i 帰ってきた炎の営業日誌: 2006年12月

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12月27日(水)

 本日でいちおう仕事納め。いちおうというのは、終われば休めるということで、果たしてどうなるだろうか。年賀状、終わるかな?

 たぶん去年も書いたと思うけれど、チビ出版社に勤めていると「よくぞ一年もったなぁ」と最終日にはホッとする。これもすべて読者の皆様のおかげです。社員一同、無事、年が越せそうで、本当にありがとうございました。そして2007年もよろしくお願いします。

 2006年の仕事をふり返ってみると、よしだまさしさんの渾身の書き下ろし『姿三四郎と富田常雄』が本年最初の新刊で、その著作がほぼ絶版というなかでの営業だったが面白い本なのでまったく苦にならず楽しんだ。4月の本屋大賞ではすでに売れている本『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』リリー・フランキー著(扶桑社)が受賞したことに散々言われ激しく落ちこむ。しかしその後、書店員さんの気合いの展開等で120万部を200万部まで売り伸ばしたことは誰も指摘してくれず、残念無念。すでに売れている本ではあったけれど、一段と売れたんだよな…。

 その後は僕自身が暖め続けてきた企画『エンターテインメント作家ファイル108 国内編』北上次郎著がついに単行本に。感動とともに営業して周り、おかげさまで間もなく重版というところまでこぎ着けた。海外編を…とも考えているのだが、これが片づけられない人の原稿を探すのは本当に大変で、今気力が沸くのをじっと待っている。またもうひとつ忘れられないのは『二人目の出産』でこちらもまるで自分の子供のようにカワイイ本だ。先日読売新聞のくらし欄で紹介され、ジワジワと売れ出していて嬉しい限り。

 トドメは『おすすめ文庫王国2006年度版』で、たぶん企画的には過去同増刊のなかで最高の出来と自負している。それが売上に繋がるかは、出版の難しいところだけれど、どうにか伸びて欲しい…。

 また他社本であるけれど、酒飲み書店員大賞『ワセダ三畳青春記』高野秀行著(集英社文庫)がしっかり売れたことはとても嬉しかった。事務の浜田からは「どうしていつも他社本ばかり売るんですか!」叱られたりしたが、何せ愛する作家・高野秀行さんなんだから許してくれい。

 さて本業営業に関しては、ダメだったと激しく反省している。どうしても他の仕事が増えてしまい、訪問が疎かになっている部分があった。来年は、もう一度原点に戻ってしっかり書店さんを廻りたいと思っている。

 サッカーはもう何もいうことがない。やっぱりリーグチャンピオンは最高に幸せで、その瞬間をさいたまスタジアムで迎えることができ、過去の人生のなかでも最良の年といってもいいのではないか。まあ、ナビスコカップが獲れなかったのが残念だけど、来年はACLチャンピオンになってアジアに浦和レッズ旋風を巻き起こしたい。

 読書に関しては、2006年は吉村昭と開高健さんの面白さに気づいた年として今後も記憶に残るだろう。ちなみに今年の小説のベスト1は『一瞬の風になれ』佐藤多佳子(講談社)でノンフィクションは『黄泉の犬』藤原新也(文藝春秋)。

 この日記は、何度か滞りながらも、どうにか継続。5年以上このペースで続いてるというのは表彰ものなのではないかと個人的に思っているけれど、会社では誰もそんなことを言ってくれない。来年もこのまま続く予定だが、もしかしたら浜田公子の『アセトアルデヒト日記』に変わっているかもしれない。そのときはご了承ください。

 天皇杯がまだ終わってないので、恐らく僕の2006年は1月1日まで続くと思いますが、当日記の2006年の更新は本日で終了です。ご愛読ありがとうございました。そして気を悪くするような文章がありましたら、申し訳ございませんでした。

12月19日(火)

通勤読書は、『マンボウの刺身 房州西岬浜物語』岩本隼著(文春文庫)。

千葉県館山市香という漁村を大学時代に訪れた著者が、その海を愛し、ついには住みついてしまい、漁を覚えたり、土地の人との付き合いを綴ったエッセイ。そうか、こういう生き方があったのか。どうして僕はこんなにも仕事に縛られ、お金に振り回されていたんだろうと気づかされる。
 まあ、そんな堅苦し本ではなく、子供のまま大人になってしまった海を愛する男たちとその土地の話だ。素晴らしい。

