「炎のサッカー日誌」を書こうと思ったが、試合終了後に観戦仲間のカタヤマさんが呟いた一言に尽きる。
「ここで負けるのが浦和なんだよね」
ついでにすっかり報告するのを忘れていたが、雑誌「散歩の達人」での連載「浦和レッズ炎の応援記」が始まった。スタートの号がFC東京のお膝元・調布特集って完全アウェーではないか。編集長の笑顔の下の邪悪な心が読み取れる。しかも編集部にFC東京サポの人がいて、泣きながらFC東京賞賛のページを作っていた。大丈夫か、「散歩の達人」編集部。
私がこの世で一番嫌いなものは、イモムシや毛虫のたぐいで、あれが道ばたでうにょうにょ前進しているのを見かけただけで、背筋が凍り付き固まってしまう。足も手もなく(あるのかもしれないが直視できない)、なぜ動いているのか理解に苦しむし、色遣いもグロテスクで、とにかく存在が気持ち悪い。
いつぞや娘の自由研究で、イモムシ観察なんていうのがあって、家の玄関に虫かごとともに置かれていたことがあったのだが、その時、私は縁側から出入りしていた。それでも寝ている間、階下にイモムシがいると想像しただけで、吐きそうであった。次に嫌いなものは寿司で、もし寿司の上にイモムシが乗っていたら、私は間違いなく悶絶死するだろう。
それなのに、書店店頭で『イモムシハンドブック』安田守著(文一総合出版)を発見したとき、すぐさま手に取り、何の迷いもなく購入してしまったのはなぜだろうか。表紙だけでも充分吐くに値するというのに、ページを開くなんて考えられない。しかし見たいのである。まさに怖いもの見たさである。
昼、新刊番台のお礼をかねて林カケ子さんと昼食。ロシア料理食す。
その後、『本屋大賞2010』の追加注文のあった丸善丸の内本店へ直納。
本屋大賞実行委員でもあるTさんに「早い!」と驚かれるが、新宿から東京なんて毎週40キロ走っている私には、徒競走だ。
それにしても『天地明察』は売れ過ぎなのではないか。発表翌日に100冊売った本屋さんがあるとか。そういう話を聞く度に、すっかり本の雑誌社社長に戻ったぐっさん浜本が「うちの増刊号はどうした!」と不機嫌になるので面倒くさいのである。「文藝春秋」みたいに受賞作全文掲載したらもっと売れるんじゃないっすかと適当な提案をしておいたが......。
まったく関係ないが、事務の浜田が新人編集者宮里に向かって「声がいい」と誉めていた。「ウソのない声だ」と。それは私の声があまりにウソくさいということなのだろうか。声がウソくさいってどういうことだ。妻はあんたの顔は人をおちょくっていると言っていた。
「うにょー!」
常に声のでかいぐっさん浜本が、いつも以上に大声を上げたのは、夜7時のことだった。
その時間になると注文や問い合わせの電話もぐっと減り、社内は静かになっている。それぞれ集中してデスクワークに勤しみ、キーボードを叩く音しかしていないため、全員浜本の大声に驚き、顔を上げた。注目を一同に集めた浜本は、席を立つと校長先生のように手を後ろに組み、胸を迫り出して話し始めた。
「皆様にご報告があります。ただいま調査しましたところ、なんと『本の雑誌』2010年5月号は、35周年記念号でした」
そうかあ、じゃあまた記念特大号を作らないと......。
うん? 2010年5月号?!
な、な、なんと今店頭に並んでいる「本の雑誌」が、創刊35周年の号だったのである。後の祭りだ。オーマイガーッ!
