結局娘はそのまま寝てしまい、妻に話を聞いたのであるが、「なんかあの子、男の子っぽいし意外と面倒見がいいから、仲の良い友達みたいよ。それに家が近いから一緒に帰ってきているみたいだし」となんだか異様に暢気に答えるのであった。妻にとって娘とはそういうものなんだろうか。これが息子だったら妻が興奮するのだろうか。
妻は暢気でも私は暢気にしていられないのだ。ドラクエ歴数ヶ月のガキに負けるわけにはいかず、徹夜でラスボスを倒しておいた。ふふふ、娘が欲しければレベル99まであげて、かかってきやがれ。
★ ★ ★
というわけで非常に眠いので、今日のことか昨日のことかわからずに日記を書いている。
一部リニューアルが終了したリブロ池袋本店さんを覗くと、あまりの様変わりにビックリ。
駅から一番手前Aゾーン(以前新刊書と雑誌が並んでいたところ)が文芸書の売場になっているのだが、そのエントランスが異空間になっているではないか。というかこの壁一面本を置かせてくださいという出版社がすぐに現れるのではないでしょうか、とそこらを走りまわっている担当のYさんに話す。
気になるのはBゾーンや書籍館との流れなのであるが、完全リニューアルオープンは10月29日だそうで、その日が楽しみだ。ちなみに本日一番気になったのはリブロの上にオープンした無印良品で、危うく抜け出せなくなりそうになったが、仕事だ仕事だと呟いて外にでる。
ここまで書いて気付いたが、これは昨日のことだったように思う。なぜならその後ジュンク堂書店で、『サッカー戦術クロニクル2』の著者である西部謙司さんのトークイベントに参加したからだ。
じゃあ今日は何をしていたのだろうか。
私の頭の片隅にはいつも転校生がいる。
帰宅後のランニングから戻ってくると、いつもは寝ているはずの息子が二階から駆け下りてきた。
「今日、早いじゃん! あのね、うちにでっかい兄ちゃんが来たんだよ。足でこうやってやるやつに乗って」。
息子はそうやって足で地面を蹴る真似をした。おそらくキックボードに乗っていたのだろう。
「誰? 何しにきたの」
「えっ?! ねーねとドラクエしてた」
そういえば数日前、娘に言われたのであった。
「もうさ、パパに頼らなくてもドラクエ進められるよ。転校生がもうクリアしていたから学校で教わってるの。でもさ、みんなにラブラブとか言われるのが超ムカつくんだよね」
ラブラブということは、その転校生は男ということではないか。それは許さぬ、断じて揺るさぬと思っていたのであるが、敵も去るもの、もう家まで来ていたのか。妻は何をしているのだ。悪い虫がつきそうになったら追い出すのが役目ではないか。
「みんなでね、お菓子とジュース飲んだの」
と息子は報告する。接待してどうする。追い出さんかい。
風呂に入って汗を流す。今日は自慢の肉体を鏡に映して鑑賞している場合でない。あわててタオルで拭き、二階に上がって行くが、果たして娘にどう声をかけたらいいんだろうか。
「もうチューとかしてんじゃねーだろうな?」
とはさすがに聞けないし、こういうのは聞き出そうとすればするほど言わないもんだ。何となくそっち方面に話がいくように展開しなくてはいけない。任せておけ、俺は会話だけで人生を生きている営業マンなのだ。
娘はソファーに座って、ニンテンドーDSを覗き込んでいた。ドラクエに夢中のようだ。いやもしかしたらドラクエをやっている彼に夢中なのかもしれない。いかんではないか。つうか「おかえり」ぐらい言ってくれ。
「何やってんの?」
「ドラクエ」
「進んだ?」
「進んだ」
「......」
会話が終わってしまったではないか。彼はどうした彼は。こういうことはそっちから報告しなさいよ。聞きづらいじゃないか、父さんは。電子レンジで食事を温め、ひとり食卓で食べる。そうか息子をダシに使えばいいのか。
「ゴウちゃん、今日なにしてたの」
「えっ、今日?」
「そう今日」
「電車」
「電車?」
「プラレール」
「ああ、プラレールか」
「そう」
「誰と?」
「ママと」
そうじゃねーだろが!!! でっかい兄ちゃんの話を出せっつうの。
私と息子の無用なやりとりをしている間に、娘は歯を磨いて、布団の敷いてある部屋に行ってしまった。どうなってるんだ、転校生は。
目黒さんに謝らないといけない。
これまで散々目黒さんが志水辰夫を推してきて、私はそのたびにシミタツ作品を読んできたのであるが、今までいつもピンと来なかった。文体もストーリーもダメだった。だから目黒さん、何言ってんだよ! そう心のなかで呟いてきた。いや4階に住んでいる頃は、口に出して言ったかもしれない。「シミタツのどこがいいんですか」と。
