WEB本の雑誌

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10月25日(月)

 レッズの勝利の後、いきなりきた揺れ。もしや騒ぎすぎかと思ったが、テレビに速報が流れ、大災害。

 気になるのは新潟の書店さんの状況なのだが、さすがに電話をして「大丈夫ですか?」なんて聞けず、ただただ心配しつつ時を過ごしていたら、なんと間もなく開店予定の新宿のJ書店さんも大変だったとか。本屋さんは水と揺れが大敵だ。

 その水というか雨(台風)の影響で10月が酷い売上だとか…。9月もあれだけ売れそうなタイトルがありながら前年比100前後だったお店が多く、いやはや大丈夫なんだろうか?

10月22日(金)


 夜、鮎川哲也賞贈呈式に参加。

 去年まではのんびりお客さん気分で覗いていられたが、今年からは「本屋大賞」のパーティーの参考にと、ついつい裏方気分で見つめてしまう。

 そのパーティー会場で大森望さんにお会いしたのでお礼。
 今月の新刊『コバルト風雲録』久美沙織著は、大森さんが紹介してくれた企画だったのだ。「もしこれが売れた場合、寝てばかりいる現顧問を追い出し、大森さんを顧問として迎え入れたいと思うんですが」とお話したが、苦笑の末、辞退されてしまった。そんなに嫌なポストだろうか? 大森さん、トトロの森と場合によってはトトロ付きですがいかがでしょうか?

 さてさてその大森さんと話していたら、とんでもない驚愕の事実がポロリとこぼれ落ち、いやはやビックリ。ちょっと待ってくれぇ!!! 本の雑誌社が大ベストセラーを出すチャンスがあったなんて…。

 結局、その後はパーティーどころか、その驚愕の事実を忘れられず、ちびまる子ちゃん風落ち込み、顔面サー状態。うううう、まじ?

10月21日(木)

『本の雑誌』11月号の追加注文が妙に届く。だいたい客注の1冊づつなのだが、その件数が1日何件もあって、これはおかしい。なぜ?と営業事務の浜田に問うと「ファンタジー特集だからじゃないですか?」との答え。えっ?! だってハリポタとかそういう流行のファンタジーを扱っているわけではないんだよ。そう突っ込むと「だって前にティーンズノベル特集をやったときも売れましたよ」としつこい。おいおい、ファンタジーとティーンズノベルは違うだろ。

 こういう謎はおいておけないので、編集の松村に確認する。すると彼女は「ああ」とすでに解決済みみたいな顔で答えやがった。

「何で?」
「黄色い表紙だからですよ、風水でもそうでしょ」

10月20日(水)


 超大型台風が上陸。

 それでも負けないのが営業マン。京王線を訪問。もちろん負けてないのは僕だけでなく、そこかしこ他社営業マンがいた。皆さんずぶ濡れ。もしかして営業マンって結構自虐的なのか?

 夜は飲み会があったのだが、首都圏最弱電車で通勤している僕は、電車がいつ止まるかわからない状態だったので、泣く泣く辞退。いやはやスミマセンと謝りつつ、埼京線から武蔵野線に乗り換えたところ、なんとすでにその武蔵野線が15キロ規制のトロトロ運転であった。危ない危ない。

10月19日(火)

 僕が、一番ストレスが溜まるのは、思ったように書店さんを訪問できないときだ。

 それはたぶん余計なことでもついつい口出ししてしまう(しかもその口出しはほとんど役に立たない)性格が災いしているのだろう。いつの間にか社内でいろんなものの緩やかな担当にされていて、最近その辺の仕事に時間を結構取られてしまうため、本来の仕事である営業にかける時間が減ってしまっているのだ。

 これは注文制の出版社で、たったひとりの営業マンしかいない場合、会社の存続に関わる大問題だと思うのだけれど、別に部下が入ってくるとか、上司が入ってくるとか、そういった様子はまったくない。本当はここをゴシック体の大きな文字にしたいのだが、それが出来ないのでカッコでくくる。「これは会社に対する嫌みです」。

