WEB本の雑誌

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4月25日(水)

 待望のACLだというのに、僕はオーストラリアにも上海にも行けない。こんなんで、サポーターと呼べるのだろうか。いや海外どころか、国内のアウェーだって妻と子の目を気にして、年に1回しかいけないなんてショボ過ぎる。埼京線の車窓から雨雲を見つめつつ激しく落ちこむ。

 結局僕は何をやっても中途半端。仕事もそう、サッカーもそう、プライベートもそう。学生時代だって不良にもなりきれず、良い子ちゃんにもなれず、フラフラとどっちつかずで遊んでいたっけ。

 そういう自分に嫌気がさして、大学進学を辞めて、カヌーに乗ったり、本を読んだりしたけれど、人間、何も変わらなかったってことか。そういえば、悪友へーしは20歳のときに自分を変えるとインドに旅立ち、帰国後「俺は悟った。もうパチスロなんてやらないよ。その金と時間がどれだけ大事か」なんてぶったけれど、その1週間後、僕たちが根城にしていた東武伊勢崎線武里駅前のパーラー宝島でモーニングに一緒に並んで、「人間変わらねーよ」と呟きながら、ニューペガサスを打っていた。

 そうだよな、変わらないんだよ。僕はずっとこう半端に生きていくんだよ。


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 気を取り直して日本が誇るサッカージャーナリスト・木村元彦著『蹴る群れ』(講談社)を再読。サッカーライターを名乗る選手のご用伺いな人たちと、日本代表入りを気にして『オシムの言葉』(集英社)を読んでいるサッカー選手よ、出来ればこの『蹴る群れ』を読んでくれ。

 激しい戦渦のなか「家族やそして自分のために」オリンピックに向かうイラク五輪代表チームを、恐怖政治から身ひとつで亡命し「失敗しても帰る国はない」と努力したルディ・バタを、サッカーが彼らにとってどんなものなのか、いやサッカーとは何なのか? そこを見つめ直して欲しい。いや僕自身こそ、子供会から塩竃FCを立ち上げるにいたった小幡忠義の半端なさを見習うべきだ。

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 5月発売予定の椎名さんの新刊が遅れつつ、それと6月11日搬入予定の吉野朔実劇場第5弾『本を読む兄、読まぬ兄』を営業。文芸書売り場だけでなく、久しぶりにコミック売り場を廻っている。

 そんななかレッズ&営業仲間のヤタ公からブックファースト渋谷店がこの秋、ビルを建て替えにより閉店するとの連絡が入る。(新文化ホームページ:http://www.shinbunka.co.jp/)

 ガーン!! 読者としても、営業としても大変お世話になっていたので、言葉が出ない。どうしたら良いんだ…。

4月24日(火)

 昨日の続きで、国分寺から中央線を上る。

 紀伊國屋書店国分寺店さんの売上ベスト10を見ると、1位『女性の品格』坂東眞理子著(PHP新書)、2位『大腸の健康法』松生恒夫著(平凡社新書)、6位『食い逃げされてもバイトは雇うな 禁じられた数字〈上〉』山田真哉著(光文社新書)、9位『裁判官の爆笑お言葉集』長嶺超輝著(幻冬舎新書)と新書が4冊もランクインされているではないか。

 確か今日か明日には白夜書房から競馬王新書なんてのも創刊されるはずで、もはや新書は新書的な本の器というよりは、出版業界の低価格競争の器になっているのだろう。文庫もそうだけど、これって一時期(今)は良いけどこの先、大変なことになるのではないだろうか。

 吉祥寺のブックス・ルーエさんを訪問すると、店頭の棚で「ルーエ特選 珠玉の50冊 春祭り」なんてフェアをされていた。

 推薦文の掲載された小冊子も配られていて、その表紙裏には「心ざわめく、まったくもって春です。出会いと別れと、読書の季節。私達、夏まで待てないので春の50冊フェア、はじめちゃいました。オールスタッフ入魂のチョイスです。方向性がバラバラ過ぎてむしろ統一感がある! 当冊子には全品推薦人が記名されてます。カモン!!」と熱いメッセージが手書きで書かれている。いいなぁ。

4月23日(月)

 日曜日。
 実家に帰ったついでに子分ダボの家に顔を出す。ダボは家業の酒屋を継いでいるからそこに行けばいるわけで、これはとっても便利。しかもお店に置いてあるものは全部無料の契約を20年前に結んでいるから、我が物顔でビールを取りだし、グビリと煽る。

「酒屋はどう?」と最近の様子を聞くと、まるで僕がいつも町の本屋さんで聞いているのと同じような話が帰ってくるから驚く。量販店、コンビニ、ネット……。

 「今度はさ、問屋がネットで直販するっていうんだから、もうあきれるしかないよね」
  ……。

 しかし今度はダボに突っこまれる。「でもさ、俺たち酒屋はまだこうやって差別化できるじゃない?(ダボの家は数年前から日本酒に重点をおき、蔵元から直接稀少な酒を仕入れたりしている)本屋さんは大変だよね。差別化って難しいでしょ? しかも値段も一緒なんでしょ? だったら大きいところに行くよね、やっぱり」

 いつの間にこんな立派に成長したのか? 思わずビールの代金を払いそうになってしまったが、元々財布を持っていないことに気づき、とりあえず頭を撫でてやる。

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 通勤読書は、一部ではピクミン小説と評されている『鴨川ホルモー』で一躍小説界に旋風を巻き起こした万城目学の待望の2作目『鹿男あをによし』(幻冬舎)。

 大学院生が神経衰弱を理由に臨時採用の教師として奈良に向かう。そこで待っていったのは鹿と鎮めの儀式。その儀式に必要なサンカクを手に入れるため主人公は右往左往していくわけだが、いやー面白い。充分堪能。

 営業は立川へ。オリオン書房サザン店のHさんを訪問し、Hさんの今までの好みから藤沢周平を猛烈推薦したら、当然といえば当然で、すでに読まれていた。Hさんのイチオシは『よろずや平四郎活人劇』(文春文庫)とのこと。その気持ちよくわかります。

 とすっかり話し込んでしまったあと、同じくオリオン書房のルミネ店を訪問すると、とってもキレイにリニューアルされていて驚く。しかも今までは、ポツポツ分割されたような売り場が、一箇所に集約されたので、本当はそれほど増床はされていないようなのだが、何だかとっても大きくなった気がする。良いお店になりましたねぇ、なんて素直に担当のKさんに感想を伝えると「まだまだこれからなんですけどね」なんて話される。非常に楽しみ。

