書店員矢部潤子に訊く/第3回 本を並べる(2)フェア台を使って季節には敏感に反応する

第2話 フェア台を使って季節には敏感に反応する

── そういえばこの間ある本屋さんに行って何かが足りないと感じたんですけど、あとで考えたら季節感のあるフェア台がなかったんです。たとえば、春先だったらお弁当のフェアとかあるじゃないですか。でもそのお店はフェア台っぽいものはあるんだけど、なんとなくよくわからないもの置き場になってしまっていて。矢部さんの場合は、前もってそういう場所を決めておくものなんですか? この平台は常に季節ものを展開していく場所みたいに。

矢部 実用書と児童書はやっぱり季節があるものね。エンド台があればそこでやればいいし、なければそのジャンルの棚の近くに作ります。お店の一等地にある必要はないんだけど、お客さまがこの辺かなと思って来る場所はあるわけだから、そこに作る。

── フェアっていうのは自分で選書して発注して、看板とか飾りつけなどもしないと行けないから手間がかかりますよね。

矢部 でもね、たとえ季節ものの売れ行きが芳しくないなと思っても、やはり季節は先取りしてやるべきだと思いますよ、実用書売り場としては。冬は冬のスポーツだとか春先のダイエットとかね。

── そういうものですか?

矢部 その季節ごとにそういった新刊も多くなってくるしね。出版社だってそういう流行の時期をわかって出してくるし、すぐに返したりしないでねって言われたりね。

── それを棚下で処理するか、ちゃんと平台に持っていくかというのは、やっぱり判断としてあるんですか。

矢部 そうね、それは平台のほうがいいな。平台っていうのは、そこでお客さまに一度足を止めてもらいたいんだから、そのためには、いつも違った本があったほうがいいわけじゃん。棚下には同じものがあってもいいんですよ。ダイエット本のコーナーならダイエット本のロングセラーが置いてあればいい。だけど平台は、季節ごとにふだんは売れないかもしれないけど、今ならこんなに楽しめる本もありますっていうコーナーを作っておかないといけません。そうしないとお客さまも楽しくないでしょ。

── 確かに買うかどうかは別にして気分が変わりますね。気分が変われば、つい手にとってしまうかもしれない。そういうフェア台というのは、どれくらいの期間陳列するもんなんですか?

矢部 ふつうは1ヶ月間くらいを考えると思うんだけど、1ヶ月じゃ長いってけっこう言われた。3週間くらいで考えなさいって。あるいはフェアの看板を全取っ替えはしないんだけど、展開中にちょっと変えるとかね。例えば夏休みのアウトドアフェアみたいなものだったら、8月終わりころになったら"夏休みの最後は!"とか看板に書き加えたり。

── ええっ! フェアの看板なんて一度付けたら終わりかと思ってました......。

矢部 目先を変えるだけなんだけど、ちょっと秋口が近付いたらその頃の野草の本を足してみるとか、何点か別の本を置いたりするだけでがらっと印象変わったりもする。フェアも置いたら終わりでなく、そういう工夫はやったほうがいい。でも、大変だよ、ここまでやるのは。

── そういうフェアの内容は、どれくらい先まで考えていたんですか。一年分くらいは考えているんですか。

矢部 季節で展開するジャンルは、毎年大きくは変わらないでしょ。この季節はこのテーマって。ただやらないっていうのはまずいし、もったいない。本屋から季節を感じてもらうことも大事。それに、季節に敏感に反応してますみたいなところがないと他の本も売れなくなっちゃうから。

── それはお客さまのほうが感じるんでしょうね。

矢部 この本屋さん、おっとりしてるのかしらみたいな。

── なんかあったときにあのお店に行こうと思い浮かばなくなりますよね。

矢部 そうなのよ。あそこならあるかもって思われないとダメですね。季節ネタは生活と結びついてるから、お客さまにわかりやすい売り場を演出することができるよね。昨日と今日でお店の印象を変えるのに一番手っ取り早い。例えば急に暑くなったら、冷たい飲み物とか冷たいデザートってみんな思うわけじゃない。タイミングがあえばもちろん売れる。

── 常に準備をしてるんですか?

