子どもの頃、毎夏、父親に海へ連れて行ってもらっていたのだが、そのとき私が一番興味を持ったのが磯場であった。そこにいる生き物たちに魅せられて、水中眼鏡とシュノーケルを買ってもらい、一日中観察していた。そのとき気になった生き物のひとつがフジツボなのだが、なんとそのフジツボの本が出たではないか。
『フジツボ--魅惑の足まねき』倉谷うらら(岩波科学ライブラリー)。
しかも学術書ではなく、立派にエンタメノンフしており、フジツボが貝の仲間でなく蟹やエビと同じ甲殻類であるところから、その生態(なんと身体に比べてポコチンの長さが最高だとか!)までわかりやすく説明されており、はたまたペラペラマンガにフジツボペーパークラフトまでついている、ぶっ飛んだこだわり本なのである。
先日紹介した『チリモン博物誌』きしわだ自然友の会(幻戯書房)とともに2009年度四畳半コダワリ本大賞を授けたいところなのだが、この本はただいま私が最大注目している<岩波科学ライブラリー>から出ているのである。
なにせこのシリーズは『クマムシ?!--小さな怪物』や『ハダカデバネズミ』など奇妙な生き物本を立て続けに出版しており、私はもう首ったけなのであるが、『フジツボ--魅惑の足まねき』のあとがきを読んだら想像通り担当編集者が一緒で、塩田春香さんという人らしい。こういう編集者がいるから私や書評家の東えりかさんは楽しい読書生活が送れるのだ。いつか表彰状を持って訪問したい。
会社に戻ると「本の雑誌」8月号を校了し、編集部はあっという間に帰っていった。
夜7時、会社にひとり残り、デスクワーク。
通勤読書は『貧困旅行記』つげ義春(新潮文庫)。
この本も20代の頃に読んだ記憶があるのだが、そのときはピンと来ず実家の本棚に置きっぱなしになっていた。しかし宮田珠己さんも高野秀行さんもことあるごとに書名をあげるので持って来て再読。
するとなんとしたことか鄙びた温泉宿をまわるつげ義春のしょぼくれた感じというのが、ぐぐっと胸に迫って来るではないか。しかもこういう浮遊するような旅、というか人生を送りたいと強烈に思わされたのであった。
それにしても先日の金子光晴『どくろ杯』といい、こうも読む年代によって印象が違うのでは、いったい本を読むということはどういうことなんだろうか。改めて実家に置いてある本をすべて読み直した方がいいのではなかろうかと考えているのだが、これではいつまで経っても本を処分できない。
★ ★ ★
『SF本の雑誌』の見本を持って取次店をまわる。
残念ながら取次店の仕入れ窓口にはSF者がいなかったようであっさり終了してしまったが、amazonの予約は本の雑誌社史上最高数を更新しており、ああ、早く店頭に並んで欲しい。
夜は、浦和のK書店Sさんと出版社A社のHさんと酒。
次から次に出てくる私の知らない著者やキーワード。あわててそれらをメモするが、いやはやアンテナの広い書店員さんと酒を飲むと刺激になる。
あまりの大雨に内勤デイ。
ピンクのポロシャツ姿で出勤すると浜本が「ほら、ポロシャツをまだ着てるやついるじゃん」と指差す。なんだか前日「今どきポロシャツを着ている人なんていますかね」と松村が言っていたらしい。浜本は「おじさんは着るんだよ」と説明していたが、もう2度と着るものか。
丸善お茶の水店のフェアー用POPを制作していると、『SF本の雑誌』の見本が届く。おお、やっとできたか。
この本の企画を立てていたとき、浜本から「お前のようなSFに詳しくない奴が作れるのか! 本っていうのは好きな奴が作らないとダメなんだよ!」と大声で怒鳴られたことを思い出す。確かにそれはよく言われることであるけれど、正しいわけではない。内容に詳しいことも大切だが、本を作るのは別の能力がいるのだ。私だって『おすすめ文庫王国』をここ何年もひとりで作っており、企画の立て方は経験があるのだ。そしてわからないことは詳しい人に聞けばいいのである。
というわけで企画の切り口を考えた後、SF者を旦那に持つ松村に相談。いや松村の旦那さんに相談し、いろいろ案を伺い、現在のこのかたちができたのである。
「本の雑誌」再録が半分くらいあるのだが、なんとそこには創刊号で椎名さんが書いた「テーマ集中ブックガイド 泣き叫ぶ地球」もあったり、それこそ『アド・バード』の原型である同人誌「星盗人」に掲載された「アドバタイジング・バード」も収録している。椎名さんだけじゃない。SFを愛する人たちの原稿が、あふれんばかりに載っているのだ。
じっと見つめているとその椎名さんがやってきて、「おお! できたのか。待っていたんだよー」と誰よりも先に持って行った。たぶん『本の雑誌』創刊のときも、あんな顔で『本の雑誌』を手にしたのだろう。『SF本の雑誌』の搬入は、7月1日。
はらだみずきさんと昼食。
7月末に発売となる『サッカーボーイズ14歳 蝉時雨のグラウンド』をゲラで読ませていただいたので、その感想を伝える。こんどはゴールキーパーの物語で、またもや感動してしまった。(『サッカーボーイズ 13歳 雨上がりのグラウンド』は角川文庫に!)
