親友シモザワと出会ったのは高校の入学式で、その日の出来事は2003年1月10日の日記に書いたので、ここでは繰り返さない。
お互い、下手くそなサッカー部員であったこと、尾崎豊の「ハイスクール・ロックンロール」を歌いながら登校してくるところなど、共通点がたくさんあり、気づけば毎日のように学校を抜けだし、駅前の喫茶店でサボるようになっていた。
ほとんど学校にいない高校生活が終わり、僕たちは大学受験に失敗した。ほかにやることもなかったので、浪人生活に突入したが、なぜか予備校は別々だった。それでも毎日のように、お互いが乗り換える秋葉原駅の改札で待ち合わせ、ふたりで東武伊勢崎線に乗って帰宅していた。その頃つき合っていた彼女はいつも僕にこう言っていた。
「シモザワくんくらい、私のこと愛してよ」
それはどだい無理な話だった。なぜならシモザワといるときは言葉がいらなかったからだ。
★ ★ ★
そんなある日、いつもどおり二人で帰宅しているとき、僕はぽつりと国語の成績が上がらないことを嘆いた。このことも以前書いたが、シモザワは笑いながらこう答えた。
「そんなの当たり前だよ、お前、本読まないじゃん。」
そういえば国語の得意なシモザワは、秋葉原駅での待ちあわせの際、なんだかいつも小さな本を読んでいたっけ。
「だって面白くねーじゃん。ダザイオサムとかナツメソウセキとか。みんなウジウジしてるだけだぜ」
それまで読書感想文用に読んだ、クソみたいな退屈な本の作家名を僕があげると、シモザワは「そういうんじゃないのを読めばいんだよ、これとか」といって自分のカバンから本を取り出した。
「『69』村上龍(集英社文庫)。無茶苦茶面白いって! それにこの人の『愛と幻想のファシズム』(講談社文庫)もね。杉江は絶対好きだよ」
地元の駅に着き、ひとりで本屋に向かった。それまでマンガ売り場しか行ったことがなかったから、その本屋さんにこんなに本があったのかと驚いた。「む」の棚を探し、シモザワが言った本を買った。『愛と幻想のファシズム』は上下本で、僕はそんな長い物語を今まで読んだことがなかったので、ちょっと躊躇したけれど、シモザワが薦めるのだから間違いないだろう。
家に帰り、当然ながらまったく勉強をする気になれず、ならばと本を読み出した。夕飯を食う以外一切部屋を出ず、僕は、3冊の本を読み終えていた。
本って面白いじゃん。そしてもしかしたらジンセイってやつも面白いんじゃん?
その朝、僕は両親に予備校を辞めることを伝えた。大学に行ってもしたいことがないことに気づいたからだ。
W大学の付属校に行きながら祖父の会社の倒産で大学進学を諦めた父親は、怒鳴ったり泣いたりしながら説得してきたが、僕は聞き入れなかった。母親は、プータロウは一切認めないと言い切り、1ヵ月自宅に居た場合に必要な金額を計算し、請求書を渡してきた。兄貴は笑いながら金の良いバイトを紹介してくれた。それは氷点下の工場で働く精肉加工業のバイトだったのだが、僕は翌日からそこで働きだした。とにかく本を買う金とどこかに行く金が欲しかったからだ。
その日の午後、僕は秋葉原駅でシモザワを待っていた。約束をしていなかったから、シモザワは僕を見つけてとても驚いたけれど、僕が予備校を辞めることを伝えても驚きはしなかった。
「お前には学校、似合わないもんな」
「そうなんだよな。学校大嫌いなのに、なんでまた行かなきゃいけないんだって気づいたよ。本に書いてあったじゃん、楽しく生きていない奴は罪だって」
「そうそう」
「オレ、楽しく生きたいんだよね」
「じゃあ、何が楽しいか探さないとな」
僕はその後、精肉加工業で稼いだ金で本とカヌーを買い、楽しそうな道を探して歩き出した。シモザワは1年後、大学に合格した。それ以降も僕たちは付き合い続け、本を読み続けた。そして「僕らの物語」を見つけると、お互いに薦めあった。
楽しく生きるために。
★ ★ ★
明日、シモザワと海に行く。
お互い二人の子供を連れて。
その荷物のなかに、僕は『映画篇』金城一紀著(集英社)を詰めた。