 出版業界は来年から本の後ろについているISBNコードが10桁から13桁に変わるのでおおわらは。いや小社が今さら騒いでいるだけなのかもしれないけれど。とりあえず現在渡されている10桁のコードを、ある計算式に基づき13桁に変更するのだが、これが面倒くさいというかできねーと編集の松村、藤原が不平を漏らし僕のところに持ってくる。「俺だって文系なんだよ」と事務の浜田に渡したらついにぶちぎれ「キィー」と叫び電卓を投げつけてきた。

 だからさぁ、全部書き換えたコードリストをいち早く買えば良かったんだよ…というわけで、今さら申し込む。しかし僕らの年代以前に出版業界に入った人は、消費税の導入に、5%移行に、ISBNコードの13桁化に振り回されましたね…なんて渋谷のB書店コミック担当Sさんと話す。

 ちなみにSさんと話をしていて教わったのは「目利きをして仕入れているようなコミックは1巻目がバカ売れしても2巻目以降はその何分の1かに減ってしまう」ということ。最近では『デトロイトメタルシティ』若杉公徳(白泉社)がそうらしいのだが、ようは全体に普及してしまうと、どこの本屋さんでも買えるようになってしまうため、全体の部数はあがったとしても、単店ではさがってしまうそうなのだ。そうかコミックを買うお客さんはどこで買うというよりも、あるお店で買うという傾向が強いのか? いや逆か。話題になり始めたときに在庫のあるお店を探して集中するんだな。『千利休』もそうだった。それだけすぐ読みたい、手にしたいという欲求が強いのだ。

 しかしそうなると次から次へと面白くてヒットしそうなコミックを探していかなきゃならないわけで、コミック担当者さんも大変だ。

 大変といえば文芸担当者も今年は大変だったようで、何軒ものお店で「肩身が狭い」という話を聞いている。大したヒット作もなく、お客さんは単価の低い文庫や新書へ流れてしまい、売上がなかなか下げ止まらないようだ。会議でもマイナスの報告が続き、他のジャンル担当者に合わせる顔がないとか。

 文芸出版社様、お互い頑張って、文芸書担当の書店員さんが胸を張って会議に出られるようにしましょう!

12月18日(月)

中学のサッカー部には少年サッカークラブ(以下SC)あがりのヤツとそうでないヤツでしっかり線引きされていた。SCあがりのヤツは1年の時からいきなりボールを触る練習に参加でき、そうでないヤツは球拾いや声だしをさせられた。僕はそのSCに一日だけ入団したことがあったのだが、声を出してランニングするというのがあまりに恥ずかしいので一日で辞めてしまった。まあそれでも初めは仕方ないと思った。何せ経験者だから僕らより彼らは巧かったのだ。

ところが1年、2年と経つうちに実力差はなくなり、SCあがりでも下手なヤツがいることがわかり出す。またSCあがりのなかに、いつでも試合に出られるからということで練習に来ないヤツも現れた。僕の親友ライはそういう状況に嫌気がさし、サッカー部を辞めゲーセンに入り浸るようになった。僕もイーアルカンフーとアッポーとパックランドに心を動かされそうになったが、杉江家の鉄則「部活を辞めてはならない」に従い、じっとこらえていた。

しかししかしどうしても我慢できない日がやってきた。Kというヤツは練習にまったく参加しないのに、日曜日の試合になるとやってきて、ちゃっかり試合に出ているのである。その日、僕は試合の終わったグランドの真ん中にKを呼び出し、「お前が巧いのは認めるけど、試合に出たいなら練習に来いよ、じゃないと一生懸命練習に来て出られないヤツが可哀相だろ」みたいなことを言った。ところがKは関係ないぜ、みたいな顔をしたので、思わずその顔面を思い切りぶっ飛ばしてしまった。殴りかかってくるかと思ったKは何もして来ず、みるみる腫れていくKの顔と、拳の痛みがいつまでも残った。