その後東西線を営業するが、久しぶりに訪れた山下書店行徳店が、いちだんと良いお店になっていてこちらでも感動する。店長のFさんとお話すると「3年目にしてやっとここまで来ましたよ。以前は大きなお店が良いと思ってましたが、今はこの小さなお店が楽しいです」と大変生き生きした様子であった。具体的に小さなお店の管理法が伺うが、やはり手を動かすというのが大事なようだ。ああ、うれしいなあ、こういうお店に出会えると。
夕方、新宿に舞い戻り、池林房へ。『今夜もイエーイ』の著者インタビューに同席。インタビュアーはなんと亀和田武さんで、いろんな話で盛り上がる。ジュンク堂のイベントも相当面白くなるだろう。2時間ほどで私は帰ったが、大竹聡さんは夜の街へ消えて行った。ちゃんと帰れるのだろうか。
昨日は元助っ人アルバイトY君の結婚式に列席。
毎年4、5人の大学生を送りだしているので、すでに60人以上の大学生と関わって来ているのだが、こうやって結婚式に呼ばれたのは初めてのことだった。
アルバイトに来るときにはいつも紫と青の中間の不思議な色の汚らしい山パンツでやって来ていたY君が着飾った姿で結婚式場に現れ、なんと真っ白なドレスの奥さんは、スチュワーデスというから一緒に参列していた助っ人仲間・イケッキーと原坊とひっくり返る。よくよく考えてみるとY君は、本の雑誌卒業後、大手出版社に就職していったので、これはエリート二人の結婚式なのではないか。
私たち本の雑誌チーム3人は思い切り場違いなところにいるのではないかとパニックに陥り、会場から逃げ出そうとしたが、Y君のお父さんがすすっと寄って来て「ナオフミ(Y君の名前)がここまで来れたのも杉江さんのおかげなんですよ、ほんとうにありがとうございました」と頭を下げられたので逃げ出すところではなくなってしまった。
確かに私は過去の助っ人学生の中でY君とは一番密接に付き合ったと思うが、それはただただ気が合うからで、ほとんど友達としてビリヤードやボーリング、あるいは酒を飲みに行っていたのである。だから私が何か教えたなんてことは一切ないのであるが、Y君からは披露宴でのスピーチも頼まれていたりして、なんだかもう自分が自分の想像以上に誰かの役に立っていたという不思議な感じなのである。
とにかくスピーチを成功させなきゃいけないのであるが、前日まで練ってプリントアウトして来たその内容にイマイチ心がこもっていない気がして、あわてて書き直す。その姿を見てイケッキーと原坊は大笑いしているのであるが、こういう感じが懐かしい。こいつらがバイトに来ていた十年前は楽しいことばっかりだった。
そんなことを考えながら、机の上にあったネームプレイトを何気なくひっくり返すと、そこにはY君直筆の文字で「今の僕があるのは杉江さんのおかげです。これからもご指導よろしくお願いします」と書かれていた。
なんだよ、なんだよ、なんだよ。俺は何もしてないよ。ただお前が友達だからいつも真剣に付き合って来たんだよ。奥さんが手紙を読む前に泣いちゃうなんておかしいじゃねーかよ。まだ誰も泣いている奴なんていないんだよ。
そう思ったときにはもうダメで、私の目にはいっぱいの涙がたまっていた。
おめでとうY君、また遊ぼう。
通勤読書は、埼京線のなかで鼻水垂らして号泣した『浦和レッズ LEGEND 1 赤き勇者たちの物語』の続編、『浦和レッズ LEGEND 2 赤き激闘の記憶』河野正(河出書房新社)であるが、やっぱりダメだ。また涙がこらえきれずあふれてしまう。
2作目の今回は、選手ではなく、記憶に残る試合を1年1試合で書かれているのだが、ほとんどの試合を生で見ている私としては、いろんなものが走馬灯のように蘇り、まさに卒業式の「おもいでのアルバム」である。
特に涙が止まらないのは、やはりJ2降格の1999年11月27日のサンフレッチェ戦で、当時私は兄貴と二人で駒場スタジアムの西側スタンドで見ていたのであるが、90分で決着がつかず延長が決まると、誰かがラジオで確認したのか「ダメだってよ」と呟いたのが聞こえ、スタジアムはざわざわした後、沈黙となった。2万人がいての沈黙である。
