2月12日(金)
この間の日曜日、いつもどおり先に風呂に入って、娘を待っていたら、2階から妻と娘の言い争う激しい声が聞こえた。しばらくすると階段を強く踏みならす音とともに、娘は泣きながら風呂に入ってきた。
どうした?と訊くと「弟が私のおもちゃをなくしたのに、ママが私に探させようとする」とつっかえながら説明する。わかった、わかったと娘の背中を洗い流しながら、「風呂から出たら一緒に探そう」と私は答えた。
息子がなくしたのは、ニンテンドーDSのカセット「マリオパーティ」だった。昼間に息子がDSを貸してと娘に言い、そのとき「マリオパーティ」を渡したのだが、それがどこに行ったのかわからない。私は髪を乾かすと息子を呼びつけ、「どこへやった? すぐに探せ」とおもちゃでごった返す部屋を指さした。
いつもはふざけているばかりの息子も私の声に驚いたのかおもちゃ箱にひとつひとつおもちゃをかたしながら、カセットを探し出した。しかしやはりまだ5歳児である。少し目を離すと、ミニカーなどを手に遊び出してしまう。それを私が咎め、「早く探せ!」と怒鳴りつけると息子は泣き出してしまった。
「ぼ、ぼく、やってないもん」
「嘘をつくな。お前ゲームやっていたろう、すぐ探せ!」
しばらくするとおもちゃを動かすガチャガチャする音も泣き声も聞こえなくなった。どうしたのかと部屋を覗くと、息子はおもちゃ箱に手をつっこんだまま眠ってしまっていた。まだ晩ご飯も食べてないのだが、このまま寝かせるしかないだろう。慌てて布団を敷き、おもちゃ箱に引っかかった手を引き抜くと、うなされるように「ぼく、やってない」と震えていた。「わかった、わかった」と頭を撫で、寝かしつけたのであった。
自分の部屋でもある屋根裏部屋を探していた娘を覗きにいくと、もはや足の踏み場もない状態で、物を探す以前に物を整理しなければどうにもならないようだった。私はゴミ袋を持って、部屋に入り、片っ端から必要なさそうなものを捨てていった。
捨てているうちになんだか悲しい気持ちになっていく。今はいらなくなったおもちゃのひとつひとつに私なりに思い出があるのだ。どこのお店で買った、本当は違うのが欲しかったのだが、売り切れていた。今、探している「マリオパーティ」だって、去年の娘の誕生日に買ってやったものだ。そのとき娘が欲しがったのはあきらかに3日で飽きるキャラクターのゲームで、私たちは店頭でケンカしながら、「マリオパーティ」を買うことに決めたのだ。
気付いたら「かなしいなあ」と言葉が漏れていた。そしてもう探すのをやめた。
娘は手も足も冷たくなるまで部屋を探し続けたようだが、結局カセットは見つからなかった。とっくのとうに諦めコタツに寝転がって本を読んでいた私に、「ごめんなさい」と呟きながら背中に抱きついてきた。私は「ああ」と答えて、娘を抱きしめた。
★ ★ ★
「パパ様、今日も発見できませんでした」
その日から家に帰ると、息子が何よりも先に、カセットの有無を報告するようになった。
「お前、マリオやったのか?」
「いえ、やってません! 僕がやったのはドラえもんであります」
そういわれてみると、息子がDSを持ってうろうろしていたとき、聞こえてきたのはドラえもんの音だった。そのことを娘に話すと、娘は漫画のようにオデコに手を当て「わからなくなってきた」と話した。
もしやこれはその日マリオがなくなったのではなく、ずーっと前からなかったのではなかろうか。そうはいっても2センチ四方程度のものを探すのは大変だ。私は半ば諦めながら、毎日息子の報告を聞いていた。
★ ★ ★
昨夜、家族が寝静まったあと、録画しておいたアーセナル対マンチェスター・ユナイテッドの試合を見ていた。私が現在一番好きなサッカー選手であるルーニーが、恐ろしいほどのカウンターで2点目をあげたとき、手にしていた缶チューハイがちょうど空っぽになった。
まだ後半がある。もう一本飲もうとリモコンの停止ボタンを押し、冷蔵庫へ向かった。ついでにつまみになるようなお菓子をと、いつもお菓子が隠されている屋根裏部屋へ取りに行った。そこは娘の部屋でもあるわけだが、その部屋に入った瞬間、真っ暗な部屋の娘の机が輝いたような気がした。その瞬間の私は、ユリゲラーかMr.マリックだった。いや宜保愛子だったかもしれない。あっ全部違うな。超能力捜査官だったのだ。
娘の机の脇には、トートーバックがかけられていた。それをむんずと掴むと中には、マンガ雑誌の付録かどこかでもらってきたポシェットや小さなバックがたくさん入っていた。直感的に怪しいと感じた。
一つ目のポシェットを振ると、カタカタ音がした。ビンゴ! と叫びながらチャックを開けると、中から出てきたのは大きなあめ玉だった。いつ、どこでもらったあめだかわからないけれど、袋を破いて口に入れた。人工的なオレンジの味が口のなかに広がった。
次のバックを振るとまた音がした。間違いない! そう思ってチャックを開けると、そこには赤い帽子を被ったひげ面のマリオがいたのである。
「あったどー」
寝ている娘を揺り起こし、カセットを見せると娘は寝言のように一言呟いた。