「どうするんですか?」
私が聞くと、浜本はウィンクしながら答えた。
「通過点ですから」
まるでイチローのように涼しげな表情で話すと、すかさず氷結・松村が
「いいんじゃないですか」
と承諾する。
特大号を作るとなれば一番大変になるのは編集の松村だ。
そのとき事務の浜田がぽつりと漏らす。
「40周年はさすがにないんじゃない......」
確かに5年後に「本の雑誌」があるとは限らない。もう○周年記念号は作れないのかもしれない。
それらのやりとりをまるでムンクの叫びのような顔で見つめていたのは、新人編集者・宮里である。
まさかこんな大事なことを社員全員が忘れ、しかもそれを平然と受け流している会社に就職したなんて......。
声には出していないがその表情が訴えていた。
そういえば宮里は本の雑誌社に入る前は、サイのマークの晶文社に勤めており、晶文社は先日も創立50周年フェアなど大々的にやっていたのだ。
「いろんな会社があるんだな よしつぐ」
しかも35周年に気づいた時点で、すでに次の「本の雑誌」2010年6月号は校了しており、もはやどうすることもできない。どうなる本の雑誌、どうする本の雑誌。その結果は今後の紙面に注目なのである。
昨夜は疲労困憊で本屋大賞の打ち上げも途中で切り上げたが、今朝になってもどっぷり疲れは残っていた。膝から下に力が入らない。いつまで経っても布団を出る踏ん切りがつかず、だらだらと横になっていた。
「ドン!」
その背中を突然蹴飛ばされる。この春、小学4年生になった娘である。娘は女子サッカーをやっているから、その蹴りが半端ではない強さである。
痛みに悶絶していると
「父ちゃん、いつまで寝てるんだよ」
と今度は馬乗りになってくる。マウントポジションだ。
ふと気づいたのだが、いつの間にか私の呼び名は「パパ」から「父ちゃん」になっている。
どんな心境の変化があったんだろうか。いや今はそれどころではない。とにかく馬乗りの娘をどかさなければならない。
「だって昨日本屋大賞の発表会だったよ」
「ほんやたいしょう? だから?」
「お前知ってる? 本屋大賞って?」
「はあ? 朝からめんどくさいこと言ってないで起きてよ。早く私の服、用意して」
娘は業を煮やしそう叫ぶとどすんどすんと強い足音で寝室を後にした。
私はというと相変わらず布団にくるまっていたのだが、娘の言葉を思い出し、こみ上げてくる笑いに肩を揺らしていた。
「本屋大賞? だから?」
その通りである。
★ ★ ★
しかし世の中は、どうもそうではなかったようだ。
昨夜の発表会にテレビカメラが11台も入っており、朝のニュース、ワイドショーでその様子が映され、大賞を受賞された冲方丁さんが生出演している番組もあった。
露出が増えればそれだけ本も売れるのか、午前中から『天地明察』が信じられない勢いで売れ出し、amazonでも『1Q84』や『体脂肪計タニタの社員食堂』に継いで3位にランクイン。忘れてならないのはこれは昨年11月末に出た本だということだ。笹塚駅前のK書店Mさんを訪問すると「お疲れさまでした。おかげさまで朝から売れてますよ」と声を掛けられ感無量。
しかも、ある書店さんでは、年配のお客さんが店員さんに「本屋大賞っていつからやっているの?」などと問い合わせ、『天地明察』とともに過去の受賞作である伊坂幸太郎『ゴールデンスランバー』(新潮社)や湊かなえ『告白』(双葉文庫)を購入されていた。
うーん。これはここ数年でいちばん強烈な勢いかもしれない。なんだか第1回目の『博士の愛した数式』が受賞したときに似た動きだ。あのときゴールデンウィーク前にほとんどの書店から本が消えた。
★ ★ ★
あちこちの書店さんを駆けずり廻っていると、古希を迎えた母親から電話が入った。
「昨日本屋大賞だったんでしょう?」
「そうだよ」
「お母さん、朝からずーっとテレビ見ているんだけど、あんた全然映らないね。なんか沖縄のお笑い芸人、なんだっけ? あんたが好きだったハウンドドッグの歌を真似する人......」
「山口智充? ぐっさん?」
「そうそう。それに似た人が偉そうに映っているけど、あんた出ないじゃない」
「そりゃあそうだよ、俺、裏方だから。会場なんてほとんど入ってないもん。受付でお土産の準備したり、舞台の袖で進行確認したりして」
「嘘つきなさい!」
「えっ?!」