 最後はオリオン書房ノルテ店に向かい本屋大賞実行委員で一緒に働いてる白川さんとお話。今年は大賞作品だけでなく、10位まで入った本が結構売れているなんて感想が書店さんから届いていることを報告し、喜び合う。

4月21日(土)炎のサッカー日誌 2007.05

 イマイチ噛み合わないようにしてシーズンが始まった我が浦和レッズ。長年、何度も試み成功することのなかった4バックへの変更が、こんな簡単に成功してしまったのはオジェックの手腕によるのか、選手の能力か。恐らく両方だと思うけれど、阿部勇樹の左サイドバックも試合を重ねるごとに良くなっているので、今後このチームの伸びに期待したい。

 そしてついに前節、浦和の定位置である首位に立ち、ここからはしっかり足固めに入りたい。川崎フロンターレなんて余裕だぜ!

 なんて息巻いたのだが、確かに前半は完全に浦和のペース。もしかしたら今年最高の出来なのではないかという中盤のプレスやつなぎも見られ、まるで去年までの川崎フロンターレを見るような連動性を発揮する。何度も得点機会があったのだが、この日山田暢久とともに身体の重そうなワシントンがことごとくボールを取られたり、ポンテがギリで外したりで、0対0のままハーフタイムへ。

 気合いを入れ直し後半へ…と思ったら、右サイドをブッちぎられ、詰められるという同じパターンであっけなく失点を重ね、まさかの0対2。信じられない。いやここは埼玉スタジアム。我らが負けない、いや勝たせるホームスタジアムなのだと声を張り上げ、アレ浦和を絶唱! その気持ちが届いたのかケガの闘莉王の代わりに出場した堀之内が執念のゴールを決め追い上げる。絶対勝てる、最低引き分け、それだけを願って歌い続けたが、ゴールを割ることが出来ず、本当に久しぶりの敗戦。

 気づいたら僕の目には涙が溢れだし、頬を伝う。
 すっかり忘れていたけど、負けるの、チョー悔しいじゃん。つうかもう絶対,負けたくない!

4月20日(金)

 新宿の高島屋で始まった椎名さんの写真展を覗く。

『ONCE UPON A TIME』がちょっと足りなそうだったので早速販売を請け負っているK書店さんを訪問。「ちょうど頼もうと思っていたところだったんですよ」と仕入れのOさんからご注文をいただいたので、会社に戻る。サイン本を用意し、鉄平と改めて直納。

 その後、水道橋の山下書店さんを訪問し店長のOさんとしばしお話。「3月はレッド・ホット・チリペッパーズの来日が延期になっちゃって見込んでいた売上に全然達しませんでしたよ」とのこと。このお店は野球や格闘技や競馬、あるいは東京ドームのイベントによって左右されるので、前年比もあったもんじゃないだろう。ちなみに世間を騒がしているメジャー挑戦の松坂はそれほど売れないとか、人気のあった選手も結婚すると一気に売れなくなるだとか、ほんと何度訪問しても「へぇ」を連打したくなるような話が聞けるのがたまらない。

 夜はジュンク堂池袋本店にて『どれだけ読めば気がすむの世界文学ワンダーナイト』。豊崎さんと牧さんが初対面だったので、司会を大森望さんにお願いしたのだが、3人の知識が絡み合い絶妙なトークショーになる。おそらく近々「本の雑誌」に収録されることになると思うので本編の話は置いておくとして、他の部分で一番印象に残ったのは豊崎さんのこの言葉。

「文学の心配はする必要ないんですよ。いっぱい才能のある人が出てきてますから。心配が必要なのは批評ですね」

 確かにそのとおり! 思わず袖で聞いていて、膝を打ってしまった。

4月19日(木)

 昼過ぎにシステム担当のS社の方々がやってきて、この日記の新更新システムについてのレクチャーを受ける。携帯から更新ができるとか、写真がアップできるとか。うーん。

 夜は赤羽で相棒とおると待ち合わせ。お互い時間厳守というか、時間よりも早く来るタイプなので待ち合わせ時間の10分前に着くと、とおるも同じ時刻にやって来ていて大笑い。そのままとおるの「おでん食いに行くべ」という誘いのまま、赤羽のディーブなゾーンを進んでいくと立ち飲みおでん屋「丸健水産」に辿り着く。

 「さてどうやって頼むんだろう?」

 てっきり何度も来ているのかと思ったら相棒とおるも初めてのお店らしく、雑誌かテレビで見て一度来たかったとのこと。とりあえずサラリーマンが並んでいるのでその列につき、酒は?と聞かれたのでビールと答えると缶ビールを渡される。「セットで良いの?」と聞かれたので何だかわからないけれど、僕は「ハイ」と返事をするが、そこはどこでも遠慮のない相棒とおる。「スンマセン、牛すじ足して下さい」と付け足すのを忘れない。さすがだ。

 しばし待ち、自分たちのおでんを持って、店前のテーブルに。おでんは良いけど、ビールは失敗。なぜなら寒すぎるからだ。熱燗にしておけば良かったなぼやきつつ、人生とゴールデンウィークについて話す。

 立ち飲みは早く帰るが鉄則だから、1時間で帰宅。気の短い僕ととおるには、これくらいがちょうどいいかも。

4月18日(水)

 最近、営業先で「杉江さん、髪の毛さらさらですよね」とか「肌がピカピカですよね」なんて言われることが多くうろたえているのだが、まあ一番恐れているのは「最近、髪の毛減りましたよね」なんて言葉だったりするから、それに較べたら充分過ぎるお褒めの言葉で、ありがたい。

 しかし髪も肌もエステなんて通っているわけはなく、普通にメリットと高速道路のサービスエリアで売っている黒い石鹸で洗顔しているだけだから、イマイチ面白い答えもできず、困っていたりする。

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 高校入学三日目。親友シモザワと学内のカワイイ子を探し歩いた。1組と2組は男子クラスで、3組は自分のクラス。ここはスルーで4組、5組と教室を覗いていく。うーん。僕たちの今後3年間に暗雲が立ちこめるかと思ったとき、目の前をおニャン子クラブの渡辺満里奈そっくりな女の子が歩いていった。ビンゴ!

