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4月23日(日)新潟取材一日目の日

 大宮駅9時18分発、Maxたにがわ309号の2階立て車両に宮田珠己さんと乗り込み、「WEB本の雑誌」から「本の雑誌」に連載場所が移った「たのしい47都道府県正直観光案内」の新潟県の取材に、運転手兼栄養管理士として同行す。

 いかんせん宮田さんは、旅先でコンビニのおにぎりしか食べない人で、今回の旅においても晩飯のリクエストを訊ねたところ、新潟に行くのだから山海の幸がたくさんあるにも関わらず、「丸亀製麺でかまいません」と返事を送ってくる人なのである。これほどまでに食に興味のない作家はこの世にいないと思うけれど、途中、行き倒れてしまっては連載が「全国26都道府県〜」と中途半端に終わってしまい書籍化も危ぶまれるため、私が食事指導にのりだすことになったのだ。ちなみに私は好き嫌いが激しく、山海の幸は食べれません。

「杉江さん、本の雑誌社は休日出勤手当はあるんですか? 今日はつきますか?」
 突然、新幹線の車中で宮田さんが訊ねて来る。
 零細出版社なんて、休日出勤手当どころか平日出勤しても給料がでるかおぼつかないわけで、手当なんてこれまで20年以上勤務して見たことありませんよと答えると、「ブラック企業ですね」と、まるで代理人の弁護団かのように厳しく指摘してくる。さすが日々休暇について考えている人だ。休みに関しては人一倍過敏なのであった。

 ただし問題は今回の「運転手兼栄養管理士」というのが仕事なのかどうかというのが自分のなかではっきりせず、どちらかといえば、自宅にいるよりも自由で、会社にいるよりも健康的で、正直に申せば、羽根を伸ばしに来ているといっても過言ではなく、私の方としても強く会社を訴えられない気持ちもあるわけだ。

「杉江さん、甘いですよ。休日こそは労働者の権利ですからそこはしっかり主張すべきです」
 あくまで宮田さんは本の雑誌社と戦う姿勢である。 

 新幹線はあっという間に越後湯沢に着き、駅前で予約していたレンタカーを借り受け、そこからは観光もといバカンスもとい取材が始まり、長時間労働の末、夜、燕三条のワシントンホテルに宿をとる。ちなみに本日まわったコースにはコンビニが一軒もなく、宮田さんは危うく飢え死にしそうになっていたことを最後に記しておく。

4月14日(金)ハラワタ煮えくり返る日

 昨日突如湧いたあまりにくだらない問題を整理したところで、またひとつ新たな問題が発生する。しかも不誠実な対応にハラワタ煮えくり返る。

 結局、本の力をいちばん信じていないのは出版社で、本の力を伝える工夫を最もしていないのも出版社なのではなかろうか。

4月13日(木)ギガバイトが財産だと知る日

 夜、某所で飲み会。今、どうしたら本を読者に届けることができるだろうかと真剣に議論する。こういう飲み会なら毎夜続いても構わないのだが、ほとんどの飲み会がただ酒を飲むだけの会なのが残念でならない。

 そちら方面の飲み会は時間の無駄になるのでなるべく家族の病気などと嘘をついて断るようにしているのだけれど、どうしても断れないときは烏龍茶を飲みながら念仏を唱えるようにしている。

 この夜、同席した若い人が、「私は車よりもギガバイト(スマホの通信量)が欲しい」と話していたことに衝撃を受ける。

 現代の若者にとってギガバイト(通信量)は、財産(お金)なんだというではないか。7ギガ制限の人は7ギガしか知識が持てず、16ギガあればそれだけ知識が増えると考えているそうだ。

 ならば雑誌の付録にへんなバッグやらをつけるよりもギガバイト(通信量)をつけたら売れるのではないだろうか。

4月12日(水)本屋さんで涙を流した日

 精神的疲労困憊。

 大きなひとつのストレスよりも、小さな悪意のない悪意の重なりのほうが、心を苦しめることを知る。「飲み込め」と自分に言い聞かせながら、いちばんの心の薬である営業にでかける。

 今年、駒込にオープンしたBOOKS青いカバさんに「本の雑誌」を届ける。新刊も古本も同時に扱う「本屋」さんであるが、オープン時には空いていた棚もいつの間にかしっかり埋まっている。在庫(買い取り)も順調なようで、元リブロのO店長がとても楽しそうにレジに立っているのがなによりだ。

 しばし古本の棚を物色し、こんな心持ちのときにぴったりな原田泰治『ふるさとの詩』(朝日文庫)と息子の中学の入学祝いに小島武夫『負けない麻雀』(日本文芸社)を買い求める。

 そのまま南北線に乗って王子に向い、O店長が大好きなブックス王子さんを初訪問。

 お店の佇まいから中に入った雰囲気まで、すべてが自分が子どものころ通っていた本屋さんそっくりで、気づけば涙があふれている。

 しばし呆然と涙を流していると、おそらく店長さんであろう補聴器をつけたおじいさんが、時代小説を買う常連さんに、「あれ、その巻買ってなかったっけ?」と声をかけ、また雑誌を買い求めようとしていたお母さんが抱っこしていた赤ちゃんが泣きだしてしまったところ、「ほらほら、これあげるよ」と言って、おもちゃをあげたりしいるではないか。