 いやそんな経営上の問題はどうでもよくて、ただただ書店員さんに会えないのがつらいし、本を眺められないのが淋しい。またあの営業というそれこそ瞬間瞬間が勝負の、あの緊張感を身体が欲するのである。

 僕の営業レベルなんて酷いもんだから、ほとんどその勝負に負けてしまい、そして夜になると毎日ああすれば良かった、こうすれば良かったと歩くのさえつらくなってしまう。しかしそれでもやっぱり人対人の付き合いが好きだ。何気ない一言から共感を感じて仲良くなったり、あるいはちょっとした仕草で嫌われてしまったり、そういう緊張感と流動性がたまらない。

 営業マンが、売っているのは一見商品だと思われるかもしれないが、一人のお客さんと長く付き合う営業マンにとって最大の商品は「自分自身」なのではないか。だからこそ営業は面白く、そして恐ろしいのである。

 本日は、なかなか訪問できず、いつも「ごめんなさい」と胸に抱いていた書店さんを訪問。久しぶりのお顔を眺めたら、ストレスなんてあっという間にぶっ飛び、本の話やらサッカーの話やら。いやはや、やっぱり僕は、本屋さんと営業が大好きだ。

10月18日(月)


 朝イチで新宿のホテルへ。

 フロントで待ち合わせしている相手は、なんと『バッテリー』(単行本:教育画劇 文庫:角川文庫)の著者である、あさのあつこ先生だ。

 いやはや、今一番会ってみたい人と思っていた人に会えるのだ。これで緊張するなというのはどだい無理な話だし、また一緒にあさの先生を待っていた撮影担当のB社のKさんが「実は昨日まったく眠れなくて…」と目をこすっていたが、それは僕も同じことだった。

 なぜこんな光栄なことが起きているのか? いや今、起ころうとしているのか?

 実は、この夏「WEB本の雑誌」の企画会議をしているとき『バッテリー』の話題になった。確かそのとき僕も『新宿のお嬢』のながしまさんも、POP王様も『バッテリー』に感動し、やたらそのことを書きまくっていたときだったので、「WEB本の雑誌」スタッフ全員がその勢いに乗せられて『バッテリー』を読んでいたのだ。

 そこまでなら、まだよくある話で終わったいた。

 ところがなんとその場にいたスタッフ全員が『バッテリー』にえらく感動してしまい、興奮していたのだ。だいたい誰かが良いって言ったからって、これだけ年齢の違う集まりでは、誰かが気に入らないと言い出すもんなのだ。もちろんそれは本の多様性あるから当然のことなのだが、『バッテリー』に関しては「WEB本の雑誌」スタッフ全員が、惚れてしまったのであった。

 それから数時間、会議はすべて『バッテリー』の話題となった。そしてその流れのなかで運営のH社のNさんが「この小説はもっと多くの読者に読まれるべきです、年齢なんて関係ありません。僕たちも今まで読んでこなかったことを北上さん同様深く反省しましょう」と熱く語り、反省の意味も込めて特設ページの開設の企画を挙げたのだ。

 本日は、そのページ用にあさの先生へインタビューをさせていただくことになったのである。 雑然としたフロントで、緊張と興奮とプレッシャーに押し潰れそうになりつつ、足下を見ていた顔を上げると、なんと目の前にあさの先生が立っているではないか。

 「タハーっ」と気合いと一発!!!

★    ★    ★

 そのインタビューの様子は、この後、オープン予定の特設ページに掲載の予定。乞うご期待!