 僕はシモザワと目配せし、渡辺満里奈似の彼女を追いかけていった。彼女は7組の教室に入っていき席に座った。7組には同じ中学の出身の奴がいたからすぐさま呼び出し、彼女の名前を確認した。彼女はナミちゃんと呼ばれていた。

 しかし名前がわかったところで、クラスも違えば、彼女にこちらの存在を知らせる方法も見つけられず、僕もシモザワもどうすることもできないまま時が過ぎていった。しかも僕は1ヵ月もすると高校のあまりの平和さに嫌気がさし、遅刻と欠席と早退を繰り返すようになった。

 何せ僕の通っていた中学校は各クラスにひとりはパンチパーマがいて、しかもその頭をカラースプレーで塗りたくり、アカパンチ、アオゾリパンチ、キパンチ、全員揃ってパンチレンジャーなんて叫び、強きとは学生服のボタンを交換し合い、弱きを見つけてはゴッドファーザーのテーマを耳元で囁きながらカツアゲするような状況で、自分の明日なんてとても信じられないデンジャラスな毎日を過ごしていたのだ。

 だからある程度偏差値も暮らしも一緒の高校は退屈以外の何ものでもなかった。ナミちゃんに会いたいけれど、学校をサボって地元の仲間と麻雀を打っている方が楽しい。毎日毎日僕の部屋にそんな仲間が集まってジャラジャラ朝まで徹マンで、出席日数が怪しくなると学校に顔をだし、それでも前夜の徹マンで寝不足だから、一時間目から帰りのホームルームまで爆睡していた。

 そんなある日。久しぶりに学校に顔を出すと僕の机は荷物置き場になっていた。周りのクラスメイトがあわてて鞄やら上着やらどかしてくれたので席につく。教科書を買う金を4月の始めに使い込んでしまっていたので、僕は教科書を持っていなかった。だから授業はちんぷんかんぷんで、気づいたらまぶたが下がってくる。

 休み時間になっても起きる気もなく寝ていたら、隣の席のミノタニさんが、僕の肩を叩く。
「杉江くん、私の友達が、杉江くんに聞きたいことがあるんだって」
 そういって、教室の後ろの入口を指さしたのだが、その指先にはなんとナミちゃんが立っているではないか!

 僕の前に座っていた親友シモザワは振り返りながら僕に右ジャブを繰り出してきたが、僕はそれを余裕でかわし席を立つ。するとシモザワが、「杉江、顔」と叫ぶ。顔? あわてて手の平で顔触ってみたら妙にゴツゴツしているではないか。鏡を取り出すと、あろうことかシワだらけ。くそー腕に顔を乗せて寝ていたからシャツのシワがそのまま顔にうつってしまっていた。

 仕方ない。右顔面を手で隠し、ナミちゃんのところに向かっていく。僕のこれまでの経験ではこのあとピンク色とか水色のカワイイ手紙を渡されてそこに「好きです」なんて書かれている確率が50%。残りの50%はこのまま体育館の裏に連れて行かれ、愛の告白のフリをして呼び出され、パンチレンジャーに囲まれる。ただしこの高校にはパンチレンジャーはいないから、ここは間違いなく手紙を渡されるに100ガバチョ。と鼻息荒く近付き「なに?」なんてわざとそっけなく声をかけた。

 するとナミちゃんはモジモジしながら僕を見つめ、
「えっと前から聞きたかったことがあるの」
 と話し出す。ナミちゃんの声は想像していたよりハスキーで、でもそのハスキー具合がカワイかった。

 ちなみに、このパターンは「杉江くん、彼女いる?」だな。もちろん僕は隣りに彼女がいたって「いない」って答えるだろう。これはもらった、1000ガバチョ。

「あのね。杉江君の髪の毛いつもサラサラでしょ。それでどんなシャンプー使っているのかなと思って。あと肌もつるつるだからどんな石鹸使っているか教えて欲しいのよ。私、最近、ニキビとかできちゃって困っていて」

 その頃、流行りだしたまさに「あいーん」状態。髪の毛? 肌? 彼女のことは聞かないの? いやもしかしたらこれをキッカケに会話が弾みなんてことかもしれない。

 気を取り直し、僕は、母親が買ってくる一番安いシャンプーとお歳暮で貰う石鹸だよと答えるとナミちゃんは「あっそうなんだ…」と残念そうに呟き、消えていった。それが僕が高校3年間でナミちゃんと交わした唯一の会話だった。

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 あれからちょうど20年が過ぎてまた髪の毛と肌を誉められるとは。
 しかしそれでいいのか35歳。あいーん。

4月17日(火)

 本屋大賞が終わってから気持ちも新たに営業に邁進しているのだが、やっぱり営業は楽しくて難しい。たった一言から盛り上がることもあれば、盛り下がることもあるし、前回の訪問と今回の訪問でまったく対応が違ったりするから、常に緊張感がある。特に最近は担当者さんがころころ変わることも多く、なかなか継続した人間関係が築けず、苦労することも多い。

 営業というとつい「話す」ことを思い浮かべる人が多いと思うけれど、僕が思う営業は「聞く」ことが基本だったりする。どんな本が売れているのか? このお店の客層はどんな人なのか? そういったことをひとつひとつ聞いていると今度はそれが「知る」ことに繋がり、知れば知っただけ、そのお店に有用な情報や商品を提供できる。そして知れば知るだけ「好き」になることができるわけで、例え商品を愛せなかったとしても、営業先を「好き」になれれば充分で、もしかしたらそれが営業にとって一番大切なことかもしれないと考えたりする。

 難しいのは好きになったお客さんに自社の商品が役立つのかどうか? 例えば中には「いいよ〜、好きなだけいれて」なんて書店さんもないわけではないんだけど、そういうとき自分のところの本より、今結構売れているあの本やこの本を置いた方がいいんじゃないかと思ってしまうのだ。「なんだったら僕が注文短冊切っておきますよ」なんてとても会社の人には聞かせられない言葉を飲み込みつつ、その辺は臨機応変に判断しつつ、折衷案でうまく凌いだりしている。

 この仕事を始めた頃、とある営業代行(出版社から営業活動を委託されている会社)の方にそんな悩みを打ちあけたら「そんなこと考えてちゃダメですよ! 向こうの気持ちなんて思ったら営業なんて出来ません」なんて叱責されたことがあったっけ。