そして次は顧問の教師のところにいった。「試合には練習に来ないヤツを出さないで、入部以来一度も休んでいないNとかを出してやるべきでは。部活は教育の一部なんですから。僕はいいからそうしてください」と進言した。ところがそれを聞いた顧問はぶち切れ「お前は俺のやり方にケチを付けるのか」と怒鳴りまくり、仕舞いには蹴りを入れてきた。僕は何となくそういうことになるのを予想していたので、身をかわした。顧問はかわされたことで一段と怒りを増し、何度もケリをくれてきた。僕はかわし続けた。

結局その後、僕は完全に干された。3年生の最後の大会でも、ベンチ入りメンバーになりながらもただひとり使われることがなかった。市内大会も地区大会も県大会も。県大会では会場にいくバスにレギュラーメンバーが酔ってしまい、ほとんどの選手がゲロゲロだったのだが、それでも使ってもらえなかった。その頃つき合っていた彼女に「どうして出られないの?」と聞かれても「俺、県大会の秘密兵器だから」なんて笑っていたが秘密のまま僕の中学サッカー人生は終わってしまった。まあそれは僕が下手だったからかもしれないけれど。

ちなみに僕が進言したNは当てつけのように使われた。そしてNも下手くそだったから県大会初戦敗退の戦犯扱いにされた。

こういうくだらない話が、2006年W杯を闘った日本代表にもあったのだ。そのことが『敗因と』金子達仁、戸塚啓、木崎伸也共著(光文社)を読むとよく分かる。想像通りといえば、想像通りの内容なのだが、サッカーバカには哀しい1冊だ。

12月16日(土) 炎のサッカー日誌 2006.21

 リーグ優勝が決まって、早2週間。しばし余韻に浸っていたが、サッカーはまだまだ続くわけで、天皇杯5回戦へ向かう。

 どんなに多くても今年は残り4試合(元日決勝も含め)。僕は、この時期のしばしサッカーとの別れを目前に控えた、淋しさを含んだ天皇杯が好きだ。しかもトーナメントだから一瞬たりとも気が抜けないわけで、応援に力が入る。

 しかしこの日の観衆はたった1万7千人。これだったら埼玉スタジアムでなく、駒場でも良かったのではないかと思ったが、選手もリーグ優勝で気が抜けたのか、ダラダラの展開。降格の決まったアビスパ福岡に0対0で引き分け、延長戦へ。その延長戦でやっと気合いが入ったのか、ポンテ、ワシントン、永井と終わってみれば3対0の勝利。いやはやこの辺で結構格下のチームに負けるのが浦和レッズだったのだが、良かった良かった。

 その試合後、隣で応援していたニックが感慨深げに呟く。
「昔は僕らもアビスパ福岡みたいだったんですよね。パスが繋がらず、シュートも枠に行かず」

 そうなんだよなぁ。試合前のシュート練習ですら枠に行かず失笑していたもんな。オフトを呼んで長期戦略で優勝を狙い、サポーターも厳しい目で見続けて、ここまで来たんだよな。ということは気を抜けば一気に落ちていくのがサッカーなわけで、しっかり闘い続けなければならないってことだ。とにかくまずは元日を目指そう!

12月15日(金)

 先週はノロウィルスに倒れ、忘年会をすべてキャンセルしてしまったが、今週は水曜日からの三連チャン。一時期は忘年会も減った気がしたが、ここ数年はまた増加しているのではなかろうか。しかし景気が良くなっているとは思えないので、みんなヤケクソになったのだろうか。

 こういう忘年会に顔を出すと本屋大賞の影響か、〆の挨拶をなんて言われることが増えてきた。

 しかし本屋大賞に関していうと僕はただ実行委員の書店員さんの連絡先を知っていただけで、あとはその書店員さんたちがルールを決めたり運営をしてきたし、そもそも本屋大賞に関して一番評価されるべきは投票されている書店員さんだと思っているから、なんだか気が引ける。それに人前で話すのは大の苦手だし。

 ただ、こういうところでモジモジするのも無粋なので、「本屋大賞をよろしくお願いします」と声を張り上げることにしている。本屋大賞を知らない人はまだまだいっぱいいるわけで、その辺は広報宣伝活動として割り切るようにしている。