しかし試合は続き世界一悲しいゴールを福田が決め、最終戦なので選手がスタンドを一周するのだが、肩を落とす選手に向かって我々は「WE ARE REDS」コールをし、そしてこの本に書かれているとおり「来年絶対昇格しようぜ!」と叫んでいた。
確かその夜、村上龍がニュースステーションかなにかに出て「降格して声援を送るなんてヨーロッパでは考えられない」みたいな発言をし、私は愛するチームのない人は可哀想だなと思った。本当に愛していればJ1だろうが、J2だろうが、それこそ地域リーグだって変わらないのだ。しかもヨーロッパだって声援を送っているのである。
その翌年にギリギリで昇格し、駒場は爆発しそうな騒ぎになったのだが、当時は確かトラックの運転手のKさんと一緒に見ていた。Kさんは誰よりも喧嘩っ早く、本当かウソかわからないけれどスタジアム入場停止になったこともあると話していた。
そんな強面のKさんもファイナル5(残り5試合)になると、首から下げた大きな十字架を握り、何度も何度も祈っていた。その祈りが通じたのか土橋のミドルシュートが枠を捉え、J1昇格を果たしたのである。
その翌年には私は出版関係の人たちと試合を見るようになり、Kさんとはすっかり会わなくなったのであるが、2003年ナビスコカップを制し優勝したとき、浦和の街で大騒ぎしていたらバッタリ顔を会わせた。
その時、Kさんの隣には金髪の男たちがずらりと並んでいたのだが、Kさんは彼らに向かって「お前らが今喜んでいられるのは、俺たちみたいに弱い頃からずーっと応援していた奴らがいるからなんだ」と私の肩を力強く握って、レッズコールをはじめた。
様々な試合は試合以上にいろいろな思い出を引きづり出す。
この本は私にとって、いや多くの浦和レッズサポーターにとって、卒業アルバムだ。
★ ★ ★
新宿から川崎へ行こうと思い飛び乗った新宿湘南ライナーは、横須賀線だったらしく着いたのは「新川崎」。歩けるかな? と一瞬考えたのであるが、思いとどまる。電車が進み窓から見ると川崎の町は遥か彼方であった。良かった良かった。
せっかく横浜まで来たので、横浜を一回りして、当初の目的地川崎へ。川崎の丸善さんには、付き合いの深いSさんが転職されて来ているのでついつい長話。独特なフェアや凝った展開などすでにSさんらしさが出始めていてうれしい。
駅ビルBEがついに全館新装オープンとなり、有隣堂さんにも随分と人が入っていた。このお店は現在私の愛する書店ベストテンに必ず入るお店で、あるべき本がきちんとある本屋さんであり、フェアもオリジナルで、もし近所に住んでいたら毎日寄るだろう。
しかし思い返してみると、私が営業を始めた頃は、川崎にはリブロがあり、文学堂もあった。そして丸善もあおい書店もなかったのである。どこもそうだが、十数年で街も書店も様変わりしているのだ。
丸善丸の内本店を訪問すると入り口にものすごい人だかりが出来ていた。
「すいません、最前列の方、もう2、3歩下がってください! それで座っていただけませんか。」
浦和レッズのアウェー入場時くらい殺気だっているのである。何かと思ったらYOSHIKIであったが、サイン会でも握手会でもなく、ただ出てくるだけという不思議なイベントだった。
その後、丸ノ内線で新宿へ戻ると、新宿三丁目の駅で不思議な色遣いのジャケットを着た目黒考二さんと遭遇。その顔は、確かに椎名さんがビックリするほど小さくなっていたのであるが、それは痩せたというより、しわくちゃになったというのに近かった。まるでしぼんだ風船のようで、急に老け込んでしまったような印象である。
そのことを会社に戻って話すと「へー、新宿には来てるのに、本の雑誌社には顔を出さないんだ」と浜田が拗ねる。
その浜田は、社員一丸となってV字回復を目指しているなか、自分も何かしなくちゃと考え、いきなり風水を勉強しだした。神頼みらしい。そしてついに風水に基づく本の雑誌社模様替え大作戦が始まったのであるが、あら大変。シオンと朝倉の肉体系助っ人二人を従え、ああでもないこうでもないと棚や机を運び出し、私が本日夕方会社に戻った時点で、頭から煙りを出していたのである。
しかもあろうことか「杉江さん、あとはよろしく」と言い残し、唯一何も動かさず平然としている自分の席へ戻ったのであった。風水はどうするんだ?