 でも元々営業に向かない人間が営業マンになってしまってすでに十数年。今でもお店に入る前は胃がキュッとするし、深呼吸して落ちつくようにしている。そして書店員さんに会えば、緊張し、あれも話そうこれも話そうと思っていたことが話せず、反省の繰り返し。ハッキリ言って続いているだけ立派という感じなんだけど、それでもこの緊張感と、人を相手にする面白さは何ものにも代え難く、漁師にならない限りは、今後もこの仕事を続けていくのだろう。

 『消えた女 彫師伊之助捕物覚え』藤沢周平著(新潮文庫)を読みながら、そんなことを考えていた。

4月16日(月)

 先週小学校に入学した娘が、今日は初めてお休みを挟んでの登校だったので、もしや幼稚園のときのように登校拒否を起こすのではないかと心配していたのだが、元気にランドセルを背負って登校していった。この1年で娘も成長したいということか。ひとまず安心。

 週末に珍しく読書ができ『星新一 1001話をつくった人』最相葉月著(新潮社) を読了。分厚い本だが、読み出したら止まらない面白評伝だった。小社刊『姿三四郎と富田常雄』よしだまさし著を読んだときも思ったけれど、やはり作家というのは生まれたときから作家なのだ。そして1作を書くために身を削るように書いているのだと。果たして現代の作家で後ほどこういう評伝が書かれるような作家がいるだろうかとちょっと考える。

 通勤読書は、『ヒマラヤにかける橋』根深誠著(みすず書房)。桃源郷とも呼ばれたネパール西北部のツァルカ村の住民の悲願であった橋を、組織に頼らず著者が約3年かけて建てるお話。と書くとまるで感動物語のように捉えられるかもしれないが、現実はそんな甘いものでなく、ストレスによる高血圧と鼻血とネパール独特の責任回避の社会システムと金欠に振り回される悪銭苦闘のドキュメントだ。

 特に第三章の「カトマンズの迷宮」のたらい回しは、読んでいるこちらもイライラし、もう諦めようと気分にさせられるが、著者はそれでも諦めず、いや怒り狂いながらも橋建設に進んでいく。決して「感動もの」として書かないからこそ伝わってくるものがこの本にはあり、だからこそ出来上がった小さな橋の大切さがわかる。そして経済社会から逃れられない桃源郷にちょっと胸が痛む。

 午前中にバタバタとデスクワークをするが、予定どおりに終わらず、宿題に。
 渋谷と東横線を営業。

 こんなことを書いたら大変失礼だが、毎回「まだあるだろうか?」と心配しつつ訪問する菊名のP書店さんを訪問。今月もしっかりあって一安心。H店長さんとお話。「雑誌がねぇ、どんどん部数を下げられていって困っちゃうよ。気づくと配本がなかったりして、定期のお客さんがいるのにさぁ」

 雑誌が売れない…というのがここ最近の出版業界の話題だったりするのだが、こういった売れるのに来ないという話をよく聞くのはなぜなんだろうか。配本システムの問題だと思われるのだけれど、いい加減システムにしばれるのもどうかと思うんだけど。

 自由ヶ丘の青山ブックセンターさんではただいま『沢野ひとしさんの絵を楽しもう! 進化し続ける謎「沢野絵」』展を開催中。「本の雑誌」の表紙や、5月に新風舎から出版される新刊『ありふれた思い出なんてないさ』のイラストが展示されている。

今後サイン会やトークイベントも行う予定なので、詳細決まり次第このホームページで告知します。

4月13日(金)

 通勤読書は『星新一 1001話をつくった人』最相葉月著(新潮社)。周りの信頼している本好きの人達が揃いも揃って大絶賛しているので、遅ればせながら読み始める。

 本日は社内に残って、DMの制作や横丁カフェの原稿依頼。こんなこともしているんですか? とよく言われるけど、小さい会社というのは何でもやらざる得ないのだ。ああ、新入社員もいないし、淋しいな。

 そうそう昨日訪問した紀伊國屋書店新宿本店さんの新宿通りに面した入口がすごいことになっていた。外売り販売用のブースの上の屋根がなんと『一瞬の風になれ』本屋大賞受賞で飾り付けられているではないか。おそらく講談社さんの広告のひとつだと思われるのだが、いやはやうれしいかぎり。おまけに佐藤多佳子さんのブログを覗くと、ファンの方からたくさん祝福のコメントが届いているではないか。そうかファンの方がこうやって発表を固唾を飲んで見守っていらしたのか…。何だか感動してしまった。

4月12日(木)

 前の会社に入社した初日、直属の上司となる営業部長に昼飯に誘われた。あわてて席を立ち、エレベーターへ向かうと、そこに二人の人が立っていた。一人は経理部長で、もうひとりは編集部の人だった。元々営業部長と経理部長で昼食に行くところに僕が誘われ、僕の緊張をほぐすために編集部の人にも声をかけたようだった。

 すでにどこで食事を取るか決まっているようで、3人は話し合うこともなく御茶ノ水の街を歩いていく。僕は緊張してその3人の後ろを数歩遅れて追いかけていくと、突然編集部の人が振り返り「えっ? レッズが好きなの?」と聞いてきた。営業部長が僕の履歴書の趣味欄に書いてあったことを教えたようだ。

「そうなんだ。俺も好きなんだよ。チケ取るの大変だよね。そうそう。で誰が好きなの?」

 僕はそのとき闘志溢れるプレーでむやみやたら上がっていく長髪の外国人DFの名前を挙げた。するとその先輩は大笑いし「こりゃ病気だ。俺はね広瀬が好きなのよ。いやー君も水曜会の仲間だ、あっ水曜会っていうのは直帰してサッカー見に行く会ね。ってその分、他の日は働かなきゃダメだぜ。俺、Yというの、よろしく」

 編集部の人、Yさんは人懐こい笑顔でそう自己紹介し、その後、昼食のときもいろいろと気を遣って話かけてくれた。

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 僕に営業の仕事を叩きこんでくれたのは営業部の課長のHさんだったが、仕事に対するスタンスを教えてくれたのはこのYさんだった。Yさんは、ブツブツ不満をこぼしつつも編集部の誰よりも早く会社に来て、休日出勤も厭わず、本や雑誌ができるまで必死に働いていた。

 編集者なのに決して私服で出社せず、いつもスーツ姿で働いていた。なぜ?と聞くと、私服だとちょっと気持ちがね、スーツを着るとシャンとするじゃん、なんて話していた。もちろん水曜会の日は連れだってホームやアウェーに出かけていたし、やたら酒を飲む会社だったのだが、そういうときも必ず顔を出し、みんなで大騒ぎしていた。やるときと抜くときのバランスが絶妙なのだ。

