書店員矢部潤子に訊く/第4回 お店を動かす(4)プルーフよりも背表紙や目録を読む

第4話 プルーフよりも背表紙や目録を読む


── その第一歩がやっぱり棚の見直しなんですね。

矢部 でも今は棚番をつけたりハンディで打ったりするから、ロケーションを変えなかったりするのよね。そうすると今度はこっちに並べたほうが売れるかもしれないと思ってもちょっとためらうし、だんだんそういうことも考えなくなっちゃう。平台ならばいろいろやりようはあるんだけどね。

── 機械にしばられちゃうのは本末転倒ですよね。

矢部 棚の一部でも自分で考えて作れば、そこにある本はすぐわかる。そうなると悩まない。もちろん一人よがりのルールはダメだけど、そういうことをお店全部に広げていかないといけませんね。

── そうしたら、荷物が30箱とか届いても素早く捌けるようになりますか。

矢部 いままで1時間かかっていたのが、30分でできるようになったりしていくわけじゃん。もしね、棚番号通りに本を入れているとすると、今日入社した子でもその棚に入れることはできますよね。でも、今度はその1本の棚のどこに入れればいいかってきっと悩むよね。

── えっ、それは例えばB-5という棚があったとして、そこに7、8段あったりした場合にどこに差すかってことですか?

矢部 そう。入荷した本に貼ってある作業用のシールとかに棚番号は記載してあっても、5段目の左から13冊目に入れてとは書いてないよね。そうすると、棚の空いてるところとか端にスポッて入れて終わりにする人も出てくる。

── ああ、だから棚の中の小ジャンルがぐちゃぐちゃな棚があるんですか! 野球とサッカーとバスケの本が、あちこちに並んでいたりする。

矢部 あるでしょ、そういう棚。それをやり直す。この棚の1段目のいちばん左端には何を置くべきか、2冊目はどうするとか、1冊ずづ考えて進む。で、1段目の終わりと2段目の左端はつながるように考える、同じようにこの棚の最下段右端の本は、すぐ右隣の棚の1段目1冊目に繋がるように考える。流れを作るわけね。で、なぜこの本がここに入っているかが自分だけでなく、お客さまにも伝わるように並べていく。

── 品出ししやすくなるということは当然お客さまも本が探しやすくなるってことですよね。

矢部 そう。お客さまがこの棚の前に立ったとき、なんでこの本がここにあるのかなって首をひねらせちゃったら負けでしょ。1秒考えて膝を打つ程度だったら可愛いけど。書店って基本的にセルフサービスなんだもん。

── あっ、そうか! お客さまが自分で本を見つけてレジに持ってくるんですもんね。

矢部 うん。だから納豆はお豆腐の隣、チーズの横にワインみたいな棚を作らないとね。お客さまが、このあたりにありそうって歩いてきたところにちゃんとある棚にしておかないと。他の書店を見に行ったり、先輩に教わったり、目録の類とか参考にして、ある程度常識的な本の並びを学習する。

── 総論があって、事典が来てとか......。

矢部 専門書を担当することになったとき、ずっと理学書総目録とか工学書協会の目録セットを持ってました。棚はもともときっちりできていたんだけど、初めて聞く単語ばっかりだし、なんでその順番に並べているのか全くわからなくて。もうね、中身はわからなくてもいいって自分で決めて、ただ並びを覚えようって。建築なら、最初に建築概論があって建築史があってって。

── それは工学書、建築書の目録を見て見出し通りの並びに近い。

矢部 そうそう。化学なら無機化学、有機化学、物理化学みたいなある程度の大枠があるわけじゃない。そういう流れを棚の左から右へ、上から下へと作らないといけない。人文社会系は理工書より難しくて、出版社の人からこれは違うとか指摘されたりしてずいぶん教わりました。でもそうやって試行錯誤しながら、売れる棚にしていくと。

── じゃあよその本屋さんに覗きにいったときも、何を仕掛けているとか、こういうのを平積みしてるとか、そういうところばかりでなく、棚の並べ方も参考にしたりするんですね。

矢部 そうそう、専門書はとくにね。ジャンルのなかの棚の流れや、棚割の具合を確かめたりします。

── 担当するジャンルが、学生時代に専攻したわけでもないし、専門家でもないわけですもんね。

矢部 うん。あるとき、数学担当の文系男子が、あまりにわからないから数学専攻の先輩に聞くって言って棚を見てもらったんだけど、「いいよ」って終わっちゃった(笑)。この先生のこの本がないっていうピンポイントの指摘はあっても、数学書全体の流れが自然かどうかは興味がないみたいだった。そのとき、専門の人だから棚を作れるってわけでもないらしいって思ったんだよね。人文書はまた違うのかな。