というわけで夜までずっと模様替え。
目指すは「カフェ本の雑誌」なのだが、果たしてどうなることやら。
日頃ビジネス書はまったく読まないのであるが、仲の良い営業マンHさんが「杉江さんは絶対読んだ方がいい」と教えてくれた『明日の広告』佐藤尚之(アスキー新書)を読む。
ネットが普及するまでは、かつての広告が消費者に影響を及ぼし、まさに広告として機能していたが、今はそれが通用しなくなっており、そこで大切なのは消費者本位主義の展開である、という話なのであるが、そういえばこの本は『尾道坂道書店事件簿』児玉憲宗著でも絶賛されていたのであった。児玉さんはこのなかで書かれている「広告」を「書店」に置き換えて読んだそうだが、私は「広告」を「本」に、「消費者」を「書店員」に置き換えて読んだ。
広告同様、今、出版営業(文芸)の手法は大きく変わろうとしている。かつてはチラシ1枚を持って書店を回っていればそれなりに注文が取れたのであるが、出版点数が増えた今、それでは説得力がないため、出版社は自社の新刊をお客さんの目にとまる以前に、書店員さんの目にとまるよう工夫しだしたのである。
1)チラシ営業
2)ゲラを渡す
3)ゲラを渡した上、感想をもらってそれを帯や広告に活用する
4)出版時に作家を読んで懇親会を開く
5)編集段階から書店員さんに参加していただき、タイトルや帯、装丁、内容などに意見をもらう
5)のような方法を私は「出版営業2.0」と呼んでいるが、これで大成功したのが、今年の本屋大賞受賞作『告白』湊かなえ(双葉社)である。『告白』は出版前に幾人かの取次・書店員さんが双葉社に集まり、プロジェクトチームのようにタイトルや装丁、広告展開など話し合われていたそうだ。制作段階からここまで書店員さんが絡んだのは、おそらく初めてであろうし、それによって双葉社内も各部署が一致団結してこの本を制作・販促していったようだ。
今やミクシィ等のSNSのなかで、書店員さんによって日々ゲラの感想が書き込まれる。書店員さん同士の横のつながりも密接なため、それを見た別の書店員さんがまたゲラを手に入れ、そうやって出版前にかなりの新刊の情報が書店員さんに共有化されており、もはや営業の戦いは、書店に並ぶ前に始まっているのである。いや下手したら終わっているかもしれない。
しかし本の難しいところは電化製品や車と違って、感想が多種多様であるということだ。私がクソ本だと思う本を、他の人が絶賛していることが多々あるし、その逆もあろう。その辺の趣味性を最大公約数にしていっていいのか私にはよくわらからない。けれど今や独りよがりで本を作っていたのでは、店頭にすら並ばないことがある。
★ ★ ★
夜、大竹聡さんが予約注文分にサインをしにくる。
サインしつつ、「杉江さん朝5時に起きて走ってるんですか?」と聞いてきたので、ついに大竹さんも酒と決別し、清い身体を手に入れようとしだしたのかと自分のランニング体験を事細かに説明する。
するとなんと大竹さんもこの日の朝5時に起きて、いきなりランニングはつらいと考え、近所を散歩したそうだ。
「いやー慣れないことしちゃいけないですね。多摩川の土手を登ったら思いっきり吐いちゃいましたよ、朝ゲロ。すっきりしたなあ。いいすっねーやっぱり運動は」
ピッピー!