矢部 出版社も注文書送ってくるからね。そういうものにはちゃんと反応しないといけません。

── ああなるほど。出版社の注文書から感じることも大切なんですね。

矢部 売れる売れないは別にしても、お客さまが足を止めて見てくれます。

── 文芸書や人文書で展開するフェアっていうのはそれとは別の考えなんですか? そういえば矢部さん、文芸書の担当のときとかあんまりフェアをやっていた記憶がないんですけど......。

矢部 すみません(笑)。確かに文芸書のフェアってあんまりしなかったなあ......。文芸書にフェア台がなかったのもあるんだけど、実用書の季節ネタに比べると圧倒的に好き嫌いってなっちゃうじゃない。世の中の人は今これが気になってますよねっていうよりは、私が気になってる方の要素が文芸書は強い気がしてね。

── これ読んでおもしろかったです! みたいな感じですよね。

矢部 私が翻訳小説に夢中になっていたとしても、みんなが翻訳書読みたくなってる気分なんていうことはないんじゃないかって思っていたのかな。

── 主体を常に自分でなく、お客さまの側に捉えていたんですね。

矢部 それはよい捉えかた!(笑) ダン・ブラウンの『ダ・ヴィンチ・コード』みたいに大ベストセラーが生まれたときには、ほかにも翻訳書の歴史エンターテインメントでこんなものがありますって並べられることはあるかもしれないけれど、確かに私はあんまりやらなかったかもね。誰かがやる分には全然いいんだけど。そもそも文芸書の担当ってあんまりやってないんだよね。1998年から2、3年の間、渋谷のパルコブックセンターにいたときしかやってない。

── ええ?! そうだったんですか。

矢部 そう。

── その短いタイミングにあの話題をさらったJ文学があったってことなんですか?

矢部 そうだったっけ? たまたまのタイミング。

── そうだったんですか。矢部さんといえばJ文学。文芸書の担当のイメージが強かったので衝撃です。

矢部 店長になっちゃって誰かと一緒に見ることはあったけど、棚担当としてはそんなもの。

── その3年くらいの時に他の店行ったりして、文芸書のフェアやんなきゃいけないとか思うときはなかったんですか?

矢部 全然ない(笑)。どうしてだろう?

── 普通、必ずありますよね(笑)。

矢部 ほんと? だって置くものいっぱいだったし。理工書の担当だった時は、大きなフェア台があって、それはいつも頭を悩ましてた覚えがあるんだけど。

── 理工書の時はどっかからひっぱってきて集めてやったりしてたんですか?

矢部 自分のフェア台だから自分の担当してるところのジャンルでなんかやんなきゃって感じでそれはやってた。フェアの好きな書店員もいっぱいいるんだよね。

── よく聞くのは、フェアの中で意外なものが売れて、それを今度棚にフィードバックしていくのが重要とか。

矢部 そういう驚きは確かにフェアにはありますね。ただそれも自分が知ってる本だけ選んでやってもそういうことにはならないよね。今ならまあネットで検索して、あんな本もこんな本も並べられるかもしれないけど、昔は版元さんに聞くしかなかった。あるいは自分で基本になりそうな本の参考文献からひっぱってくるとか。ただそうなると返品の交渉をしなければならないからひと手間掛かるわけだけど。一生懸命選書したりリスト作ったりしたら目も引くし、いつもと違うお客さまも来てくれるかもしれないしね。ただ私はそういう意味ではフェアをおもしろいと思っていなかったかも。今もフェアから本を買うことはない気がするし。

聞き手・杉江由次@本の雑誌社

(第3回第3話に続く)


矢部潤子(やべ じゅんこ)
1980年芳林堂書店入社、池袋本店の理工書担当として書店員をスタート。3年後、新所沢店新規開店の求人に応募してパルコブックセンターに転職、新所沢店、吉祥寺店を経て、93年渋谷店に開店から勤務。2000年、渋谷店店長のときにリブロと統合があり、リブロ池袋本店に異動。人文書・理工書、商品部、仕入など担当しながら2015年閉店まで勤務。その後、いろいろあって退社。現在は㈱トゥ・ディファクトで、ハイブリッド書店hontoのコンテンツ作成に携わる。