ここ2週間ほど発行人浜本の機嫌がすこぶる悪い。
朝といっても、昼過ぎに出社してくるのだが、そのときもほとんど無言で一切こちらの顔を見ようともせず、すぐさま自分の席に向かってしまう。これが機嫌の良いときなら、ガオレンジャーの主題歌を高らかに歌いながら扉を開けるのだから大違い。
そして自分の席に座ると、深いため息一発、唸り声数十発を発し、パソコンの電源を入れると、機嫌の悪いとき第2症状である超パワフルタッチでキーボードを叩き出す。この人、既に4台のキーボードを壊しているくらいの筆圧(?)なのである。
このままでは会社の雰囲気が悪く、仕事が捗らないため、浜本不在の午前中、急遽、緊急対策会議を開く。
「あのさ、浜本オヤジが機嫌悪いみたいなんだけど何が原因なの?」
まずは原因を知らなければ解決できないとみんなに問いただす。が、誰もが思案顔で、浜本の一番近くにいる松村もうーんと唸ったまま沈黙。
いったい何が原因なんだ? もしかして俺か?
事務の浜田に聞いてみると「杉江さんが感じ悪いのは今に始まったわけではないんで、それだったらずーっと機嫌が悪いはずです」との答え。
何だったら、俺が機嫌悪くなってやろうか…。
そのとき突然、新人荒木が「あ~っ!!!」と声を挙げた。
「あのですね。えーっと先週健康診断があったじゃないですか? それで僕、今年に入って太ったなぁと思って、太った太ったってブツブツ言っていたんですよ。そしたら浜本さんが寄ってきて何キロ太ったか聞いてきたんです。そんで1キロも太ちゃったと答えたら、突然機嫌が悪くなって『そんなの太ったうちに入らない!』って怒鳴られたんですけど…。もしかしてそのことですかね?」
思わず社員一同で声を張り上げる。
「ビンゴ!!!!!」
それから約30分に渡って、新人荒木に体重の話を社内でするときの注意事項をレクチャーする。
1キロ太ったくらいで「も」なんて助詞を使っちゃいけない。<たった>1キロといいなさい。そもそも太るというのは年で3キロ以上増えた場合のことで、それ以下のときは、現状維持と答えなさい。それからあまり体重の話は、社内でしないように。するならば、痩せましたねとか減ってる場合だけ。
律儀な荒木は、ノートにしっかりメモを取り、なるほどなるほどと頷いている。君はきっと出世するだろう。
まあ、とりあえず原因はわかったので、午後からは解決策に取り組む。なーに、これは簡単なことで、顔を会わす度に「あれ? 痩せました?」と浜本に言えば良いだけなのだ。
早速出社してきた浜本に、事務の浜田が声をかける。
「痩せました?」
「うるせーなぁ」と言いつつも、まんざらでもない様子で答える。あと5回も言えばきっと治るであろう。ああ、気の遣う会社だ。