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 Yさんとは退職後も付き合いが続き、ときには埼玉スタジアムで、ときには新橋のいつもの飲み屋で顔を合わし酒を飲んだ。いつのことだろう。Yさんがかなり高額の財形貯蓄を定期でしていることを知って、どうしてそんな金、貯めているんですか? 結婚でもするんですか? なんて僕が軽口を叩くと、Yさんは真剣な顔をして、くっと日本酒を煽った。

「俺のオヤジはさ、職人だったんだけど、ずっと借家暮らしだったんだ。だからさ、オヤジとおふくろに、最後は一軒家に住ませてやりたいんだよ」

 実は僕も、妻の家庭が一度家を手に入れ、それを手放すという経験をしていたので、いつか妻と同居している義母に一軒家をという想いがあった。それをYさんに話すと、「じゃあ一緒にがんばろうな」と強く手を握ってきた。

 Yさんはその後もしっかり財形貯蓄をし、7年前に立派な家を建てた。夏にはベランダから花火大会が見られる絶好のロケーションなのだが、一度も誘ってもらったことがなく、僕が訪れたのはパソコンの設置のときだけだ。そのときYさんにお父さん、お母さんを紹介していただいたのだが、お二人とも立派なお家で、幸せそうな顔で暮らしていた。

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 今夜、そのYさんのお父さんのお通夜があり、前の会社のOBと駆けつけた。3年ほど入院退院を繰り返していたので、Yさんもお母さんも心の準備が出来ていたのか、落ちついた葬儀だった。

「わざわざ、ありがとう。いやー、土曜のジュビロ戦の後にさ、埼玉スタジアムを出て歩いていたら病院から電話があってさ」Yさんが僕の姿を見つけると、強く握手しながらそんなことを話す。こんなところでこんなことをいうのもなんなので、僕は心のなかで呟いた。

「Yさん、あんたは偉いよ。そして、いつまでも僕の目標です」

4月11日(水)

 レプリカとレインコートを鞄に詰めて出社。おっとチケットも忘れちゃいけない。今夜はAFCチャンピオンズリーグ・グループステージ第3節上海申花戦なのだ。

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 通勤読書は、本屋大賞が終わってストレス解消とばかり書店さんをうろつき、装丁と帯に惹かれて購入した『湖の南』富岡多惠子著(新潮社)。大津事件を描いた歴史小説というわけではなく、過去と現在を行き来する不思議な小説(エッセイ?)なのだが、これが面白いのなんの。

 帯に「琵琶湖のほとりで、昔」とあるとおり、ある種、昔話のように語られる大津事件。しかし、すべての昔話に普遍性があるとおり、この大津事件の犯人である津田三蔵は、13歳で明治維新を経験し、とくに家柄が士族だったから価値観の転換をもろに受けたであろう。それは今、明治維新ほどわかりやすくはないものの、価値観の転換期を迎え、彷徨う世の中を生きる、僕たちに相通じるものがあり、深く考えさせられてしまった。

 そういう部分の面白さに加え、手紙などから立ち上がってくる津田三蔵の暮らしが、とてもリアルで、この時代の暮らしを知る上でも充分楽しめる。いやー味わい深い、良い本だなぁ。

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 高田馬場を訪問するとBIG BOXで古本市が開催されていた。本誌「古本屋セドロー君の午後」でお馴染みの向井透史さんがいらっしゃるかと思って覗いてみたが、ご不在の様子。残念無念。

 A書店のNさんに「ダーツやりませんか?」と誘われる。ダーツはケーブルテレビで見たことはあるのだが、やったことはない。やってもいいかもと思うけれど、僕、大森望さんに呆れられるほどの負けず嫌いで、おそらくそういう顔を仕事の相手に見せては、まずいのではないか。しばし悩む。

 その後は池袋へ移動しジュンク堂さんを訪問。田口さんはご不在だったのだが、Kさんとお話。来週金曜日のトークイベント「どれだけ読めば世界文学ワンダーナイト」は、おかげさまで満員御礼だとか。うれしいかぎり。

 そのKさんが「杉江さん、『別離のとき』ロジェ・グルニエ(みすず書房)読まれました? いた田口が絶賛していたんですよ。そうそう赤い表紙の本ですよ」

 うーむ、赤い表紙だから僕に薦めているのだろうか? いやいや田口さんがそんなオススメするなんて珍しい。今までそんな風に薦めていただいたのは『体の贈り物』や『あなたに不利な証拠として』くらいではない。ならば相当面白いのでは。というわけで赤い表紙の『別離のとき』を購入し、赤い人たちのいっぱいいる場所へ向かう。

4月10日(火)

 早朝、埼玉スタジアムへ。明日行われるACLの前日抽選に参加。まあまあの番号を引く。

 いつもならのんびり帰宅するのだが、本日は有料道路を通り、オーバースピードで車を飛ばす。まるで相馬のドリブルのよう。

 なぜそんなに急いでいるのかというと、本日、初めて娘が親の付き添いなしで、小学校に登校するからだ。幼稚園のときにあれだけ登園拒否した娘だけに、例え昨日の入学式では元気いっぱいだったとしても心配なのだ。

 ちょうど娘の通学班の集合時間に帰宅。あわてて通学班の集合場所に向かうと、すでに子供たちが7人ほど揃っていて、新入生は娘ともうひとりいるよう。何人かの子たちとは、いつも遊んでいるから、娘も笑っている。班長が一番最後にやってきて、人数を数えたら何の儀式もなく出発。

 ちょっと肩すかしを感じつつも家に戻り、玄関前から娘の後ろ姿を見つめる。僕の家は区画整理真っ最中の場所にあるため、廻りはまだ開発されておらず、遠くまで娘が見えるのだ。ランドセルが時たま上下に弾むのは、きっと前の子に遅れないように走っているからだろう。娘よ、ガンバレ。

 その黄色いランドセルが、点になり、角を曲がって見えなくなるまで、僕は玄関の扉を開けることができなかった。

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 通勤読書は『ビッグクラブ ー浦和レッズモデルができるまでー 』島崎英純著(講談社)。元サッカー専門誌のレッズ担当の記者が書いた作品なので、もう少し深いものが読めるかと期待して読み始めたのだが、これはそういうものではなく、新書的というかビジネス書的というか、基本的事実を時間軸で追ったものであった。浦和レッズにちょっと興味のある人や、もう一度2001年以降のレッズを振り返りたい人向きの1冊。あとオフト好きには良いかもしれない。