「じゃあ、おしまいねー。集まってクールダウンしよう。」
真っ黒に日焼けしたコーチが声を上げると、一斉にグラウンドに飛び出す男たちがいた。そのなかに私もいたのだが、ゴールやコーン、マーカを片すために走っているのではない。娘たちのサッカーが終わるのをずっと待っていたのだ。なぜなら自分たちのサッカーがやっとできるからである。
娘がサッカーをやりたいと言い出したとき、私が一番心配だったのは、それを見に来る親たちであった。私が小学生のときの地元チームには常に幾人かの親たちがやってきて「走れ」だの「打て」だの叫んでいたのだ。アホか! そんなことはやっているこっちだってわかっているのだ。わかっているけれど出来ない事情があったり、あるいはそんな抽象的な指示なんて役に立たないのだ。集中って言われて集中できるやつがいるか? それなのに指示ラーとなった親たちは、試合後にコーチを差し置いて寸評などぬかしやがって、最後は決まって気合いが足りないとか言い出すのであった。
私はそういう駒場スタジアムのバックスタンドに生息しているような人間が苦手で、なるべくなら近寄りたくないし、娘も近づけたくない。だからチームの見学に行った際に一番観察したのは親たちの姿であった。ところがそこにいたのは、なぜかスパイク姿のオヤジたちで、いの一番に忠告されたのは「ダメですよ、ここに来るときはサッカーができる格好で来ないと」であり、そういうとコートの片隅でミニゲームを始めたのであった。
いまや私はすっかり娘のチームの虜である。いや娘のサッカーなんてどうでもよくて、コートが空いた瞬間にやるオヤジたちのサッカーに夢中なのである。サッカーどころ浦和のオヤジたちは本当にサッカーがうまい。高校は○○、Jリーガーの××と一緒にやっていた、なんていうのがゴロゴロいる。そういうなかでへたくそな私がボールを蹴ったり止めたりしているのだが、みんなサッカーが好きだから下手でも文句を言わない。ただボールを蹴れれば良いのである。
大騒ぎしながら4対4のミニゲームをやっていたら、後ろから思い切り突き飛ばされた。
そこにいたのは練習着姿の娘だった。
「あんたらいい加減にしなさいよ、子どもが帰れないじゃないか」
駐車場には子どもたちが集まって、我々の姿をあきれたように見つめていた。
勝てば決勝トーナメント進出が決まるナビスコカップ予選最終節。対する相手はさいたまダービーの大宮アルディージャなのであるが、敵はすでに予選落ちが決定しており、どれほどのモチベーションでやってくるのか未知数であった。
しかしこの日の浦和はたとえ100%の状況の大宮アルディージャがぶつかって来たとしても結果は変わらなかったであろう。それほどまでにチームが機能し、選手が輝いていたのだ。復帰した山田直輝や原口が得点を上げ、前節に続き高原が復活のゴールを決める。その高原と絶妙なコンビネーションを取り出したエジミウソンもゴールを決め、終わってみれば6対2の大勝! となりでニックは2点取られたことに「なにやってんだよ!」と不満の声をあげていたが、なーに攻撃的なサッカーというのはそういうものだろう。
その点差以上にこの2試合で浦和レッズは計り知れない戦力を手にしたのだ。まずは日本代表に行っている闘莉王以上にクレバーなラインコントロールをして、世界基準の高さで守る山田暢久。浦和の弱点であった両サイドバックも西澤代志也と永田拓也が元気よく走り回り、交代出場した高橋峻希は往年の福永泰のような腰の低いランニングでボールをチェイスする。忘れちゃいけないGK山岸は最高の反応でボールをはじき出す。
はっきりいって過去17年間で今ほど浦和レッズのサッカーが面白い時期はない。今、埼玉スタジアムに青々とした芝の上には"希望"がある。
宮田珠己さんから石拾いに行きませんかと誘われたような気がしたが、実は誘われてなかったことに気付いた西武秩父駅。某出版社の編集者を前にして宮田さんから「勝手に来た本の雑誌社の杉江さんです」と紹介されたのであった。何をやっているんだ私は。わざわざ休みをとって、車まで出して、勝手についてきた石拾い。しかもその石だって、珍しい石とか金になる石とかそういうんでなく、単に自分好みの石を河原で拾うだけなのだ。
しかし河原について日を浴びつつ石を拾っていたら何もかも忘れて没頭してしまった。そうなのだ、四万十川でも長良川でも気田川でもカヌーを漕いで辿りついた河原で、こうやって石を拾っていたのだ。ときたま見つける説明できないこれだ感たっぷりの石を見つけたときの喜びは大きいのだ。
それなのに私イチオシの石を宮田さんは「しょぼいっすねー」と言って、川に捨てようとするのであった。天罰がくだるよう荒々しい岩肌が目立つ武甲山に祈る。
通勤読書は、山本幸久の新刊『シングルベル』(朝日新聞出版)。
