書店員矢部潤子に訊く/第1回 書店員の仕事(1)最初に教わったこと教えること

はじめに
本の雑誌社 杉江由次

 2015年7月20日、リブロ池袋本店最後の日となるその日、私は「本の雑誌」の取材ユニット「おじさん三人組」のひとりとして、フロアマネージャーの矢部潤子さんに開店から閉店まで密着取材をしていました。最終日ということもあってお客さんはもちろん、たくさんの出版関係者が集まる中、矢部さんは旧交をあたためるわけでもなく、感傷に浸るでもなく、開店前には前日に売れて凸凹になった平台を積み直し、開店後は売り場を駆け回り本の補充に勤しんでおりました。

 もう閉店するのだし、入荷する本もないんだからそんなことをしなくてもいいんじゃないかとも思ったのですが、それは矢部さんだけではありませんでした。リブロ池袋本店の書店員だれもが閉店の21時まで、本を補充し、棚整理をし続けていました。

 書店員の仕事とはいったいなんなんだろうか──。最近はPOPを書いて何百冊売ったとか広告に推薦コメントが掲載されたとかそういう部分に目が行きがちですが、圧倒的日常は棚の前で過ごしているのです。そこで本とお客様の間に立ち、棚や平台を通して、一冊でも多くの本や雑誌が届くよう、見えざる工夫をされているのでありました。

 その工夫や考えを知りたくて、私は矢部さんにインタビューをすることにしました。矢部さんとの付き合いも20年以上になっていて、これまでもいろいろと話を伺って来たのでありますが、いつも店内を駆け回る矢部さんの背中を追いかけての会話ばかりだったので、席についてじっくり話を伺うのは初めてのことでした。

 これまで5回、合計10時間以上話を伺いました。私の拙い質問にもいつも的確な答えがすぐに返ってきました。それは予想や想像を遥かに超える奥深さであり、そしてなによりもすべてに理がありました。

 まだまだ聞きたいことがありますが、ひとまず、今、矢部さんから聞いたその言葉をここに公開しようと思います。何かに役立てて欲しいというよりは、ここにこのようにして本を売っていた人がいたのだということ、そして本を売るのはこれだけ奥深いのだということを残しておきたいからです。

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第1回 書店員の仕事 / 第1話 最初に教わったこと教えること

矢部 この間、掃除をしていたら2007年からリブロ池袋本店閉店までの手帳が出てきたの。懐かしくて見ていたら、2007年頃は意外と空欄が多くてね。それが改装をした頃(2009年)からだんだん空欄がなくなっているのよね。

── あら、真っ黒じゃないですか。しかも一日何個も予定が入ってますね。

矢部 サイン会とかイベントがこの頃から圧倒的に増えていったんですね。あと著者訪問も。

── 何時、何時に来る......と書かれてますね。しかも一日に何人も......。著者ってこんなに来てるんですか。

矢部 その間に新刊会議もあれば、版元さんとの商談もありますからね。

── 僕、20年くらい前に本屋でアルバイトしていたんですけど、その頃ここに書かれているような仕事はほとんどなかったような......。

矢部 ないですよね。著者が書店を訪ねて来るなんて想像できませんもん。

── サイン会以外で著者が来るなんて考えられなかったですね。

矢部 トークイベントもほとんどなかったですね。

── サイン会で大騒ぎしていました。

矢部 そうそう。あと増えていったのは取材かな。何時にテレビ局が来るとか。

── それ以外にも出版社が新刊のゲラやプルーフも持って来て読んでくれとか。そんなことも以前はなかったですよね。

矢部 ゲラなんてないですね。見たことも読んだこともありませんでした。そもそも本の表紙だって、入荷するまでわからなかったもの。最近はタイトルどっちがいいですか? とかそんなことまで訊かれることもある。

── 書店員の仕事ってすっかり変わっちゃいましたよね。

矢部 今はイベント屋さんかな。売場を作るより、何かをプロデュースするのが仕事なのかも。だから売場づくりについては圧倒的に疎かになってしまっている。

── やっぱり疎かになってますか?