いいんだな、これが。素晴らしいんだな、これが。
志水辰夫が、時代小説の世界にうつり、三作目となった『つばくろ越え』(新潮社)は、飛脚問屋を舞台に、様々な人間模様が描かれる短編集なのである。そこに描かれる人生観はまさに藤沢周平の域であり、さすがとしか言い表せない素晴らしい小説なのである。参った。
目黒さん、ごめんなさい。
そして私が願うのはとにかく一日でも志水辰夫には長生きしてもらって、一作でも多く時代小説を残して欲しいということだ。これは日本の財産だ。
★ ★ ★
渋谷、恵比寿、六本木、青山一丁目を営業。
9月は人事異動の季節なので、いくつかの書店さんでお別れや出会いなど。
週が明けても、私の営業熱はおさまらず、本日も爆裂営業。
やはり「百聞は一見にしかず」というか「百データは一軒にしかず」である。
いろんなことで発見の連続。
クタクタになって家に帰り、風呂から上がったところで、営業仲間のAさんから携帯にメール。
「ジュンク堂が文教堂の筆頭株主に!」
その筆頭株主になったジュンク堂は大日本印刷と資本提携しており、その大日本印刷は図書館流通センターや丸善とも資本提携、ブックオフの筆頭株主でもある。そしてブックオフは、青山ブックセンターを運営しており、このグループのなかに文教堂も入ったということなのか。ところがその文教堂は昨年取次のトーハンから第三者割当増資7億円を受けており、こうなるとトーハンも交えて何か大きな流れが進んでいるのだろうか。またつい最近中堅版元であるゴマブックスが民事再生法を申請し、こちらには3、4社買い手が名乗り上げている。
......なんて書いてみたが、正直さっぱりわからない。
わかっているのは本や雑誌がどんどん売れなくなってきていることと、この一年ぐらいで私の周りに失業者が大変増えているということだ。以前であれば「本の雑誌」10月号の栗原さんの原稿じゃないが、同業他社にすんなり転職され、再会を祝うことが多かったのだが、最近はそれっきりになってしまうことがほとんどだ。これだけ縮小している業界だから仕事がないのは当然だろうし、人によってはそんな業界に失望し、他業種へ就職している人もいるだろう。
明日は我が身というか、今日は我が身の気分であり、私にとって業界全体のことなどどうでもいいのである。自分の生活のために、一冊でも多く売れる「本の雑誌」や単行本を作り、営業していくしかないのである。
そういえば私がもっとも尊敬している書店員さんがいつだか言っていたことを思い出す。
「杉江くん。出版業界は......とか絶対語っちゃダメだよ。そんなことを言う暇があったら自分のところが一円でも儲かる新しいことを考えなきゃ。それが本当に儲かって正しいことだったら、それをみんな真似して業界が変わって行くから」
全然関係ないが、社内ではどこのグループに入るか大騒ぎ。私は本の雑誌社を浦和レッズに買ってもらって、浦和レッズの方に異動になりたいのだが、浜本は俺はジャスコがいいなあ、そんでショッピングモールのなかにオフィスを入れてもらうの、とわけのわからないことを言っていた。ダメかもしれん。
勝利の味とはどういうものだっただろうか。
レモン味? みかん味? それともコーラ味だったか。
リーグ7連敗、公式戦8連敗もしており、すっかり忘れたその味に、私はスタジアム・ネガティブシンドロームを煩い、埼玉スタジアムに向かう道もタメ息ばかり。どうせ今日だって勝てないだろうと思ったら、いきなり開始4分、エスクデロがゴールを決めて先制したではないか。
「先制したのはいつ以来?」隣にいたコジャさんが、私に聞いてくる。もちろん記憶力がさっぱりない私にはわからなかったのであるが、後ろを振り向くとぶっ殺すぞ社長が教えてくれた。
「6月27日の駒場のヴィッセル神戸戦以来!」
約三ヶ月半振りの先制である。
ちなみに浦和レッズの勝利は、7月11日のサンフレッチェ広島戦以来で、すなわちこの二ヶ月はずーっと負けているのである。
だから続けざまにPKで2対0と引き離してもまったく勝つ気がしないのだ。しかもディフェンスは相変わらずかなり怪しく、センターバックの二人の間と、今日は「走らない日」と決めたらしい山田暢久が危ないのなんの。何度も怒鳴り声をあげてしまったが、やはり1点返され、2対1で前半終了。
勝ちたいなあ。勝利の味、思い出したいなあ。
後半に入ると見違えるように中盤の運動量が増え、特に連敗中一番気になっていた「縦へのボール運び」がだいぶ改善され、前へ前へボールが動くようになる。そうすると時間が出来、後方の選手が上がる時間ができる。やればできるんじゃないか!