 サッカー本でいえば、『オシムの言葉』(集英社)でブレイクした木村元彦の『蹴る群れ』(講談社)は必読の書であるけれど、週末に読んだ『オレもサッカー「海外組」になるんだ!!!』吉崎エイジーニョ(パルコ出版)もオススメ。

 30歳を越えたサッカーライターが彼女に振られ、仕事もイマイチのなか、やりたいことをやるんだと決意し、なんと「海外組」になるためドイツへ渡ってしまう。

 雑誌『Number』の「それ行けトヨザキ!!」以来の爆笑連載をまとめたものだが、著者のサッカーレベルは高校サッカーの有名選手とかJリーグ挫折組なんてものでなく、僕や僕の友達と変わらない草サッカーレベル。だから当然ドイツといってもブンデスリーガに挑戦するわけではなく、アマチュア10部リーグでのプレイに四苦八苦。

 しかし、それでも吉崎エイジーニョを笑えないのは、これがサッカーバカの誰もが一度は夢見る物語だからだろう。そしてそれを下手なりに叶えた著者がカッコイイ。是非とも吉崎エイジーニョには、今後もこの突撃ルポを続け、ブラジルやイングランド、あるいはアフリカの国々のサッカーの裾野を実体験とともに綴って欲しい。

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 会社に着くと「横丁カフェ」でお世話になっている三省堂書店大宮店の下久保さんが来社。ぎっくり腰のため今月で退職されるとのこと。ああ、残念無念。なかなか書店を長く勤めるというのは大変だ。

 営業は、赤坂見附、銀座、六本木。

 赤坂見附のランダムウォークでは、『笹塚日記』の大ファンの書店員Mさんが『笹塚日記』を売るために「帰らない男たち」フェアを開催中。檀一雄やケルアック、あるいは西村賢太とともに並んでいるのに爆笑してしまう。Mさん、茶木さんと目黒さんは「帰らない」んじゃなくて、「帰れない」あるいは「帰る機会を失った」人たちだと思いますよ。

 あと気になったのは、どちらの書店さんでも『星新一 1001話をつくったひと』最相葉月(新潮社)が売れているということ。僕も先日購入したのだが、今から読むのが楽しみだ。

 最後の最後に東京ミッドタウンを覗いたのだが、このことは事務の浜田に内緒。なぜならいつも僕が新しいスポットに誰よりも早く行く!と怒っているからだ。でもな、僕は本屋さん以外、用がないんだけど。

4月6日(金)

 朝起きてポツリと「疲れたなぁ」と呟いたら、隣で目を覚ましていた娘に怒られる。
「パパ、起きてすぐ疲れたって何よ」

 スマンスマンと謝りつつ、新聞を取りにいくと本屋大賞発表の記事に「すでに70万部も売れているベストセラー」(朝日新聞)みたいな嫌みな文章がついているではないか。ハァ。アエラに始まり、昨年末の「へなへな」記事と朝日新聞はなぜか本屋大賞にネガティブなキャンペーンをはっているようなのだが、この記事にある70万部って、そのうち30万部は、本屋大賞受賞で重版した部数が含まれているんだけど。

 だから受賞前で考えれば40万部が正しく、しかもそれは全3巻合わせての部数だから単純に割れば各巻約13万部。それでも確かに本の売れない時代だからベストセラーの範疇に入るかもしれないが、それだったら第1回の『博士の愛した数式』小川洋子著だって、本屋大賞前は10万部だったわけで、大して変わらないのだ。どうしてそんなにネガティブに伝えようとするのかわからないなぁ。

 ついでに書いておくと吉川英治新人賞をすでに受賞しているというのも、本屋大賞の二次投票〆切は2月28日だったわけで、吉川英治新人賞の選考日である3月1日より先に終わっていたのだ。まあ、どちらもどうでもいいことだけれど。とりあえず、僕も朝日新聞にネガティブキャンペーンを実施することにし、新聞販売店に電話し、本日で購読を辞めた。

 通勤読書をしようと思ったら、奇跡的に埼京線で座ることが出来、本も開かず爆睡。気づいたら新宿で、あわてて降り、会社へ。昨日の後かたづけと、投票してくれた書店員さんへの増刊号の袋詰めなどしていると、あっという間に夕方。目の前に座っている浜田もお疲れの様子で、ふわぁーと大きなあくびを連発している。「疲れたねぇ」「でも楽しかったですよね」「そうだねぇ」来年の今頃もこういう会話を僕たちは交わしているかな。

 さあ、来週からは普通の営業マンに戻って、本の雑誌社をしっかり支えていかなきゃ!

4月5日(木) 本屋大賞発表!

 第4回本屋大賞は『一瞬の風になれ』佐藤多佳子著(講談社)に決まりました!! 本屋大賞史上初の全3巻ものですが、読み出したらイッキ読み間違いなし、というか読み終わるのがつらくなるほど面白い小説ですので、未読の方はぜひ!

 またすでに読み終えている方は、この機会に再読を。僕は昨夜、興奮のあまり眠れなかったので再読しました。そしてまた目の前に広がるトラックを一瞬の風となって駆け抜けました。本当に面白い小説です!

★   ★   ★

 というわけで発表会。3時に会場である明治記念館に集合し、実行委員と有志書店員さん、それと小社助っ人部隊で会場の用意。僕は当日になると全体チーフという役割を与えられるのだが、これは実はほとんど何もやることにない名誉職のようなもので、インカムをつけてフラフラしていればいいだけなのだ。この日も結局インカムで出した指示はひとつだけ。「会場の温度を下げてください」

 というかよく考えたらこの1年大したことをしておらず、もはや本屋大賞は僕なしでも充分動くだろうし、元々僕は実行委員の書店員さんの連絡先を知っていただけの人間だから、本屋大賞での役割なんてないのだ。そのことが4回目にしてしっかり理解できた。が、それでもこれはやっぱり僕の子供だと思う気持ちはあって、だからこそ誰もが面倒がるような裏方の仕事を今後も続けて行きたい。というかどんな仕事より、本屋大賞は楽しいんです。

 そんなことをぼんやり考えているうちに開場となり、多くの書店員さん、多くの出版社の方々、そしてノミネート作家の森見登美彦さん、有川浩さん、万城目学さんが来場され、そしてそして壇上には佐藤多佳子さんがいて、という発表会がスタートした。