10月17日(日) 炎のサッカー日誌 2004.11


 クソ忙しい一週間を土曜出社までしてどうにかやり過ごし、一番自分らしさを回復できるスタジアムへと駆けつけた。

 その先にあるのは、もちろん初のリーグ制覇であり、目指すは三冠である。そのためにまず最初の山場が本日の横浜Fマリノス戦であり、とにかくすべては目の前の試合に勝っていくしかないわけで、勝ち点の重み、あるいは得失点差の重みは過去の苦い経験から嫌になるほどわかっている。だからだろうが、とにかく試合前から緊張してしまいくちびるはやたら乾くし、やたらとトイレに向かってしまった。

★   ★   ★

 岡田Fマリノスは試合前の予想どおり、美しさも楽しさもまったく捨て、負けないことを選んだような展開であった。これを崩せれば本当に浦和レッズも常勝チームになれると、エメや達也や山田に大きな声援を送っていたが、いくつかあった決定的シーンを外してしまう。

 結局90分、戦い終えて0対0のスコアレスドロー。まるで人生そのもののような試合であり、その重苦しさに試合後は思わずへたり込んでしまった。

★   ★   ★

 深いため息をつきながら夕日に向かって自転車を走らせる。
 いつの間にかサッカーの神様に向かって問いかけていた。

「OKだよね? 引き分けでも。勝ち点1が取れたんだから。それに2位のガンバだって引き分けだったんだから…。OKだよね? 頼むからOKて言ってくれよ…。 そして最後には良いことがあるって教えてくれよ」

★   ★   ★

 優勝までの道のりは、本当に凄まじいプレッシャーだ。しかしこのプレッシャーを跳ね返して戦ってこそ、結果が付いてくるのだろう。乗り越えるしかない。

★   ★   ★

 えっ? 戦っているのは選手だって?
 違うんだな、これが。
 なぜなら僕らは「WE ARE REDS」だからだ。

10月8日(金)

「ウプッ」
「オエッ」
 
 向かいに座っている浜田が、朝から奇声をあげていた。不振に思ってのぞき込んでみると、顔面蒼白で口元に手を当てていた。

「どうした?」
「二日、オエッ」
「えっ?」
「酔い、ウッ」

 二日酔い? そういやたしか昨晩、物好きな女性編集者が、目黒考二の誕生日を祝う会という不思議な飲み会を主催し、本の雑誌社から浜田・松村・荒木の3人が出席するって言っていたっけ。そこできっとまた興奮して飲み過ぎちゃったのね。

「何時まで飲んでたの?」
「サンヒ」

 どうもまだ根本的に酔っているようだ。

「大丈夫?」
「ダメれす…。帰っていいですか?」
「ダメれす」

 実は浜田、二日酔いで早退の前科があるのである。

 そうこうしているうちに、昼飯の時間となった。
 まさかこの状況で昼飯なんて食わないだろうと思っていたのが、しっかりファミリーマートに行ってソバを買ってきた。ズルズルズル。何食わぬ顔をして食ってやがる。

 そして午後になったら、なんと元気になっているではないか。

「もしかしてお腹空いていただけかも…」

 思わず机の下で拳を握りしめてしまった。

10月7日(木)


 東横線を途中下車で営業しつつ、夕方横浜へ。

 混み合い出す時間帯だったので、気が引けたのだが、『コバルト風雲録』の事前注文〆が近づいているのと、月に一度この横浜の書店さん群を訪問するのが楽しみなので、腰を引かせつつも我を通す。どうもスミマセンです。

 そんななかの営業でうれしかったのは、顔を合わす書店さん書店さん「今年は何に投票しようか悩んでいるんですよ」との言葉をかけられたこと。もちろんこれ、『本屋大賞』の一次投票のことなのであるが、いやはや皆さん本気です。

『本屋大賞』はたぶん成功した企画なんだろう。
 そして、その成功実績が『博士の愛した数式』の売れた部数で語られてしまうのは仕方ないことなのだろう。

 しかしもっと内側の、実行委員お手伝いとして立ち上げ期から覗いてきた僕としては、あるいは毎日書店員さんと接している営業マンとしては、売れたことはよりも「書店員の投票によって選ばれる賞」が現実に出来たことと、今回この横浜の書店員さん達が話しているような気持ちが生まれたことがとても大切なことだと思う。

 あるいは、また、ひとつの例であるけれど、後日この横浜の書店員さんのお一人から頂いたメールでは、本屋大賞の投票がきっかけで、社内の他支店の人間同士でコミュニケーションが取れるようになり、本の話ができるようなったと。そういうひとつひとつが本当に『本屋大賞』の良さなのではないか。