矢部 だって店員の数だって減ってるでしょ。今やらなきゃいけない仕事をしていると、売り場の仕事ってどんどん後回しになっていっちゃう。本末転倒だと思うんだけど。

── 僕は1年半くらいしか本屋でアルバイトしてないんですけど、その後、出版社入った時に自分のペースで仕事できるってこんなに楽なんだと思いました。

矢部 私も今、人生で初めてデスクワークの仕事をしているからその気持ちよくわかります。この手帳みたいな仕事、そのときは楽しい!って思ってたけど、イベント屋さんは嫌かも。

── 一日中振り回されて、何もかも気になって......。

矢部 それで実際には売り場は進んでないなんて(笑)。

── 変に充実感はあるから、やった気にはなってしまいますね。

矢部 でもね、みんな気になってると思いますよ。棚が荒れているとか、あれ注文しなきゃとか。それができないストレスが、実は書店員にとって一番つらい。しかも私が書店員だった頃よりもいっぱいいっぱい仕事しているんだから、今の書店員は本当に大変です。

── その書店員の仕事を教えてくれる人もいなかったりして、いきなり売り場を任されている人も多くて、これであってるんだろうかと不安を抱えながら日々仕事をしているような人も多いと思います。

矢部 不安なのはわかる気がしますね。私も学校を卒業して芳林堂に入社した3年間は教えてもらったけど、次に勤めた新所沢のパルコブックセンターでは経験者で入ってるからもう誰からも教われないんだって思って不安になりました。もちろん上司として店長はいたんだけど、あまり言わない人だったし。

── 芳林堂での3年間はどんなことを教わったんですか? 

矢部 新入社員を定期的に採用し始めた頃に入社したせいか、先輩たちがすごく期待していたみたいで、とても一生懸命教えてくれました。ただそれが座学だから眠かったけど(笑)。

── ははは。

矢部 でもね、当時の店長がおばさまだったんだけど、この人が自分の読書生活みたいなことを話しはじめてね。これが意外と面白くて、こんなに本読んできてるんだって感動したのは覚えてますね。

── 出版流通に関する話とかもそこで勉強したんですか?

矢部 トーハンや日販が配ってるような新入社員向けのハンドブックを持たされて、読みにくい版元名とかそういうのを一週間くらいやりました。あんまり覚えてないけど。その後、全館の売場を3ヶ月間かけて全部巡回しました。それで私の最初の配属は理工書だったの。

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── 書店員スタートは理工書だったんですか?

矢部 そうなの。それで、その間にも仕入れのおじさんが「君たちがあまり理解できてないと思うから、僕が講義します」って喫茶店に呼ばれて、「常備について喋るからみんなメモとって」とか言って、講義をしてくれました。

── 今から考えると夢のような話ですね。

矢部 そのおじさんのおかげで、書店の仕事が少しわかった感じでした。配属後で、ようやく自分の仕事が始まったころだったから質問も湧き出てきたし、タイミングも良かった。常備は「正確には常備寄託といって、入荷するけれど書店の在庫ではないんだ」とか「1年経ったら返せるとかそういうことだけじゃない。これは1年間借りてるんだ」とか、新刊委託とか延勘とかいろいろ教えてもらった。そのおじさんの講義が何回かあって、その度に「質問がなければもう次は講義しない」って言われたから一生懸命質問を考えたりしてましたよ。例えば、その書店では必備カードというのを盛んに利用していて、外見は常備カードにそっくりだったんだけど、そのふたつの違いはなんですか?とか。

── それは真剣になりますね。

矢部 おじさまも熱心でした。それとスリップを後ろに挿せって教わりましたね。

── それは新刊で入ってきたときに挿し直すんですか?

矢部 そこまではしなかったけど、当時は棚の前にいる時間が圧倒的に長かったから、その時にはみんな本を出してはスリップを挿し直してました。

── 最後のページに挿すんですか?

矢部 最後のページから2枚目くらい。奥付が見えないと不便なので。常備カードがあればそれを隣に挿してました。

── スリップは奥にしっかり挿すんですか?

矢部 奥に挿せって習ったんだけど、それだとレジで抜きにくい。なので私は背側と小口側のちょうど真ん中くらいに挿してました。位置もページの中間でページ一枚にね。めくるときに邪魔にならないでしょう。それからさらにこだわって、スリップのボウズは出し過ぎない。ハードカバーだったらハードカバーの上面より出てほしくない。ちょこっと出たくらいの感じに揃えたかったなぁ。

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── でもボウズの出っ張りはどうしようもないですよね?

矢部 そこは、スリップを折り直します。

── ええっ!? 入荷した本のスリップを折り直すんですか?!

