「発表します。第1回本屋大賞は、小川洋子さんの博士の愛した数式です」
オリオン書房ノルテ店の白川さんの通る声で発表された第1回本屋大賞。そして、その発表と同時に舞台上に布で隠し設置しておいた『博士の愛した数式』小川洋子著(新潮社)と20本の書店員さん直筆のPOPが露わになった。
沈黙からどよめきが起こり、またほんの一瞬、沈黙が生まれた。その沈黙は、きっとこの演出が成功したことを意味していたのではなかろうか。それほど書店員さん達が書いたPOPには力があったのだ。
その力は、どうも小川洋子さんにも通じた様子だった。
記念盾、副賞である図書カード10万円分と花束贈呈後、受賞の言葉を頂戴したのだが、小川さんはこんな言葉を震えながらもらしたのだ。
「作品を書いても、なかなかそれが読者に渡っているという実感が持てずにいましたが、今日ここでこの手書きのPOPを見て、間違いなく届いていることがわかりました」
それは、まさに書店員という仕事の本質を突いた言葉だった。
その際プレゼンターとして登壇していただいた書店員の3名も泣きそうなったと、会終了後にこぼしていた。
★ ★ ★
前方では激しいフラッシュと、記念撮影が続いていた。
僕は舞台後方に立ちじっと見つめていたが、目の前で起こっていることが現実なのか夢なのかわからなくなっていた。たかだか数メートル先で起こっていることなのに、まるでサッカー場の上段のスタンドから選手入場を見つめているような感じで、何だかまったく現実感がない。
そしてその現実感の乏しさは、その後の歓談の時間も続いた。多くの人から「良くやった」「おめでとう」という今までの人生でかけられたことのないような賛辞を頂いたが、何だか他人事のように思えた。
僕は本当に良くやったのだろうか?
いや僕が何かしたんだろうか?
決して変に謙遜する気はまったくない。
本屋大賞設立時は、コレをやったら俺も少しは、なんて野心がなかったといったら嘘になるだろう。だから前日までは「俺はやったんだ!」と叫ぼうとも考えていた。
ところが、この一番栄えある発表会の日になったら、何もかもが僕のなかから消えてしまった。それは自分でもビックリするほど静かな、まるで風のない日の湖の水面のような、おだやかな気分だった。
★ ★ ★
会が終了し、素早く撤収作業をした。それから打ち上げの会場へ向かった。
乾杯の挨拶を終えると、実行委員の書店員さん達が、突然僕にプレゼントをくれた。
それは僕に対する手書きのPOPとバーボンだった。みんなが僕に注目しているのがわかった。たぶん泣くと思っていたのだろう。
しかし、この日は、本当に静かな気持ちだったので、涙をこぼすことはなかった。それはうれしくなかったのではなく、やはり現実感がまったくつかめなずにいたからだ。
今現在も、まったく現実感がない。電話が鳴るとまた本屋大賞に関しての問い合わせだろうと身構えてしまうし、メールが到着するとまた何か問題が起こったのか?と不安になる。
今はただ、『博士の愛した数式』が売れることを祈っている。
ご来場いただいた皆様、暖かい会にして頂き、誠にありがとうございました。
応援していただいた皆様、ありがとうございました。
投票していただいた書店員の皆様、ありがとうございました。
そして最後に、実行委員の皆さん、お疲れ様でした
来年も頑張りましょう!