「お母さん気づいたんだけど、本屋大賞が始まって今年で7年目だけど、あんたが映ったことないのよ。それでよく考えてみたんだけど、あんたが本屋大賞なんてできるわけないのよ。だって運動会も文化祭もサボって麻雀していた子よ。それどころか学校の掃除だってしないで先生を泣かせていたのに、こんなに大勢でひとつのことできるわけないじゃない。協調性もないし、わがままなんだから。きっとこのぐっさんみたいな人がやっているのを自分でやったって嘘ついてるんでしょう」
「......」
「じゃあね、土曜日は埼玉スタジアムね。バイバイ」
私のなかに流れている血は、いったいどんな血なんだ。
七年前、いや準備はその一年以上前からしていたのだから、八年前に「本屋大賞」を作ろうと走りまわっていたときの私の心情はこんな感じであった。
「編集者よ、売り場はこんな真剣に本と格闘しているぜ!」
当時はまだ本を作る人、すなわち作家や編集者が「川上」と呼ばれ、営業や書店等販売の現場を「川下」と例えられるほど、編集者は偉かったのである。私は元々本屋さんでアルバイトしていたし、出版業界に入ってからもずーっと営業をしているので、売ることを見下した態度でいることが許せなかった。いや編集も営業も販売ももっと手を結んで、本を作り、売ればいいのに......と歯がゆい気持ちでいたのだ。
そして酒飲み話で始まった「本屋大賞」は、私の個人的な気分としては、編集者に対しての挑戦状でもあったのだ。
それから八年が過ぎ、現在どうなっているのか。
もはや自分が「川上」なんて考えている編集者はどこにもいないだろう。販売データが見え、自分が作った本が今どれだけ売れ、返品になっているか、そういうリアルな情報を目の当たりにして、逆に編集者が数字ばかり気にするようになってしまった印象すら受ける。
だから私は今、声を大にして言いたい。
「編集者よ、自信を持って本を作ってくれ!」
モノとしての「本」は誰にでも作れるかもしれないが、本当の「本」を作ることができるの人は限られた人しかいないのだ。その一人である編集者は、データなんて気にせず、自分の感性に耳を済ませ、とことん前のめりになって本を作って欲しい。
安心して欲しい。
そういう本気で作られた本をしっかり見ていてくれてる人達がいる。
それは毎日届く新刊のダンボールをドキドキしながら開けている書店員さんたちだ。彼ら彼女らはみんな仲間だ。だから裏切ることなく本を作ればきちんと評価し、お店に並べてくれる。もちろん私たち営業マンも仲間だ。私たちが売りたいのは本ではなく、編集者や著者の想いだ。
今回本屋大賞を受賞した『天地明察』冲方丁(角川書店)は、まさにそういう物語だ。
本当の暦を作るため、とことん己の道を突き進んだ春海の志に、多くの人が共鳴し、そして道が開けるのだ。
編集者の皆さん! 面白い本、いっぱい作ってください!
それこそが、出版不況を脱出する、唯一の方法なのだから。
かかってくる電話、届くメールのほとんどで「本屋大賞を前にして忙しいと思いますが」と言われるのだが、本当に忙しいのである。
何が忙しいって、本屋大賞だけならもう6回もやっていて、実行委員で仕事を分担したり、ルーチンワーク化している部分もあるからどうにかなるのであるが、その仕事が日常の仕事にそのままのっかてくるもんだから、もはやプールで溺れているような状況で仕事をしている。しかもプレミアリーグは残り数試合と佳境を迎え、毎日1試合みないと追いつかない。
それでもひとつひとつやっていくしかないわけで、目に付いたものを反射処理していく。
そんななか、とある方から「杉江さんにぜひ読んでほしい」と薦められたのが、『世界紛争地図』「世界情勢」探求会著(角川SSC新書)である。
実は私もこの本を書店店頭で見かけたときに、手にとったのだが同名の本を持っていたような気がしてこれはその改訂版だろうと置いてしまったのであった。
あわてて週末に買いに行き読み出したのだが、これがもう世界中の紛争(高野秀行さんも旅したソマリランドやグルジア、イラク、イランなどなど)が、どこで、なぜ起こっているか、そして今どうなっているかを的確にわかりやすい文章で綴られた素晴らしい本だった。どんなに新聞の「国際面」を読んでも理解できなかったことが、あっという間にクリアになっていく。
それにしても人間というのは、富に溺れ、あるいは信じるものに狂い、こうやって争いを起こして行く生き物なのだ。ただ私はそうやって争う人達の気持ちがわかる。なぜなら駒場スタジアムや埼玉スタジアムを誰かに汚されたと思ったら戦いに行くだろうからだ。
しかしそんなスタジアムは争いの際にでた死者の置き場になったりするのだ。
以前読んだ『地図にない国からのシュート』今拓海(岩波書店)を読んで、私は涙を流したのであった。
