6月28日(水)
事務の浜田が髪型を変えた、らしい。
僕には昨日と今日の違いがまったくわからないのだが、本人が騒いでいるのでそうなのだろう。
「ねっ? ねっ? 大木凡人に似てるでしょう? 大木凡人、同郷なんですよ」
33歳自称負け犬女の自虐ネタにどう対応していいのかわからないので聞こえないフリをする。
そうそう最近気づいた。面倒なこととか、どうでもいいことをいわれたときは聞こえないフリをするに限る。そうすると相手も「あっ聞こえなかったのか?」って感じで簡単に引き下がる。というわけで困ったチャン藤原が何か言っていても(こいつは自分ラブの人間だから自分のことしか話さないんだけど)まったく聞こえないフリをしている。
非常に不満げな浜田は、その後社内中に髪型の話を振っている。僕と同じでこういうことに無頓着な発行人浜本はやっぱり聞こえないフリをして、下版作業に勤しみ、最近急速に負け犬化し、浜田と急接近している氷結・松村は、本当は興味もないのに「凡人? うーん違うよ」なんて無理矢理フォローしていた。困ったチャン藤原は、本日も重役出勤でまだ来ておらず、さすがに浜田も椎名さんには「髪型変えたんです」とは言えず、イマイチ不完全燃焼な様子。
あっでも本の雑誌社の薄給、もとい給料には基本給の他に浜田手当というのがあって、こういう浜田につき合うことを仕事と見なしており、お金が支給されているのである。それにプラスして昨年からは藤原手当というのが支給されるようになり、こちらは精神的な負担だけでなく、仕事の負担も増えているため浜田手当の1.5倍、僕や松村や経理の小林に支給されているのだ。たぶん本人達は知らないと思うけど。
そんなところにやって来たのが助っ人・アマノッチ。
「おはよーございます。あれ? 浜田さん髪型変えました?」
ゴダールと外国文学を愛する偏屈学生とは思えない発言に、浜田は半狂乱。
「えーーーー? 気づいた?」
ってアマノッチが入ってくるなり、ライブハウスのヘッドバンギングしてたじゃねーか。
「当然わかりますよ~。すごいキレイになってビックリしちゃいましたよ。僕、今、ドキドキしてます」
社内は一瞬静まりかえり、先に来ていた助っ人・鉄平は酒と酢を間違って飲んだような顔をした。しかしその沈黙の後は、ゴールを決めた浦和レッズゴール裏のような雄叫びが沸き起こる。しかもひとりの。
「ほんと? ほんと? ほんと? ねえ、もう1回言って、お願いだから言って。松村、取材で使っているレコーダー貸して。早く。ねぇーーーーーーーーーーー。」
まったく悪びれる様子もなく、助っ人・アマノッチは「いやマジでキレイっすよ」なんていいやがり、そのたびに浜田の身体は空中浮揚していった。
★ ★ ★
営業中、会社の浜田からメールが入る。
「丸善丸の内店のU様から電話あり。折り返し欲しいそうです。03-××××-××××」
何だろう? 新刊のことかな? なんて早速電話を入れる。
「ハイ! 丸善御茶ノ水店です」
「(御茶ノ水? Uさん今日は御茶ノ水にいるの?)えーっと本の雑誌社の杉江と申しますが」
「あっ。Mです、M。元気? 文芸のYでしょ?(????)あっ今電話中なんでもう一度かけ直してくれる?」
結局正解は、丸善御茶ノ水店Yさんからの電話で、浜田はお店の番号はあっていたものの、店名と担当者を間違えて知らせてきたのだ。うむー、どうしたらそんな間違いができるんだ?
落ち着け、凡人。