素晴らしいコンビネーションから細貝萌がゴールを決め、そのあとは闘莉王がとどめのゴール(発表はオウンゴール)。結果4対1で、待望の勝利である。
「We are Diamonds」を歌いながら、勝利の味を噛み締める。
味?
そりゃ、たまらん味ですよ。
今日もまだ朝立ちが続いている。大丈夫だろうか、私は。もしや勝間和代でなく、変な薬を味噌汁に入れられているのではなかろうか。妻に確認しようと思ったが、寝ていたので辞めた。
しかしこれはこのまま新しい仕事のスタイルを確立しようとスケジュールを練り直す。
それに従って本日は川崎方面を営業。
それにしても川崎はいつの間にか本の街になっているではないか。あおい書店、有隣堂、丸善とが切磋琢磨し、それぞれ特徴のある書店さんになっている。こんな街に住んでいる人は幸せだ。
そんなかなY書店のOさんが熱烈プッシュされているのが『緋色からくり』田牧大和(新潮社)
で「時代小説に読み慣れていないんですけど、すごい良かったんですよ」と多面積みに看板展開。既刊本もすべて並んでおり「こっちも良かったんですよ」とのこと。これは時代小説脳になっているうちに読まねばならない。
ラゾーなの丸善では、エンタメ・ノンフフェアが絶好調のようで、担当のSさんも驚かれていた。しかしそのフェア棚を見ると、確かに面白そうな本がいっぱい並んでいるのだ。こういうのを棚を編集するというのだろう。
そのSさんがただいま大展開して売り出しているのが、『味方をふやす技術』藤原和博(ちくま文庫)で、「ずーっと棚前で売れていて、もしかしたらと思って昨日から多面積みしたら、もう十数冊売れちゃった」とのこと。これは、もうタイトルを見ただけで今にぴったりな本で、もしやベストセラーになるのではなかろうか。
その後、大森のB書店さんを覗くと、こちらでは「執事小説フェア」なぞという独特なフェアが展開されいていた。担当のTさんに話を伺うと「漫画で執事ものが流行っているんですけど、本当の執事ものをはこうなんだと展開しているんです」と話される。このお店はいつ来てもちょっと変わったフェアをしていて面白い。
今日も成績はともかく、訪問的には予定通りの100点満点の営業だ。
しかし足は棒になり、クタクタだ。
そろそろ宮田珠己さんの爪の垢をもらいに行こう。
朝起きた瞬間、突然「このままじゃいけない!」とお告げがあった。
もしかしたら昨夜の味噌汁に妻が勝間和代の爪の垢を煎じていれたのかもしれないと思ったが、寝起きの妻に聞いてみると「かつまかづよ? 誰それ。小林カツ代なら知ってるけどね」と言い放ったので、そうじゃないらしい。最近のダラけた仕事ぶりに、自分自身が嫌になったようだ。
本を作ろうが、私の根幹は、どこまでいっても営業である。しかしどうしたって時間的にという言い訳のもと、訪問件数が知らず知らずのうちに減ってきているのだ。これではいかん! 今の私があるのは、約十年前ぐらいから何年もがむしゃらに書店さんを廻ってきたからに他ならない。ということはここでサボっていては十年後の私はないわけだ、と布団のなかでいきり立つ。
これも朝立ちというのだろうか。
しかし勢いは利用するに限る。
というわけで、足が棒になるまで横浜方面を営業。久しぶりのお店や初訪問のお店にガシガシ飛び込む。そういうときに大切なのは、心を平静にすることだ。いや心を消し去ることである。無心。そうでないと、書店の前で怖じ気づいてしまい、足がすくんで動けなくなってしまうのだ。
私の後頭部にひそむ約35人のサポーターが、声をあげて叱咤激励を飛ばすのである。
「まわれ!」
「走れ!」
「行け!」
その声に後押しされるように、次から次へとお店に飛び込む。
といっても書店さんはそんなに怖いところではなく、担当者が変わっていたお店では「日記読んでいますよ!」とか「いつもDM楽しみにしているんです」なんて暖かい言葉をかけていただき、新たな出会いがとても楽しい。
