みっちゃんは突然現れた。
小学校六年の写生会の日、みんなと違う絵の具セットと画板を抱え、真っ黒に日焼けした顔で、僕の親友ウーマンの隣に立っていた。
「転校生だよ、沖縄から来たんだって」
誰にも優しいウーマンは、そうみっちゃんを紹介してくれた。僕はその頃沖縄がどこにあるのか知らなかったけれど、地黒の僕より黒いみっちゃんを見て、きっと暑いところなんだろうなと思った。
「一緒に絵、書こう」
ウーマンが提案し、3人で大きな木の下に座って、神社に向かった。
僕自身、実はその日とても大切な日だった。なぜならそれまでの5年間写生会ではいつも入選していて、この日次第で6年間連続入選の兄貴と同じ栄誉を手に入れられるかどうかが、かかっていたからだ。だから必死になって鉛筆を縦にしたり横にしたりして、下書きをしていった。
ふと顔をあげ、隣に座っているみっちゃんの絵を覗いた。
驚いた。そこには小学生の描く絵ではない、なにか大人びた神社が描かれていた。遠近法も影もしっかりあって、図工の教科書に載っているようなカッコイイ絵だった。結局その写生会では、みっちゃんの絵には絵の具では絶対出ないピカピカした色の小さな紙が貼られ、僕の絵には何も張られなかった。その瞬間、みっちゃんは僕のライバルになった。そして、その後一生のライバルになった。
同じ中学に進むと、みっちゃんと僕はほとんど同じくらいの成績だった。要領だけ良い僕は受験に必要な主要5教科だけ勉強し、学年で20番くらいをうろついていた。みっちゃんは5教科だけだと僕より下だったけど、音楽や技術もしっかり勉強するから全教科になるといきなりベスト10にランクインした。
勉強だけじゃない。スポーツもだいたい同じくらいのタイムで走るし、やっている部活は、サッカーと野球と違ったけれどお互いレギュラーと補欠のギリギリのあたりを彷徨っていた。女の子に関してはみっちゃんはジャニーズ系の色男だったけれど、野球部=坊主が災いし、その頃流行っていたチェッカーズカットにしていた僕の方が一歩リードしていたか。でもそれも3年の夏休みまでのことで、部活を引退して髪を伸ばしたみっちゃんは、突然学年の女子の人気者になっていった。
一度だけケンカしたことがあって、それは確か僕が勝ったけど、本当はみっちゃんは空手をやっていて、僕なんか一発でやっつけられる力を持っていたことを後で知った。僕を殴らなかったのは、たぶん僕のプライドを守るための優しさだったのだろう。
高校受験は僕が勝ち、ひとつだけランクの上の高校に入学したけど、僕はそこで力尽きた。大学受験に失敗し、予備校を二ヶ月で辞め、アルバイトをはじめた頃、みっちゃんは理系を選択し短大に入学。その後予定通り4年生に編入し、大学院まで行ったっのにはビックリした。
遊び方も僕がカヌーに乗ってフラフラしている頃、みっちゃんはクラブでカッコイイ酒と綺麗な女の子をつかまえていたっけ。
その辺からライバルはずっと向こうを歩きだす。
就職先は社員数万人の世界企業。研究所に勤め、海辺のアパートを借りて、週末はマイク真木みたいに自由に暮らしているという。いつも遊びに来いっていうけれど、ガキ二人を抱えて何だかすんなりおとっつぁんになっちまった身としては、ちょっとその生活を見るのはつらいかとなかなかすんなり誘いに乗れずにいる。
そうみっちゃんはいつもセンスが良くて、そして僕はいつも泥臭かったんだ。
だから僕はいつもみっちゃんの書く絵に憧れ、その生活が羨ましかった。最後に会ったのは確か3年前の子分ダボの結婚式だったけど、そのとき着ていたみっちゃんのスーツ、格好良かったなぁ。おまけに僕のスピーチはたいして面白くなかったけれど、みっちゃんの余興、大盛り上がりだったもんな。
★ ★ ★
そんなライバルみっちゃんから久しぶりに連絡があった。
「本を物色していたら「本の雑誌ベスト1」と書かれた帯を見つけ『流星ワゴン』を読む。昔、ツグ(僕のこと)に薦められて読んだ『リプレイ』を思い出しつつ、堪能。しばらく重松清を読んでいたら『本の雑誌』30周年記念号を発見! 懐かしの『透明人間の告白』が出ているし、しばらくはこのベスト30をたよりに本を読みます」
そういえばみっちゃんと本の趣味は一緒だったんだよね。僕が『本の雑誌』100号で知った『リプレイ』や『透明人間の告白』、それからロバート・B・パーカーの『初秋』を読んで二人で思い切りスペンサーシリーズにハマったっけ。
みっちゃん、今度、俺が今一番好きな金城一紀の著作、送るね。