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12月16日(金)

喧嘩
『喧嘩』
黒川 博行
KADOKAWA
1,836円(税込)
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重版未定
『重版未定』
川崎昌平
河出書房新社
1,080円(税込)
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 かつてとある地域に出張に行き、地元の書店員さんの車に乗せていただいて書店を廻ったことがある。そのときテールランプの真っ赤な列が一直線に並ぶ通勤渋滞の中で、「東京だったら通勤電車のなかで本が読めるけれど、私たち田舎の人間は車だから本が読めないんですよ。東京で本がたくさん売れるのは電車通勤のおかげですよ」と言われ、大いに頷いた。

 あれからどれくらい時が過ぎただろうか。10年くらいだろうか。通勤時の京浜東北線で本や雑誌を広げている人なんてほとんどいない。ホームにいるときからみんな手に持っているのはスマホだ。スマホを見ながら電車に乗り込み、顔をあげることなく電車に揺られ、降りてもスマホを握りしめている。自分だって気づけば10分や20分スマホを見ているときがある。本を読むのに「本を読むぞ」と意識しないとカバンから本が出てこない。

 持ち運べなかったものが持ち運べるようになり、新たなエンターテイメントも現れ、でも時間は24時間しなかく、そして東京でも本は売れなくなった。スマホの中に入るか、スマホの中で購買意欲を煽るか、スマホでは味わえないものを作り出すか、スマホを使わない層に向けて作るか、スマホに飽きるのを待つか。

 毎日電車に乗るとついついひとり会議を開いてしまうが、いくら考えたって本が売れるわけではない。カバンから本を取り出す。この世に本という存在があることをみんなに思い出してもらうために。

 手にしたのは黒川博行『喧嘩』(KADOKAWA)。
 前作『破門』で組と縁が切られ堅気になった桑原といちだんとしけた暮らしをしている建設コンサルタントの二宮が、選挙に絡む人間の欲望をかき乱し、あわよくば自分の欲望を満たそうとする。正義感なんてひとかけらもない〈疫病神〉シリーズ最新作、いつもどおり読み始めたら止まらない。

 昨日は直行直帰で某書店での店長会議に参加し、一昨日も一日中営業していたので、約2日ぶりに会社に顔を出すと、その弛緩した空気に反吐が出そうになる。

「売れない」「読まれない」「お客さんがお店に来ない」なんてどこ吹く風、心配なのはお昼ごはんに何を食べるかくらいで、今日と同じ明日が必ず来ると信じている。それが悪いわけではないだろうし、キリキリしながら作った本がいい本になるとは限らない。人生平穏無事な毎日が一番いい。

 でも、性分なのか、どうしてもそういう生ぬるいなかで生きられない。生ぬるい空気のなかで生ぬるくなりそうになる自分も許せない。営業の役割はそうした社内にどれほど最前線の状況を伝えられるか。ただ、聞く耳を持つように話すのは難しい。話す代わりに川崎昌平『重版未定』(河出書房新社)を配ろう。

 息子の誕生日なので定時であがる。
 自宅のある駅に着いたのが19時過ぎで、そういえば息子の塾が終わる頃ではなかろうかと塾を覗くが、駐輪場に息子の自転車はない。

 メインストリートとはいえ、街灯は薄暗く、交差点では車が突然顔を出し、正面からはライトを付けていない自転車が勢いよくやってくる。小学校6年生の息子が、こんななかひとりで帰っているのか。

 もしかしたら追いつけるかもとペダルを漕ぐ足に力を入れる。息が上がってきた頃、国道を渡る横断歩道の向こうに息子の背中が見えた。大きな声を出して呼び止めようとすると、息子の前には娘の姿があった。2台の自転車が縦に並んで走っている。そういえば、数日前、妻が「お姉ちゃんが同じ頃駅に着くから塾で待って、一緒に帰ってくれている」と話していたのだ。

 一度渡った横断歩道を戻り、駅前のスーパーに向かう。娘が大好きなお菓子とジュースを買って帰ろう。

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