これはやっぱりきちんと訪問しないといけないですよ! と自分の心に刻み込む横浜、夜6時であった。
頭が時代小説脳になっているうちに、話題になっていた時代小説を読み進んでいたが、今日読んでいたものはどうしても視点のブレが気になり、あちこちで躓いてしまう。それは人称のブレでなく、時代のブレで、突然現在の視点から説明や描写が入るのがつらいのだ。ストーリーはむちゃくちゃ面白いのにイマイチ乗り切れない。
乗り切れないといえば、先日読んでいた時代小説は会話文があまりに現代的で付いて行けなかった。どうせやるなら花村萬月みたいに絵文字まで突き進むか設定やキャラクターをもっとぶっ飛ばし池上永一みたいなところまでやらないとキツいのではないか。
今、時代小説は、以前からあった歴史・時代小説と、佐伯泰英に代表される書き下ろし文庫時代小説と、『のぼうの城』以降出現したライト時代小説に別れているのではなかろうか。私は、昔からある時代小説が好きなので、安心して読める(であろう)『つばくろ越え』志水辰夫(新潮社)を読み出す。
我孫子の川村学園女子大学へ訪問し、上橋菜穂子さんの「作家の読書道」インタビューに立ち会う。上橋さんの小説はもちろん大好きなのであるが、大学で研究されている文化人類学方面に私は大変興味があったので、そちらの話も伺う。あまりに面白いので上橋さんの生徒になりたい気分になったのであるが、ここは女子大であった。十年後、娘を進学させよう。
夜、会社に帰って「おすすめ文庫王国2009年度版」の企画を練る。一昨年、昨年で私のすべてを吐き出したつもりだったのだが、いろんな人と話しているうちにいろいろ新しい企画が浮かび、今年も面白くできそうだ。
あっ、私がいないうちに『本の雑誌』10月号が搬入されていた。今月の読みどころはなんといっても高野秀行の短期集中連載「名前変更物語」であろう。12月号まで計3回、目が離せないぞ。
通勤読書はサッカー本を2冊。まずは『スタジアムの感動を! J's GOALの熱き挑戦』Jリーグメディアプロモーション編著(TAC出版)なのであるが、実は私、サッカーに関してはほとんどスタジアムがすべてで、ネットや雑誌で情報を追うということをしていない。だから恥ずかしながら「J's GOAL」を覗いたこともなかったのだが、こうやってJリーグの魅力をサポータ目線で伝えるのは大切なことだろう。J2の情報とか、大きなメディアに載らないものを紹介していく価値は非常に高いと思う。
それはともかくこの本は副題に「月間3億PVへの軌跡をたどる」とあるとおり、HP運営について書かれた部分もあり、私はそちらの方に興味をもった。「WEB本の雑誌」も、もっと読者目線で運営してもいいのかもしれない。
そして次は、前作がサッカー本のなかでベストセラーとなった『サッカー戦術クロニクル2』西部謙司(カンゼン)である。前作が主にトータルフットボールの解説になっていたのだが、今回はそれ以外の戦術、カウンターアタックやマンツーマンなどを詳細に説明している。私もいつかこのように冷静のサッカーが見られるようになりたい。
営業は渋谷。
B書店さんで『狂乱西葛西日記20世紀remix』が3面陳になっていて、ありがたやありがたや。場所が変わってもかつての渋谷店のお客さんが贔屓にされているようでSFや外文が売れる。元あった場所はファストファッションのH&Mになっていた(もうすぐオープン)。ああそうですかという感じだ。
L書店を訪問しYさんとつい長話。掲載された「群像」が売り切れ話題となった『ヘブン』川上未映子が売れているようだが、このお店のベスト1は『Personal Effects』藤原ヒロシ(マガジンハウス)。松浦弥太郎『日々の100』(青山出版社)といい、100選ぶのが流行っているのだろうか。
