1月30日(木)
朝起きたら、いやその痛みで目を覚ましたのだった。
初めは足が攣ったのかと思ったが、足を攣ったときに感じる激痛ではなかった。アキレス腱からくるぶしにかけてジーンと痛みが襲っている。寝違えたのかもしれないともんでみたがまったく痛みは引かず、それどころかいちだんと痛くなる一方だった。
昨日は飲み会だったから日課のランニングはしていない。それでも今年に入ってから走り方を変えているため、もしやその疲労がたまり、ついにアキレス腱が切れてしまったのかもしれなかった。
立ち上がろうとしたがうまく立ち上がれず布団の上に転んでしまう。隣で寝ていた息子が「痛いよ」と叫んだが、私はそれ以上に痛いのだ。這うようにして居間にたどり着くと朝ごはんの用意をしていた妻が驚いた顔をして覗きこんでくる。
「どうしたの?」
「わからない。わからないけどとにかくアキレス腱とくるぶしが痛い。もしかしたらアキレス腱が切れちゃったのかもしれない。昨日の晩、何かブチンと切れる音を聞かなかったか?」
かつてサッカーの試合中にチームメイトの足首が発した音を思い出しながら聞くが、妻は首を大きく横に振った。
「でも動くんでしょう? だっから断裂じゃないでしょう。」
確かに力を入れれば足は動く。しかし動かした瞬間悲鳴をあげたいほどの痛みが全身を襲ってくる。
「お姉ちゃんが腱鞘炎で通っていた整形外科に行ってみれば?」
そう言って妻は娘が使っていた診察券を引き出しから探し当て、今日その整形外科がやっていること確かめてくれた。
痛いのは右足だった。果たしてこんな痛みを抱えて車を運転していけるのだろうか。整形外科どころか私は今、激烈な痛みとともに便意を催しているのであるが、トイレのある階下まで行けずにいるのだった。額を流れ落ちる脂汗は、足の痛みによるものか下腹部の痛みによるのかもうわからなかった。
肛門に力を入れながら私は考えた。本当にこの足はどうなってしまったのか。昨日はランニングはしなかったが営業でずいぶん歩いた。ここ数年足底筋膜炎の再発が怖くて、仕事中もスニーカーを履いているのだが、昨日は著者に会うため革靴だった。もしやそれがいけなかったのだろうか。あるいはランニングのし過ぎで、サッカー部の子たちがよくなる疲労骨折にでもなってしまったのだろうか。
肛門の力をゆるめた瞬間、私はあることを思い出した。部位は違うけれど、確かこの痛みは過去に経験したことがあるような気がした。もしやこれは......。
妻に言って取ってもらったスマホの画面を検索画面に切り替え、3つの言葉を入力する。
「痛風 痛み アキレス腱」
まさかと思ったが、検索結果がずらずらと画面に並んでいく。
そうか去年の夏の痛風発作は親指の付け根というまさに痛風発症ゾーンど真ん中に現れたのだが、今回は次に起こりやすいくるぶしとアキレス腱に出現したのか。そういえば昨日は初めて会う著者の前で緊張し、そして夜はいつもより多く酒を飲み、帰宅後、水を飲まずに寝てしまったのだ。それはすべて痛風によくないことだった。
「こ、これ、痛風だわ。薬箱にあるロキソニンを...」
そういった瞬間、妻はもちろんいつの間にか起きていた娘が笑うのがわかった。そして妻は這いつくばる私から離れ、朝食の準備のためキッチンに戻っていった。
おい! 痛風だって立派な病気だぞ。なんだその薄ら笑いは。俺はお前らのためにストレスフルな社会で戦っているからこそこんなことになっているんだ! ちくしょーと思わずイキんだ瞬間、危うく肛門が決壊しそうになってしまったではないか。危ない。痛風の痛みで身悶えしているだけで笑われているのに、漏らしてしまったらもはや父親の沽券に関わる。
とにかくトイレだ。それから今日どうするか考えよう。
階段の手すりにしがみつくようにして私は階下にあるトイレを目指した。