 日中は社内で年賀状書き。
 ここ数日営業して気づいたのだが、ほんと12月は僕ら営業マンは書店さんで邪魔になる。売り場は混んでいるし、荷物も多いし、店員さんが風邪等でダウンして人手不足だったり。よほどの用がない限り、顔を出さないのが一番のサービスなのでは? なんて考えてしまったのだ。

12月14日(木)

 通勤読書は『遠い港』北方謙三著(角川文庫)。

 前日、ブックストア談浜松町店さんの「自然のなかで生きる男たちフェア」で見つけた1冊なのだが、これが素晴らしい。網元の息子である中学生・洋二が、恋愛や漁を通じて大人になっていく様を描いたのが本書なのだが、これは北方謙三版『翼はいつまでも』であり、『雨鱒の川』ではないか。<両著作とも川上健一著(集英社文庫)> 少年小説の傑作だぁ!

 僕は北方さんの著作をそれほど読んでいるわけではないのだが、ハードボイルドや歴史小説だけでなく、こういう普通小説を書かれていたなんて!とビックリしてしまった。池上冬樹さんの解説を読むとまだまだこういう普通小説があるようなので、これらを読破しようと朝の埼京線のなかで決意する。

 溢れかえる若者達の隙間をぬって、渋谷を営業。なかなか担当者さんに会えず、苦戦する。
 とりあえずランキングのポスターなどを置いて帰ってくる。

 夜は、忘年会。
 新宿の高層ビル内の飲み屋だったのだが、こちら(窓際)に向かってカップル席が設置されており、時間とともにじわじわと近付く二人を眺めつつ、鼻息粗くビールを飲む。こういうところを調べてくるのだろうか?

 日頃、話を伺うことの少ないコミック版元さんの話などを聞き、盛り上がる。ジャンルが違えばもはや他業種のような出版業界。まだまだ知らないことばかり。

12月13日(水)

 夜、第2回酒飲み書店員大賞発表会を兼ねた千葉会の忘年会。

 なんと『笑う招き猫』(集英社文庫)で大賞を受賞した山本幸久さんがいらっしゃっているではないか! 高野さんもそうだったけれど、いったいこれは何?という微妙な表情をされていたのが印象的だった。ほんと「何?」ですよね、酒飲み書店員大賞って。

 しかし『笑う招き猫』を推薦した旭屋書店船橋店の星野さんや幹事の良文堂の高坂さんが「しっかり売っていきましょう」と挨拶されていたとおり、本人たちはいたって真剣で、著者、出版社、書店員、読者と繋がるこの一本の流れはとても大切なのではないかと思っている。また、ざっくばらんに小説の内容や表紙、あるいは配本はもちろん紙質まで話あえる千葉会のこの雰囲気も素晴らしい。

 ……がF社が「石原真理子ヨコセー」なんて叫ばれているなか、チビ出版社はあまり言われることもなく淋しい。あっ! いくつかの出版社の人から「うちは関脇ですから」とか「大関ですか…」なんて『おすすめ文庫王国2006年度版』掲載の「書店員覆面編成会議 文庫版元番付を作る!」のことをチクリと言われてしまった。いやだってあれは僕が言っている訳じゃないですから……。

12月12日(火)

 『血涙 新楊家将』北方謙三著(PHP研究所)読了。
 これは闘いのなかでしか生きられない男たちの哀しい物語だ。胸が熱くなり、そして最後は痛くなる物語。素晴らしい。完結と言わずまだまだ六郎やその子たちの物語を書き続けて欲しい。

 何度も書いて申し訳ないけれど、高橋克彦の陸奥三部作に興奮した人は絶対のオススメ。また北方謙三の『水滸伝』(集英社文庫)や『三国志』(ハルキ文庫)の巻数に腰が引けている方にもこれとその前の『楊家将』がオススメ。その後結局『三国志』と『水滸伝』を読むことになると思うけれど。

 その勢いのまま、一部の書店員さんの間で熱狂的に人気を得ている森見登美彦の『夜は短し歩けよ乙女』(角川書店)も読了。読んでいる間ずっと僕の頭のなかでは「タラタラタタタラタタタターン」という『うる星やつら』高橋留美子著の主題歌が鳴り響いていたのだが、なんと「WEB本の読書部」でレビューを検索したらまったく同じ感想の人がいてビックリ。一瞬自分で書いたのかと思ってしまったほどだ。しかしもしかするとこういう人の本棚は読書傾向が似るかもなんて思わずお気に入りにいれてしまった。