Yさんが話された「ほんとにこのお店はお客さんが作っているような想いを年々深めています」という言葉が印象に残る。
朝、妻が突然「何か本ない?」と尋ねてきた。
自慢にもならないが、私の妻はまったく本を読まない。図書館通いが癖になっている娘から「ママも少しは本を読みなさいよ」と叱られるほど読まない。その妻が、突然本を読みたいと言い出したので驚いたのであるが、理由を伺うと本日、蓄膿症のCT撮影があるため、その撮影の結果が出るまでの1時間半の暇つぶしに欲しいと仰るのであった。
むむむ。これは千載一遇のチャンスなのではないか。本を利用して、私という人間を分かっていただき、今後の待遇の変化を生み出していただくことも可能なのではないでしょうかって、どうして私は妻とのことになると敬語になってしまうんだろうか。
「ちょっと待て」と心の中で言いつつ、本当は「しばしお待ちください」と言って、私はいつも妻からどうにかしろと言われている本棚の前でしばし考える。
ここはひとつ私が作った本を渡し、私の偉大さを理解してもらうのはどうか。うちの旦那はこんな立派な作家先生に愛されているということは立派な人間なのではないかという錯覚作戦である。
そこで『スットコランド日記』と『辺境の旅はゾウにかぎる』を抜き取るが、いやいや常識人の妻に、かたや旅がしたくて会社をやめいまは外出ばかりしている人と国境も関係なく辺境を旅している人の本を渡したら、私たち家族はこんな人のために旦那が遅くまで帰らず、私が子供の世話を押し付けられているのか、そんな仕事は早く辞めろと言われかねない。
何より『スットコランド日記』には、私が本を出したことが書かれているので、必死に隠し通した一年が水の泡になってしまう。ならば誰もが涙する『尾道坂道書店事件簿』をと思ったが、これから病院に行って検査する人に渡すべき本なのかしばし悩む。
うう、どうしたら良いんだ。ここで本の1冊も献上できないようでは、私の仕事以前に「本の雑誌」をバカにされてしまう。ここは素直に『くまちゃん』角田光代とか渡せばいいのだろうか。しかしこちらは失恋小説であるから、何かメッセージがあるのではなかろうかと勘ぐられそうで怖い。やはり手堅く椎名誠編集長の『わしらは怪しい雑魚釣り隊』や『すすれ! 麺の甲子園』がいいのかもしれない、そう思って本を抜き出したところに妻が降りてくる。
「やっぱいいや、生協のカタログ持っていくから」
「ああ、そうかい」と心の中で呟く。
★ ★ ★
お弁当箱のような新刊『狂乱西葛西日記20世紀remix』大森望著が搬入。表紙は大人しいが、中味は「噂の真相」である。
『水神』上下 帚木蓬生(新潮社)は上巻だけでも一編のお百姓さん小説として楽しめたのであるが、下巻に突入すると堰つくりが始まり、ものづくり小説となって感動の大団円。素晴らしい。あまりの興奮に寝られなくなり、冷蔵庫から缶チューハイを取り出し、乾杯。
時は1600年代、筑後川が流れるとある地域は、毎年のように苦しんでいた。なぜなら水がないのである。そこに川が流れているにも関わらず、水の便が悪くほとんど田に流れてこない。例え米が出来ても、他の所ではクズのように扱われる米しかできなかった。水の来ない田では、打桶といって人間が川から桶で水を汲み、田に流していた。それは信じれないほど根気のいる仕事であった。
水の来ない地の5人の庄屋が立ち上がり、筑後川に堰を作って水を流すことを考える。この小説は、まさにその戦いを描いた小説なのであるが、それと同時に当時の暮らしを百姓の目線から描いた小説でもある。読書友達のFさんは「長いかも」と言っていたが、私のようにその時代の暮らしに興味がある人間は、その詳細に描かれる部分が楽しいのであった。
