昨夜。『どうぶつの森』を終え、一緒に布団に入った5歳の娘が聞いてくる。
「パパ、明日サッカーでしょう?」
「なんでよ?」
「ハルカちゃんのママがレッズの試合があるからジャスコに行けないって怒っていたもん」
5歳ともなると、もはや娘は妻と一緒になるのか…。
「怒ることないよね。浦和に住むっていうことは、一番大事なのはレッズなんだから。」
「だから明日サッカーなんでしょ?」
ウソはついちゃ行けないと教えている以上、ウソをつくわけにはいかない。どうせばれるし。
「そうそう。明日は3位の川崎フロンターレ戦だ。パパは眠れないくらい気合い入っているぞ!」
「えー。でも行かないで」と娘は大粒の涙を瞳に溜めた。
そして本日午後1時。いざ決戦の地、さいたまスタジアムへ!と威勢良く飛び出そうと思ったら、娘がまとわりついてくるではないか。
「ねえ、行かないで。」
うう。僕は人生でこんなに人を愛したこともないけれど、こんなに愛されたこともない。つらい、ツラスギル。
「ねえ。テレビで見ればいいじゃん」
娘よ、サッカーは生で見て、声の限り叫ぶからこそ、なのだ。テレビで写っていないところで大事なことがいっぱい起きているんだよ。
「ダメダメ。パパは行くよ。パパが行かないと浦和レッズは勝てないからね」
「ねえ、じゃあ私も連れていってよ。一緒に行く、一緒に行く」
うーん。思わず頭を抱えてしまう。普通にサッカーを観る人ならば娘や家族を連れて行くのは問題ないだろう。しかし僕はゴール裏でサッカーを観ているわけで、そこは闘いの場であり、狂気の場だ。
例えば本日ポンテが同点ゴールを決めたときの、隣で観戦していた取次店K社のAさんの顔なんて狂気そのものだ。目なんてこれ以上ないってくらいひん向いて、分厚いほっぺたをブルブル震わせ、言葉にならない声を発して僕に抱きついてきた。
そんなところに子供がいるのは危ないし、僕自身も気が散るし、周りにも迷惑だろう。しかも今日は大切な一戦。なるべくいつもと違うことはしたくなく、パンツもシャツも前回と一緒にして験を担いでいるに。
しかし娘は玄関にうずくまって泣いている。嗚呼。
「わかった。3つ約束しろ。ひとつパパのサッカー友達にきちんと挨拶すること。恥ずかしかったら小さい声でもいいから『こんにちは』をきちんと言え。それから試合中は無駄口を叩かない。みんな真剣に見ているのにお前がしゃべったら気が散るだろう。それと最後に一生懸命浦和レッズを応援すること。歌ってみろレッズの歌を」
娘は顔を上げ、「ウラーワレッズ!」と涙声で歌った。
★ ★ ★
試合終了間際、抱っこしていた娘が僕の耳元に口をあてて話しかけてくる。
「パパ。もうすぐ終わり?」
「そう」
「終わりなのに応援するの?」
「そう、残り少なくても絶対あきらめちゃいけないの。最後まで闘うの」
「ふーん」
逆転された後、すぐ追いつき、その後もかなり攻め込んだが、決定機を外してしまい試合自体は2対2の同点に終わった。しかしこの同点はレッズにとっては勝利に近い同点で、川崎フロンターレにとっては敗北に近い同点だろう。
そのことを多くの人がわかっているから、試合後もサポーターはプライド・オブ・ウラワを歌い続けた。すると娘がまた耳元に口を寄せて聞いてくる。
「パパ、引き分けでも歌うの?」
「そうそう」
「なんで? パパはいつも勝たなきゃダメっていってるじゃん」
「違うの。勝たなくても一生懸命やればいいときもあるの。今日はみんな頑張ったの。それがプライド・オブ・ウラワっていう意味なんだよ」
「そうなんだ」
★ ★ ★
帰りの自転車で後ろに乗せた娘が、浦和レッズの歌を鼻歌で歌っている。スタジアムでは恥ずかしくて声が出せなかったようだが、ときたま僕の首に回した手をリズムに合わせて叩いていたっけ。その娘が、大きな声で聞いてくる。
「パパ。パパの友達、『バーカ』って言ってたよね」
「うん。」
「バカっていっちゃいけないんだよね?」
「うんうん、サッカー場じゃ言ってもいいの」
「そうなの? だからパパも下手くそ!って言ってたの?」
「そうそう、あそこじゃね、浦和レッズのためになるなら何でもいいの」
「ふーん。」