 会社に着いて営業の用意をしていたらFAXが一枚送られてきた。
 それは『おすすめ文庫王国2006年度版』で売上ベスト100対決にご登場願ったブックストア談浜松町店さんからだったのだが、その対談の収録の際、僕が「漁師になりたい」と言っていたのを受けて、なんと「大慈大自然に生きる男たちフェア」を開催しているとの報告だった。本来は漁師&農業の文庫本を集める予定だったが、それだけではフェア台が埋まらなかったので、登山やら漂流などの本も置いてあるとかで、うーむ、そのジャンルも僕は大好きなんですが…。本日はちょうど銀座界隈を営業する予定だったので、終わり次第浜松町店に向かおう。

 ちなみに僕、このブックストア談さんのフェア(浜松町店に限らず錦糸町店や赤羽店もとても面白い)とこの日訪問した銀座の教文館さん、そして旭屋書店さんのフェア台に注目している。版元お仕着せのフェアでなく、書店員さん自身でセレクトされた本のなかには、いつも発見があるのだ。

 銀座と東京の営業を終え、夕刻、浜松町へ。あるわ、あるわ、というか一瞬の自分の本棚かと思うほどだったのだが、じっくり拝見するとやはり発見の連続。こんな本出てたのかぁ。

 というわけで『遠い港』北方謙三著(角川文庫)、『マンボウの刺身 房州西岬浜物語』岩本隼(文春文庫)、『舟と港のある風景 日本の漁村・あるくみるきく』森本孝(農山漁村文化協会)を購入。『舟と港のある風景 日本の漁村・あるくみるきく』は単行本だったのだが、僕が長年求めていた内容(漁村を歩き回るルポ)で、まさに感動の出会い。うれしー。

 思わずその喜びを担当の方にお伝えしたのだが、「あっ、あれですか」と妙に納得されてしまった。もしかして一本釣りされたのは僕だったのか? しかし驚いたのは「しばらくしたら入れ替えますからまた来て下さいね」との言葉。そうか! ここのフェアは同じテーマでも途中で本を入れ替えたりしているのか。その手間がお客さんを呼んでいるんだな、というか僕が呼ばれているのだが。ああ、やっぱり本屋さんで発見があるととてもうれしいぞ。

12月11日(月)

『本の雑誌』1月特大号搬入。

 先週中に『このミス』や『週刊文春』や『本格ミステリベスト10』など各種ベストテン本が出ていたので、営業としては早く出してくれ、という気持ちでいっぱいだった。しかし以前にも書いたけれど木・金曜搬入原則禁止の会社で、基本10日搬入の雑誌を6日に搬入するわけにもいかず、仕方ないといえば仕方ない。というかライバルにならないか、うちの独断と偏見に満ちたベストテンでは。

 そういえば今年は『SIGHT』別冊の「日本一怖い!  ブック・オブ・ザ・イヤー」が出ず、SIGHT本誌のなかで、大森望さんと北上次郎や高橋源一郎氏と斉藤美奈子氏の対談が掲載されていた。読者としては残念だが、営業としてライバルが一誌減ってうれしいところか。

 今号には定期購読者向けに助っ人が作ったコピー誌「本のちらし」を同封するため一手間かかり、そこへ人手不足も手伝って大わらわ。直納を終えて僕もトンボ帰りで会社に戻り、鉄平やアマノッチとともにイレイレ、ツメツメ作業をお手伝い。

 しかしこういう仕事は楽しいな。そこに読者がいるというのが実感できることが、出版社にいると意外と少ないのだ。しかも我ら営業は、注文を取っても常に返品を考えていなけりゃいけないという世界でも不思議な営業スタイルだから、車の営業や保険の営業みたいに注文数がそのまま成績にはならない。下手したらプラスマイナスゼロ、それは手間と手数料を考えたら当然マイナスで、うーん、だから直納とか、直の販売とか本当に楽しい。

 そこに読者がいる、というか世の中にはボーナスというものがあるんだなと実感できるのがこの時期の大物買いだ。本の雑誌社には大して高額な商品があるわけではないけれど『都筑道夫少年小説コレクション 全6巻』の注文がポツポツ入り出す。うーん、うれしい、けど哀しい。ボーナスって何?

