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3月1日(月)

逆に14歳
『逆に14歳』
前田 司郎
新潮社
1,836円(税込)
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 以前も書いたかもしれないが、前田司郎の小説の素晴らしいところは、人間が24時間のうち16時間起きていたとして、そのうちまともなことを考えているのはおそらく10%ぐらいであろう。それ以外の時間は、ろくなことを考えていないか、考えていたとしても考えをやめた瞬間に考えていたことも忘れてしまうようなことか、まったく何も考えてないかのどれかだ。その無意識と半意識とでも呼べばいいような状態の意識を表現するのが猛烈にうまいのである。あっ、俺、電車に乗っているときこんなこと考えているかも......と思わされることしきりだ。

 最新刊『逆に14歳』(新潮社)でもその才能はいかんなく発揮されており、特に今作の主人公は余命14年ぐらいと自分たちで考えている老人たちで、そのふたりが奇妙な同居生活をするものだから、その半意識のぼけっぷりがたまらないのでる。しかしおかしくて笑っていると、突然真剣なことを言ってきたりするから危険である。まるで高野秀行や宮田珠己のエンタメノンフを読んでいるような感じである。

 同時収録のシナリオ「お買い物」を読んでいて気づいたのだが、前田司郎の本職は劇団の作・演出家で、そうすると小説で書いているような意識下のことは、自分で表現することができないのである。そこは役者の演技がものをいうわけで、なるほどだからこそ前田司郎は小説を書くのかと思った。

『誰かが手を、握っているような気がしてならない』(講談社)『大木家のたのしい旅行 新婚地獄篇』(幻冬舎)で少しわかりにくい方面に進んでしまったかと心配していたのだが、今作はハッキリ言って傑作である。半意識の描き方はもちろん、どちらの作品も最後の幕引きが非常にうまいのだ。前田司郎の才能はとどまるところを知らない。

★   ★   ★

 朝、会社に行こうとすると娘から声をかけられる。
「パパ、今日、3年生最後の学習発表会なんだ。パパ来られるよね」

 うん、と言いたいところだったのだが、本日は本屋大賞〆切の週明けで、ファックス投票の打ち込みをしないといけないのだ。また「本の雑誌」5月号の特集「○秘新作」の〆切明けで、こちらも作家さんからの原稿に返事を書いたりしなければならない。だからどう考えても1時半の学習発表会には参加できないわけで、首を縦に振ることはできなかった。娘は「わかったよ」と言って、階段を駆け上がっていった。

 会社に着くとやはり大量のFAXとメールがあり、私は意識をシャットダウンし、一心不乱に仕事をこなす。ふと顔を上げたとき、娘の学習発表会が始まる時間であった。

 夜、妻からメールが届く。
「発表会の後の懇親会で、先生から褒められたよ。読書マラソンは全校生徒でトップなんだって。あと校内ランニングも3年生でいちばん走っているんだって。」

 本とランニング。私とまったく同じではないか。ということは......。その答えは妻からのメールに書かれていた。

「あんたが勉強すれば娘も勉強するんじゃない?」

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