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8月27日(金)

さよならもいわずに (ビームコミックス)
『さよならもいわずに (ビームコミックス)』
上野 顕太郎
エンターブレイン
842円(税込)
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 伊野尾書店の伊野尾さんを訪問。

 伊野尾さんは最近出会った若い書店員さんの言葉を話してくれた。

「その書店員さんが、言うんですよ。本屋さんって悩んでいる人とかつらいときに来てくれる人がいて、私はそういう人に応えられるお店にしたいって」

 実は私も数年前、目の前に配られたカードがすべてジョーカーで、絵札どころか2や3すらない、絶望の淵に立たされたときがあった。もはや自分の力で、どうすることもできない。駅のホームに立っているとまるでドラマのように列車の音が聞こえ、握りしめた手には脂汗がじっとりしていた。

 営業にでかけてもとても人と話せるような状況ではなかった。
 私はどこをどう歩き、どう移動したのかわからなかったけれど、気がつくと、日頃、営業では訪問していない、小さな駅のなかの書店にいた。
 そのお店に入ったときの、肩から力が抜けた感触を今でも忘れていない。

 何がそうするのかわからないけれど、本屋さんという場所には、こんな言葉を使うのも恥ずかしいけれど"癒し"の効果がある。もちろん欲しい本が決まっていて駆けこんで来る人もたくさんいるだろうけれど、あの場所の、あの雰囲気に接したくて足を向ける人も大勢いるだろう。

 その苦しかった日に、本屋さんで何気なく手にしたエッセイによって、私は凝り固まっていた頭をやわらげることができた。

 目の前のジョーカーも時が立てば、スペードに変わるかもしれない。いや変わらなかったとしても、飼い慣らして一緒に暮らしていけるかもしれない。

 私はまさに本屋さんによって生き延びさせられた一人だとあの日以来考えているし、本との出会いというのは必要としたときにまるで呼ばれるように手にするもので、その出会いを作ってくれた本屋さんは私とって「いい本屋」さんなのであった。

★   ★   ★

 伊野尾さんとの長い話が終わって私が帰ろうとすると、「あっ杉江さんに読んで欲しいマンガがあるんですよ。奥さんを亡くしたマンガ家のその後を一年を描いたマンガなんですが、なんていうんですか、本を読んで泣くってことがあるでしょう。でもね、泣くっていうのはまだ娯楽なんですね。このマンガは泣けないんですよ。そんなもんじゃないんですよ。」と1冊のマンガ本を手渡してくれた。

『さよならもいわずに』上野顕太郎(エンターブレイン)

 確かに泣けない。でも全身に立った鳥肌が消えない。ものすごい力を持ったマンガだった。

 そしてこの本のなかにも妻を失った夫と娘が、本屋さんで本を買うシーンがあった......。
 本屋さんとは、本当に不思議で素敵な場所だと思う。

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