今や人間はメールを打ったり、パソコンをポチポチするくらいしか出来ない生き物になってしまったが、かつてはこんなすごいことをやり通せたのである。そしてこの小説を読むと一粒一粒の米が大切に思えてくる。ああ、堰を見に行きたい。
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本の広告や帯で書店員の名前が出ない日はないという感じなのであるが、書店の現場は悪化する一方なのではなかろうか。売上減のなか唯一削れる経費である人件費縮小のため、どこの書店さんも売場から人が減っていく。新規出店数や閉店数、坪数などの統計は発表になるけれど、そこで働く人の人数というのはどこか調査していないのだろうか。私の感覚でいうと十年前の半分くらいになっている印象を受ける。しかも「社員」として雇用されている人は一握りなのではないか。
あるベテラン書店員さん(社員)は、部下(契約社員)が新聞を読んでいないことを散々嘆いた後、「でもさ彼らの給料を考えたら、月3000円とか4000円も新聞に出せないよね」と諦め顔であった。
本を読むにもお金や時間がかかる。文芸書はプルーフやゲラが出回るようになったから良いかもしれないが、それだって一部の書店員さんに限られたことであるし、読む時間もないというのが現状かもしれない。いや、くたくたの身体で、眠い目をこすり、他にすることを我慢してプルーフやゲラを読んでくれているのだ。そのことを出版社の人間は忘れてはいけないと思う。
草臥れ果てた書店員さんの姿を見ながら、どうしたらこの状況が変わっていくのだろうかと考える。まあ、自分も草臥れているのだが......。
夜、宮田珠己さんと高野秀行さんがちょうど同時期に新刊を出したので、エンタメ・ノンフ文芸部でイベントをしましょうということになり、ジュンク堂新宿店で、内澤旬子さんもお招きし、エンタメ・ノンフ三銃士対談第2回「たぶん豚の話」を開催。定員が40名ほどの小さな会なので、告知数日で満員になってしまったようだ。随分と聞きたくても聞けなかった人もいるようで申し訳ございませんでした。
トークに関しては一切心配していなかったのだが、四万十川カヌー行から四国お遍路を経て、突発的引っ越しの真っ最中であった宮田珠己さんの体力が心配だった。しかし控え室で「ユンケル」を飲み干すと、スヘスヘから噺家に大変身され、会場が爆笑の渦に巻き込まれるほどの、司会&ボケぶりであった。宮田さんの面白さはこうやってじわじわと世の中に浸透していくのだろう。
トークが終わるとサイン会に突入していくのであるが、自分が作った本を大切そうに持ち、サインをいただく読者を見るという、恐らく出版人人生最良の幸せを味わう。良かった良かった。
その後は、太田トクヤ氏率いる陶玄房へ向かいビールで乾杯したのであるが、その影で、内澤さんの豚当番として、千葉県エエ市で豚に餌をやっていたのは、講談社の高野さんの担当編集者である。むふふ、エンタメ・ノンフは、恐ろしいのである。
さて、私はこの日のために「UMAスポーツ」という販促紙を制作し、トーク会場で配っていただいたのである。私のなかではかなり「いい仕事」だったはずなのだが、反応がまったくなかったようで、がっくりであった。
がっくりではなくビックリなのは、この日記がこっそりと9年目に突入していたことだ。
朝9時に出社。
メールのみチェックし、すぐカートに積んだ『狂乱西葛西日記20世紀remix』の見本をガラガラしつつ、お茶の水の取次店日販へ向かう。10時着。空いていたので、すぐ終わる。しかし今月は新刊大量月なのであるが、そこに5連休のシルバーウィークがあるわけで、果たして25日前後の搬入はどうなってしまうのか。
飯田橋へ移動し、トーハン、太洋社、大阪屋と順調に見本出しを終える。11時半。みんなこの厚さと登場人物索引に驚いていた。