誰も期待していないだろうが、首位になったのだから書かないわけにはいかない。
★ ★ ★
「わかってんだろうなあ、おまえら本当にわかってんだろうなあ」
トラメガ片手にそう叫ぶのは、浦和レッズのゴール裏のコールリーダーである。
もちろん私たちはわかっているのである。
今日のこの川崎フロンターレ戦がどれだけ大事かということを。
シーズンの日程がJリーグから発表されてすぐ開幕の鹿島アントラーズ戦以上に、チームが出来上がってくるあたりの、この川崎フロンターレ戦から続く、ジュビロ磐田、清水エスパルス、名古屋グランパス、横浜Fマリノス戦が前半の山場になることはわかっていたのだ。
だから埼玉スタジアムにこだまする「ウォーリア」の声は、屋根に反響し、耳をつんざく大音量になったのである。
その瞬間私は勝ったと思った。いや必ず勝たせると思った。ゴール裏の緊張感が試合を左右することを私たちは知っている。そして経験上、このピリピリとした戦闘モードのときに負けるわけがないのである。
キックオフと同時に両チームが激しくぶつかり合う。まるで戦国の合戦のようだ。
たった7分、ポンテの厳しいプレスにあわてた川崎フロンターレの中途半端なクリアボールが、ペナルティエリア付近にいた細貝の前に落ちる。振り抜かれた左足から放たれたボールが、ゴールネットを揺らす。いきなりのゴール、しかもビューティフル・ゴールに大騒ぎ。
大騒ぎしている間にはじまったキックオフボールをまたも奪い取り、ここ数試合ハンバでないキレを見せる<スーパー>達也がミドルレンジからゴールをぶち抜く。
前半10分になっていないのに、もう2点だ。祭りだ、祭りだ。
その後も激しい応酬が続き、PKも奪われるが、そこは我らがGK山岸がストップ。ゴール裏はまさに狂乱の渦だ。おまけに最後は、途中出場の浦和っ子・堀之内が3点目を決めて、もはや勝負あり。
私は試合中、脳みそがとろけてしまっているのでほとんど記憶がないのだが、埼玉スタジアムで川崎フロンターレに勝ったのは久しぶりなんじゃないだろうか。
そして浦和レッズは現在首位だ!
『1Q84 book3』の販売で邪魔になるだろうと、腰を引きつつザリガニ営業。
夕方になったので、会社に戻ろうと山手線に乗っていると、いきなり頭を叩かれた。なんじゃ!と顔を上げるとそこに立っていたのは兄貴だった。広い東京、やたらに走る山手線、長い車両に扉がたくさん。こんな偶然があるだろうか。
それにしても目の前に立つ兄貴は、普段着にニット帽、その耳には立派なヘッドフォンが装着されていた。父親の会社を継いでいるはずなのだが、もしや私の知らないところで倒産してしまったのだろうか。
「あっ、これ? 別に服が仕事するわけじゃないじゃん」
昔から自由というか、常識なんて関係ない男だった。不思議に思った私がバカだった。
なんだか兄貴は出版業界のリストラ中のブログを読んで怒り心頭のようであった。
「紙の束にインクを載せているだけのもん作って年収1000万以上だと? お前らの業界はバランスが完全に狂っているよ。小売りにもっと金を落とさないと崩壊するのは当然だよ」
そういえば、昔から正義感の強い男だったのだ。
いつも私は怪獣役をやらされ、泡を吹くまでウルトラマンになった兄貴にぶちのめされていたのだ。
兄貴は保育園に預けている息子を迎えに行くと言って高田馬場の駅で降りていった。
私はこの日、仕事のことで頭がこんがらがっていたのだが、その背中を見ていたら、まあどうにかなるさという気がしてきたから不思議だ。
とある書店員さんから「いろんなことに中途半端に手を出している自分を考え直そうとお店を辞めることにしました」と連絡をいただく。その方は書店員でありながら、文章を書いたり、大きなイベントも運営していた。私は尊敬してその背中を見つめていたのでショックだった。
また数日前、私が今、最も注目している若手書店員さんからも辞めることにしたんですと打ち明けられたのだった。理由は、自分が大好きな雑誌を手伝うことにしたのだが、それは仕事をしながらでも出来たかもしれないけれど中途半端ではいけないと区切りを付けて引き返せない状況に自分を追い込んだそうだ。
参った。
私の前には「THE・中途半端!」という仕事ばかりである。
本業の営業だ!と外に出るが、明日発売の『1Q84 book3』で書店さんはそれどころではないようであった。青山ブックセンター六本木店では、時計の針が16日を指した瞬間に売り出そうと、並ぶ場所や最後尾を伝えるプレートまで準備されていた。
明日発売されるものはなんだ? ドラクエか?!
