最近、営業先で「杉江さん、髪の毛さらさらですよね」とか「肌がピカピカですよね」なんて言われることが多くうろたえているのだが、まあ一番恐れているのは「最近、髪の毛減りましたよね」なんて言葉だったりするから、それに較べたら充分過ぎるお褒めの言葉で、ありがたい。
しかし髪も肌もエステなんて通っているわけはなく、普通にメリットと高速道路のサービスエリアで売っている黒い石鹸で洗顔しているだけだから、イマイチ面白い答えもできず、困っていたりする。
★ ★ ★
高校入学三日目。親友シモザワと学内のカワイイ子を探し歩いた。1組と2組は男子クラスで、3組は自分のクラス。ここはスルーで4組、5組と教室を覗いていく。うーん。僕たちの今後3年間に暗雲が立ちこめるかと思ったとき、目の前をおニャン子クラブの渡辺満里奈そっくりな女の子が歩いていった。ビンゴ!
僕はシモザワと目配せし、渡辺満里奈似の彼女を追いかけていった。彼女は7組の教室に入っていき席に座った。7組には同じ中学の出身の奴がいたからすぐさま呼び出し、彼女の名前を確認した。彼女はナミちゃんと呼ばれていた。
しかし名前がわかったところで、クラスも違えば、彼女にこちらの存在を知らせる方法も見つけられず、僕もシモザワもどうすることもできないまま時が過ぎていった。しかも僕は1ヵ月もすると高校のあまりの平和さに嫌気がさし、遅刻と欠席と早退を繰り返すようになった。
何せ僕の通っていた中学校は各クラスにひとりはパンチパーマがいて、しかもその頭をカラースプレーで塗りたくり、アカパンチ、アオゾリパンチ、キパンチ、全員揃ってパンチレンジャーなんて叫び、強きとは学生服のボタンを交換し合い、弱きを見つけてはゴッドファーザーのテーマを耳元で囁きながらカツアゲするような状況で、自分の明日なんてとても信じられないデンジャラスな毎日を過ごしていたのだ。
だからある程度偏差値も暮らしも一緒の高校は退屈以外の何ものでもなかった。ナミちゃんに会いたいけれど、学校をサボって地元の仲間と麻雀を打っている方が楽しい。毎日毎日僕の部屋にそんな仲間が集まってジャラジャラ朝まで徹マンで、出席日数が怪しくなると学校に顔をだし、それでも前夜の徹マンで寝不足だから、一時間目から帰りのホームルームまで爆睡していた。
そんなある日。久しぶりに学校に顔を出すと僕の机は荷物置き場になっていた。周りのクラスメイトがあわてて鞄やら上着やらどかしてくれたので席につく。教科書を買う金を4月の始めに使い込んでしまっていたので、僕は教科書を持っていなかった。だから授業はちんぷんかんぷんで、気づいたらまぶたが下がってくる。
休み時間になっても起きる気もなく寝ていたら、隣の席のミノタニさんが、僕の肩を叩く。
「杉江くん、私の友達が、杉江くんに聞きたいことがあるんだって」
そういって、教室の後ろの入口を指さしたのだが、その指先にはなんとナミちゃんが立っているではないか!
僕の前に座っていた親友シモザワは振り返りながら僕に右ジャブを繰り出してきたが、僕はそれを余裕でかわし席を立つ。するとシモザワが、「杉江、顔」と叫ぶ。顔? あわてて手の平で顔触ってみたら妙にゴツゴツしているではないか。鏡を取り出すと、あろうことかシワだらけ。くそー腕に顔を乗せて寝ていたからシャツのシワがそのまま顔にうつってしまっていた。
仕方ない。右顔面を手で隠し、ナミちゃんのところに向かっていく。僕のこれまでの経験ではこのあとピンク色とか水色のカワイイ手紙を渡されてそこに「好きです」なんて書かれている確率が50%。残りの50%はこのまま体育館の裏に連れて行かれ、愛の告白のフリをして呼び出され、パンチレンジャーに囲まれる。ただしこの高校にはパンチレンジャーはいないから、ここは間違いなく手紙を渡されるに100ガバチョ。と鼻息荒く近付き「なに?」なんてわざとそっけなく声をかけた。
するとナミちゃんはモジモジしながら僕を見つめ、
「えっと前から聞きたかったことがあるの」
と話し出す。ナミちゃんの声は想像していたよりハスキーで、でもそのハスキー具合がカワイかった。
ちなみに、このパターンは「杉江くん、彼女いる?」だな。もちろん僕は隣りに彼女がいたって「いない」って答えるだろう。これはもらった、1000ガバチョ。
「あのね。杉江君の髪の毛いつもサラサラでしょ。それでどんなシャンプー使っているのかなと思って。あと肌もつるつるだからどんな石鹸使っているか教えて欲しいのよ。私、最近、ニキビとかできちゃって困っていて」
その頃、流行りだしたまさに「あいーん」状態。髪の毛? 肌? 彼女のことは聞かないの? いやもしかしたらこれをキッカケに会話が弾みなんてことかもしれない。
気を取り直し、僕は、母親が買ってくる一番安いシャンプーとお歳暮で貰う石鹸だよと答えるとナミちゃんは「あっそうなんだ…」と残念そうに呟き、消えていった。それが僕が高校3年間でナミちゃんと交わした唯一の会話だった。
★ ★ ★
あれからちょうど20年が過ぎてまた髪の毛と肌を誉められるとは。
しかしそれでいいのか35歳。あいーん。