矢部 そうですよ。ちょっと出してズラして折るんです。だってボウズが出過ぎてると抜く時にヘロってスリップが破けちゃうじゃないですか。破けると番線印押せないから。

── ああ......。ボウズって、飛び出たほうがいいのかと思ってました。飛び出るのが少ないと印刷所に文句言っていてたりして......。

矢部 まあ、今はもうスリップに番線押さないからいいんだけど、昔はスリップに番線押してそれが注文書として流通していたわけだから、そうすると破けてるのが結構あって嫌だった。それに常備カードや必備カードは長く使うものだから、とくに大切にしていました。

── 矢部さん自身も後輩や部下を持ったときにはそうやって教えていたんですか?

矢部 パルコブックセンター渋谷店にいた頃が一番教えていたかなあ。まずね、図を書くわけですよ。

── 棚のですか?

矢部 いや、流通のよ。新刊と新刊じゃないもの。新刊と呼んでいるのは新しい本のなかでも、いちおう出て3ヶ月が目安なんです、みたいなことをね。さらに新刊と呼んでいるものは委託品といって出版社から借りているもので、支払いはあとでいいのでとりあえず置いてくださいって出版社が取次店に入れて、その取次店から我々本屋さんに撒かれているものなんです、と。そうではない3ヶ月以上前の本は基本的に買い取りなのでお金はすぐ払う。その代り、買い切ったからには、いつも以上にきちんと棚に置いて売らなきゃならない、その責任があると。そうすると、新人の子はこんなにあったらおっかないじゃないじゃないですか? 売れなかったらどうするんですか? なんて言ってくるんだけど、売れなかったらどんどん増えちゃうし、売れても注文しなかったらどんどん減っていく。そういうことを教えていくと、へえ、とは思いつつもどんどん頭のなかがゴチャゴチャになっているのがわかります(笑)。

── 僕もゴチャゴチャになってきました(笑)。

矢部 だから例えば新刊だけの本屋を想像してみなさいと。直近3ヶ月の間に出た本だけ並んで、古い本が一切置いていない本屋をね。そんな本屋に行きたいかって訊くと、行きたくありませんってなりますよね。それに本屋が新しい本しか置かなかったら、出版社は古い本をどうしたらいいんだ、お客さまは本屋で発売して3ヶ月くらいの本しか買えないのかってことになるから、それには常備っていう仕組みがあったり、延勘とかいろいろな仕組みと取引条件が出来たんですよなんて話をしたりします。

── 勉強になりますね。

矢部 取次もトーハンや日販だけじゃなくて、もっと専門書だけを扱ってる取次とかがいっぱいあって、出版社によって卸している取次が違ったり、うちだっていろんなところから仕入れているんだって教えてあげると、へえひとつの取次じゃないんですかなんて言ってくるから、仕入元がひとつしかなかったら不便なことも出てくるし、あるいは地図だけ得意、学参だけ得意みたいなところから仕入れたほうがしっかり売れるときに商品があって、納期が短いこともあったり、営業の人がきめ細かくアドバイスしてくれたりして、そんなメリットも伝えてあげたり。そういうことをメモ紙に書きながら話します。「そのメモください」って言った子には、その後も教えます(笑)。

── その時点で実はテストされてる(笑)。

矢部 質問もなく、そうなんですねって言ってメモを置いていった人のことは、そのあと忘れます。

── ふふふ。

矢部 棚を担当することになった人には、まず本が入ってくる仕組み、新刊と既刊の違いや取次の役割などを話します。売場の棚っていうのは、発売後3ヶ月ほどの新刊と、それ以前に刊行された既刊が並んでいて、その新刊部分は、どんどん新陳代謝していくんだけど、新刊委託期間を過ぎて棚に置いてある本は、買い取ったことになるので、売らなければいけないのよって。それで出て3ヶ月目の本を手に取って、これはこの後、売れるかどうか真剣に考えてみろみたいなことは言っていた。

── 構造がわからないと先に進めないですものね。

(第2話に続く)


矢部潤子(やべ じゅんこ)
1980年芳林堂書店入社、池袋本店の理工書担当として書店員をスタート。3年後、新所沢店新規開店の求人に応募してパルコブックセンターに転職、新所沢店、吉祥寺店を経て、93年渋谷店に開店から勤務。2000年、渋谷店店長のときにリブロと統合があり、リブロ池袋本店に異動。人文書・理工書、商品部、仕入など担当しながら2015年閉店まで勤務。その後、いろいろあって退社。現在は㈱トゥ・ディファクトで、ハイブリッド書店hontoのコンテンツ作成に携わる。