5月31日(月)
書いて良いことなのか、良くないことなのかわからないまま、キーボードに向かっている。
昨日、突然、妻が入院してしまったのだ。
理由は妊娠初期の切迫流産を予防するため、だった。二人目を身ごもったことが判明してから約1ヶ月。その間いくらか出血があって、通院していたのだが、昨日、車で移動中、突然の大出血にみまわれた。もちろん、そのまま全ての予定を取りやめ、病院へ向かった。
★ ★ ★
病院の入り口に斜めに車を止め、受付に飛び込んだ。事情を話すと当然のように車イスを差し出される。そのことで一段と事の重大性を認識させられる。
肩を貸し、妻を車イスに乗せ、診察室へ走る。突然の飛び込みだったのだが、お医者さんがいてくれたことに感謝する。そしてもう少し幸運が続いてくれることを祈った。
妻の診察が始まり、僕と娘はいったん外に出て、適当に停めて来てしまった車を駐車場へ入れにいく。外は猛烈な暑さなのだが、僕の額を流れ落ちてくる汗は、院内に戻っても引くことはなかった。
妻の出血の状況をリアルに見ていたせいか、娘は3歳児とは思えない神妙な顔つきで待合室の堅いベンチに座っている。「ママ、大丈夫かな?」と呟きつつ、ときたま診察室の向こうからお医者さんと妻の声が聞こえてくると「うん、大丈夫。ママ、もう大丈夫」なんて飛び跳ねてしまい、思わずこちらはやりきれない気分になっていく。
しばらくすると診察室へ呼ばれる。
妻と娘と3人で並び、お医者さんから説明を受ける。
「とにかく赤ちゃんは今のところしっかりしています。でも切迫流産のおそれが非常に強いので、安静が必要です。お母さんには入院して頂きます。とりあえず2週間くらいと考えてください」
入院という現実よりも、ここに来るまで、あれだけの血を見ておきながらも、妻が入院するなんてことをまったく考えていなかった自分に驚いてしまった。そうだよな、その通りだよなと納得したが、妻は「入院ですか…」と呟いたまま、娘を見つめていた。たぶん入院なんて無理という言葉が浮かんでいるのだろう。3歳の娘、僕の仕事、高齢の義母。きっといろんなことが一気に駆けめぐっているのだ。
出来る限りふたつの命に助かって欲しい。僕はお医者さんに向かって妻の代わりに答えた。
「よろしくお願いします」
そして妻に向かう。
「どうにかなるよ」
★ ★ ★
長い一日が終わろうとしている。
結局、妻はそのまま入院した。僕と娘は家と病院を何度か往復し、入院に必要なものを運んだ。途中生まれて初めて女性用の下着や生理用品なんてものを購入したが、恥ずかしさどころではなかった。
娘は妙に物分かりがよく「ママ、早く元気になってね」と面会時間の終わりになってまったく愚図ることもなく病室を出た。思わずあっけなさを感じてしまい妻と苦笑いしてしまったほどだ。そして、よほど疲れたのか、いつもより早く寝入ってしまった。
6畳間いっぱいにいつも通り3つの布団を敷いた。
僕もすっかり疲れてしまったので、携帯電話を枕元に置き、横になった。
そのとき不意に、不安が、襲ってきた。そして大きな欠落感に、深く深く沈んで行きそうになった。まるでこの6畳間の狭い部屋が、そのままエレベーターとなり、降下し続けていくような感じだった。
これから2週間どうなるんだろうか?
そして妻と赤ちゃんはどうなってしまうんだろうか?
まったく眠れずに明け方を迎えようとしていた。娘が突然寝返りを打ち、その拍子にパチリと目を開けた。母親を捜しているようなそぶりで視線を動かし、ハッとした顔をして呟いた。
「ママ、いないんだよね」