 本屋は人、と言われることがよくあるけれど、ならばこんなに素敵な本屋さんはないだろう。

 直帰後、ランニング。10キロ。ストレスはほとんど消える。

4月11日(火)本屋大賞を発表する日

  • 本屋大賞2017 (本の雑誌増刊)
  • 『本屋大賞2017 (本の雑誌増刊)』
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    3,540円(税込)
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  • 【第156回 直木賞受賞作】蜜蜂と遠雷
  • 『【第156回 直木賞受賞作】蜜蜂と遠雷』
    恩田 陸
    幻冬舎
    1,959円(税込)
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 2017年本屋大賞発表会。

 まさかのアジアチャンピオンズリーグ上海上港戦と重なる。どうみても今年いちばん燃える試合になるはずで、本屋大賞の日程を変更していただくよう実行委員会に願い出るも誰も相手にしてくれず。親の死に目に会えないのは我慢するけれど、浦和レッズが埼スタで戦っているのを応援できないのはつらすぎる。夜中にツメを切ったせいだろうか。

 泣く泣くチケットを娘に託し、明治記念館へ。

 2017年本屋大賞は、恩田陸の『蜜蜂と遠雷』(幻冬舎)に決まる。二度目、直木賞とのダブル。それだけのハンデを背負ったなかでの受賞は、作品の力以外なにものでもないだろう。

 ちなみに本と同様に音楽がないと生きていけない私であるが、そんな私が初めて自分が愛する音楽というものがなんなのか『蜜蜂と遠雷』は理解させてくれた小説である。

 音を言葉にする、そして音楽がどこから生まれるのかこれほどまでに再現できた小説は他にないだろう。クラシックのピアノコンクールが物語の舞台なのであるけれど、ジャンルを越えて音楽を愛する人すべてに読んで欲しい。

 二次会の途中、娘からメール届く。

「ラファのチャント、パパより先に歌っちゃった!」

4月10日(月)入学式から撤退する日

  • 本の雑誌407号2017年5月号
  • 『本の雑誌407号2017年5月号』
    本の雑誌編集部
    本の雑誌社
    734円(税込)
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 息子、中学校入学。昨夜、私が着てもブカブカだった制服を着て、妻と入学式に向かう。私は学校に行くと校舎の窓ガラスを割りたくなってしまうという奇病に取り憑かれているため、玄関でお見送り。

 それにしても娘も高2となり、育児もそろそろゴールが見えてきたところか。これまでの育児を総括すると、手間から金。精神面と時間の負担から始まった育児は、後に教育費との戦いになる。主に塾の請求書は通貨の単位を間違っているとしか思えない。

 出社。本屋大賞発表会の準備。二次会の案内やら領収書やら制作していると、「本の雑誌」2017年5月号が搬入となる。

 国語の教科書を特集するという前代未聞の号なので、どうなるか心配しながら企画を立てていたのだけれど、出来てみれば全方位から教科書の未知に迫る非常にいい出来映えで、満足感に浸る。雑誌作りはそういうところが面白い。

 夜、報道関係から謎の問い合わせが増えてきたので、暗号解読は事務の浜田に任せ、仕事をあがる。

 家に帰ると、息子が居間で寝ていた。

4月7日(金)

 乙川優三郎の新刊『R.S.ヴィラセニョール』(新潮社)を堪能す。深く堪能する。どっぷりと浸かり、最後のページを読み終え本を閉じても、しばらく頭のなかに世界が広がり続けている。小説とは、これほどまでに深く、濃く、美しかったのか。

 フィリピンから弟や妹の暮らしのために出稼ぎで日本にやってきた父親とその父親が稼いだ金をすべてフィリピンに送金しても愚痴ひとつこぼさず内助の功で支えてきた日本人の母親の間に生まれた主人公、レイ・市東・ヴィラセニョール。彼女は、容姿に父親の影響が色濃く出ていたため、幼き頃から世間の目と闘って過ごしてきた。しかし母親の実家の援助もあり、美大で染色を学び、房総半島に古い家を改修し染色工房を構え、自身の作品が認められる日を夢見、作業に没頭している。

 その染色という世界の美しさも読みどころなのだけれど、この本は、ヴィラセニョール一家のファミリーの物語だ。しかしファミリーと言ったらかといって家族の小さな話ではない。血の物語。兄弟、従兄弟、一族、母国、どんなに遠く離れても、時間が経っても切ることのできない、血の物語なのである。そう、『R.S.ヴィラセニョール』は、乙川優三郎版『ゴッドファーザー』だ。

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 昨夜も遅くまでリハーサルした本屋大賞の発表会を4日後に控え、恐ろしいほどのメールが飛び交いだす。暴風域に突入。

 午前中は、本屋大賞だけでは満足できない、いつもの「本好き悪巧みトリオ」で新たなプロジェクトの打ち合わせ。素晴らしい企画を思いつく。どうにか実現させたい。

 午後は逃亡するかのごとく営業にでる。しかし心のなかに闇が湧き出し、電車を降りるのが苦しくなってしまう。

 こんなメンタルで営業なんてとてもできないと思いつつ、訪問した書店でしばし担当者さんに声もかけずぼんやり棚を眺めて過ごす。そうしているうちに、少しずつ闇が薄まる。私にとってもっとも精神が安定するのが本屋さんなのだ。

 若干回復したメンタルで営業に勤しんだ後、一路埼玉スタジアムへ。ここに来れば闇も何もあったものではない。心を空っぽにして、我が浦和レッズを応援するのみ。

 そしてまさかの7対0という大勝利を目撃し、闇は消え去る。

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