「パパ、酒臭い」
その隣で犬ころのようにくるまって寝ている息子に私は深く詫びたのであった。
どうした?と訊くと「弟が私のおもちゃをなくしたのに、ママが私に探させようとする」とつっかえながら説明する。わかった、わかったと娘の背中を洗い流しながら、「風呂から出たら一緒に探そう」と私は答えた。
息子がなくしたのは、ニンテンドーDSのカセット「マリオパーティ」だった。昼間に息子がDSを貸してと娘に言い、そのとき「マリオパーティ」を渡したのだが、それがどこに行ったのかわからない。私は髪を乾かすと息子を呼びつけ、「どこへやった? すぐに探せ」とおもちゃでごった返す部屋を指さした。
いつもはふざけているばかりの息子も私の声に驚いたのかおもちゃ箱にひとつひとつおもちゃをかたしながら、カセットを探し出した。しかしやはりまだ5歳児である。少し目を離すと、ミニカーなどを手に遊び出してしまう。それを私が咎め、「早く探せ!」と怒鳴りつけると息子は泣き出してしまった。
「ぼ、ぼく、やってないもん」
「嘘をつくな。お前ゲームやっていたろう、すぐ探せ!」
しばらくするとおもちゃを動かすガチャガチャする音も泣き声も聞こえなくなった。どうしたのかと部屋を覗くと、息子はおもちゃ箱に手をつっこんだまま眠ってしまっていた。まだ晩ご飯も食べてないのだが、このまま寝かせるしかないだろう。慌てて布団を敷き、おもちゃ箱に引っかかった手を引き抜くと、うなされるように「ぼく、やってない」と震えていた。「わかった、わかった」と頭を撫で、寝かしつけたのであった。
自分の部屋でもある屋根裏部屋を探していた娘を覗きにいくと、もはや足の踏み場もない状態で、物を探す以前に物を整理しなければどうにもならないようだった。私はゴミ袋を持って、部屋に入り、片っ端から必要なさそうなものを捨てていった。
捨てているうちになんだか悲しい気持ちになっていく。今はいらなくなったおもちゃのひとつひとつに私なりに思い出があるのだ。どこのお店で買った、本当は違うのが欲しかったのだが、売り切れていた。今、探している「マリオパーティ」だって、去年の娘の誕生日に買ってやったものだ。そのとき娘が欲しがったのはあきらかに3日で飽きるキャラクターのゲームで、私たちは店頭でケンカしながら、「マリオパーティ」を買うことに決めたのだ。
気付いたら「かなしいなあ」と言葉が漏れていた。そしてもう探すのをやめた。
娘は手も足も冷たくなるまで部屋を探し続けたようだが、結局カセットは見つからなかった。とっくのとうに諦めコタツに寝転がって本を読んでいた私に、「ごめんなさい」と呟きながら背中に抱きついてきた。私は「ああ」と答えて、娘を抱きしめた。
★ ★ ★
「パパ様、今日も発見できませんでした」
その日から家に帰ると、息子が何よりも先に、カセットの有無を報告するようになった。
「お前、マリオやったのか?」
「いえ、やってません! 僕がやったのはドラえもんであります」
そういわれてみると、息子がDSを持ってうろうろしていたとき、聞こえてきたのはドラえもんの音だった。そのことを娘に話すと、娘は漫画のようにオデコに手を当て「わからなくなってきた」と話した。
もしやこれはその日マリオがなくなったのではなく、ずーっと前からなかったのではなかろうか。そうはいっても2センチ四方程度のものを探すのは大変だ。私は半ば諦めながら、毎日息子の報告を聞いていた。
★ ★ ★
昨夜、家族が寝静まったあと、録画しておいたアーセナル対マンチェスター・ユナイテッドの試合を見ていた。私が現在一番好きなサッカー選手であるルーニーが、恐ろしいほどのカウンターで2点目をあげたとき、手にしていた缶チューハイがちょうど空っぽになった。
まだ後半がある。もう一本飲もうとリモコンの停止ボタンを押し、冷蔵庫へ向かった。ついでにつまみになるようなお菓子をと、いつもお菓子が隠されている屋根裏部屋へ取りに行った。そこは娘の部屋でもあるわけだが、その部屋に入った瞬間、真っ暗な部屋の娘の机が輝いたような気がした。その瞬間の私は、ユリゲラーかMr.マリックだった。いや宜保愛子だったかもしれない。あっ全部違うな。超能力捜査官だったのだ。
娘の机の脇には、トートーバックがかけられていた。それをむんずと掴むと中には、マンガ雑誌の付録かどこかでもらってきたポシェットや小さなバックがたくさん入っていた。直感的に怪しいと感じた。
一つ目のポシェットを振ると、カタカタ音がした。ビンゴ! と叫びながらチャックを開けると、中から出てきたのは大きなあめ玉だった。いつ、どこでもらったあめだかわからないけれど、袋を破いて口に入れた。人工的なオレンジの味が口のなかに広がった。
次のバックを振るとまた音がした。間違いない! そう思ってチャックを開けると、そこには赤い帽子を被ったひげ面のマリオがいたのである。
「あったどー」
寝ている娘を揺り起こし、カセットを見せると娘は寝言のように一言呟いた。
「パパ、酒臭い」
その隣で犬ころのようにくるまって寝ている息子に私は深く詫びたのであった。