 通勤読書は引き続き『血涙 新楊家将』北方謙三著(PHP研究所)。下巻に入ったところなのだが、宋と遼と楊家の対立構造のなかに別の関係性を持たせ、単なる対決ものでなくさせるところが、素晴らしい。うう、読み終わりたくないような、そんな気分。

12月8日(金)

 通勤読書は『楊家将』の待望の続編となる『血涙 新 楊家将』北方謙三著(PHP研究所)。冒頭から遼軍の調練と野営シーンで一気に北方中国ものワールドに引き込まれる。週末はこれで幸せなときが過ごせるだろう。

 体調は90%まで回復。池袋を営業するが、ジュンク堂書店池袋本店さんは多くの店員さんが盛岡店の開店準備で出張中。長い人は3週間ちかくいっているようで、いやはや大変だ。そんな事情を話しているコミック担当のHさんも昨日まで棚詰めの手伝いに行っており、本日は戻って来てすぐ棚卸しの作業に、この後は新潟店の出店準備とまだまだひと息どころかため息もついている暇もなさそう。

 次のお店リブロさんを訪問するがこちらも営業時間が10時まで延長となり、矢部さんは朝から晩までいざるえず、帰りは連日終電だとか。うーむ。書店員さんの疲労というか過労はもはや限界点をとっくに通り越しているのではないか。矢部さん曰く「新刊とか見るのが好きだからついつい楽しんじゃうけど、本が読めなくなるのがつらいよ」とのことで、そういえば本日送られてきた出版業界誌『新文化』の書店員コラム「レジから激」は感涙ものだ。

 「好きだから書店員辞めました」先日まで書店名がその書店員さんの脇に刷られていたのに、肩書きが元・書店員になっているではないか。日本中にこういう気持ちの書店員さん及び弱小出版関係者は大勢いるだろう、って当HPの横丁カフェだって、加賀谷さん(お店が閉店・涙)、長嶋さん(退職)で驚いていたら、今度は高村さんが今月いっぱいで退職との連絡が入り、深く考えさせられているところ。

 出版社やその他メディアよ!
 書店員、書店員、なんて騒いでいるけど、これが書店員さんの現状なんだよーー!!

12月7日(木)

 若干体調が戻ってきたので営業活動再開。

 とある書店さんを訪問し、ひとまず店長さんに販促グッズ(『二人目の出産』のPOP王POPとベスト10のポスター)を渡し、さあ、これからお話を、と思ったところに別の出版社の営業マンがやって来た。

 僕の考えるこういうときの営業マンのマナーは、前の営業マンが終わるまで棚をチェックしたり、お店を見たり、あるいは同駅別書店へ先にいったり、ただただ待つというものなのだが、そのおじさんと青年のふたり組の営業マンは、僕と店長さんが話そうと思っていたその間に顔を出し、「○○出版です。どうもぉ!」なんて大声で割り込みしてきやがった。

 オイッ!と思ったがまさか店頭でケンカするわけにはいかないし、そもそもこれから僕と店長さんが話そうとしていたことは直接仕事に関係するかどうかもわからない、まあ言ってみれば雑談だから、我を通すほどでもないか。

 でもでも僕は基本的に一ヶ月に一度しか同一店舗を廻れないから、この店長さんとお話するのは1ヵ月ぶりで、今日を逃したら次は1ヵ月後ということだ。しかし哀しいかな、世の中は声がでかくて、推しの強い人が勝つというのは鉄則で、基本的に営業マンなんてそんな人じゃなきゃつとまらなくて、僕なんか亜流も亜流だから押し出されてしまうのだ。

 せめて店長さんが、その営業マンに声をかけられ嫌そうな顔をし、僕に向かって名残惜しそうな表情を向けてくれたことを胸にしてお店を後にする。来月は邪魔されませんように…。

12月6日(水)

