書店員矢部潤子に訊く/第1回 書店員の仕事(4)何かあるかもと思って毎日来てもらえる売り場にする
第4話 何かあるかもと思って毎日来てもらえる売り場にする
── 基本的に売れる本を手前に積むんですか?
矢部 それはそう。売れる本、売りたい本は手前ね。
── よく見かけるのは、いっぱい来たものを高く積めるから一番奥に積んじゃうことですよね。この前も『漫画版 君たちはどう生きるか』(※)が、新刊平台の3列目にドーンと積んであって、高さからいったらそれでいいのかもしれないけど、でも奥だから取りにくいんじゃないかと思ったりました。(※)収録時のベストセラー
矢部 それはもったいない。私だったら、新刊台の一番前に1カ所積んで、残りを別の平台に全部出すかな。新刊台という独立した平台があるのなら、そこは同じ商品を何面も積むのではなく、新刊点数を数多く積みたい。
── あっ、そうなんですか? どの本も多面ではなく1面ずつ積みたいんですか?
矢部 新刊台はね。仕掛けたい本は、仕掛け用のワゴンとか場所を用意しておいて、そっちに積みますね。
── ワゴンに積むから何冊欲しいと。展開が先にあるんですね。
矢部 売れるから本をくれっていうだけではなくて、展開する場所や方法を提示して、こうやって100冊売るから100冊くださいって交渉する。拡材も、それなのでこの大きさが必要とかね。積み方や売り方込みで出版社さんと話をするわけね。
── 新刊台とは異なる場所にそういう平台やワゴンを用意していくわけですか。
矢部 つまりね、それぞれの平台の性格付けをハッキリさせておきたいと思ってるのね。このA平台はいつもこんな本を多面で置いている、あのB平台はいつもあんな本を一面ずつ置いているとか。誰の目からみても、わかりやすく、明らかになっていないとね。それが出来ていないと、お店の子もそうだけど、何よりお客さまを悩ませちゃう。本を探すのに相当な時間がかかることになって、心のどこかでめんどくさいって思うようになるかもしれない。ウチの本屋は忙しいときはここだけ見ればいいようにしてあります、時間のあるときは奥まで入ってね、という具合にしたいと思うんですよね。
── 急いでるときは今日出た新刊コーナーに積んであるものを見ればわかると。
矢部 そうそう。お時間のない方はこちらへ。
── 平台に並べる本で、売り場の性格をお客さんに伝えるわけですか?
矢部 そうです。そうしているうちに、だんだんとこの平台に積んである本は、売れてる本なんだという刷り込みをするわけですね。
── お客さまにですか?
矢部 はい。でも騙すわけじゃないのよ(笑)。ホントに売れてるんだから。つまり、ここに積んであるものは間違いがないって思ってもらいたいわけ。見たことのない本かもしれないけど、これを買っておけば間違いないだろうとか、推してるものだから何かしら訴えるものがあるはずだ、ということを積んだ場所で伝えていく。要するに、平台のステータスを上げる方向に向かって作業すると。平台はじめ、店内のいろいろな場所に、それぞれ意味を持たせていくのが"売り場作り"なんだと思います。
── ああ、目から鱗が落ちました。売り場作りというと棚整理や仕掛け等一過性のことのように考えていたんですが、時間をかけてその場所に意味をもたせ、説明するわけでもなく、お客さまに伝えていくわけですね。そして無意識のうちに我々読者はその本屋さんで本を買っている。書店員さんにしてみたら当たり前のことかもしれませんが、いやはやビックリしました。そして言われてみれば思い当たるフシがいっぱいです。ちなみに新刊台というのは毎日積み替えをするんですよね?
矢部 もちろん。毎日同じ本が積んであったとしても、今日はここ、明日はここと風景を替えていく必要があります。とはいえ、新刊が満遍なく売れるわけではないから、実は平台最奥3列目はいつも同じ本がありがちになりますよね。それが気になってね。
── 手を入れるの面倒ですもんね。
矢部 でもね、本屋っていうのは、毎日来る人向けだと思ってるのよ。とすると、同じ場所にずっと同じ本はつまらないでしょ。
── あっ、そうなんですか?! 想定としては毎日来る人を常に頭の中に置いてるんですか?
矢部 だって新刊書店だもん。毎日新しい本が入ってくるわけでしょ。毎日、新聞広告に掲載される本も違うわけだし、それなのに新刊台が毎日変わらないということは、サボってるということじゃないのかしら。八百屋さんだって並んでいるもの毎日変わってるでしょ。
── 毎日何百点という新刊が出ていて、そのうちの何点かは必ずお店に入ってくるわけですもんね。
矢部 置く場所を変えて隣の本が変わると、古い本が新しい本に見えてくることもある。
── それはやっぱり、あるんですか。
矢部 ありますよね。周囲にある本が変わってきたときに、そうだ、こんな本もあったじゃんって見えるときもある。これを買った人はこれも買うだろうなという本が並んで、繋がっているように見えるときもある。そういうときは「惚れ惚れするな、今日の平台」って(笑)。
── 思わず腕組みして眺めちゃう(笑)。新刊台は毎日来るものを並べながら変えていくんですね。新刊台が変われば、エンド台も変わり、棚前も変わる。そして棚も変わっていく。
矢部 そう。売り場全体が毎日変わっていくし、変えていかなきゃならない。これね、昨日と今日で、とりあえず景色を変えるために場所を変えよう!ってことじゃなくて、今日この新刊が入ってきたことで、自然と昨日と置く場所は変わるでしょってことね。自分の考え、意図をもって置こうとしたら、その日その日で新刊も、売上げも、話題も変わっていってるんだから、当然置く場所は変わるはずってことです。
── 例えば今だったら『漫画 君たちはどう生きるか』や『体幹リセットダイエット』が売れてますが、ちょっとベストセラーが多すぎて、話題書コーナーが足りないといったときはどうするのですか?
