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8月11日(水)

 今日から娘と息子はジジババの家に泊まりに行き、家には私と妻だけ(義母はいるが)となる。

 参った。
 たとえ車のなかの十数分間でもふたりだけになると会話がなく、どうしたらいいのかわからなくなり大混乱の上、赤信号を突っ走りそうになってしまうのに、三日間も二人だけというのはどうしたらいいのか。

 これが営業なら天気の話から始めて、売れている本や面白い本の話でもすれば、どんどん膨らんでそれこそ朝まで話しは尽きないのであるが、今朝起きた瞬間に妻との会話は話が尽きているのである。

 決して仲が悪いわけではなく、共通する話題がないだけだと思っているのだが、それは私の一方的な思い込みかもしれない。とにかく私が話せることは、サッカーのことと浦和レッズのことと娘のチームのことと本の話だけで、妻はたぶん......。うーん何に興味があるんだろうか。

 朝から家に帰るのが不安になり、誰か誘って飲みに行こうかと思ったが、なんだかこういう日に飲みに行くのもわざとらしい。かといって早く帰ると喜んでいると思われるのも素敵な勘違いであって、何度も何度も「お疲れ様でした」といっては帰らない私を、社員一同不審者のような目で見つめるのであった。

 結局、妻が寝ているかもしれない、でも起きているかもしれない、どっちつかずな時間に帰ったのだが、居間の明かりがついているのを遠くから発見し、そこで自転車のブレーキをかけ、立ち留まった。

 深呼吸して、考える。
「ただいま」
「おかえり」
「子どもたちはいないのか?」
「朝からいないでしょう」
「そうだった」
「......」
「......」

 三秒で終わってしまいそうな会話だ。
 
 いやはや、どうしたらいいんだ。
 ひとまずUターンして、スーパーに駆け込み缶チューハイを買う。そして店頭で一気にあおる。生暖かい風が吹く中、少しだけ勇気が湧いてきた。

 どうせならここで12月にイギリスにサッカーを見に行くことを宣言しちゃえばいいんじゃないか。

「俺、イギリスに行くから」
「えっ、なんで?」
「サッカー、観に」
「えっ?!」
「友だちがイギリスに留学したからそれで」
「えっ?!」
「......」
「......」

 やっぱり三秒しかもたなそうだ。

 いったい他の夫婦はどんな会話をしているんだろうか。それとももしや夫婦が会話するというのは幻想で、どこの夫婦も会話なんてしていないのかもしれない。そうか会話しなきゃいいのか。

 いつまでもスーパーの前にいるわけにはいかないので、自宅に向かう。
 頼む、寝ていてくれ。


※「炎の営業日誌」10周年まであと13日

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