 昨年同様、僕は舞台の袖裏に立って、舞台補助の鉄平やアマノッチを見つめていたが、二人はまったくノーミスで発表会を終える。良かった良かった。

 歓談の時間では作家さんを囲む書店員さん、書店員さんを囲む出版社の方などでごった返すが、本屋大賞の発表会は、なぜか笑顔だらけで、この場でいるだけで幸せな気分になれ、そして明日から仕事を頑張ろうと思えるのはなぜだろう。それはおそらくここにいる人がみんな本が大好きだからなのではないかと思うのだがどうだろう。

 それと印象的だったのは初めていらした出版社の方が、口々に「本屋大賞ってこんなすごいことになっているとは思いませんでした」と話されていたことだ。そうなんです。事件は現場で起こっているんですよ、なんて。

 どっちにしても本屋大賞は、大きくなることも成長することも別に望んでいない。ただできるかぎり継続していきたいとは思っている。鬼が笑うかもしれないが、すでに実行委員は来年のことを打ち上げで話していた。良いアイデアがありましたらメールください。

 とにもかくにも佐藤多佳子さんおめでとうございました。

 それから応援していただたユーキャンの皆様、日本図書普及の皆様、各出版社の皆様、ありがとうございました。

4月3日(火)

 第4回本屋大賞発表まであと2日。

 発表会会場に送る荷物をまとめていると、しばしばテレビ局からの問い合わせで中断させられてしまう。取り上げていただくのは大変うれしく、そして光栄なのだが、どうしてこうもギリギリで連絡してくるのか。そして去年の写真を送ってくださいとか、突然言い出すのか。出版業界もかなりルーズというかドタバタの業界だと思っているが、テレビというのはもっとバタバタしているのだと思い知る。

 そういうバタバタから逃げだそうと、こっそり営業道具をカバンにつめていたら事務の浜田に見つかってしまった。

「どこに行くんですか?」

 文章で書くと何気ない問いだが、ここは出来れば太ゴシック体でかなり級数もデカイ文字だと思っていただきたい。そして僕の言葉は細明朝体の目をこらさないと見えないような小さな文字だ。

「えっと営業だけど……」
「営業? この状態で外に出ようっつうんですか!」
「あっ、でも本屋大賞だけがうちの本じゃないし」
「そんなこたぁわかってますよ。じゃあこのいろんなところから入る問い合わせはどうするんですか」
「それは、えーっと、浜本さんに……」

 と浜本の机を見ると、いつの間にか消えている。どこに行ったんだ?と松村に聞くと2時間前くらいに床屋に行くといって出かけましたが、とのこと。うーむ、うわてがいたな。。

 結局カバンを机に戻し、僕は囚われの身となる。嗚呼、あと二日の辛抱だ。

4月2日(月)

 第4回本屋大賞発表まであと3日。

 まっ赤になって腫れてしまった眼があまりに酷いので、眼科に行くと「ああ、これは猛烈に花粉を浴びましたね」と言われる。

 僕は決して花粉症ではないのだが、一気に浴びるとこうなるらしい。しかしどこで花粉を浴びたのか。軽井沢だったら家族全員なるだろう。林や森……。あっ、おおたかの森か?

 通勤読書は藤沢周平『よろずや平四郎活人剣 上』(文春文庫)。

 今まで読んだ藤沢作品のなかでは『用心棒日月抄』に近いストーリーだけれど、妾腹の子で冷や飯食いである主人公の神名平四郎は、両津勘吉やのたり松太郎のような「剣と弁口」の立つタイプだから、とってもコミカル。

 しかもかなりせこかったりするので、読んでいると思わず吹きだしてしまうこともしばしば。よろずやというのが意外と我ら営業マンに近いことをしていたりするから、つい感情移入してしまうし、今後、藤沢作品をすべて読んだ上で、自分なりのベストテンをつくるつもりなのだが、これは間違いなくベストテンに入るでしょう。素直に面白い作品だ。

 営業に出たいのだが、本屋大賞発表会の準備でそれどころでなく、出席者リストを作ったり、送付ラベルを用意したり、問い合わせの電話を受けているだけで一日が終わる。

 本当は残業してすべての作業を終えたかったのが、本日は千葉会で、しかも酒飲み書店員大賞から派生した酒飲み出版営業大賞を『素晴らしい一日』(文春文庫)で受賞した平安寿子さんがいらっしゃるというから駆けつけないわけにはいかない。

 いつかこんな企画に怒る作家さんが現れるのではないかと心配しているのだが、平さんにはとっても喜んでいただけたようで一安心。文藝春秋さんも、わざわざ「酒飲み出版営業大賞 第1回受賞作」なんて帯を作ってくれたりして、こういう手間や経費が結構かかることを知っている身としては、何だかうれしいような申し訳ないような気持ちで眺めてしまう。いやはやほんと有難いですね、と事務局長の高坂さんが呟いていた。

3月30日(金)

 朝、起きたら眼が開かない。目やにで塞がってしまっている。指でこそげ取り、どうにか眼をあけ、顔を洗うとまぶたが腫れている。妻がそんな僕を見て、「最近死相が出ているよ」と呟く。仕方ないじゃないか、本屋大賞が終わるまでは。

 その腫れぼったい目で4月5日搬入の『本屋大賞2007』の見本が出来上がったので、直行で取次店回り。前日、〆作業をしていた際、分厚くなった注文短冊を見て、事務の浜田が笑いかけてきた。

「うれしいでしょ、杉江さん。こんなにいっぱい注文が集まると取次店さんで堂々としていられるでしょう」

 確かにそうなんだけど、注文と仕入れ部数は比例するわけでもなく、何枚かの注文短冊しか渡さずに「5000部希望」とかいう出版社はいっぱいあるし、電話での部数確認を盗み聞きしていると実用系の本はほんと文芸書の部数の比でないぞ。本日も何気なく聞いていたら、折り紙の本が取次店一社で7000部とか答えていてビックリ。今時そんなの初版を刷れる作家がどれほどいるというのだろうか。ここ最近ことあるごとに書店さんから言われるが、まさに文芸書は専門書や人文書と変わらないところに来ているということだろう。

 お茶の水から始まり、飯田橋、市ヶ谷、そして最後は板橋へ。

 板橋のK取次店さんは、レッズ仲間がたくさんいて、できればしょっちゅう顔を出したいのだけれど、実は本の雑誌社はこのK社やO社とは直接取引がなく、こうやって数がまとまったり、発売日をずらさないようにしたい書籍のときくらいしか顔を出せない。

 ちょうど仕入れにレッズ仲間のAさんやUさんがいらしたので無駄話をしていると、なんとそこへ同じくレッズ仲間のN出版社のUさんもやってくるではないか。ここはどこだ? 埼玉スタジアムか?