 社内の、あるいは社外の人から「浦和レッズが優勝したからでしょう!」と突っこまれるのだが、そうではなくて、正真正銘息子からノロだかロタだかのウィルスをうつされ、月曜の午後から下痢とゲロの悶死。月曜日は出社していたのだが、早退せざるえず、その帰り道の長かったこと。途中新宿駅と赤羽駅のトイレに駆け込み嘔吐嘔吐。これはとても自転車に乗れないと、駅まで車で迎えに来て貰おうと妻に連絡を入れたら、今ちょうど娘が吐き、病院に駆け込んだとのこと。そう言っていた妻もそして同居している義母も、その夜には下痢とゲロに襲われ、一家全滅。地獄絵図。

 その晩から今朝まで我が家は誰も何も食わず、医者から貰った薬とポカリスエットで生き延びていたのだが、本日は搬入と部決というほとんどいても役に立たないひとり営業マンにとっても数少ない「俺にしか出来ない仕事」が待っていたので、肛門と気道をキッチリしめて出社。

 気も紛らわすために読み始めた本が辞められず、危うく乗り過ごしそうになってしまった。その本とは『黄泉の犬』藤原新也(文藝春秋)。

 僕は10代後半にこの藤原新也や沢木耕太郎の著作をまさにむさぼるように読んだクチだが、いつの間にかその著作と疎遠になっていた。両者とも小説を書き出したあたりからなんとなく趣味が合わなくなった気がしていたのだが、昨年は沢木耕太郎の『凍』に腰を抜かさせられ、今年は藤原新也に『黄泉の犬』で胸ぐらを鷲づかみにされた気分だ。

 いやーあの『メメントモリ』(情報センター出版局)や『印度放浪』(朝日文庫)の詩や散文の奥にこんなドラマがあったなんて知らなかったし、そもそもこれらのドラマを書かずにいた藤原新也の抑止力に戦く。

 また特に第1章「メビウスの海」で描かれるオウム真理教・麻原彰晃に対する新たな解釈は、小説以上にスリリングで、読み出したら誰もがページをめくる手を止められないだろう。まさに目をひん剥かされた1冊。

 そして行間から伝わってくるのは「考えろ! 考え続けろ! そして考え続けるためには、冷静に行動あるのみ」というメッセージ。そうだ、いつの間にか僕は歳をとって考えることを疎かにしていたのだ! うう、すごい。凄すぎて吐きそうだ。

12月2日(土) 炎のチャンピオン日誌

 朝5時頃、隣で寝ている娘が肩を叩いてくる。寝ぼけマナコで「どうした?」と聞くと、「私の布団が濡れてる…」との返事。濡れてる? 濡れてる? 濡れてる? それって寝小便じゃねーか!というわけで娘の寝小便から始まった我が人生及び浦和レッズの最良の日。我が家には地図の書かれた布団と浦和レッズの旗が掲げられることになった。

★   ★   ★

 自転車を漕ぎ出して驚いたのなんの! 僕がサイスタに向かう道は463号バイパスなのであるが、ここは選手達が浦和のホテルからサイスタに向かう道でもある。その道路脇の電信柱が赤くなっているではないか。いったい誰がいつからこんな仕掛けをしたのか。段幕をこれだけ用意するのだって大変だし、設置するのも大変だ。(その後なんと道路脇の木々に赤いリボンまでぶらさげられているのも発見!) こんなことワールドカップでもなかったぜ! まさに「浦和の街を赤くしようぜ!」計画。 うぉー、すげーぞ浦和、すげーぞサポーター、何だよ何だよ何だよ。朝からおいらを泣かせるなよ。

★   ★   ★

ガチガチの浦和レッズのDF陣を切り裂いたのはやはり播戸とマグノアウベスで、この瞬間、古くからのレッズサポの多くが患っている「スタジアムネガティブシンドローム」が僕の頭のなかを漂い出す。やっぱりそうだよね、いざというときは、得失点で負けるんだよね。0対3だよ、0対3。それはまさに僕らが14年間背負い込んできた負け犬根性でしかないのだが、そんな根性をまったく持っていないポンテが、ワシントンからのボールに猛烈ダッシュ、シジクレイを抜きさり、ゴール。うおーーーーーー! 熱烈抱擁。

