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12月12日(金)

「いい感じの中年になったな」と声をかけられた。

 驚いて顔をあげると、番線を押している仕入れ担当者の向こうにMさんがいた。Mさんに言われたんじゃしょうがない。なぜなら私が10代の頃からお世話になっているのだ。

 そこは東京駅前の大型書店、八重洲ブックセンター本店。かつて私も毎日働いていた場所だった。いつの間にか、本当にいつの間にか「かつて」という言葉が似合うほど時間が過ぎていた。

 予備校に通い初めて2ヶ月経った頃、大学に行っても何もしたいことがないと気づいた。気づくと同時に自分のしたいことがむくむくと膨らんできた。本を作りたい。本を作る人になりたい。突然「出版社で働いきたい」と言い出した私に、自身が就職活動で出版社に振り落とされていた兄から「高卒で入れるわけがない。ならば出版社が雇いたいと思う人材になれ」と薦められたのが、売る現場である本屋さんでのアルバイトだった。

 それまで自分の住む町の本屋さんしか知らなかった私が、当時日本一の売り場面積を誇る八重洲ブックセンターで働き出して一番驚いたのは、その大きさではなく、そこで働く人たちの本気さだった。1冊でも多くお客さんに届けるため、仕入れに、売り場づくりに、接客に、みんな恐ろしいくらい真剣だった。真剣な大人を見るのは初めてのことだった。いつか私もそういう大人になりたいと思った。

 あれから25年経った今、もし私が「いい感じの中年」になれているのだとしたら、それはすべてMさんはじめ八重洲ブックセンターのおかげだった。

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