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7月8日(水)

 出版業界はなぜ部数で公表するんだろうか。1000円の本が100万部売れるのと2000円の本が100万部売れるのでは、売上としては倍ほど違うのに、広告を見てもリリースを見ても「○○万部突破」の文字ばかり。まあ読者にとっては金額なんて関係ないからそうなるのかもしれないが、お金大好きな営業マンとしては金額で発表して欲しい。

 というわけで1、2巻合わせて200万部を突破した『1Q84』村上春樹(新潮社)を計算してみると37億8千万円であった! って一般企業に勤めている人は、えっあれだけ騒いでそれだけなの? と思ったであろう。東京の一等地のマンションが、数億円で売られるのであるからそういう営業マンから見たら、なーんだと思われても仕方ない。

 しかし2008年の書籍の売上が8878億円と言われる出版業界において、37億8千万円は約0.4%である。年間8万点の新刊プラス数十万点の既刊本のなかでたった1冊の本(2冊本だが)が、この数字を達成するのはやはり大変なことである。近々新潮社の周辺でうろつき、見知った営業マンや編集者に昼飯を奢ってもらおう。

 ちなみに著者印税10%で計算すると、約3億7千万円である。こちらには私も「少な!」と衝撃を受けた。世界の村上春樹が(もちろん翻訳されればそちらからも入るんだけど)、7年ぶりに出版した長編なのに、3億7千万円か......。プロ野球でいうと巨人の小笠原道大と同程度で、先日レアルに移籍したC・ロナウドは約17億円だ。やっぱり作家って儲からないんだなあ。

 さて、私は毎日の営業を終えると注文書を事務の浜田に渡すのであるが、その際、一日にいただいた注文を金額に換算するようにしている。もちろん返品がある業界であるから、それがそのまま純売上になるわけではないのだが、自分が一日どれだけの金額を売り上げたのかわかるので、大切なことだと思っている。

 またそれぞれの本に関しても最終的に印刷費やその他の資料が私のところに集まってくるので、あの本でいくら儲けた、あの本でいくら損したというのを常に頭に入れている。もちろんだからといって、それだけが本の価値を決める判断基準ではないのであるが、私は、携帯電話の機能ではメール以上に電卓を使用している回数がずーっと多い。

 夕方、自分のその日の売上を計算すると、いつも心臓の動きが激しくなる。
 なぜなら給料分働いていないのがハッキリするからだ。

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 川崎のM書店Sさんを訪問。直納分『SF本の雑誌』を渡すと、「じゃあ一緒に展開しにいきましょう」と新刊台のゴールデンラインに4面で面陳してくれたではないか。思わずいいんですか? と聞いてしまったが、なんとSさん、私がお店を後にした数時間後には、わざわざ販促パネルを作ってくれて、それを写メして送ってきてくれたではないか。

 しかも私のすべてをかけて制作している8月の新刊『スットコランド日記』に関しても、売場の担当者Kさんに「これは杉江さんが命をかけて作っている本だから、このスペースとこのスペースをもらって展開していいかな?」と私の変わりに頭を下げて、どーんとした部数を注文してくれた。

 Sさんのすごいところは、その部数を売り切るための努力をしてくれることで、本が来るのをただ黙って待つなんてことは絶対しない。『スットコランド日記』に関していうと、私が手にしていたカバー見本と、書店向けDMで配布した「ちょいゲラ」をコピーし、さっそく店頭で猛アピールし始めているのである。その展開風景も写メしてきてくれた。

 こういうことに感謝の意を伝えても、Sさんはいつも不思議そうな顔をする。そして決まってこういうのだ。

「なんで? 俺たち本屋は面白い本をいっぱい売るのが仕事じゃん。売るためなら何でもするのが当然でしょう?」

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