矢部 いろいろなタイミングはあるけれど、『体幹リセットダイエット』くらいになると、実はお店の一等地である話題書のコーナーに置かなくてもいいかなと思います。そのジャンルの平台にたくさん目立つように並べればいいんじゃないかなって。
── 買いに来たお客さんが実用書に行くであろうと?
矢部 そうそう。お店の売上げランキングの棚って、話題書と同じくらい一等地にあると思うんだけど、それくらいの本になれば当然ランキングには入りますよね。で、お客さまにはそこで見てもらうことで、当店には在庫ありますよ! ということをアピールすればいいのかなと。たくさん置いてあるところはどこなのかしらん、となったときには最終的には実用書売場に行ってくれるだろうと。そこに100冊あればいいわけで、お店の一番いいところに100冊ある必要がある本というのは、そういう本でなくてもいいと思います。
── えっ、そうなんですか。じゃあ何を並べるんですか?
矢部 売上を作っていくときに、そこにはすでに売れてる本ではなくて、これから売ろうとするものを置かないと間に合わないんですよね。次に売れるものを置かないとね。
── 一番売れている本ではなくて、ベストセラーになる一歩手前くらいの本を並べると?
矢部 そうしたいと思っていました。
── お客さんの無意識下にあるものということですかね。「流行ってるって聞いたかも」くらいの本を見つけて、「あ、これこれ!」というものが。「あれを買いに来た」と意識下にあるものは、お店の入口になくてもいい。
矢部 買いたいものが決まっていて、それを買いに来ているんなら、その売り場に行くことに迷いはないんじゃないかな。スーパーに大根を買いに来たんなら野菜売り場にいくじゃない? お店のいい場所には、そうじゃなくて、買いに来たわけではないけれど買いたくなっちゃうものを並べた方がいいと思います。ついこの間まで『漫画 君たちはどう生きるか』があった場所に今はこの本が置いてあるということは、次はこれなのか? と、思ってもらったらいいなぁ。
── 連綿と場所だけでなく時空として売り場が繋がっていくわけですね。
矢部 この間のも良かったから、次はこれなのかな、と。すると、その人は次もそこを見るわけですよ。毎日来るからね、たぶん。
── すごい! 野球の野村監督みたいですね(笑)。カーブでボール球を投げた理由がちゃんとあるんですね。次のストレートで打ち取るために!
矢部 知りません(笑)。そうしていくと、この平台の性格もハッキリしてくるし、ステータスも上がる。大量入荷品置き場から、次の話題書を育てる場へ。
── いやあ、恐ろしい。ただいっぱい来たものを置く場所にしがちですよね。
矢部 同じことだと思っている人もいる(笑)。
── それは矢部さんが郊外の小さなお店にいたときもそういう意識だったんですか? こんな小さな店、毎日来る人いないしなって考え方を変えるんですか?
矢部 いや、どんな店で書店員やろうが毎日来る人がいるという想定で全部やってました。そうしてそういう毎日来る人を増やすっていう考えで売り場を作ります。
── あっそうか。それが増えれば鬼に金棒ですもんね。
矢部 そうそう。
── 毎日来る人を増やすためには、毎日売り場が変わってなきゃいけない。
矢部 昨日も今日も同じだったら明日は来てくれないかもしれません。
── はい。
矢部 これだけ本があるのにこの店はいつ来ても同じものしかないなって思われたらお店は終わりですね。
── 確かにそういうお店には足が向かなくなります。
矢部 ですよね。そうじゃなくて、何かあるかもって思って、毎日来てもらえる売り場にしたいですよね。
聞き手・杉江由次@本の雑誌社
(第5話に続く)
矢部潤子(やべ じゅんこ)
1980年芳林堂書店入社、池袋本店の理工書担当として書店員をスタート。3年後、新所沢店新規開店の求人に応募してパルコブックセンターに転職、新所沢店、吉祥寺店を経て、93年渋谷店に開店から勤務。2000年、渋谷店店長のときにリブロと統合があり、リブロ池袋本店に異動。人文書・理工書、商品部、仕入など担当しながら2015年閉店まで勤務。その後、いろいろあって退社。現在は㈱トゥ・ディファクトで、ハイブリッド書店hontoのコンテンツ作成に携わる。