 荒木との議論で「売れることの大事さ」を訴えてきた人間がこんなことを言うのもなんだけど、本や雑誌にはそれと同じくらい別の意味で大事なこともあるのは当然理解している。

 そしてこの『本屋大賞』という企画も、まさに「売れること」と「もっと目に見えない書店員さん自身にとって良いこと」ということが両輪になっていると思うのだ。もしそのバランスが崩れるようなことがあり、「売ること」が先行してしまったら、この企画は「印刷された手書きPOP」のようなものになってしまうだろう。

 実は、そんな心配を抱えつつ、第2回目に向けての会議を重ねて来たのだが、取り越し苦労だったようだ。何せこの書店員さん達の楽しそうな顔、これがあれば大丈夫だ。

10月6日(水)

 最近は、本の出版前に書店員さんへ「ゲラ」が配られることが多くなった。まあ今まで書名と著者名とおおざっぱな粗筋だけで発注をしてきた業界にとっては、かなり活気的なことだと思うけれど、文芸書の担当者さんの机の上には、そんなゲラやら仮製本されたものが山のように積まれていて、いやはや大変そうだ。

 とある書店さん曰く「新人とか外文とかのゲラが多い」とのことで、出版社側からしてみれば当然数字の読めない書き手の感想を知りたいし、あわよくば大きく展開してもらうチャンスをうかがっているのだろう。

 まあ、そんな本ばかりでなく、話題作のゲラが配られることもある。これは結構書店員さんの間でも奪い合いになることもあるのだが、とある書店さんで伺ったこの一言が胸に刺さる。

「ゲラはいいから、売る本をくれ」

 相変わらず、本が来ない状況は変わっていない、ようだ。

10月5日(火)

『荒なみ編集日誌』と何だか妙な議論になってきていて、どうしたもんかと悩む。

このまま日誌で続けるのにはちょっと抵抗があって、なぜなら一方通行同士のこの状態で続けていくと、今ですらポイントにズレが生じているのに、もっともっとズレていってしまうような気がするからだ。

 いやそんなことよりもこのような「出版とはなんぞや?」とか「編集とはなんぞや?」みたいな答えの出ないポイントで議論したくないという気持ちが強い。そんなことに時間を費やすのであれば、もっともっと具体的なことを議論していきたい。

 それはたとえば荒木が指摘する出版が産業に向かないなんてことは、重々承知で、そんなことはこの『炎の営業日誌』でも何度も書いてきているのだ。

 しかし幸か不幸か僕たちはその産業に向かない出版の世界で、明日のメシを食うために、あるいは娘にムシキングをやらせるために、金を稼がなきゃならないわけだ。ならば僕らは当事者として、その斜陽産業のなかで金を稼ぐ方法を具体的に考えていかなればならない。

 それはたとえば、まったく夢のない話だけど、制作費を下げる方法だったり、あるいは3000部を4500部にする方法だったり、ネットをつかった販売方法だったり、いっぱいあるでしょう、そういうことが。それを議論したいのだ。

 それから何もこんなちっぽけな会社から100万部を越えるようなベストセラーを出せなんて話はしていない。もっともっと地味なそれこそ初版3000部、重版2回で6000部で良い。僕たちが働いている本の雑誌社は大手出版社じゃないんだ。「ベストセラーの条件を模索し追求」なんてしちゃいない。

 だからこそ、荒木がいう『「巨木」ではなく「多種多様な樹木潅木草木のたぐい」』の本を出せるんだ。その自由さというか、商いの小ささこそが小さな出版社の醍醐味ではないのか? 