★   ★   ★

前半終了間際、ワシントンがゴールを決め、世界で一番幸せな45分が始まろうとしていた。その頃から、僕の頭のなかには、14年間の、様々な出来事が思い出されていた。それはレッズのことではなく、レッズと僕の廻りで起きたこと。

 結婚したこと。その了承を取りに妻の家族に会いに行ったとき僕は開口一番こう伝えた。「酒もタバコも賭け事もやりません。いややっていたとしても辞めます。でも浦和レッズだけはやめられませんので、そこだけはお許し下さい。」あのとき妻の母親はビックリしていたけれど、今じゃ僕がスタジアムから帰ると部屋から顔を出し「勝って良かったですね」なんて一緒に喜んでくれるようになっている。

 子供が生まれたこと。一人目の子供には「優希」と名付けた。もちろん浦和レッズの優勝を希望して。そして二人目の子供には「剛」(ごう)と名付けた。スタジアムで僕が一番叫ぶ言葉「GO!」から取った。

 両親のこと。母親は21年飼っていた愛猫を失い、ペットロスシンドロームで一歩間違えば自殺していた可能性もあった。また父親は町工場の経営に疲れ果て、何かが必要だった。そのふたりにとっての何かが浦和レッズだった。

 仲間がたくさんできたこと。その二人目の子供が妻の腹になかにいたとき、母子ともに体調を崩し長期入院することがあった。そのとき僕を支えてくれたのは、このレッズを一緒に応援する仲間だ。年配であるKさんやYさんから「人生いろいろあるからさ」なんて肩を叩かれ励まされたからこそ今の僕も僕の家族もあるし、また観戦復帰してすぐOさんに熱く抱きしめられたこと。僕は一生忘れない。僕らは浦和レッズを中心にして集まったけれど、今じゃ浦和レッズがなくても大切な仲間だ。

★   ★   ★

 試合終了間際から始まった「アレオ浦和」のコールのなかで、僕はそんなことをひとつひとつ思い出し号泣していた。浦和レッズの14年はそのまま僕の二十歳以降の14年間であり、それは青年から大人になるまでの苦闘の時でもあったのだ。

 ピッピッピーーーーーー! ウオー!!!
 一番古くからの観戦仲間KさんとOさんと抱き合う。3人とも号泣だ。

 わかったぞ! わかったぞ!
 優勝はうれしいんじゃなくて、楽しいんだ!
 こんな楽しい瞬間が人生に訪れるなんて。
 この楽しさ、娘や息子にも絶対教えてやろう。

 We are reds !
 

12月1日(金)

 いよいよ明日に控えた決戦に向け、日の出前に埼玉スタジアムへ行き、自由席前日抽選。

 いつもの2倍近い人の列に驚きつつ、渾身の一発ツモ!のつもりが、いつもと同じような番号だ。ならば、まあ、いいのか…。

 それにしても意地でも何でもなく、この間の日曜日で優勝が決まらなくて良かった。この5日間のドキドキワクワク、そして埼玉を赤くしようキャンペーンやら、浦和伊勢丹前での寄せ書きだの、本当にレッズサポで良かった思える時を過ごせ、すでに感動で胸がいっぱいだ。もちろん明日勝って、もっと感動するけど。

 そんな僕に編集の藤原は「いやーもうFC東京の順位なんてどうでもよくて、ガンバ大阪が先制点取ることを願ってますよ」なんて呟いているけど、本気か? 俺たち浦和レッズは優勝に絡んでいようがいまいが、目の前の試合に勝つことしか考えてないし、浦和レッズが優勝しないかぎり、どこが優勝しようと関係ないと思ってるぜぃ。

★   ★   ★
 
 ここ最近、もっと1冊の本をしっかり売ろうと反省し、POPやらポスターを制作していたりする。『二人目の出産』は単行本も発売されたPOP王様に依頼し、特製POPを作ってもらったし、「本の雑誌」と「おすすめ文庫王国」のベストテンは、美術センスのある助っ人・鈴木先輩に頼みカッチョイイポスターを作ってもらった。もはや彼、いち助っ人でなく、僕にとっては、鈴木浩平デザイン室だ。これからも頼むぜ、先輩。

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