「本屋大賞2010」の見本が出来上がったので取次店さんを廻る。
銀行のように番号札をとって並ぶ仕入れ窓口は結構混んでおり、しばし待つ。
しかしここで待つのは嫌いじゃない。各出版社の交渉が面白いといっては失礼だが、興味深いのである。
本日目撃したのは、どうも売れ筋本を出す出版社が、想定外のところに大量に配本されたら困る!と言っているのである。思わず変わりにうちの本を...と言いそうになってしまったが、いやはやいろんな思惑がこの窓口で交差しているのだ。
昼までに地方小出版流通センターに辿り着けるか、というのが本日の大きな目標だったのだが、ギリギリセーフ!!
担当のKさんと「物をつくる」ということの原点の話をする。目が開く。
午後は板橋の栗田出版販売まで。
今年もやっとここまで辿り着いた。
朝起きて金曜日だと思ったのに火曜日だった。がっくり。
「ヤノマミ」といえば関野吉晴さんも長年通い続けたわけで、『グレートジャーニー 人類5万キロの旅2』(角川文庫)を改めて読み直す。
本日は『本屋大賞2010』の〆作業なので、一日中注文短冊とデータをにらめっこ。集中してやりたいのだが、本屋大賞発表会のことやWEB本の雑誌のリニューアルのことやら、いろんなことが波状攻撃で押し寄せてくる。
最近、そこかしこ「電子ブック」の話題が出るのだが、私は、本と本屋さんが好きでこの業界に入ったのだから、まったく関係ない話である。もしそうやって電子ブックに変わって行くのであれば、私は本を作り営業する、最後のひとりになりたいと思っているし、それで生活できないのであれば、次に好きなものを仕事にすればいいのである。
なんだか最近の異様な騒ぎようを見ていると、1998年のフランスワールドカップ予選を思い出す。あのとき金子達仁らの扇動によって、引き起こされたカズ(三浦知良)バッシング。カズは終わった、これからはヒデ(中田)だと騒いだのであるが(私もそう思ってしまった)、あれから十年以上過ぎた今、かたやエコとサッカーを利用する男であり、もうひとりは嬉々としていまだにピッチを駆ける男である。勝負はあったというものだ。
あるいはあれは約15年ほど前のマルチメディア騒動である。当時、出版業界にはCD-ROM業界が押し寄せ、これから本じゃない! CD-ROMだと大騒ぎだったのである。その後何が残ったのかいうとか、返品できないマルチメディア商品の山と倒産したCD-ROMメーカーの屍だ。
まあ未来のことはわからない。本はなくなり、電子ブックになるのかもしれない。
ただそのときもひとつだけ変わらないことがある。
つまらないものは売れないということだ。
ここのところ月曜日になるとダルくて布団から出るのがつらい。
今までこんなことはなかったので、事務の浜田に「オレ、病気かもしれない」と告げると、「なーに言ってるんですか、週末に遊び過ぎなんですよ」と指摘された。
遊び? 遊んでないだろう。
土曜日は朝6時に起きて新潟までレッズ戦を見に行き、帰ってきたのは夜の12時近かった。
日曜日も朝6時に起きてまず10キロ走った。その後はクレヨンしんちゃんの試写会に家族で出かけ、東京に出てきたついでに表参道のクレヨンハウスへ行ったのだ。家に帰ったのが6時過ぎで、あわてて風呂に入り、晩飯をとったところまでは記憶があるのだが、その後はまさにブラックアウト。気づいたら朝で、そして身体がダルいのだ。
「やっぱり遊び過ぎですよ」と浜田は言う。
うーむ。
★ ★ ★
冗談抜きで、こんな陽気のせいか、ブルーな気分がずーっと続いている。
よって営業もここのところ低調気味だったのだが、横浜ルミネのY書店さんを訪問すると平台の一角に立てかけられているカレンダーに×がされており、なんだろうと思ったら『1Q84』book3の発売までをカウントダウンするカレンダーであった。もうあと5日で発売なのか。
担当のTさんに話を伺うと「もう今年はこれにかけてますから」と気合い十分の様子。なんだか今頃になってbook1やbook2も売れているそうだし、 book3の予約もかなりあるそうで、果たして発売当日はどんなフィーバーになるのだろうか。
続いてM書店のYさんを訪問すると「なんだか景気が良くなってきた気がする」とこちらまで明るくなってしまうような良い話である。『1Q84』book3への期待もあるが、ダン・ブラウン『ロスト・シンボル』や伊坂幸太郎『オー!ファーザー』(新潮社)も売れているし、文庫では湊かなえ『告白』(双葉文庫)や高村薫『レディ・ジョーカー(上・下)』 (新潮文庫)が、ばんばん売れているそうだ。