昼食は、月に一度の楽しみ&贅沢である黒兵衛のミソラーメン野菜ワンタン乗せ。日頃は500円以内で昼食を済ませるようにしているのだが、この日だけが倍の1000円。文庫本1冊の幸せは堪能できる。
食後はささっと近くのドトールに移動し、アイスコーヒー。これも珍しい贅沢であるが、30分ほど時間をつぶさないといけないので仕方なし。『水神』帚木蓬生(新潮社)を読む。
いつもであれば、この後、市ヶ谷の地方小出版流通センターへ向かうのであるが、本日は、本の雑誌「引きこもり」編集部から丸投げされた取材立ち会い。
1時新潮社、4時某取次店、6時某書店とライターの永江朗さんとかけずり回る。
終わったのは7時半。果たして私の仕事は誰がやってくれるのだろうか。
台風が近づくなか、いつもどおり自転車に乗って駅へ向かうと、自転車置き場にはすでに何台もの自転車が止まっていた。昨夜から帰っていないのかもしれないが、世の中には家族に送ってもらえない仲間がこんなにいるんだとほっとする。
通勤読書は、『水神』帚木蓬生(新潮社)。
「戦いの相手は、水」という言葉に惹かれて、何気なく読み出したのが、これは素晴らしい小説なのではないか。
近くに流れる筑後川の恩恵を得られない貧しい村々の庄屋5人が立ち上がり、大河を相手に灌漑施設を作って行く──ようなのだが、何が素晴らしいって、その時代の暮らしが克明に描かれているのである。お米を作っている農民がほとんど白米を食べられない実情、そしてときたま食にありつけたときの喜びなど、これは私が大好きな、地に足の付いた小説である。
先が気になり、ほんとは休みをいただいて家でじっくり読みたいのであるが、本日は9月7日搬入の新刊『狂乱西葛西日記20世紀remix』大森望著の事前注文〆切日のため、武蔵野線や埼京線が止まろうと会社に行かなくてはいけない。
大雨のなか印刷会社の営業マンが、『狂乱西葛西日記20世紀remix』の出来上がったばかりの見本を持ってくる。
厚い! 31ミリ。
重い! 475グラム。
こんなものを10数冊抱えて、明日予想される台風一過のなか持っていく自信はまったくなく、十号通り商店街へカートを買いに行く。
夜は椎名さんにメシを奢ってもらう。
笹塚のキンタマオヤジの話などで盛り上がる。
午前中デスクワークをして、午後から宮田珠己さんの引っ越しの手伝い(邪魔)に行く。
急転直下の「スットコランド」移住に驚いたが、新天地もスットコランドだったので、よかったよかった。
もろもろ手伝いつつ、宮田さんがいつも私や高野秀行さんに威張っている奥さんとの関係を観察したが、ふふふふ、尻に敷かれているではないか。本人がそれを自覚しているか、していないかの問題だ。
とある書店員さんから「むちゃくちゃ痩せませたね?」と声をかけられたので、冗談がてら「もう死ぬのかも」ともらしたら、真顔で「ダメですよ、杉江さんにはまだいっぱいやってもらわなきゃいけないことがあるんだから」と言われた。それまでかなり暗黒な気分でいたのだが、この一言で我が心が晴れやかに澄み渡った。私もこうやって何気なく人を励ませるようになりたい。
夕方、お茶の水の丸善さんを訪問し、文芸担当のYさんと本の情報交換。真保裕一『デパートへ行こう!』(ともに講談社)が面白いそうだ。
勢いがついたので、「早く見に来い!終わっちゃうぞ」と連絡いただいていた茗荷谷のBooksアイの「新潮文庫裏100冊」フェアを拝見に行く。残念ながらKさんはいらっしゃらなかったが、相変わらずの楽しい売場を堪能する。
「新潮文庫裏100冊」の今のところの売上ベストが
1『全国アホ・バカ分布考』松本修
2『温泉へ行こう』山口瞳
3『食う寝る坐る永平寺修行記』
というのはすごいのではないか。
会社に戻る途中、高野秀行さんから与えられていた宿題の答えがパッと閃く。出版の仕事をしていて楽しいのはこういうときだ。バタバタと制作し、高野さんにFAX。気に入っていただけるといいのだが......。