書店員矢部潤子に訊く/第1回 書店員の仕事(3)取り易く、買い易く、戻し易くする
第3話 取り易く、買い易く、戻し易くする
── あれはやっぱりなるべくたくさんの種類を積んだ方が売れるって思っちゃうんですかね?
矢部 いっぱい並んでた方が売れるっていうよりは、実は返す本がわからないからなんじゃないかと思います。外す本を決めるってちょっと悩むことだから、考えて判断する手間を惜しんで、10点しか積めない平台に無理にもう1点積んじゃおうとするんじゃないかしら。
── 外すより積んだ方が早いと。
矢部 そうそう。悩んだ挙句、平台の真ん中の1点を外そうと思ったら、ほぼ全点動かさなくちゃならなくなる、それは大変と思ったら、スチレンボードの1枚くらい持って来ますよ。
── そっちのほうが面倒じゃない。
矢部 そう。それでボードをかませて、本を置いちゃう。次にまた入荷したら、じゃその後ろにギュッと詰めて置いちゃおう、ってどんどん増えちゃう。でも、当然無限じゃない。什器の制約っていうのは必ずあるんだもん。
── はい。
矢部 制約がある中で最大限売れる棚や平台を作るのが書店員の仕事だと思う。ある店に異動になったとき、そこら中にワゴンがあったの。ベビーカーも通れないくらいで、安全上も問題ありそうだった。整理して、ずいぶん捨てました。あれも同じで、一度タガが外れちゃうと、際限なくなっちゃう。
── たくさんあれば売れるもんじゃない?
矢部 ワゴンは、今度この商品を売るぞ! って決め打ちするときにはいいかも知れないけど、いったん使い出すと、いつも何かを載せちゃいがちなのよね。常設になっちゃう。
── 今度はなかなか撤去する決断ができない。
矢部 結局、平台を拡張するためにかませるボードと一緒で、判断がつかなくて、どんどんワゴンが増えてっちゃうんだと思います。
── やっぱり、大事な仕事は、さげること、返品することなんですね。
矢部 そりゃ返品は減らしたいし、今は返品率とか指摘されたりもしますけど、そうはいっても委託商売なので、ある程度返品は必要なわけですよ。だったら、そのやむを得ずする返品を、売れて在庫が少なくなっているものから返品するんじゃなくて、当然のことだけど売れないものから返品しなくちゃいけない。そのジャッジを早く出来ないと、仕事がどんどん滞っちゃいますね。まして仕事は山のようにあるわけだし、実は返品こそが本屋の仕事では一番大事だったりするわけです。返すのを間違わないように学習しないといけないと思います。
── でもなかなか判断ができなくてどんどん売り場が広がっていっちゃう。在庫も増えていく一方で......。
矢部 売る数を注文して全部店頭に出す、ストックしない、というのが、まぁ理想かな。もちろん文庫とか新書はそんなわけにいかないけど。
── じゃあ、この平台の整理のときに気をつけることってなんですか? 平台に積んだ本の手前が低くなきゃいけない?
矢部 手前を低くというのは基本ですが、要はお客さまが手に取りやすければ良しです。そして、棚割りの通りに、平台商品も並んでいたいと。例えば棚が2本あって、左側が心理の棚、右が哲学だったとき、平台商品も左右その通りに置かないとね。心理関係の平台商品が次々ヒットしたりすると、つい哲学陣地に越境するでしょ。これをしないようにって。
── でも心理のほうが売れてて哲学のほうは売れてないなって場合はどうするんですか? それでも棚に合わせて平台に並べて、本棚がジャンルの境界線なわけですか?
矢部 そうなんだけど、もしいつもその状態なら、そもそも棚割りが間違ってるのかも知れない。それだけ売れるんなら心理をもう1本増やすべきかも。そうやって棚割り自体を動かして、より売れる方向に変えていくことも考えないとね。
── エンド台側の人通りの多い平台から整理し、上を見て、あってるあってないを確認する。平台に何冊ずつ積むとかはあるんですか?
