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7月31日(木)

推定脅威
『推定脅威』
未須本 有生
文藝春秋
1,458円(税込)
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 飲み会やらイベントやらで三日連続帰りが遅くなってしまったので、朝、歯を磨いている娘の背中に「今日は早く帰ってくるから」と声をかけた。

 すると娘は、あわてて口をゆすぎ、私の顔を見て言い放った。
「早く帰ってこなくていいからちゃんと仕事して! ドトールでお茶飲んでばかりなんだから!」

 どうしてバレているんだろうか。
 もしかしたら私が使っているスマホは、GPS機能付きのキッズ携帯なのかもしれない。

 猛暑復活。
 営業に出かけた瞬間、身の危険を覚える。ふらふらとドトールに吸い込まれそうになるが娘の声を思い出し、神保町駅へ向かう。

 高田馬場の芳林堂書店さんを訪問すると新刊平台に第21回松本清張賞受賞作『推定脅威』未須本有生(文藝春秋)が多面展開されていた。聞けば初回搬入分があっという間に売り切れ、2度めの追加注文だとか。

 次なるお店を訪問しようとしたところでふと思い出す。そういえば今日は長年お世話になった印刷会社の担当者Mくんの最終出社日だった。おそらく本の雑誌社にも挨拶に来ることだろう。

 というわけで会社に戻ると、ちょうど新任の担当者を連れてMくんがやってきた。

 8年前、新入社員としてやってきた彼は先輩社員とふたりで本の雑誌社の担当になった。こちらが何か言わなければ無駄口も叩かず、ただただ言いつけどおりに仕事をしているような印象だったが、気づけばMくんが担当になってから納期のズレや配本の間違いなどミスがほとんどなくなっていた。それどころかこちらが考えている時間よりも必ず少しだけ早く本や伝票が届く。

 特に『謎の独立国家ソマリランド』は予想を上回る反響で、何度か品切れの危機があったのだけれど、その度に納期を切り上げ対応してくれた。どれだけMくんが現場の人に頭を下げたのかわからない。そういう苦労を絶対顔に出さなかった。

 年に何度か上司を連れてMくんがやってくるときがあるのだが、その度に私は値引きはしなくていいから担当を絶対替えないで欲しいと言い続けていた。上司の方はその約束を守ってくれた。だから本の雑誌社の印刷物はすべてMくんに任せるようにしていた。

 一緒に酒を飲んだ回数は数えられる程度だった。ただ会社で顔を合わせば軽口を叩き、そして書籍の相談をする。Mくんはその場で答えられることはすぐに答え、わからなければ調べてきちんと教えてくれた。

  Mくんの顔を見るたびに、以前書店員さんに言われた言葉を思い出す。
「私が知りたいのは、どんな本が出て、それが自分のお店にいつ、何冊入るのか、それだけなの。それをきちんとしてくれる営業マンを私は信頼するわ」

 8年前、新入社員だったMくんは、私の目標とする営業マンになっていた。

「お世話になりました。また顔を出しますから」
 そう言ってMくんは去っていった。

 Mくんは、必ずまた本の雑誌社にやって来るだろう。

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