 でもでも君が思い描いているその手の本は、君がいう3000部も売れないだろう。3000部、3000部って簡単にいうけど、本当に3000部売るのは大変だからだ。

 しかしその3000部も売れないであろうその本を、どうにか3000部売れるようにするための具体的な方法論を僕はこの場で議論するなら、いつでも耳を貸すし、受けて立つ。

 しかし今のような「精神論」みたいなものをこの場でしたくない。なぜならそれには答えがないし、発展性がないからだ。そういうものがしたいなら居酒屋で助っ人学生と話した方が良い。


 それと荒木が引用した橋本治さんの全文を読んだわけじゃないから本来の意味で理解していないのだけれど

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出版が“産業”として成り立つためには、「多種多様の人間が、ある時期に限って同じ一つの本を一斉に読む」という条件が必要になる。こんなことは、どう考えたって異常である。出版というものが、“産業”として成り立っていた二十世紀という時間が異常だったーーというだけの話である。(『別冊本とコンピュータ4 人はなぜ、本を読まなくなったのか?』p149)
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という意見に僕はちょっと疑問を感じる。なぜならその20世紀というか、70年代以降90年代までが、それこそ初版3000部というか多種多様な本が生き延びてこられた時代だったのではないのか? 地味な本でもロングセラーになって棚で回転し(売れて)、年に1度くらい重版がかかる。そういう時代だったのではないか? 

 逆に21世紀になってからが異常なのではないか? これは僕の勘違いなのであろうか…。うーん、わからない。

 最後に荒木の質問である
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「出版社の商品は『活字』ではなく『本』なのだ。どんだけ若者がメールやネットで文章を書こうが読もうが、彼ら彼女らが本を買わなければ、僕らに利益は生まれないのだ。」
「僕は『本』そのものを愛しているのであって、コンテンツがどうこうなんていうのには興味がない。 」 (杉江)

そうなの?杉江さん!ほんとにほんとにそう思ってるの?
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に答えよう。

 まず元々の僕の文章が稚拙で誤解させてしまって申し訳ない。僕が書いた「コンテンツがどうこう」というのは、内容を指すのではなく、コンテンツを本以外のモノにして商売としようすることであり、それにはまったく興味がないと言いたかったのだ。僕は「本」を売りたいと。

 ただし誤解されたままの荒木の質問答えるとしても僕は「本当にそう思っている」。それは、最終的には本なら何でもいいと。

 なぜならまず、僕は会社員で会社が儲かれば(たぶん)給料が増えるし、内容よりも売れることはお客さん(書店さん)に喜ばれるからだ。

 それともうひとつ、僕はこの会社に入る前、医学書の出版社に勤めていた。そのとき自分の売っている本を、いくら読んでも理解できなかった。でも売ることは出来たし、たぶんほとんどの編集者だって読者(ドクター)より理解できるなんてことはなかったのではないか?

 そしてその前の書店アルバイト時代も、医学書1年、心理宗教書半年くらいの担当だったから、読めない(読まない)本を扱うってことは普通のことだった。もちろん本当は勉強しなきゃいけないんだろうけれど、それこそ専門的な知識が必要なのではなく広く浅くよかったのではないか?

 たぶんそういう経歴のなかで生きてきたから、僕は本でさえあれば何でもいい。本をモノ、商品として見る癖が付いたのではないかと思う

 ではでは読者の皆様、こんな長たらしいつまらない議論を読ませてしまってスミマセンでした。荒木君、よろしく。

10月4日(月)

 9月30日(木)にジュンク堂書店さんで行われた椎名のトークショーに立ち会った話を書いたのだが、実はその日、本の雑誌社の薄給日で、ちっとばかり金を持っていたのが運の尽き。いやはや給料日にジュンク堂なんて行っては行けません! 15分で11冊購入。なんと半分以上、既刊。小遣いの半分が消えてなくなりました。おい! オレは今月どうやって暮らせばいいんだ?

 しかしそのとき買った本から、初めに取り出して読み出した『名無しのヒル』シェイマス・スミス著(ハヤカワ文庫)が予想以上にというか、すんごい面白くて小遣いの心配なんてすっかり飛んでしまった。

 著者シェイマス・スミスといえば『Mr.クイン』や『わが名はレッド』の著者で、どちらも『このミス』の上位に入った犯罪小説の名手である。しかしこの『名無しのヒル』はそういったミステリーではなく、中身は佳多山大地さんが解説で書かれているとおり「アイルランドの激動する1970年代前半を描いた普通小説」であり、またはカバー裏に書かれているとおり「明日なき日々から脱走を試みる青年の激しい生きざまを描き出す、獄中青春小説」なのである。