 しかしK取次店さんには読書倶楽部があって、その倶楽部では共有の貸し出し本棚があって、読みたい本や読ませたい本があったら利用できるようだ。その棚を眺めていたら読書倶楽部のTさんがやってきて「○○読みました? 面白かったですよ」なんて次から次へと書名をあげていく。サッカー話をできるのもうれしいけれど、こうやって本の話ができるもとてもうれしい。

 その読書倶楽部の棚に僕の大好きな『世界爆走』丸山健二著(文藝春秋)がささっていたからなおうれしい。僕の無人島に持っていく本は、このエッセイ全集と短篇全集なのだ。

 K取次店さんから北赤羽まで歩くと、川沿いの桜が満開になっている。そういえば去年もここで見本出しのあとしばし花見をしたはずで、もはや本屋大賞がこないと僕の春はやってこないという感じ。桜を見、この4年の歳月を振りかえる。長いようで短い4年。しかし眼が痛い。

3月29日(木)

 高校時代、日本史選択だったのだが、まったく日本史の知識がない。それは当然教科書も買わずサボってばかりいたからだ。

 というわけで時代小説を読んでいてもわからないことだらけで、まあストーリーを追うだけなら問題ないけれど、できればもう少し深く読み込みたい。そこで時代小説を書いている本人である宮部みゆきと逢坂剛が東大の山本博文教授に江戸時代の疑問をぶつける『山本博文教授の江戸学講座』(PHP文庫)を読む。

 大奥や武士の就職活動や出世競争など、まさに読んでいて不思議な部分をお二人が聞いてくれるので、いやはや為になる。これで今後の藤沢周平読書が一層広がりを増すのではないか。って問題は覚えていられるかどうかなのだが。

 営業を終え、あわてて京王プラザホテルへ。本日は新潮社のラインナップ発表会なのだ。

 これはここ数年新潮社さんが年2回、マスコミ向けにこれから半年に出る主な新刊を紹介される場で、各編集部ごとにブースが作られていて、そこで新刊に資料やゲラが配られたり、著者は編集者が壇上に上がって挨拶したりする。まあ、他の業種ではよくある新製品紹介のようなものなのだが、出版社でここまで大々的にやられているのは新潮社くらいなのではなかろうか、って半年先まで新刊が決まっているのがすごい……。

 というわけでそこで紹介されていた主な新刊はこちら。


・今野敏『果断 隠蔽捜査2』
・瀬戸内寂聴『秘花』5月発売予定
・江國香織『がらくた』5月下旬発売予定
・池澤夏樹『きみのためのバラ』4月27日発売予定
・金原ひとみ『ハイドラ』4月27日発売予定
・青木淳悟『いい子は家で』5月下旬発売予定
・レオニード・ツィプキン『バーデンバーデンの夏』6月下旬発売予定
・四方田犬彦『先生とわたし』6月下旬発売予定
・重松清『青い鳥 村内先生シリーズ』(仮)6月下旬発売予定
・三浦しをん『二人の恋は草花』(仮)5月22日発売予定
・石持浅海『人柱はミイラに出会う』5月下旬発売予定
・野中柊『プリズム』(仮)6月発売予定
・桂望実『コスモス』(仮)6月発売予定
・海道龍一朗『天下人』7月発売予定
・小和田哲男『名城と合戦の日本史』新潮選書 5月下旬発売予定
・山本博文『お殿様たちの出世 江戸幕府・老中への道』6月下旬発売予定
・「考える人」編集部『伊丹十三の映画』5月15日発売予定
・佐野眞一『甘粕正彦 満州の夜の帝王』7月発売予定
・イビチャ・オシム『日本人よ』6月発売予定
・山本浩『メキシコの青い空 実況席のサッカー20年』6月発売予定
・織田憲嗣『イラストレーテッド 名作椅子大全』3月発売予定
・横山秀夫『深追い』新潮文庫 4月下旬発売予定
・重松清『くちぶえ番町』新潮文庫オリジナル 6月下旬発売予定
・本多孝好『真夜中の五分前(SIDE-A・SIDE-B)』新潮文庫 6月下旬


 この会場にも大きく展開されていた『14歳の本棚』新潮文庫の編者である北上次郎こと顧問・目黒考二がこういう会に珍しく顔を出していたのにビックリ。

「どうしたんですか?」
「いやー東京に来る機会があると嬉しくてね。でも半年先まで覚えてられないから、新潮社も毎月やってくれないかな……」

 とりあえず今のところ僕の名前は覚えていたようだ。

3月28日(水)

 毎日毎日コンスタントに営業をしようと心がけているのだが、どうしてもムラが出てしまう。特に前日猛烈に営業した翌日はダウン傾向が強く、フラフラと電車を乗り換えつつもイマイチ気が入らない。これでは前日の頑張りがムダになってしまうではないかと反省しつつ、それでもやっぱり足が重い。

 そんな僕の出来なさ加減を心配して、S出版のヤタ公が書店さんとの飲み会に声をかけてくれる。お相手は、僕の尊敬する書店員さんのひとり、蒲田Y書店のTさんだったから、大喜びで参加。ヤタ公ありがとう。

 というわけでTさんと同僚のSさんと酒。

 お二人の何気ない会話のなかにヒントがたくさん隠されていて、酔った頭に必死でメモ。

「本が入ってきたら、まずどこで売れるか考える。新書だって、新書売り場だけでなく、これならあの棚、この棚って展開をね。」

 それは当然出版社の営業や編集が持たなければならない感覚だと思うのだが、営業マンに「誰が買うの?」なんて聞いても、なかなか明確な答えが返ってこないとか。そのお店の立地、もしビジネス街なら近くにどんな企業があるか、また季節などをしっかり念頭において営業してほしいということだろう。

 しかしこのTさんやSさんのように売り場で必死に考えながら作業されている書店員さんにかなうほどの知識が僕にあるだろうか。それこそ「新刊案内だけあればいいんだよ。来なくてね」なんて言われてしまうのではないか。うーん、やっぱり頑張らないと。

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