── 書店の棚というのは、売るための並びになっているわけですもんね。

矢部 そうなのよ! いいこと言うなぁ(笑)。並べてる本を全部読めるわけでもないし、読んだことが売ることに直結するかどうかもわからない。なので、こんな内容の本だっていうことがおおよそわかっていればいいんだと割り切る。

── 帯を見たり、目次を見たりして。そういえばアルバイトしていた時の社員の人たちは新刊が入ると一通り本をペラペラしてましたね。

矢部 表紙、裏表紙、帯、見返し、目次、著者プロフィール、はしがき、あとがき、解説とか、本編以外は読む。まぁ、的確な情報を素早く仕入ようとするわけですね。文芸書だったら、小説なのかノンフィクションなのか、小説でもミステリなのかSFなのか、読者層はどうなのかとか、著者は作家なのか、何を生業としている人かとか探ります。今はたくさんプルーフが配られて、それはそれでありがたいけど、本屋はより多くの背表紙を読んでいる方がいいと思います。

── 背表紙を読む!

矢部 自分のうちの本棚じゃないのよ。

── はい。別の大型書店に行ったり、図書館とか古本屋に行って「こんな本もあるんだ」って気づくことが大切なんですね。

矢部 そうそう。書店員にとって重要なのは、どれだけいろんな本が自分の前を通り過ぎたかってことだと思います。

── どの本が面白いかということより、書誌情報というか、そういう本が出ているということを知ることが大切なんですね。

矢部 その通り! またまたいいこと言うなぁ(笑)。こう言っちゃなんだけど、気に留めなくてもいい本と、ちゃんと見ないといけない本の区別は、量を見ていくうちにわかってくるよね。ある程度の年月が経って相応の量を扱えば、これは今売れているけど追いかけなくてもいい本だとか、数ケ月は積んでおくべき本だとかなんとなくわかるようになる。

── はい。

矢部 だから今大型店で働いている人は、書店員としての幅を拡げているところなんだって、貪欲にいろんな本を浴びてもらいたいと思います。

── 本を浴びる。確かにそうですね。では、たとえば新入社員やアルバイトに、自分が知らない本がこの向こうにいっぱいあるってことに気づいてもらうにはどうしてもらうのがいいんでしょうかね。

矢部 それは実際に、それも意識的に見ないと気づきようがないかもしれないな。

── 確かに僕、埼玉県の春日部市の30坪とかの小さな本屋さんだけしか知らないで、求人雑誌を見て初めて八重洲ブックセンターに面接に行ったとき、腰が抜けそうになりましたもん。「本ってこんなにあったのか!」って(笑)。

矢部 ははは。そうだよね。とにかくいろんな本屋さんに行ってみてって。今みたいに、よその本屋さんの棚を写真に撮るなんてとんでもないことだったから、メモ取ったり、目録以外にもPR誌や雑誌の特集、新聞の広告や書評切り貼りしたりしてました。

── それは「週刊文春」とかの書評ページですか。

矢部 「週刊文春」はしなかった。あのね、書評とかの内容にはあまり関心がなかったんだよね。この休みに読む〇〇!とかいう特集があると買ってたと思うけど。いちばん買ってたのは『鳩よ!』だった。

── よく本の特集してましたね。

矢部 岩波にもAB判の書評誌があったと思うんだけど。

── そういうのを見かけたらスクラップしていたんですか?

矢部 うん。スクラップブックとか何冊もあったよ。今も少しある。クリアファイルに入れたりね。大事なのは記事の内容じゃなくてね、〇〇さんがこんな風に薦めているっていうことより、本のタイトルをたくさん知りたかったんだよね。で、その本がどんな脈絡で紹介されたか、いつ刊行されたか。要はリストが欲しかったんだ。

── ああ、自分がすごく勉強不足な気がしてきました。スクラップはじめます!

矢部 そんな(笑)。今はまあネットがあるからね。でも、やっぱりネタ帳は大切だと思いますよ。それを自分の中で新陳代謝するようにしとくっていう。だって人文書とかファンタジーとか全く興味がないんだもん(笑)。でも売るんだもん(笑)。常に更新しているネタ帳があれば、手持ちでなんとかなるんじゃないか。

── 本なんて全部読めるわけじゃないし、必要なのは内容ではなく、リストと文脈。それをそうやって知識を増やしていたんですね。


聞き手:杉江由次@本の雑誌社

(第4回 第5話に続く)


矢部潤子(やべ じゅんこ)
1980年芳林堂書店入社、池袋本店の理工書担当として書店員をスタート。3年後、新所沢店新規開店の求人に応募してパルコブックセンターに転職、新所沢店、吉祥寺店を経て、93年渋谷店に開店から勤務。2000年、渋谷店店長のときにリブロと統合があり、リブロ池袋本店に異動。人文書・理工書、商品部、仕入など担当しながら2015年閉店まで勤務。その後、いろいろあって退社。現在は㈱トゥ・ディファクトで、ハイブリッド書店hontoのコンテンツ作成に携わる。