 主人公ヒルは親友とともに彼女の家に向かう途中IRAと間違われ予防拘禁されてしまう。そしてその後何年もの間、脱走を試みる(あるいは夢想する)以外やることのない収容所生活を強いられる。だから物語はほとんどその収容所のなかの生活が語られるので、つい暗い暴力的なものを想像してしまうが(もちろん暴力はある)この『名無しのヒル』はそうではなく、収容所内で出会った旧友や面会に来るおばあちゃんや彼女の過去の暖かい挿話されるので、決して読んでいて苦しい物語にはならない。

 背景にはもちろんアイルランドVSイギリス、IRA VS イギリス軍、カトリックVSプロテスタントなんて一見難しそうな状況がある。しかしそれは物語のなかでわかりやく説明してくれるから僕のようなバカでもその世界に入り込める。

 その技は『黄金旅風』のうまさに似ているところがあるし、それからかなり絶望的な場所に置かれているはずの主人公・ヒルのそれでも何事にも屈することなく明日を夢見る力強さは、なかなか新刊を出さず読者のクビをやたらに長くさせている金城一紀の世界観に似ていると思う。もちろんまもなく新譜を発売するU2のファンにはたまらない物語であろう。

 いやはや参った。
 もうそろそろ『おすすめ文庫王国』のベスト10を決める社内討論会があって、今年は『バッテリー』あさのあつこ著(角川文庫)が僕のなかでダントツの1位だったから、『バッテリー』を推せばイイと考えていた。ところが、いやはやここに来てその『バッテリー』と同じくらいこの『名無しのヒル』に痺れさせられてしまったのだ。

 参った参った。どうしよう。
 でも、幸せ!!!!


 追)
 先日出した問題「『犬は本よりも電信柱が好き』から、本の雑誌社の単行本としては、とても変わったことがあります。それは何でしょうか?」の答えは、バーコードが入ったということです。

 書店様、取次店様、今まで迷惑をおかけしておりまして、申し訳ございませんでした。

10月1日(金)

 つい先ほどまでどうしてあんなに自信満々で今日が9月30日だと思いこんでいたのだろうか?新宿南口K書店さんを訪問し、Sさんに声をかけた瞬間その間違いに気づく。思わずそのまま言葉を失いそうになってしまったが、この世で僕だけ一日ずれて生活している(逆だったら)なんてことがないかと期待しつつ確認してしまう。

「あの…。Hさんは…。いや昨日までですよね?」

 するとSさんに笑いながら「そうですよ」と答えられ、やはり奇跡は起きなかったと膝から崩れ落ちてしまう。これは本当に取り返しのつかない失敗だ…。

 こちらのお店で散々お世話になっていたHさんの退職日が9月30日だったのだ。そのことを夏に聞いて以来、悲しいことだが今までの経験でいくと今後たぶんお会いする機会はないだろう、だからきちんと最後の日に挨拶をしようとスケジュールを調整し、この日の訪問となったのであった。ところがこの大失態。いやはや、バカすぎて言葉もでない。

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 たぶんこのHPなんて見ていないと思うけれど、とりあえず気持ちを吐き出しておかないととてもこの失態から立ち直れそうにない。だからここからは私信である。

 Hさんお世話になりました。
 Hさんが企画されるフェア、いつも楽しみにしていました。それは、とっても手間のかかる企画ばかりだったのに、Hさんはいつもその手間を苦とせず、逆に楽しんでおられました。僕はその姿を見て、あるいは心のこもったPOPを見て、いつもまだまだ頑張ろうと励まされていました。

 そしてその最後のフェアが「勝負本」だったわけですが、Hさんや他の皆様が作るこちらのお店の棚から、多くのお客さんにとっての「勝負本」が生まれていた(る)と思います。

 これからはHさんが話してられた「読者として本と付き合う」生活を楽しんで下さい。こちらはそんなHさんが手に取りたくなるような面白い本を作れるよう頑張りますので。

 ではでは、ありがとうございました。

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