書店員矢部潤子に訊く/第4回 お店を動かす(5)フェアの本は棚の本と必ず入れ替える
第5話 フェアの本は棚の本と必ず入れ替える
矢部 この間フェアの話ちょっとしたでしょ。
── はい。矢部さんあんまりやってなかったような...と(笑)。
矢部 言われて思い出してみたんだけど、少なくとも芳林堂書店では一度もやったことがなかった(笑)。
── やっぱりそうでしたか。
矢部 というか、そもそも自分がいた理工書の階にフェア台がなかったし、新刊台もなかったと思う。
── え? そうなんですか。じゃあ棚と棚下平台しかないんですか。
矢部 芳林堂は多層階だったからエレベーターがあって、エレベーターが開くと目の前がレジで、レジの隣に中置きの棚が2本あって。
── そこが新刊台じゃないんですか?
矢部 いやいや、そこは科学一般ていうジャンルの棚で、棚下平台には当然科学一般の本が積んでありました。新刊はそれぞれのジャンルに入れる。もしかしたら、文庫にも新刊台がなかった気がするんだよね。新潮文庫の新刊なら、新潮文庫の棚下に積んでただけだったかも知れない。さすがに1階の文芸書には、新刊台というか新刊棚はありました。フェア台はなかったけど。
── 今ならまずフェア台って感じでお店を作りますよね。本屋さんの設計っていうのもずいぶん変遷があるんですね。
矢部 そうね、今はお店の入口近くの目立つところにフェア台がある本屋が多いよね。そのフェア台の位置で言いたいことあるんですけど、言ってもいいですか(笑)。
── 思う存分言ってください(笑)。
矢部 フェア台を何台も同じゾーンに作ってる本屋さん、あるでしょ。例えば、お店の入口付近やレジカウンター前に120cm×120cmが4台とかあって、全く違う4つのフェアを一か所でやってるのね。あれ、意味ないんじゃないかなっていつも思うんだけど。
── でもよく見かけますよね。フェアコーナーみたくなってるの。
矢部 フェアって、そこでお客さまに足を止めてもらいたいわけだから、店内の一カ所で固め打ちするってもったいないと思うんだよね。それが店舗の入口付近だと、余計にね。フェア台を複数作るんなら、フロアのあちらこちらに作って、それぞれで止まってもらって、見てもらって手に取ってもらう。で、お客さまが顔を上げると、あらあちらにも面白そうなフェアって、次のフェアが目に入って、次第に奥へ奥へ入り込んじゃう、というようなことになってもらいたいよね。店全体で推す大きなフェアをやるための平台は、店舗の入口付近に1台あってもいいけど、それ以外は散らして、ジャンルやフロアの拠点にしたらって思うんだけどね。
── お店全体を見てもらいたいですもんね。ところでフェアというのは根本的な発想としては売上を取りに行くものなんですか?
矢部 違う。
── 違うんですか!
矢部 いや、違わない(笑)。売上げが取れればそれはもちろん嬉しい! まぁでもなかなかね。渋谷店のときに、専門書のフェア台で、建築と芸術を横断するフェアを四苦八苦してやったんだけど、そのときはすごく売れて自分でも驚きました。フェアをなんのためにやるかって言ったら、いろいろな本を知るってこともあるし、今まで考えてもいなかった脈絡からの売り方に気付くってこともあるなぁと。
── それは日常ではなかなか気づき難いものですか。
矢部 要するに、今まで、この本はこの棚のここに入れるってことになんの迷いもなかったけど、こちらから光を当てればまた違う切り口があるかもって思い付いたことが、フェアなら実験できるよね。この本とこの本を、こんなつながりがあるから試しに並べてみようって。うまく売れたりすれば、より相応しい場所やより売れる場所を発見できるかも知れない。
── 本も知れるし、売れる場所も知れるというわけですね。
矢部 そうそう。だからね、私は出版社のフェアも実は好きです。新しい発見があったり、違う見方を教えてくれるかも知れないと思うんだよね。出版社お仕着せのフェアばかりって怒られることもあったけど、自分たちで企画したフェアだって、そんなに立派なものが年間通してずーっとできるわけでもないでしょ。とくに、出版社の文庫や新書のフェアは、それに合わせて重版したりするから、品切れだった本も入ってくるし、帯や装丁が新しくなっていたり、新版になっていたりするものもある。そうすると、自分の店の棚にある本が古いってことに気付けるよね。
── そういう見直しのためにフェアが重要なんですね。
矢部 売れる売れないは当然あるので、規模や期間は見なくちゃいけないけど、出版社がいま力を入れてるものとかは分かるし、そういうものは知っておく必要もあるでしょ。宣伝もしてくれる。自分は知らなかったけど、お客さまと出版社が知っていて、意外なものが売れたりすることもあるし。
── 知らないことがいっぱいありますもんね。
矢部 なので、素直にそれに乗り、展開して、最後はフェアの本を棚に入れ込みます。棚が新陳代謝するだけでもいいことだと思うよ。ありがちなのは、フェアが終わったら、そのまま返すヤツね。
── えっ? それ、普通なんじゃないですか?
矢部 ううっ。やはりそれが普通か(笑)。最後に返品するとき、一番状態のいい本を1冊ずつ抜いて、棚の本と入れ替えてもらいたいんだよね。そうしないと、棚にあるのは古い装丁で、さっきまでフェア台にあったのは美しい新版ってことになるわけじゃないの。それじゃお客さまも棚から買う気にはならないだろうし。フェアが終わった後にやっぱり買おうと思った人が、棚に行って手にとったら古い版だったなんてことになったら、その人はもう棚から買ってくれませんね。うちの棚を信用しなくなっちゃった。本当はね、フェアを拡げたときに、まず入れ替えた方がいいんだけどね。
── すごい......。初めに入れ替えるなんて訊いたことがなかったです。もし初めにできないなら返す時に綺麗な本を棚と入れ替えるんですね。そんな苦労をしていたとは知りませんでした。結局、何もかも、本に手を伸ばしたお客さんの買う気持ちが少しでもマイナスにならないように工夫していくわけですね。
矢部 そうそう! いいこと言う(笑)。せっかく棚から手に取ってくれたのに、がっかりさせたくないものね。それにね、この入れ替え作業ね、実はすごく楽しいよ(笑)。
聞き手:杉江由次@本の雑誌社
(これまでお読みいただきましてありがとうございました。今回でいったん連載終了となります)
矢部潤子(やべ じゅんこ)
1980年芳林堂書店入社、池袋本店の理工書担当として書店員をスタート。3年後、新所沢店新規開店の求人に応募してパルコブックセンターに転職、新所沢店、吉祥寺店を経て、93年渋谷店に開店から勤務。2000年、渋谷店店長のときにリブロと統合があり、リブロ池袋本店に異動。人文書・理工書、商品部、仕入など担当しながら2015年閉店まで勤務。その後、いろいろあって退社。現在は㈱トゥ・ディファクトで、ハイブリッド書店hontoのコンテンツ作成に携わる。