またここ最近の新刊ではたかぎなおこ『ローカル線で温泉ひとりたび』(メディアファクトリー)が絶好調なようで、これは先に訪問したY書店さん、この後訪問したK書店さんでもベストセラーリストに入っていた。
出版業界の春は近いのか。
ぜひとも、うちの会社にも来て欲しい。
★ ★ ★
どうして「本の雑誌」の搬入日はいつも雨なのか。
とんでもない本を読んでしまった。
今まで読んだどんな本よりも衝撃的で、昨夜は本を閉じてから朝まで、一睡もできなかったほどだ。
『ヤノマミ』国分拓(NHK出版)。
去年のちょうど今頃、何気なくテレビをつけたらやっていたのが「NHKスペシャル ヤノマミ 奥アマゾン 原初のもりに生きる」で、それはアマゾン奥地で、<シャボノ>という共同住居に住み、狩猟採集生活で暮らすヤノマミ族を追ったドキュメンタリーだった。そのテレビを見たときもあまりの衝撃で、私は一睡もすることができなくなったのだが、本書はそのドキュメントを作るために150日間ともに暮らした記録である。
言葉も通じず、こちらの常識もまったく関係なく、彼らは彼らのルールで生きる。そしてとんでもないルールを目にするにいたるのだ。藤原新也はかつて「人間は犬に食われるほど自由だ」とインドを旅し発言したが、ヤノマミ(人間)は、赤ちゃんをシロアリに食べさせるほど自由なのである。
価値観が崩壊するとはまさにこういう本のことで、もはや私の人生は『ヤノマミ』を読む前には戻れないだろう。この本に関しては、誰かと朝まで話し合いたいぐらいなのだが、正直、今、私にこの本を語る言葉がない。
私にとってこの本は、生涯のベスト1になるかもしれない。
出版社の社内が明るくなるときといえば、一番はもちろん本が売れているときで、書店さんからの注文の電話がじゃんじゃん鳴ると、ハレというか社内の温度が5度ぐらい上がったような状態になる。出版ハイだ。
次に明るくなるのは、良い原稿が届いたときで、そういうとき小さな会社である本の雑誌社では、みんなで回し読みし、多いに盛り上がるのであった。
本日届いた原稿がまさにピッカピカの素晴らしい原稿で、一番最初に読んだ私はあまりの素晴らしさに著者に電話を入れ、アホのように「ありがとうございます、ありがとうございます」と礼を述べ、その間にプリントアウトされた原稿を読んだ浜本は、「すげーよ、これ」と大騒ぎ。しまいには宮里とオクラホマミキサーを踊り出してしまった。
★ ★ ★
中央線はこの1ヶ月で、高円寺=あゆみブックス、吉祥寺=ブックファースト、啓文堂、武蔵境=八重洲ブックセンターと4軒もの書店さんオープンしており、本日は沿線の営業がてら、それらのお店を覗きに行く。
新しいお店はどこへ行っても心地よいが、既存店への影響も心配だ。
通勤読書は田口久美子『書店員のネコ日和』(ポプラ社)。
『書店風雲録』の原稿依頼をしたとき、まさかその後田口さんがネコ本を出すなんて想像もしなかった。いや当時は田口さんはネコなぞ飼っていなかったわけで、2007年7月のある日、田口さん家の庭先に3匹のネコがやってくる。そこから始まるのは田口版「じゃりん子チエ」で、田口家にはテツの代わりにネコなんて大嫌いな介護が必要な87歳のお母さんがいて、絶対にいや!と言っているのだが、それでも田口さんは見捨てきれずにネコに愛情を注いでいくのである。
動物に愛情を注ぐといえば、『犬部──北里大学獣医学部』片野ゆか(ポプラ社)は、学生たちが、自分たちの力で迷い犬や野良犬を保護し、世話して行く姿を追ったノンフィクション。若い彼らが、どうしてそこまでして動物の世話をするのか。動物って何だ? ペットって何だ? と考えさせられてしまったが、本自体はまるで青春小説のような読み心地であった。
★ ★ ★
6月に出版する江弘毅『ミーツへの道』のことで、140Bの青木さんと打ち合わせ。その後は大宮へ。
夜、走る。
私が走っているのは、見沼代用水の水路っ端なのだが、そこは十数キロにも渡って桜並木になっている。だから先週末はランニング=花見となった。それは、もっと気分の良いものかと思いきや、桜の下では酒に酔うおっさんやコンロを使って焼いた肉に匂いなどが漂い、イマイチな花見ランニングとなったしまった。