30代未婚の婚活を描くなんてベタなと思い読み出したが、なんとそれを親の目線から書き出すのである。しかもその親が集まる「未来セミナー」なんてところから始まり、その後もこちらの予想をずらして行く展開に一気読み。いつもの作品以上にコミカルで思わず吹き出してしまう箇所が多数あり、最後はジーンときて、まるで三谷幸喜のドラマのようであった。
不思議なのはこれだけ面白い山本幸久が、なぜヒットしないのかということ。未読の方は、ぜひ私が一番の傑作だと思う『凸凹デイズ』(文春文庫)が文庫になっているので試してみてください。上手すぎるのかなあ......。
今月の新刊、大竹聡『今夜もイエーイ』の見本が出来上がったので取次店廻り。自分で作った本を持って行くのはやはり力も入るし、感慨深い。ただ勝負はこれからなので、一息ついている場合ではない。これを売って、次作『明日もワーオ』が作れるようにならないと。
地方小出版流通センターのKさんから「SFの別冊が作れるなら、早く『本屋さん読本』の新しいものを作ってよ」と言われる。次なる課題が私の前に現れた。
「本の雑誌」7月号の搬入日。
今月は本の雑誌らしいといえば、本の雑誌らしい読み方の研究。4月号から定価も上がったけれど、ページを増やし早4号。お財布の負担は増えたと思いますがよろしくお願いします。
通勤読書は『チリモン博物誌』きしわだ自然友の会(幻戯書房)。
子どもの頃、ちりめんじゃこを食べる時に、そのパックの中に入っているちりめんじゃこ以外のものを兄貴とともに集めていたことがあったのだが、それらの異物をチリメンモンスターと名付け、収集・研究したのがこの本である。メガロパとかワレカラとかゾエアとか、いはやは大変心をくすぐられるチリモンがいっぱいいて、特に遭遇率=☆ひとつのタツノオトシゴを見つけたら、それはうれしいだろうな。
『今夜もイエーイ』大竹聡の見本が出来上がってくる。スリスリ。
先週の金曜日にあった、第2回おちゃまる大賞の発表で、丸善お茶の水店のKさんから「じゃあ発表は前回の勝者杉江さんが読んで」と封筒を渡されたのである。私の人生でこんな大役はそうそうないわけで、ドラムロールを口真似して、懐から封筒を取り出し、発表しようと思ったらなんとそこに私の名前があるではないか。V2である。なんだかよくわからない感情が込み上げてきて涙があふれてしまったが、恥ずかしいので慌てておしぼりで顔を拭ったのであった。
この販売コンペの優勝者にはもれなくフェア開催権がついてくるのだが、これが結構厳しい条件で、「坪単価がいくらで、○○円くらい売れないとなあ」とKさんは喪黒福造のように笑うのでる。まあしかし、売場の1カ所を好きに使える機会などそうそうないので、杉江書店オープンとばかり、23点の本を選書。自社本は2点のみ。あとはあるテーマの元、私が今大切にしている本で埋めた。オープンは7月1日の予定。
本日もじぐざぐ営業の続き。
書店店頭では『ザ・トレーシー・メソッド』トレーシー・アンダーソン(マガジンハウス)が売れていた。私のような年代の男性はトレーシーといえば、ローズなのだが、これは我々に用があるビデオでなく、エクササイズのDVDである。ビリーズブートキャンプの次はこれなんだろうか。『世界一の美女になるダイエット』だったり、女性は大変だ。
通勤読書は『ねむれ巴里』金子光晴(中公文庫)。絶望の巴里で、じわじわと生きて行く金子光晴。
最近本がいまいち読めないのは、iPodに入っている「Klondike」というゲームをついやってしまうからだ。これはトランプを並べ変えるゲームなのだが、運なのかテクニックなのかわからずイライラしてくるのであるが、ついやってしまう。電車のなかで周囲を見渡すと携帯でテレビを見ている人、携帯ゲーム機PSPをやっている人などたくさんいて、こうやって本がじわじわ読まれなくなっているのだろうか。
年に一度の健康診断。
最近「痩せませたね」と言われることが多いのだが、体重はほとんど変わっていなかった。半年以上ランニングを続けているので、体型が変わったということだろうか。
診察を待っている間に、桐野夏生『IN』(集英社)を読了。事実だと噂される作家と編集者のW不倫の物語で、それに対する質問への回答もすべてこの小説のなかに巧妙に組み込まれているあたりはさすがである。
ただし文壇関係者や文芸編集者は「噂の真相」的に楽しめるだろうが、表4帯に「たかが恋愛、と笑う人々は何も知らないのだ」と煽られている人種である私には、どうでもいいことであった。もっと歳を重ねてから書くか、あるいは開き直って私小説として書いたらもっと面白いものになったのでは。
明日は相棒とおると潮干狩りに行くので、そのチケットを買う。
とおるは年々本格的な漁師姿になり、それが家族連れで賑わう船橋三番瀬では注目の的である。
『1Q84』がなぜここまで「いきなり」売れたのか?
