5月9日(日)
「ドスン!」という音ともに、ところどころ芝のめくれたサッカーコートの真ん中で女の子が倒れた。相手の蹴ったボールをもろにお腹で受けたようだったが、ベンチからはそれが誰だかわからなかった。私の娘のチームであることは間違いない。審判が試合を止めるホイッスルを鳴らすと選手たちがその倒れた子の周りに集まり、一層見えなくなってしまった。隣で指揮をしていた監督は立ち上がるとその輪に向かって走っていった。
監督が抱え上げたのは私の娘だった。
急に心臓の音が大きくなったような気がした。私も慌てて駆け寄ると、監督から娘を抱き取った。娘はお腹を押さえて泣いていた。泣くのも苦しい様子だった。
★ ★ ★
少女サッカーは、アンダー12(5、6年生)とアンダー10(4年生以下)に分かれて試合が行われる。一昨年の冬からサッカーを始めた娘は、この春4年生になったので、アンダー10の最上級生というわけだ。
昨年までは週末の練習や試合のうち片方だけ行けばいいやとのん気に考えていたようだが、さすがに4年生になってからは、サボらずに行くようになっていた。ただそうは言っても、私がうるさいから行くというような感じであり、真剣に取り組んでいなかった。だからアンダー10のチームのなかでも下手な方から数えた方が良い実力だった。
それがゴールデンウィーク前に行われた大会に出場し、2日目の最終戦まで優勝の可能性を残したあたりから目の色が変ってきたのである。「優勝するとトロフィー貰えるんだよね? 誰が貰いに行くの? キャプテン? 明日私がキャプテンの番なんだけどどうしよう」と、すでにサッカーボールを蹴った少女がてっぺんに付くトロフィーを手にしたような話しぶりだった。
しかし残念ながら決勝戦で負けてしまった。
それもディフェンスである娘が、一度はボールを奪ったのに、再度相手フォワードに奪い取られゴールを決められてしまった。だれも娘を責めはしなかったが、みんなそのことを知っていた。そして誰よりも娘が知っていた。
帰りの車のなかで、娘はポツリと呟いた。
「負けるの、くやしいね」
★ ★ ★
それから一週間後、新しい大会が行われていた。
娘のチームは前日が1勝1敗の成績で、その1敗は県内で一番強いチームに5対0と圧倒的にやられたのであった。そして2日日の1試合目は勝利し、また決勝戦でその強いチームと当たったのだった。
その試合前、監督が選手たちに質問する。
「昨日めちゃくちゃやられたチームだけど、試合できるのうれしい人?」
ハイと手を上げたのは娘だけだった。
娘は堂々とコートに入っていくと、監督に支持されているセンターバックの位置に着いた。その姿は、もはや立派なサッカー選手だった。それから十数分後、娘はお腹にボールを当てて、治療のため退場となった。
★ ★ ★
前半を終えハーフタイムになると、チームメイトたちが集まってきた。
「大丈夫?」
「無理しないでいいよ」
「私、代わりに頑張るから」
いつもはそんなに仲が良くない子も真剣な表情で娘を励ましていた。
その言葉を聞いて娘の泣き声はより一層強くなったのだが、その涙はおそらく別に意味に変っていたのだろう。
監督から「いけるか?」と聞かれると、娘はユニフォームの袖で涙を拭い、力強く頷いた。
後半が始まる。
娘がグラウンドに立つ。
私が親指を立てて手を上げると、娘も手を上げた。
ドリブルで一気に駆け上がってきた敵のフォワードに、娘は突っ込んで行く。
監督が抱え上げたのは私の娘だった。
急に心臓の音が大きくなったような気がした。私も慌てて駆け寄ると、監督から娘を抱き取った。娘はお腹を押さえて泣いていた。泣くのも苦しい様子だった。
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少女サッカーは、アンダー12(5、6年生)とアンダー10(4年生以下)に分かれて試合が行われる。一昨年の冬からサッカーを始めた娘は、この春4年生になったので、アンダー10の最上級生というわけだ。
昨年までは週末の練習や試合のうち片方だけ行けばいいやとのん気に考えていたようだが、さすがに4年生になってからは、サボらずに行くようになっていた。ただそうは言っても、私がうるさいから行くというような感じであり、真剣に取り組んでいなかった。だからアンダー10のチームのなかでも下手な方から数えた方が良い実力だった。
それがゴールデンウィーク前に行われた大会に出場し、2日目の最終戦まで優勝の可能性を残したあたりから目の色が変ってきたのである。「優勝するとトロフィー貰えるんだよね? 誰が貰いに行くの? キャプテン? 明日私がキャプテンの番なんだけどどうしよう」と、すでにサッカーボールを蹴った少女がてっぺんに付くトロフィーを手にしたような話しぶりだった。
しかし残念ながら決勝戦で負けてしまった。
それもディフェンスである娘が、一度はボールを奪ったのに、再度相手フォワードに奪い取られゴールを決められてしまった。だれも娘を責めはしなかったが、みんなそのことを知っていた。そして誰よりも娘が知っていた。
帰りの車のなかで、娘はポツリと呟いた。
「負けるの、くやしいね」
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それから一週間後、新しい大会が行われていた。
娘のチームは前日が1勝1敗の成績で、その1敗は県内で一番強いチームに5対0と圧倒的にやられたのであった。そして2日日の1試合目は勝利し、また決勝戦でその強いチームと当たったのだった。
その試合前、監督が選手たちに質問する。
「昨日めちゃくちゃやられたチームだけど、試合できるのうれしい人?」
ハイと手を上げたのは娘だけだった。
娘は堂々とコートに入っていくと、監督に支持されているセンターバックの位置に着いた。その姿は、もはや立派なサッカー選手だった。それから十数分後、娘はお腹にボールを当てて、治療のため退場となった。
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前半を終えハーフタイムになると、チームメイトたちが集まってきた。
「大丈夫?」
「無理しないでいいよ」
「私、代わりに頑張るから」
いつもはそんなに仲が良くない子も真剣な表情で娘を励ましていた。
その言葉を聞いて娘の泣き声はより一層強くなったのだが、その涙はおそらく別に意味に変っていたのだろう。
監督から「いけるか?」と聞かれると、娘はユニフォームの袖で涙を拭い、力強く頷いた。
後半が始まる。
娘がグラウンドに立つ。
私が親指を立てて手を上げると、娘も手を上げた。
ドリブルで一気に駆け上がってきた敵のフォワードに、娘は突っ込んで行く。