そこで今夜、もう一度花見ランニングを決行しようと水路に向かったのであるが、そこには街灯がまったくなく、真っ暗であった。月明かりをたよりに走っていると、頭上にある桜がまるで雪のようで、真っ白な雪の下を走っているようなファンタジーな気分になり、なんだか妖しい世界へトリップ。夜桜ランニング、素晴らしい。
通勤読書は、出久根達郎『作家の値段』(講談社文庫)。
直木賞作家でもあり、古本屋でもある著者が、司馬遼太郎、三島由紀夫、太宰治などそうそうたる作家24人の作品が、今どんな古書価で取引されているか綴っている。5万、10万当たり前、物によってはウン百万で取引されるというから、思わず自宅の本棚をひっくり返し、あるわけないそれらの本を探してしまった。「古本」ではなく、「古書」の世界の奥深さ、いや恐ろしさを知る。
そんな下世話な部分に関心するだけでなく、この本は立派な作家論、作品論になっており、そういう意味では坪内祐三『考える人』(新潮文庫)同様、読書の幅をぐっと広げてくれる1冊だ。また本というものがどれだけ大切に作られ、大事にされてきたかもわかり、すっかり消費物になってしまった現代で、本を作り、営業している身からすると背筋が伸びるというか、本のすごさを思い出させてくれた。
一日中社内にこもってデスクワーク。
DM、新刊チラシ、FAX注文書を作る。
夜、まもなくブータンに旅立たれる高野秀行さんと酒。
今度こそ雪男がみつかるよう乾杯す。
気づいたら娘のサッカーチームのアシスタントコーチに任命されていた。
このままいくと、三年後には浦和レッズの監督になっている可能性も高い。その際は、私のサッカー観を伝えるのに15年はかかるはずなので、フィンケ以上に長い目で見て欲しい。
......なんて冗談はコーチにはきかないのである。
なぜなら子ども達にとって、指導者はとっても大切で、いい指導者に巡りあえばサッカーはもちろん人間性も大きく育つのである。逆に私のように中学のサッカー部の顧問と相性があまりに悪く、サッカーからしばらく距離を置くどころかすっかりグレてしまった人間もいるのだ。
コーチの何気ない一言や行動が、多感な年代の子ども達を深く傷つけサッカーが嫌いにしてしまうことを身を持って経験しているので、ただいま『サッカーで子どもをぐんぐん伸ばす11の魔法』池上正(小学館)や『FCバルセロナスクールの現役コーチが教えるバルサ流トレーニングメソッド』村松尚登(アスペクト)などを読んで、猛烈に勉強中。
夜、鏡明さんの『二十世紀から出てきたところだけれども、なんだか似たような気分』の出版記念イベント、大森望さんとの公開対談を青山ブックセンターで行う。
本の雑誌社に入社するまで、実はほとんど「本の雑誌」を読んだことがなく、入社してからもしばらくは、鏡さんの連載「連続的SF話」は、チンプンカンプンで何が面白いのかさっぱりわからなかった。
それがいつ頃からだろうか、目黒考二曰くの「コンテキスト」の坪が私のなかでいっぱいになったのか、猛烈に面白く感じるようになり、それどころか私の知っている人間のなかで、こんなにカッコよく頭のいい人はいない!と思うほどになったのである。
しかしお会いするのはこの夜が初めてで、私が心のどこかでこんなすごい人が実在するわけがない、鏡明は幻の人だと考えていたのだが、そこに190センチ近い巨人・鏡明氏が実際に現れてのである。
大森望さんもさすがにリスペクトしている様子で、いつものワルモノぶりは薄く、しっかり鏡さんの面白さを引き出されていて、楽しい時間であった。それどころか2940円もする本が、たくさん売れて、私も青山ブックセンターのMさんも大喜びであった。
ちなみに話のなかでこの本の書名を私がつけた、ということになっていたが、そもそも『二十世紀から出てきたところだけれども、なんだか似たような気分』というのは鏡さんが連載のなかで使ったフレーズで(その回は収録されていない)、タイトル会議のときに浜本から「植草甚一さんのような長いタイトルにしたい」と言う提案を受け、バックナンバーを読みあさり、タイトルに使えそうなフレーズを探したのであった。だからそもそもこの書名は鏡明さんがつけたというのが正しいのではないか。
通勤読書は定食に身を捧げる作家・今柊二の最新作『立ちそば大全』(竹書房文庫)である。
山手線一周立ちそば巡りや7大チェーン食べ歩きなど、我らがサラリーマンの味方である、立ちそば屋を徹底ルポだが、今柊二の細かなこだわりとその軽妙な書き口がたまらない。行間からダシと醬油のたまらない匂いが湧き出てくるようだ。今日の昼飯はそばで決まり!