そのことをいろんな書店さんで話した結論をここに書いておこうと思う。
1、主にテレビメディアの露出の多さ。特にNHKが朝からずーっと「本日発売です」と報道していた。
2、では、なぜそれほどまでにテレビは取り上げたのか? まずイスラエルの文学賞「エルサレム賞」受賞式の"画"があったからだ。テレビは"画"がないと報道できない。それと時を経て報道する側に村上春樹に育てられた人たち(ファン)が、それなりの実権を握るポストについている。
3、エルサレム賞受賞やノーベル文学賞候補として騒がれ、村上春樹のブランド力の強化。
4、品薄感や情報の抑制はそれほど関係なさそう。
5、ここ数ヶ月売れる"小説"がなかった。
意外と「5」が大きいのではないか、との意見が多数であった。
私も実はそう感じており、なぜなら本日『1Q84』を買いに来たおばちゃんが、ないことを知らされるとじゃあこれで良いわと『告白』湊かなえ(双葉社)を買っていったのだ。
そのときの私の衝撃は非常に大きかった。なぜなら常日頃「本(文芸書)は、おにぎりじゃない。おかかが売り切れだから鮭で済ますか、とはならないからだ」と考えていたからだ。それがある種の、ベストセラーを作るお客さんにとっては、おにぎりと一緒で替えが効く商品であったのだ。
そういえば浦和のK書店Sさんは、「『1Q84』の品切れで一番得したのは、『運命の人』山崎豊子(文芸春秋)だと思う。『1Q84』を買いにお店へ来た人がないとわかって、じゃあと平台を見た時、その隣にはたいてい『運命の人』があって、こちらも同じように読み応えがありそうだからと買っている気がする」と話していた。
また「予想以上に差がついた」と言われる2巻の今後の売行きも気になるところだが、まだしばらく店頭は『1Q84』で盛り上がり、自店に何部入荷するで大騒ぎになるだろう。
しかしどんなに騒いでも我が社の売上にはちっとも関係ないのであった。
営業の大先輩C社のAさんから「行った方がいいよ」とアドバイス頂いた書店さんを訪問すると、なんと名刺を差し出すと「会いたかったんですよ!」と大喜びされてしまったではないか。
こんなことはそうそうあるものではなく非常にうれしいのだけれど、慣れていないことなので、どう対処して良いのかわからない。しかし相手をよく見てみるとどこかで見覚えのある顔で、話を伺っているうちに思い出す。私が書店でアルバイトしていた頃、別の階で働いていた社員さんではないか。向こうは社員で、私はアルバイトだったから、私が一方的に知っているだけだったが、そうなると今度は当時のその書店さんの話で盛り上がる。
良かった良かったと次なる訪問先へ向かい、こちらも担当者が変わっていたのだと名刺を差し出すと、今度はいきなり両手で握手してくるではないか。そうそう書き忘れていたが、どちらの書店員さんも女性なのである。男は人生に3度モテる時期がある、と言われるが、私はそれを幼稚園、小学校、中学校で無駄に使ってしまったと激しく後悔していたのであるが、もしかして私はチャンスタイムで4回目が訪れたのではないか。
しかし人生にそんな上手い話があるわけがなく、もしかすると棚の背後から本屋大賞実行委員会の面々がプラカード片手に顔を出し、「どっきりでーす」と言うのではないか。あるいはここは書店のフリをしたキャバクラなのではないか。棚からフルーツの盛り合わせやシャンパンが出てくるのではないかとヒヤヒヤする。
もう何も信じられないのであったが、どうやら現実のようで、その後しばし真っ赤な顔で本の話などして帰ったのであるが、なんと帰り際には「ゆびきりげんまん」までして、また来ることを約束したのであった。生きていると良いことあるなあ。
我が営業人生で一番幸せな日と思ったが、次なる訪問地では、3軒とも書店員さんが不在だったり、レジだったりでお会いすることができず、やっぱり良いことは長く続かないのであった。
本日は久しぶりの平日開催のため、直帰して、駒場スタジアムへ向かったのであった。
「炎のサッカー日誌」
日本サッカー協会がJリーグの開催時期を秋春制に変更しようとしているが、私は猛烈反対なのである。雪国でなくても開始数時間前から並んでいるサッカーバカどもにとって、天皇杯ですらあれほどキツいのに、1月や2月にアスファルトの上に並ばされたらサッカー観戦どころではないのである。いくら酒を飲んでも寒いものは寒いのだ。
それともしJリーグが水曜開催を廃止しようとするのであるなら、私はそれにも猛烈に反対するであろう。なぜならこの平日の開催、それも浦和レッズの場合、駒場スタジアムの開催には、すでに"文化"が宿っており、それは埼玉スタジアムと比較すると中央競馬と地方競馬の違いのように感じるのだ。何かを捨てた者だけが集まる平日開催には、不思議な熱狂が宿る。
