、これ以上引っ張ると従業員にも迷惑がかかっちゃうし、それでこういう決断をしたんだ」と入り口に貼られた「閉店のお知らせ」を指さした。その表情は、穏やかで、決して何かに憤りを感じているようではなかったけれど「時代」という言葉を何度も呟いた。

 赤坂に着く前に寄った書店では、大型出店の話を聞いていた。とあるチェーン書店がこの町に出てくるらしい、既存店の人達は戦々恐々とそんな噂を口にし、対抗策を考えていた。しかし結局、どうすることも出来ないのかも…なんてあきらめの表情もされていた。

 ここ何年か、書店軒数は激減している。ただし、全体の坪面積は増えており、それは大型書店の出店、周りの小さな書店の閉店ということを意味しているのだろう。

 H店長さんと話し込んでいると、とある書店さんが顔を覗かせた。その書店員さんはかつて出版社に勤めていて頃、このお店に大変世話になったと話していた。

 別れ際、僕はその書店員さんに「では、また今度はお店の方で」と声をかけた。
 しかし、赤坂I書店さんには「また」がない。

12月1日(月)

 一向に降り止む気配のない雨のなか、今月の新刊『書店風雲録』田口久美子著の見本を持って取次店を廻る。右肩にかけた営業カバンは10kgを越え、左手に持った見本本は11冊で5kgちかくある。

 コンクリートにめり込むような足取りで見本本が濡れないように傘をさしつつ、御茶ノ水、飯田橋を廻るのは大変の一言。しかしこの『書店風雲録』は、自分で企画して原稿依頼し、単行本化した初めての本であり、その喜びに比べたら苦労なんて吹っ飛んでしまう。

 それぞれの取次店へ廻って、その足でジュンク堂書店池袋店へ向かう。

 著者である田口さんへ出来上がったばかりの『書店風雲録』を届ける。こんなことは営業マンである僕がすることではないのかもしれないが、どうしても自分で届けたいと金子からその大役をふんだくった。

「お疲れさまでした、そしてありがとうございました」と封筒に詰めた『書店風雲録』を田口さんに渡す。思わず涙がこぼれ落ちそうになってしまい、顔を下に向けた。

 田口さんは子供がプレゼントを慌てて紐解くように、封筒から本を取り出した。

 しばらく沈黙が続き、田口さんは「ありがとう、こんなに素晴らしい本にしてくれて。金子さんも浜本さんも大変だったと思うけど、ほんとうにありがとう」と何度も何度も本を撫でながらそう呟いた。

 本が出来上がるまでには多くの時間がかかる。
 そして多くの人間が関わる。著者の想い、編集者の考え、営業の思惑、そして印刷所や製本所の人達の苦労、あるいは装丁家や校正家の地道な作業。

 11月の下旬には、一日400点を超える大量な新刊が、生まれたという。その1冊1冊にそれぞれの想いがある。いや想いがあって欲しいと思うし、僕自身、すべての自社本に想いを持ちたい。

 『書店風雲録』は僕にとって、僕の存在証明のような本だ。

« 2003年11月 | 2003年12月 | 2004年1月 »