矢部 それ、聞きます? 実はすっごいうるさいんですけど、いいですか(笑)。何冊積むかは、棚の最下段の本を取り出すのに邪魔にならない高さまで、ということになりますよね。棚下ならせいぜい5冊くらい、平台なら上限は30冊くらいかしらん。で、問題はその積み方ね。5冊の場合、下が2冊、上が3冊で本の向きを変えます。4冊のときは、下が2冊、上が2冊。7冊のときは、下が3冊、上が4冊。10冊で5、5ね。
── ま、まさかそんな法則が隠されていたとはっ!(笑)
矢部 まだまだいきます。11冊は5冊、6冊。15冊は5冊、10冊。17冊は、5冊、5冊、5冊、2冊。20冊は5冊、5冊、5冊、5冊なのよ。
── すごい! えっと......。15冊はなんで上が10冊なんですか?
矢部 へへへ。店頭に積むときは、最初はいつもお客さまから見て反対側から積みはじめます。表紙の天地が逆さまになるようにね。
── はい。
矢部 で、次はお客さまからタイトルが読めるよう普通の向きに積むの。だから一番上の本はいつもお客さま側に向くようにしたい。しかも、売れたとして入れ替える手間をなるべく省くためにまともな向きのものを多くする。
── なるほど
矢部 17冊を5、5、5、2で積むと二人売れたら反対向きの表紙が出現しちゃうので悩みどころなんだけど、5と12で上製本を積むとさすがに相当傾くからね。
── 倒れそうになりますよね。
矢部 倉庫とかにストックするときは、どちらから積み始めてもいいんだけど、店頭平台のときは必ず反対向きから積み始めたい。売れて残部数が平台に5冊になったときには、上の3冊だけ掴んでまともな向きに置き直す。もし、最初の5冊をまともな向きから積んだら、その5冊を全部外して積み直すことになる。
── 上の一冊だけ正面に向けて誤摩化したりしますよね。
矢部 手焼き煎餅じゃないんだから!(笑)。お客さまが平台から本を手にとったときに、せめて2冊目くらいまではお客さま側、まともな向きに積まれていてもらいたいのよね。手に取ったあとって、あれ? タイトルなんだっけ? とか思ってまた平台を見るときあるじゃない?
── ありますね。戻すときにも逆さだとどこだかわからなくなっちゃって適当なところに戻されたりするかもしれませんもんね。本が傾かないように互い違いに積んだほうがいいとは思ってましたが、まさかこんな法則を考えていたなんて......。
矢部 いつもこんな感じで積めば、積んである本も傾かないし、一目で売れた冊数もわかる。つまりは、お客さまが平台の本を取り易く、買い易く、戻し易くするためです。崩れないようにってことではあるんだけど、こんなことを考えて、お客さま側、まともな向きに積む冊数を多くしていました。これ、いままでずいぶん人に言ったんだけど、意外に伝わらなかった(笑)。
── なんでこんなことするんだ? と思う人はいると思いますよ(笑)。とりあえず積んであればいいじゃんって。
矢部 ワタシだって、いつも平台を横から眺めてはやり直してるわけじゃないのよ。平台を整理するときとか、新刊が入って平台を組み替えなきゃいけないときは必ずってことね。こういうことって、ベストな形を自分で承知してやっていないと、忙しさの方向が違ってきちゃうと思うんだよね。
── 常に自分の中にルールというか理想を持っているということなんですね。それがあるかないかでたどり着くゴールが全然違ってきますよね。
矢部 この平台の積み方でも、こんなことしなくても荷物は片付くじゃない? だけど、最高な形ではないと。こんな形にしたい、積みたい、置きたい、でも今はここまでしか出来ない、途上であるって。忙しくて、予期せぬことも降ってきて、そうこうしているうちに1日が終わるんだけど、早く最高な状態、一番売れるだろうと自分が思っている状態に持っていかないといけないって思いながら、仕事するってことね。
聞き手・杉江由次@本の雑誌社
(第4話に続く)
矢部潤子(やべ じゅんこ)
1980年芳林堂書店入社、池袋本店の理工書担当として書店員をスタート。3年後、新所沢店新規開店の求人に応募してパルコブックセンターに転職、新所沢店、吉祥寺店を経て、93年渋谷店に開店から勤務。2000年、渋谷店店長のときにリブロと統合があり、リブロ池袋本店に異動。人文書・理工書、商品部、仕入など担当しながら2015年閉店まで勤務。その後、いろいろあって退社。現在は㈱トゥ・ディファクトで、ハイブリッド書店hontoのコンテンツ作成に携わる。