久しぶりの駒場スタジアムはやはい良い。天井に反響する声や手拍子の音、選手に届きそうな距離感、若干暗めの照明。見知った顔、顔、顔。ノスタルジーと言われてしまえばそれまでだが、ノスタルジーが生まれるほどすでにJリーグは時を刻んでいるのである。
サッカーは、特に前半の後半の出来が素晴らしく、思わずプレミアリーグを見ているのではないかと錯覚するほどの、コンパクトさと運動量でジュビロ磐田を圧倒したのであった。しかも古巣相手に高原が今季初ゴール、代表に呼ばれた都筑の代役、GK山岸が神懸かり的なセーブを連発、そしてまたひとり面白い素材として永田拓也が現れ、やはり幸せな水曜日なのであった。
週末を越えたら書店には『1Q84』がなかった。
先週にはあれほど堆く積まれた本はどこへ行ってしまったのだろうか。
魔法かもしれない。もし魔法なら私にもその魔法を教えて欲しい。
我が浦和レッズは今や「おニャン子クラブ」か「モーニング娘。」。
次から次へと新しい選手が抜擢され、そのなかから山田直輝や原口元気はすでにスタメンを奪い取ったのであるが、日本代表で多くのレギュラー選手が不在のなか、本日は会員番号、もとい背番号27番=西澤代志也と33番=高橋峻希がスタメンとなった。
浦和レッズの長年の課題であるのがサイドバックなのであるが、本日いつもは右サイドバックの山田暢久がセンターバックにポジションチェンジをしたため、その空いた右サイドバックを任された西澤は、期待以上の働きで先制点を奪ってしまったではないか。それら若者の中心となってチームを支えていたのが細貝萌で、西澤にアシストしたのも彼であるが、それ以外にも縦横無尽に走り回り、その姿は全盛期の長谷部を彷彿させる。
試合が終わると観戦仲間の顔に笑顔が広がる。それは勝利以外でも満たされた笑顔であった。
中央線を営業。
国立のM書店さんで、もしかして私家版の『武蔵野写生帖』山口瞳著が売っているのではと思ったが、残念ながら見つけられず。丸善での展覧会に行き忘れてしまったことを大いに悔やむ。Yさんとお話。
『1Q84』村上春樹(新潮社)は、じわじわと品切れのお店が出始めていた。こういう大騒ぎに乗せられて『ノルウェーの森』を買ってしまった高校時代を思い出す。
その頃から使い続けてきたサッカーボールがついにパンクしてしまったので、帰宅途中、赤羽のスポーツオーソリティーに寄って、新しいサッカーボールを購入する。
家に帰ってさっそく「ぶれ球スイッチ」をオンにして、ボールを蹴ると、まるでクリスチアーノ・ロナウドのようにボールが揺れてゴールに吸い込まれていった。最近のボールは素晴らしい。
まもなく旅にでる高野秀行さんと笹塚ドトールで打ち合わせ。
その高野さんと別れてから気付いたのであるが、私が「本の雑誌」で担当している作家さんは、みんな名前が「き」で終わるのだ。高野秀行、宮田珠己、はらだみずき。次は村上春樹か。
新横浜と東横線を営業。
綱島のあゆみブックスさんでは、我が今年のエンタメノンフ部門ぶっちぎりの第1位『世界怪魚釣行記』武石憲貴(扶桑社)に手書きPOPが添えられており、同好の士を発見とばかりに声をかけるが、本日不在の店長さんのPOPとのこと。ちなみにこの店長さんは異動になると、まず始めに「酒とつまみ」を並べる酒つま命の方らしく、次回訪問が楽しみ。
だからというわけではないのだが、このあゆみブックスさんのようなお店が、自宅の近所にあったらどれほど幸せだろうか。2階層150坪(喫茶あり)に新刊がきっちり並び、必要なものが棚にささっている。1000坪を越える大型書店が日常的に必要なわけではなく、このあゆみブックスさんや書原さんのように、本好きの心をくすぐる品揃えの本屋さんが好きだ。
その後、自由が丘を訪問すると、同様にしっかり品揃えをしていた青山ブックセンター自由が丘店さんは閉店になっており、反対側にあるブックファーストさんはその影響か混んでいた。こちらも相変わらず面白い品揃えをしているので、担当者さんに声をかけるまでしばし棚を徘徊。こうなるともう少し面積が欲しいとことks。
なんだか今日はやけに眠いと思ったら、ほとんど寝ずにチャンピオンズリーグの決勝戦を見ていたからだった。我がマンチェスター・ユナイテッドはほとんど何もすることができず、世界一素晴らしいサッカーをするFCバルセロナに敗北を期すが、浦和レッズほど魂が入れて見ていないので、落ち込むことはない。
できることなら今季最強のサッカーをしていたリバプールとバルセロナの試合が見たかった。