ちなみに笹塚駅には福寿草という立ちそば屋があり、これは本の雑誌の社員に愛されている生そば系の名店である。
三省堂書店神田神保町店さんを訪問すると、その入口で『1Q84』のカッコいいフェアが開催されていた。舞台となる東京のコラージュ風地図にイメージ写真をクリッピング。担当のKさんに話を伺うと写真はスタッフの方がわざわざ撮ったもので、なんと『1Q84』購入者には、特別小冊子が付くという。
先日紹介した有隣堂さん配布の小冊子といい、一冊の本の発売に、こんなに店頭が楽しんでいるのを見たことがない。
今日はランニングするので、早く帰る。
なぜか二日続けて上野にいる。
本日は宮田珠己さんと「スットコランド日記」2周年感謝祭として、上野動物園を散策するのであった。
いや実は私が見たい鳥がいて、たぶんヘンなモノ好きの宮田さんも気に入ってくれるだろうと、お誘いしたのであった。
その鳥はハシビロコウといって、頭と身体のバランスが異常な、まるで出来損ないの玩具のような鳥なのだが、実物は写真以上に強烈で、大笑いであった。宮田さんもさぞや喜んでくれただろうと思ったら、一番食い入るように見ていたのは、コウモリがぶら下がって寝ているところで、しかもその足が照明の取付枠にひっかけているのがたまらない様子であった。
宮田さんとつき合いだして、ずいぶん経つが、相変わらずまったく理解不能。
夜は、太田和彦さんの『居酒屋百名山』(新潮社)の出版記念会。
わざと百名山に入れなかった恵比寿の居酒屋「さいき」にて。あるテーブルには、東海林さだおさん、嵐山光三郎さん、川上弘美さん、平松洋子さん、我らが椎名誠と座って和気藹々と日本酒を飲んでおり、一緒にいった単行本編集のミヤザトと「東京ってすごいね」とミーハーに興奮してしまう。
京王線を営業すると、調布の真光書店さんで、水木しげるの大々的なフェアが開催されていた。「ゲゲゲの女房」がNHKの朝の連ドラでスタートしたのを受け、地元の水木さんを応援されているのだろう。
その棚をじっくり見ていると、端っこのほうに「ゲゲゲの鬼太郎」や「ねずみ男」のイラストが入ったブックカバーが並んでいるではないか。
なんじゃこれ? と手にとって眺めていると文庫担当のNさんがやってきて「それ数量限定で付けている文庫カバーなんですよ」と言うではないか。おお、これは「書皮」マニアというか本屋さん配りモノマニアの私としては、絶対手に入れるべきアイテムだ。もちろん水木しげるファンにとっても大切なものになろうだろう。
早速、文庫本2冊(カバーが2種類ある)を購入し、その限定水木しげるカバーを付けてもらう。
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営業という仕事柄、話にのってくる人の表情というのは何度も見たことがあるが、酒にのってくる人というのを本日初めて目撃する。
夜、このWEB本の雑誌の連載「下町放浪 浅草、上野、神田ぶらりぶらり」の取材に同行し、大竹聡さんと花見で賑わう上野公園に向ったのである。
あまりの寒さにおっさん二人は怯み、ひとまずもなにも、着いてすぐ、身体を温めますかと言う感じで一軒の売店に入った。瓶ビール1本とおでんを頼み、まあこの1本を飲んだら、公園をぶらりぶらりとし、どこか上野の飲み屋に向かうんだろなとお互い考えていたはずだ。
ところがその瓶ビールが空になった頃、何が理由かわからないが、大竹さんの瞳孔がガシッと開き、顔をぐいっと乗り出してきて、「熱燗!」と叫んだのであった。取材はどうするんだ?と思ったが時すぎで遅し、そこからはもう誰にも止められない飲みっぷりで、気がついたら、銀座のオシャレなバーで、ヘロヘロになっているではないか。この連載、大丈夫だろうか、いろんな意味で......。